 夜霧に光る看板に吸い寄せられ
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 薄明かりのカウンターには、昭和末期的情感が漂う
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 生麦酒と刺盛り 静かに静かに、飲み、味わう
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 500円食べ放題システム
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 巨人戦を観る背中は渋い
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意気消沈かつ戦意喪失していた。つい先刻より振り出した五月雨に降られながら、住宅街の路地を彷徨う。次第に濃くなって来る夜の色が、焦燥感を煽る。一向に見つからぬ銭湯。一向に降りやまぬ雨。既に方向感覚を失っており、出鱈目に曲った路地の先、ぼんやりと夜霧に光る、飲み屋の看板。
吸い寄せられて、入口、赤提灯に書かれている屋号は、「なべさん」。直感的に名店の匂いを嗅ぎ分け、雨宿りと銭湯情報の収集を兼ねて、暖簾をくぐる。店内はカウンターと座敷があり、カラオケを備えた、一般的な居酒屋内装。薄明かり照らされる、壁貼りメニューが並ぶカウンターは、昭和末期的情感を感じさせる。
カウンターに座り、麦酒や肴を見繕って注文。「後の冷蔵庫につまみ入ってるから、好きなだけ食べてね」と声を掛けてくれたのは、包丁を握る店主の渡辺さん。この店のお通しは、500円で食べ放題。冷蔵庫には、特製のつまみが各種並んでおり、御飯まで有る。多彩なつまみが低料金で楽しめ、生麦酒がぐいぐい進む。渡辺さんに、付近の銭湯の事を尋ねると、詳細情報を教えてくれた。直ぐ近くに在った「新島湯」は、ついこの間、店を閉め、取り壊されてしまったとの事。戦前建築である風格建物も残っておらず、今は更地になっている。どうりで見付からぬ訳だ。移り行く街へ想いを馳せ、二人しか居ない店内は、しばし、無言。
(文: 抜井 諒一) |