日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。平成30年前半は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

3885声 ぐんま一番

2018年07月05日

めっかった群馬の(す)。すーさんが担当する「ぐんま一番」はポチッと群テレで毎週金曜日に放送。群テレとあなどるなかれ、現在のMCは中之条町六合出身の関太くん(僕と同い年)と山本浩司さんのお笑いコンビ「タイムマシン3号」。いわゆる素人である取材先のおじさんおばさんらと、タイムマシン3号との掛け合いがとても面白い。やっぱ才能あるわー。
 
「ぐんま一番」明日7/6(金)の放送は僕の会社もある東吾妻町。それこそ、東吾妻出身の画家・水野暁さんも出るそうだ。その翌週7/13(金)はおらが町・中之条。要請があって、僕も中之条ガーデンズ(旧花の駅美野原)でドローンを飛ばしました。僕はカットされてるかもだけど、撮った空撮映像は使われる・・はず。
 
以上、番宣でした。

3884声 染まる

2018年07月03日

水野さんの個展を見終えて、Kさんが呼んだYさんが「高崎在住ながら高崎を知らない」というので、僕が知りうる良い場所を巡ってみた。入らず言葉で紹介した店も含めて
 
「洋菓子のウエイブ」(賞味期限2時間のカスターパイ好き)
「スナーク」(ちょうど「zinphony」という小冊子イベントをやっていた)
「チンズバーガー」(食べなかったけど。かじりつきたい)
「matka」(器専門。おしゃれだし買えないけど立ち寄ってしまう)
「タイ料理の二パー」(唯一離れてる。行かなかったけどオススメしといた)
「かき氷の日本一」(長蛇の列で買わずに通り過ぎる)
「rebel books」(デザイン関係の本を買った)
「椿食堂」(先の小冊子イベントでポテサラ作るzine買った)
そして「ザブン」。
 
上記、店の店主同士が仲よかったりするし、顔見知りに会う確率が高い。「高崎を知らない」と言っていたYさんは上の店半分以上知っていて、得意がった自分がちょっと恥ずかしかったが、いく先々で僕は顔見知りに会ったのでKさんもYさんも「高崎在住ではないのになぜ?」と思ったようだった。なんでだろうね。
 
めっかった群馬の(ほ)。堀澤さんがオーナーを務める「ザブン」では、カウンターで堀澤さんが飲んでいた。当たり前だが僕の数倍その場に溶け込んでいる。普段はそんなこと考えないのだが、ふと。僕が知ったころの伊勢崎にいる堀澤さんと、今の堀澤さんとは、若いか老けたかじゃなくて・・かなり違う気がした。
 
堀澤さんが作ったビールを飲みながらふと「人は自分の努力で変われる事なんてごくわずかで、住む場所や仕事や顔を合わせる人に染まることで、少しずつ変わっていくんだろうな。それしかないんだろうな。」と思った。

3883声 リアルの在りか

2018年07月02日

水野暁ほど欲深い絵描きを、僕は知らない。
 

 
水野さんと知り合ったのはもう12年ほど前になる。僕が通っていた日本映画学校では「ドキュメンタリー実習」というものがあり、後輩たちが中之条町へやって来た。水野さんは取材対象の一人だった。学生と水野さんとを繋げる手伝いをした。水野さんを知る人はご存知のように、彼は物腰穏やかで優しい。学生たちは取材の枠を越えて彼と親しくなり、撮影から11年経った今も彼の展示があるごとに群馬まで足を運んでいる。
 
高崎市美術館で開催された「水野暁ーリアルの在りか」に、水野さんを取材したKさん等と行った。水野さんが4歳の時に描いたという浅間山の噴火の絵を見ては「これ取材の時に、水野さんが昔描いた絵を撮りたいって言ったら、出してくれました」とKさん。彼女たちが作った短編ドキュメンタリーでは、水野さんの両親まで登場し「息子は昔から虫と、絵を描く事が好きで」と話す微笑ましいインタビューがあったことを思い出す。
 
そしてその4歳で描いた小さな浅間山の隣には、4年の歳月をかけて描いた近年の大作「The Volcano-大地との距離について/浅間山-」が並並ならぬ存在感を放っていた。この絵を見るたびに僕は「これは生き物だよな」と思う。超近距離に見れば油彩の一筆一筆の集合体であることがわかるが、4歩も下がればそこには写真以上に生々しい迫力をもった大地が現れる。その存在感にはきっと、費やした4年の歳月も関係しているのだと思う。写真は一瞬を捉えることしかできず、映像は例え4年間撮影して編集しても瞬間瞬間を並べたものでしかない(それぞれにそれぞれの良さはあるものの)。けれど彼の絵では4年もの歳月が1つの絵として凝縮されている。それと対峙して僕が感じるのは、もはや絵を見ている感覚ではない。脈打つような生き物と向き合っている感覚である。
 

