僕が実行委員長を務める「伊参スタジオ映画祭」は、1996年に公開された小栗康平監督『眠る男』と、篠原哲雄監督『月とキャベツ』の撮影拠点となった木造校舎が開催の起源となっている。今年はそれら映画が公開されてからちょうど30年目。今年は11月7日、8日の2日間開催。今日もリモートミーティングを行ったのだけど、メモリアルな映画祭になると思うので今から手帳に書き込んでおいてください。
それでは、鈴木さんにお渡しします。
2026年06月30日
僕が実行委員長を務める「伊参スタジオ映画祭」は、1996年に公開された小栗康平監督『眠る男』と、篠原哲雄監督『月とキャベツ』の撮影拠点となった木造校舎が開催の起源となっている。今年はそれら映画が公開されてからちょうど30年目。今年は11月7日、8日の2日間開催。今日もリモートミーティングを行ったのだけど、メモリアルな映画祭になると思うので今から手帳に書き込んでおいてください。
それでは、鈴木さんにお渡しします。
2026年06月29日
今月書いたものをある程度読んでいただいた方なら思われたかもしれないが、春以降、庭だの食事だのに目が向く時間が増えた。仕事がないというわけではない。むしろ追われている。けれど起きてすぐパソコンをつけて、夜中になって消して寝る、という毎日は、そろそろ終わりにして良いような気がしている。自分でエイッと切り替えたわけではなく、母が住む実家の隣の家を借りて、2人暮らしを始めたからである。自らで人を変えるのではなく、環境が人を変える。単純な話だ。
年齢を重ねると、優先順位が変わってくる。子どもがいれば子ども優先になるし、家族が病気をすれば仕事より優先することもある。そうしたことがなくても、定年を迎えたらやりたいことをやるには遅過ぎた、などという話もあるし、仕事なのかプライベートなのか、まだいくらか豊かな日本で様々なものが溢れる今、どこに目を向けるかは人それぞれだ。
40も後半に入り、今の僕は庭のプランターの野菜を眺めたり、料理をしたりするのが楽しい。腰を据えて本も読めるようになると、なおさら嬉しいな。あなたは、今、何を見ていますか。
2026年06月28日
文字通り、2年くらい前に比べて体重が増加していることもあるのだが、久しぶりにワインや日本酒をある程度飲んで、翌日体が重い。若い時も飲み過ぎればそうであった気がするが、より重い気がしてしまう。
調べればきっと、体に残ったアルコールが分解しきれていないとか、そういう知識を得ることができるのだろうが、会社に付いてからスマホでタイマーをかけて、しばし畳に横になった。
基本、経理と僕だけの会社で、僕一人で会社にいることが大半なので、寝ようと思えば、サボろうと思えばいつでもできる。それでも何かを気にしてのきちんとせねばならないという気持ちも残っていて、うつらうつらしながら仕事をすることが多かった。けれど、今年になってからは「体に素直になろう」と開き直り、眠い時は会社でも寝ている。少し楽になったなとも思うし、歳をとったなとも思う。
2026年06月27日
撮影という仕事で色々な場所で色々な人に会っていると、のちになって「え、あの人とあの人が接点できたの」という瞬間が訪れることがある。アーツ前橋でのワークショップ撮影で知り合った前橋在住の中島佑太が中之条町の移住アーティストの西岳拡貴くんの家に飲みに来るという。行くと、西岳くん以外の移住アーティストや、東吾妻町「newroll」で展覧会をしていた伊藤嘉朗さんがいた。話をしていくと、伊藤さんは大地の芸術祭の出展作家で、中島佑太は若い時その芸術祭の手伝いをしていたことがわかり、昔話も面白かった。
今日のメンツでの出会いは、のちの何かに繋がるかもしれないなどと思いながら、久しぶりにワインをたくさん飲んだ。いい夜だった。
2026年06月26日
中之条ビエンナーレに関連する、中之条町移住作家が中心となって行った「Art Fair NAKANOJO 2026」の開催に合わせて、太田市美術館・図書館や山形ビエンナーレで仕事に呼んでいただいた小金沢智くんが中之条にやって来た。今までにも数々の仕事をご一緒して、何度も飲んだ人である。宿は自分でとったとのことだが「うちに飯食いに来てください」と、夕食に誘いお好み焼きを焼いた。
