日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。平成30年前半は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

3989声 リポD

2018年10月16日

風邪をひいてしまった。
引きたくない時期にかぎって引いてしまうから、やっかいである。
さしあたり、風邪薬は飲まずリポビタンDを飲む。
体が動かなくなってくると、なにかと忘れているような気がしてくる。
今週末締め切りの結社誌の原稿がひとつ。
いまからそれにとりかかるため、リポDをもう一本。

3988声 蜘蛛の家

2018年10月15日

雨の日および小雨のまじる曇天の日など、
どういうわけか、家の中に蜘蛛が出る。
小指の爪ほどの、小さな奴ならば良いのだが、
中には親指ほどもある大きな奴もいる。
今朝見かけた蜘蛛も、この大きい方の奴で、その姿は、
映画「エイリアン」に登場するフェイスハガーを彷彿とさせる。
とても、素早い。
そして、敏感。
こちらの殺気を察知したのか、構えると同時にさささっと、
棚の脇などに隠れてしまう。
これくらい大きいと、殺虫剤に対しての耐性が相当あり、
蚊や蠅に使用するようなものではあまり効かない。
しかし、一時弱らせることはできる。
追いかけては殺虫剤を吹きかけつつ、弱ったところをティッシュでつまみ、
ようやく窓の外へ落とした。
窓の外の植木には蜘蛛の巣があり、大きな女郎蜘蛛がいた。

3987声 白い旗

2018年10月14日

所用で柴又の帝釈天へ。
小岩から久しぶりにバスに乗った。
バス路線は新しい店などが出来ていたが、
参道までくると昔と変わらぬ雰囲気である。
小店に並んでいる寅さんグッズをひやかしながら、
江戸川の土手まで歩いた。
土手から江戸川をぼけっと眺めていると、
「旗」と声が聞こえた。
振り向くとすぐ脇におじいさんがおり、私に向って、
「白い旗が見えるか」と問う。
振り向いて、遥か対岸の旗を確認し、「見えます」と答えた。
うなずきながら「矢切の渡しがやってる合図だ」と、おじいさん。
私も小さくうなずきながら、おじいさんと旗を眺めていた。
人影を乗せた小舟が、ゆっくり旗に近づいていた。

3986声 秋祭

2018年10月13日

近所の秋祭へ行った。
あたたかい食べ物が美味しいのも、
夏の祭にはない楽しみである。
しかし、焼きそばがすぐに冷えてしまうのは、
夏の祭にはない悲しみである。

3985声 守宮の瞳

2018年10月12日

すっきりしない天気が続いている。
今日も小雨まじりの一日であった。
そんな天気だからか、最近家の中に守宮が出現する。
群馬に住んでいたころは守宮など見たことがなかったが、
千葉に越してきてからはよく見かける。
先ほども、風呂場の天井に張り付いていた守宮をとって、
窓から外に放り投げた。
蜥蜴よりもずんぐりしていて、かわいらしい。
てのひら、というのが正しいか分からぬが、丸っこくて、
愛らしい形をしている。
つまんで灯下にまじまじと眺めていたら、守宮と目があった。
目は、その瞳は、やはり爬虫類だとはっきりわかる光が宿っていた。

3984声 歯車

2018年10月11日

歯車が徐々に狂っていくときは、歯車が徐々に狂っていることに気がつかないものである。

3983声 その人の酒

2018年10月10日

句集を献本いただいたので、この作者へ何の酒を贈るかここ数日悩んでいる。
なぜ、句集のお返しが酒かというと、私が句集を献本した際、
その人の住む土地の酒をいただいたからである。
土地の酒蔵と懇意にしているらしく、自信を持って贈ってくださったことが、
うれしかったことを覚えている。
私には、自信を持って贈呈できる酒があるだろうか。

3982声 軽みについて

2018年10月09日

 「ザ・モルツ 麦香る3.5%」という缶麦酒を帰り際に買ってみた。このごろよくある「コンビニ限定」らしい。その名の通り、アルコール度数は3.5%と控えめで、軽い。けれども、モルツらしさは感じる。かたや同じサントリーでも「ストロングゼロ」なんて缶チューハイは、一般的なそれよりも、度数9%と高めである。麦酒においては「軽み」や「キレ」が重視されているのであろうか。「プレミアムモルツ」でも「ザ・モルツ」でもない「モルツ」が好きだった者としては、いささかさびしい。

3981声 小走り

2018年10月08日

 体育の日。毎年のことであるが、小走りもせずに終えてしまった。

3980声 スターマイン

2018年10月07日

 車を飛ばして、深谷市の岡部へ。今日、コスモス祭りが開催されおり、夜には花火が上がる。その花火を観に来た。
 十月の花火は夜空が澄んでいるので、鮮やかに見える。その鮮やかさがなんだか寂しく、八月の花火とは違い、気持ちが乗らぬところもある。箸を入れているやきそばもすぐに冷えてしまい、いっそう、興が冷める思いである。それが、この荒涼と畑の広がる景色と合っていると言えば合っているのだが。