 
「写真みたいだね」。会場で、鑑賞している人から発せられるこの言葉を何度聞いたことか。確かに僕も、水野さんの絵を知った時は「動物の死骸(!)や人物を写真みたいに描ける人」という認識だった。現にNHK「日曜美術館」において、彼は写実主義作家の括りで取材を受けている。しかし彼は「写実作家という括りに自分がいると思ったことはない。自分にとってリアルなものを描き続けているだけ」と言い放つ。
 
写実表現とは何か?を語れるほど僕に知識があるわけではないけれど、「透過」や「Inner impulse」のような写実的な絵と抽象的な絵を並べた作品を見ると、彼にとっては「見たものを描く行為」と「そこから受ける印象を描く行為」は相反するものではないのだと確信できる。むしろ「目で見えるものを明確に描く」だけではなく「ないものをただ抽象的に描く」のでもなく「心の中に結ぶ実像をいかに実感をもって描くか」ということにシフトしつつあるのだと思う。抽象を写実で描く?・・禅問答のような難しい領域で、彼は戦っている。
 

 
高崎美術館の1階から3階まで、彼のこれまでの作品の長い変容を経て、今回の個展で最後に待つのが「Mother」と題された自身の母親を描いた作品。一見して言葉を失う大作である。「息子は昔から虫と、絵を描く事が好きで」。ほがらかにインタビューに答えていた映画学校の取材当時から、お母さんのパーキンソン病は進行していたらしい。会場の一角では、彼が撮影した映像・・絶えず体を動かさねばいられない母親の姿が流れている。母を描いた大量のドローイングは壁を覆い尽くすように貼られ、彼が母親と対峙した時の長さが鑑賞者にもまとわりつく。
 
「Mother」。キャンバスの隅から隅まで、母親を覆い尽くすように描かれた線は、わかりやすいところでは絶えず動き続ける手足、体の動きを捉えたものなのかもしれない。けれど2度目にこの絵を見たとき、僕にはそれは横たわる母を覆い尽くす花のように見えた。それは美しくも不吉である。水野さんから聞いた話で、描いている最中に母親に見せたら「美空ひばりのドレスみたいね。結婚式も和装だったから嬉しいわ」と答えたという話は、とても良い話だと思った。鑑賞者それぞれに、それぞれの何かを焼き付ける。
 
僕にとってはまた、見れば見るほどにわからなくなる絵だった。写実なのか抽象なのか、完成なのか未完成なのか、冷たいのか暖かいのか・・けれど、頭で理解しようということを放棄して、ふっと全てを取り払った時に、言葉にすると恥ずかしいけれど「愛」だけが残る気がした。僕が勝手に体験した事である。
 

 
風景を描くことに物足りず、人を描くことに物足りず、捉えられるのかどうかもわからない「時間」や「存在」を描こうとする水野暁は、誰よりも欲深い絵描きだと思う。その先に何があるかはわからないけど、尊敬と共感と畏怖を感じながら見届けていきたいと思う。
 
http://akiramizuno.p1.bindsite.jp/#

3882声 ジンジャーエール

2018年07月01日

ジンジャーエールを体にぶちまけてしまった。
手をすべらせて、でも、無糖だったんだ。
超気持ちいい。
 
夏だゼッ☆

3881声 冷やし中華

2018年06月30日

寝室の厳しい暑さに目を覚ますと、差し込むような頭痛。
暑さによるものか、二日酔いによるものか、
判然としないが、体調は悪い。
カーテンを開けると、カラリと晴れた青空で、
なんだか、こうしては居れぬような気がしてくる。
取り敢えず、冷やし中華を作ろう。

3880声 白南風

2018年06月29日

昨夜は日本のワールドカップの決勝トーナメント進出が決定し、
今日は、梅雨が明けた。
このところ、雨が少ないと思っていたが、
まさか六月中に梅雨が明けるとは。
今年は猛暑であろうか。
夜は古い友人と池袋で酒を共にした。
梅雨明の池袋は、いつにも増して若者たちが多く、
夜でも風が白っぽくざわざわとしていた。