彼は山形芸術工科大学で教鞭をとりながら、今年も山形ビエンナーレに続く学校主催の芸術祭「みちのおくの芸術祭」でディレクターを務めている。そしてそういった仕事以外に自らで、本を製作してきた。それは、彼のお父さんが亡くなった際の記録写真集である「flows」であり、先に書いた山形ビエンナーレの記録にインタビュー等を付け足した記録集「歌は待っている 風と土と「ひとひのうた」と」である。そして今、小金沢くんは「歌は待っている」のデザインを行った故・岡本健+さんについての本を作っている。身銭を切って本を作り続けるスタミナもすごいが、彼が人との出会いと別れの中に何か大切なものを見出そうとしていることがわかる。
後日、食事のお礼だと、小金沢くんはわざわざ美味しくておしゃれな包装の山形蕎麦セットを送ってくれた。ありがたいなー。していることは違えど、自分も頑張ろうと思える貴重な存在である。
2026年06月25日
原美術館ARCで9月6日まで開催している「安藤正子:普通の日々」展に関連し、安藤さん自らによる作品解説イベントを撮影した。
安藤さんの絵は今までにも拝見していたが、仕事とはいえ撮影でその人となりを知ると、いちファンになってしまった。技巧を凝らした平面絵画を描き続け、ある時筆が進まなくなる。その時安藤さんが行ったのは陶器、立体物を作ること。絵でも描き続けてきた子どもなどをモチーフに立体作品を作り続けるうちに、またそこから平面を描くことに戻ってきた。今回の展示のメインとなる《ニューノーマル》と名付けられた焼き物作品群は、猫、バナナ、スイカ、花など身近なものをモチーフとしながらも、その制作動機には今行われている戦争への悲しみがあるという。
何より、普通の日々の中で見た人や物を描いたり造形したりしていても、そこから感じるのは単なるかわいらしさではなく、親しみやすさともきっと違う、神聖な、不思議な感覚なのだ。何より、「その手法で世界に認められたからそれを続ける」ではなく、その時その時で(他者評価ではなく)自分が切実な表現を繰り返し、それが度々他者から称賛される表現と重なる、という誠実さが、作品に一貫されている。ぜひ、空気も美味しい渋川の原美術館ARCまで足を運んでいただきたい。
2026年06月24日
先に書いた『急に具合が悪くなる』の原作本をすぐに購入した。注目される映画ながら、前橋のブックマンズアカデミーですら在庫は1冊。平積みでもなく書庫検索をして見つけた。『国宝』など人気映画の小説原作本とは違い、2019年に出版された哲学者・宮野真生子さんと人類学者・磯野真穂さんによる往復書簡本なのだから仕方ないと言えば仕方ない(購入時に書店員さんに「この本、目につくところに平積みすれば何冊かは出る本だと思いますよ」と言いたい気持ちを我慢した。言ったらただの気持ち悪い客ではあるが。)
映画『急に具合が悪くなる』は、原作にある日本人2人の往復書簡に書かれた魂の軌跡とも呼べるような何かを、映画という表現に変換をした。舞台がフランスになったり、主要人物の一人がフランス人になったりもしている。磯野さんのポッドキャストを聞いても「映画の原作と言われると違うものなのだけど、濱口監督はものすごく読み込んで大切な部分をプロの技術で映画にしてくれた」的なことを話している。僕は、その<小説の優れた映画化>ではなく<小説ではない現実に生きた人たちの往復書簡から大切なエッセンスを映画化させた>ことに興味がある。その大切なエッセンス(まだ本は読めていないけど、僕が勝手に予想して魂の軌跡と書いたもの)は何なのか? そしてそれを映画で語る際の具体的手法は何なのか?(それはカメラと俳優との距離だったり、映画内に流れる作られた時間だったりするだろう)あたりに興味がある。
あの映画面白かった、つまらなかったで終わらずに、今そこに興味があるということは、きっと自分はまだ<作り手である>ということなのだと思う。
2026年06月23日