3979声 珈琲時間

2018年10月06日

 高知からの帰路。羽田発の飛行機の搭乗時刻までは二時間ほどあるので、高知駅前で時間をつぶそうとするが、よい時間のつぶし方が思い浮かばない。近場のどの観光地に行くにも時間が足りない。こういう時間を上手く使えないところに、旅慣れていないもどかしさを痛感する。仕方なく、目抜きとおり沿いの老舗喫茶店に入った。
 店舗は老舗だが開店して一周年とのこと。姉妹、それとも友人であろうか、五十年配の女性二人がきびきびと立ち働いている。駅前はイベントなどでやや騒々しかったが、店内は体育の日を月曜日に控えた、三連休の初日とは思えぬほどの静けさ。慌ただしく観光するよりも、この香ばしい珈琲は、案外、上手い時間の使い方だったかもしれない。

3978声 ともかくカツオ

2018年10月05日

台風25号の進路も逸れ、ひとまず日本列島に直撃することはなくなったようである。台風特有の蒸し暑さの中、ともかくカツオのたたきを食べた。

3977声 高知へ

2018年10月04日

 高知竜馬空港に着くと、雨が音を立てて降っていた。高知の市街地に来るのは、高校一年生の夏以来なので、かれこれ二十年ぶり。高知駅前はバスターミナルや大型の商業施設などが出来ており、あのころと比べ、格段に都市感が増していた。それでも、はりまや橋方面に歩くと、川沿いの道や路面電車など、当時と変わらぬ面影があった。当時訪れたときは、丁度、日曜市が開催されており、路上にびっしり露店が出ていた。はじめて見た「冷やし飴」と、プラスチックのパックで売られていた、つがいのかぶと虫を買ったことを鮮明に覚えている。
 そのかぶと虫は、その晩に泊まったユースホステルの枕の脇に置いて一緒に寝た。一晩中、かさこそかさこそ、うるさかったが、翌朝目覚めて見ると、パックの中が空っぽになっていた。二匹ともパックをこじ開けて逃げ出していた。

3976声 齟齬こそ

2018年10月03日

銭湯の関係で、年に数件だがこのWEBサイトに問い合わせがある。
近年、伝統的な銭湯への関心が高まっているらしい。
もちろん、いまにはじまったことではないが、
SNSの普及がその最大の要因の一つであることは間違いない。
スマホ片手に、銭湯の正確な場所が探せる時代である。
そうであっても、伝統的な銭湯自体は、時代の流れや、
ましてやITから隔絶されたところが魅力だと思う。
現代との齟齬こそが、銭湯の美ではなかろうか。

3975声 断ち切る

2018年10月02日

引き続いて台風一過の秋晴れ。
先日の台風で庭の金木犀がほとんど散ってしまった。
八月から九月にかけ、句集の類が数冊届いた。
句集類を対象にした賞の締め切りが、秋にある関係であろう。
よい句集もあった。
句集などはそのほとんどが自費出版なだけに、
甘えや誘惑を、ある程度断ち切らないと、
よい仕上がりにならないと感じている。
いい意味で自分本位に仕上げてあるものが面白かった。

3974声 虫の音

2018年10月01日

「明日は全滅だな」
布団に寝そべってぼんやりと考えていた。
老朽化しているこの貸家は、いよよ吹き飛ばされるのではなかろうかというほど、
揺れ、軋んでいる。
所々の隙間風が奇声とも嬌声ともつかぬ、薄気味悪い音を始終たてている。
そんな調子で目覚め悪く、されど台風一過で澄み渡った青空の下、朝の駅へ向かった。
予想に反して全滅はしておらず、しぶしぶ大混雑の総武線に乗り込んだ。
「すし詰め状態」とは言うけれど、こんな状態ではすしは原型をとどめず、
押しつぶされてひしゃげた団子状態になってしまうだろう。
乗り換え駅に着くと、団子を千切るように人波が車外へ押出された。
汗拭き、しばし息を整えつつホームに呆然と立ち尽くし、
その団子列車が去るのを眺めていた。
そういえば、昨夜の嵐の中、ふと風音の隙間に虫の音が聞こえた。
暴風雨の音の中、なんとも涼やかな音色であった。

3973声 今である

2018年09月30日

一日中バタバタと、外は嵐の前の暗い静けさの中、ザブンとシンキチと家を往復する。今月一杯で倉林君がやめてスタッフが入れ替わり、来月から本格的に違う体制になる。はたしてどうなるか。お客さんは来てくれるか。少し前に書いたが、人間は多く、記憶の中でばかり生きていると、この頃よく思う。例えば日本の戦争は、それを経験していない私にとっては遠い昔のことだが、そのときすでに生きていた人にとってはつい最近だ。老いてくると、夢は昔の出来事ばかりになり、挙げ句平気でぼけて今がわからなくなる。いったい何が真実なのか。私は個人的には、記憶の中で生きてしまう人間というものを肯定的にとらえている。しかしながら一方では、大事なのは今である、という真実も嫌というほど味わってきた。倉林君がやめることになり、スタッフやお客さんが寂しいと言うんだが、私はそのときはよくわからず、あとから寂しくなるタイプらしい。記憶の中で生きてしまうタイプである。しかしながら、大事なのは、今である。

3972声 拡張縮小

2018年09月29日

朝から樽詰め、タンク洗浄をする。いつになく身体が動く。アリナミンはすごい。ここ数ヶ月設備の拡張を検討していたがその前に資金がないことが昨日わかった。なので、拡張は最小限に変更することにした。金がないというのは、ある面においては大変かもしれないが、ある面においては楽である。悩まなくてすむ。一つ一つできることを惜しみなく。身体が動くことがありがたい。


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