3879声 伝え方

2018年06月28日

帰宅すると、レターパックで本が一冊届いていた。
未知の人からで、俳句に関係する本だが、
句集でもエッセイでもない。
自費出版らしく、詳細も不明である。
ただ、レターパックの届け先欄の下あたりに、
「寄贈本」と朱の印がデンと押してあるだけ。

3878声 ビニールバッグ

2018年06月27日

引き続き、晴れて蒸し暑い一日。
朝、幼稚園児だろうか、母に手を引かれて、
横断歩道を渡っていた。
右手には小さなビニール製のバッグ。
もう、プール開きの季節か。

3877声 その手のものたち

2018年06月26日

梅雨の中休みで、夏日であった。
いきなり気温が上がったせいか、夜、帰宅すると、
だんご虫にわらじ虫、ぞうり虫になめくじなど、
その手のものたちが、玄関付近にたむろしていた。
扉が開き、明かりが点くと、みな驚いて散って行ったが、
なめくじだけは、ゆっくりと体を折り曲げていた。

3876声 安堵&安堵

2018年06月25日

夜、酒席。
慣れぬ銀座の往来を通り抜けて、
有楽町の駅舎の光が見えると、小さく安堵した。
山手線に乗り、総武線に乗り換える。
夜も更けてきた車内には、赤い顔したサラリーマンが多い。
酔っ払いが自分だけではない、この空間に小さく安堵。
これに席に座れた安堵が加われば、降りるべき駅を
乗り越してしまう可能性が大きいことは、経験上分かっている。
そんな自戒を思い返しつつ、吊り革に両手をかけていた。

3875声 雀蜂

2018年06月24日

午後から梅雨の晴れ間。
夕方には澄んだ月が見えた。
庭から仰いでいると、ぶーんと影が横切った。
虻にしては大柄で、目を凝らすと雀蜂であった。
慌てて距離を取り、夕月よりも大きななその影が、
隣家の木陰を去るまで眺めていた。

3874声 蛍棲む町

2018年06月23日

梅雨らしく、降ったり止んだりの一日であった。
寝室に、蛍の句の色紙が掛けてある。
ようやく当季になってきて、ちらりと目に入ると、
「今年はあと一度くらいは蛍が見れるだろうか」
などと、考えている。
私の住む市川市でも観れる公園などがあり、
少し前までは湿地で野生の蛍が棲息していたらしく、
土地の人に話を聞くと、「どこでも観れた」との事。
昭和から平成にかけて環境が激変しているのだと、
しみじみと感じた。

3873声 湿度と麦酒

2018年06月22日

湿度が高い日はと麦酒が美味しくない。
体調の影響だろうか。
気分の問題だろうか。

3872声 日々

2018年06月21日

マンネリを丁寧にこなせるかどうか。

3871声 黴の家

2018年06月20日

朝から雨が強く降っていた。
洗面台の縁、風呂の戸の後ろなど、黴が発生していた。
雨の匂いと黴の匂いの部屋は、不快であるが、
古い家のためか、取り除こうにもどうしたらよいか、
黴の前でただただ、手をこまねいている。

3870声 寿司屋のコロンビア

2018年06月19日

夜、酒席があり、築地の寿司屋で飲んでいた。
雨の平日のためか、店内は閑散としていた。
築地の一等地と言えど、平日はずいぶんと寂しいなと、空席ばかりの店内を見回した。
一杯目の麦酒の杯の開く頃に、奥の座敷から、突然、歓声が沸き起こった。
それが止んで、また俄かに歓声が小さく起こって、また止んで。
店を出るとき店員にそれとなく尋ねると、室内でロシアW杯を観ているのではとの由。
そういえば、今夜は日本VSコロンビア戦である。
店内が閑散としていた理由は、この試合当日だったからで、
失礼な想像をしてしまった。
帰りの電車内で隣の吊り革の男のスマホをチラリと見ると、
2対1で日本が勝ったようであった。

3869声 警戒

2018年06月18日

今朝は大阪で地震。
震度6弱とのことで、仕事で大阪中心部に電話をかけたが、
午前中は繋がらない状況であった。
雨も降っている。
今日は何をしていても、頭の片隅で警戒している。

3868声 へその揺れ

2018年06月17日

車で走行中であったためか、微弱な揺れを感じた程度であったが、
その後のラジオの報じるところによると、渋川市で震度5弱を観測したとの由。
日曜日の穏やかな夕方の町の雰囲気が、一気に警戒態勢になった。
群馬は災害に遠い印象をもっていたが、いまや、
その認識は新しくしなければならない。
「日本の真ん中・日本のへそ」として県民に認知されている渋川とて、
例外でなかった。


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