新しい映画が公開される度に映画館に観に行こうと思う監督がいる、ということはとても幸福なことだと思う。濱口竜介監督がまさにそれで、『ドライブ・マイ・カー』以降は『偶然と想像』『悪は存在しない』と映画館で観てきた。カンヌ映画祭で日本人初の主演女優賞を獲得したことでも話題の『急に具合が悪くなる』も、196分という上映時間は何ら気になることはなく(むしろ濱口ファンであれば長ければ長いほど喜ぶかも)公開後早めにシネコンで鑑賞をした。めちゃくちゃ良かった。
映画の中に人生は残せるのか、映画で世界を変えられるのか、という事を真顔で実践し、けれど説教ではなく人間賛歌である本作。映画好きはもちろん、自分が成すべき使命や文字通りの余命について考えている方、福祉介護関係で働いている方は仕事の一環での鑑賞をしても良いくらい、考える事が多い作品だと思った。7/17(金)からはシネマテークたかさきでも上映されるので、騙されたと思って観に行ってほしい。過去作品よりも人を選ばない間口は広い作品だと思う。
2026年06月22日
自己責任、の一言で終わる話。
知り合いの紹介で、初めて関係する会社に車で向かっていた。埼玉県なので土地勘は全くない。iPhoneのマップアプリに行き先を打ち込んで、30分早く着くように出発した。車はずんずんと山の中に入っていく。インテリアのショールームということで、きっと喧騒から離れたところにあるモデルルームみたいなところなんだとぼんやり思っていた(自分が正しいと思い込む正常バイパス効果)。
着いたーら、そういう面影もない。人家や踏切はあるが、絶対になさそうと言い切れる。すぐに間違いと気付いた。改めて調べ直すと、ここから1時間遠い距離にあった。完全に遅刻。撮影の立ち会いもする知り合いに連絡して平謝り、Googleマップで場所を特定し、急いで向かった。
マップアプリでこうなったことはこれが最初ではない。以前も、全く関係ない場所に連れていかれてぽかんとなったことがある(マップアプリよりはGoogleマップの方が信じられるみたいよ)。そんな間違いではなくてもスマホを頼りに道を走っていて
おいおいこんな細い道を走らせるのかい
ってことは、多くの人が体験していることだと思う(車に古いカーナビは付いているが、道路情報が古そうだからどうしてもスマホを使ってしまう)。むしろ、僕は余裕がある時なら
ほうほうこんな道を走らせるとは面白い
と思う変人タイプではあるのだが、今回はほんと平謝り案件だった。自己責任、の一言で終わる話。
2026年06月21日
モロッコいんげん、という野菜は固定種のレア野菜だと思っていたが、わりとどこにでもある野菜かもしれない。僕はこの野菜をとても食べ慣れていて、というのも母親が裏庭でこのいんげんを育て、すべては収穫せずに種になるまで待ち、それを翌年に裏庭に蒔いてを繰り返してきた野菜だったからだ。
母親はよく、これをただ油で炒めて塩胡椒をして食卓に出していた。肉厚でさや自体がもきゅもきゅといい歯ごたえで、癖も少なくて食べやすい。あとはじゃがいもや玉ねぎと共に味噌汁となって食卓に出てきた。あまりにたくさん獲れる年もあり、そういう時は吉岡町の姉家族が来た時に持って帰らせたり、頻繁に食べて消費していた。天ぷらにしても美味しい。
昨年、その種が獲れなかったのだという。ただそれだけで、食卓からモロッコいんげんが消えてしまった。春になりファームドゥーにも行ってみたが、インゲン豆の苗はあってもモロッコいんげんの苗はない。仕方ないとインゲン豆の苗を2株買って実家の畑に植えてみた。
スーパーだったか道の駅だったか、先日モロッコいんげんが売っているのを見つけた。2袋買って、1つは母親にあげた。もう1つは、じゃがいもと共に煮て、味噌汁にした。じゃがいものほくほくと、モロッコいんげんのもきゅもきゅがとても合う。美味しかった。
2026年06月20日
庭のプランターのバジルがわっさわっさしてきたので、一度に大量に消費してやろうと思った。そうして浮かんだのが、作ったことはないジュノベーゼだった。検索すると、松の実や特殊なチーズはなくとも、カシューナッツと粉チーズで作れるらしい。
わっさわっさに育ったバジルをボウルいっぱいに収穫し水洗い。ミキサーに入れ、ニンニク2片とカシューナッツ、オリーブオイル、塩を入れてブイーンと粉砕させる。そこにわりとたくさんの粉チーズを足して再びスイッチオン。パスタを茹でる。
10代の終わりにパスタ屋でバイトして依頼、パスタは我流でたくさん作ってきたし、外食でもそこそこ好んで食べていた方だとは思うが、ジュノベーゼを食べたことは・・なかった気がする(1度や2度食べて忘れているだけかもしれないが)。茹で上がった麺をボウルでソースと混ぜ合わせ、皿に盛った。
美味しーーーーーーーーーーー 自分の庭で採れたバジルだからなおさらなんだろう。美味しい。
2026年06月19日
庭の鉢植えとプランターに、オクラと紫蘇とバジルとパセリと食用ほおずきを植えている。
紫蘇とバジルは、種から芽吹いたものもある。適当に撒いたら、1つのプランター内に若芽がわっちゃわっちゃと窮屈そうになってきた。苗くらい大きいものもある。ので、それぞれをそっと優しく掘り起こし、間隔を等間隔に植え直した。それでも芽や苗が余ってしまったので、多少日当たりは悪くなるところだが地植えもしてみた。植え替えをしてみて、しばらくじっと見ていた。愛着というやつだ。苗の周りには肥料も少し撒いた。
翌日になって見てみたら、どれも枯れずに立っている。うまく根を張ってくれると良いのだが。
2026年06月18日
もくもくと、夏の雲が立つようになった。
田んぼの稲穂は、可愛らしさと頼もしさの間くらいの丈に育っている。
朝であっても日差しは日中の暑さを思わせる。
季節はいつでも、僕の気持ちの先をいく。
蝉はまだ鳴いていない。
2026年06月17日
最近めちゃくちゃ料理をするようになった。とはいえ、ノールックで何も見ずにあれもこれも作れるわけではなく、今までに買い貯めた料理本や、好きな料理系YouTuberのレシピ、スマホでちょいと検索して作ったりする。
料理人の人は何を今更という話ではあるが、たくさん料理をしていると気づくのだ、塩だったのだと。塩気のないものは美味しくない、その逆で、塩っ辛いものも作りがちだった。きちんと計ると美味しい、というだけの話ではなくて、たとえばその野菜に、その肉に、あとどれくらい塩をかければ適正なのかと、指で塩を挟み微量をパラパラやりながら前よりはわかってきたような気がするのだ。
お風呂の適温を探すように、良い塩梅を探したい。
2026年06月16日
「Art Fair Nakanojo」では、故人であるスタン・アンダソンさんの作品も出展されている。パートナーであるさゆりさんが「自分で所有して古くなっていくくらいなら、良いと思う人に持っていてもらいたい」という気持ちから、スタンさんの娘さんの同意やスタンさんが出品していた美術館学芸員のアドバイスなども考慮して参加に踏み切った。
スタンさんの作品は個性的で、自然に還るもの以外は使用しなかった。主だったものは木の樹皮を木のハンマーで叩き、それを紙漉きのように平面に固めたもの。その中には貝殻で素朴な鳥やカエルが描かれた作品もあるし、平面そのものがフクロウの形だったり、スタンさんが歩いた六合暮坂の地図の形をしている作品もある。
僕はアーティストではないし、作品制作のスタイルは人それぞれなので断言はできないのだが、今月先に紹介した障がいを持つ方は誰かのためではなく多分、自分のために絵を描いたり紙をちぎったりしている。一方で人に見せるという行為を始めた段階で、子どもはあるいはアーティストは「誰かへの手紙を綴るように」作品を作っているのではないかと思うことがある(あるいは、障がいを持つ人もそうかもしれない)。その手紙は、こんちはくらいの軽いものかもしれないし、最愛の人に向けたラブレターかもしれないし、戦争に対する挑戦状かもしれないし、宇宙に対するテレパシーかもしれないが、受け取る方も受け取る方で好き嫌いで受け取ったり受け取らなかったり感動したり不快に思ったりする。
スタンさんの作品はもう新作が生まれることはない。それも踏まえると、作品を持つ(見るだけでも良いが)という行為は無数に流れている手紙の渦の中からただ1枚を選び取る、奇跡にも近い行為のようにも思える。そういうふうに丁寧に、作品が見れたら素敵だろうな。
2026年06月15日
第二回 「Art Fair Nakanojo」が中之条町の旧廣盛酒造で開催されている。6/21(日)まで。これは、2017年から始まった「中之条ビエンナーレ」をきっかけに中之条町へ移住してきたアーティストを中心に、同芸術祭に参加している37組自らが画廊等を通さず自らの作品を展示販売するというイベントだ。その広告映像を担当している。
「越後妻有トリエンナーレ」「瀬戸内国際芸術祭」を筆頭に、地方芸術祭は日本各地で行われ、今年も群馬県前橋市では「前橋ビエンナーレ」が著名なアーティストが集う芸術祭として立ち上がっている。中之条は、現在もディレクターを務める山重徹夫さんがその仲間と共に町の協力のもとコンパクトに立ち上げた芸術祭であったが、地方芸術祭の多くが数年で開催を終える状況がある中で2年に1回の開催で第十回を数えるまで続き、このアートフェアのような派生イベントまで起きるようになった。これは、全国的に見ても稀な展開なのではないかと思う。
花を飾るように、アート作品を家に飾る。おすすめです。
Art Fair Nakanojo インスタグラム
2026年06月14日
久しぶりに母親を原町日赤の定期検診に送り届ける。帰りは自由に買い物してバスで帰ってくるので送るだけで用は終わる。そのまま仕事に行くのが常だが、近くにあるファームドゥーの駐車場に入る(これが今)。開店までしばしある。
先月、野菜苗を買ったりして昨年に続き「食用ほおずき」もわざわざネットで買って植えてみたのだが、昨年の品種とも違うようで全く大きくならない。そんなニッチな野菜の苗はファームドゥーでは売っていないのだが、日照が悪い場所に植えてしまった食用ほおずきを違う場所に植え替えて、ほおずきがあった場所に違う野菜を植えてみようかと、ファームドゥーの開店待ちをしてるわけだ。
植える上にはネットが張ってあるから、今まで植えたことのないゴーヤでも買ってみようかな。あ、開店した。
2026年06月13日
前橋アーケード街といえば、そこから電車で山へ一時間ほどの田舎に住んでいた僕にとっては憧れの場所だった。東京なんて遠いしお金ないし怖くて行けない。だが、前橋なら行ける。
中学生の頃は高崎にもあまりパッとしたものがなくて、たまの休みに電車で前橋に行っては、駅からやや離れた場所にあるアーケード街に行き、特に何を買うということでもないのだけど、大きな本屋に行ったり、何かを買い食いしたり、ぶらぶら歩いたりした。
その後、2000年頃(前後はわからないがかなり長い間)は他の地方都市と同様にアーケード街は明るさを失った。買い物は郊外のショッピングモール。商店の人たちも年をとったのだと思う。僕に限らず前橋に遊びに行くなどという声は聞かないようになり、友人に連れられ飲みに行っても寂しい町という印象があった。
前橋アーケード街が賑わってきたのはいつからなのだろうか。眼鏡ブランドのJINSが古いホテルを豪華なアートホテル「白井屋ホテル」に変えて、おしゃれな建築でパスタ、どらやきなどの店が並び、無印良品も入ってきて、古い建物に居抜きで食べ物屋が入ったりビール醸造所が入ったり、小さな本屋が入ったり、古い建物を壊して新しい建物ができたりしている。
多分、商いはやめてもずっと住居として暮らしていた方達が家を手放すタイミングだったのかもしれない。また、一部が賑わうと、いい意味でそれに乗っかって誰かが商いを始める。郊外でぽつんと店を出すくらいなら、人が歩くようになったアーケード街でやろうと思うんじゃないだろうか。
アーケード街にも北と南があって。前橋中央通り商店街(南)はおしゃれな店が並び常に明るい感じがする。一方の弁天通り(北)は、古い屋根の影響なのか薄暗く、通好みの店が並んでいる。先日、映画監督のトークが行われたのは弁天通りの道端で、近くでは若者から中年までが楽しそうに酒を飲んでいた。明るすぎず、でも暗すぎでもなくなった弁天通りが体に合うのだと思う。