日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和6年度は4月(ぬ)5月(岡)6月(す)7月(堀)8月(坂)9月(ぬ)10月(岡)11月(す)12月(堀)1月(坂)2月(ぬ)3月(岡)の順です。

5837声 虹と猪

2024年05月31日

過去一美味しいとか、今月も大げさなことを何度か書いてしまった気がするが、過去一大きい(もういいよ)虹を見た。北軽井沢の平地で、まさに右の水平から左の水平へ、半円でかかる大きな虹だった。

ちょうどのタイミングで居合わせた悠貴さんと共に、ほへーと大口を開けたまま虹を見ていた。すると、その虹の中央の木々の脇から、大きな猪が一頭こちらに向かってくるではないか。

いやいやいや、なにこれ、虹、そして猪。身の危険も少し感じたので、家の入口までゆっくり歩いた。

・・という夢を見た、ではなくて、これは本当にあった話。知らないことが、まだまだたくさんある。

5836声 愛のありか

2024年05月30日

僕が寝ている自分の部屋は、となりの姉の部屋を通らないと、台所や居間などほかの部屋に移動ができない。僕も姉もそういうところにわりと鈍感だったので、深夜に帰宅して寝ている姉を踏みそうになったり、いい年をしてエッチな映像をスマホで見る時も音はミュートだったり、僕にもそれなりの気遣いはあったが、別の部屋に移動するとか外を回って居間に出るとか、そういうことはしなかった。

姉の部屋は東のみに窓があるので、明るいのは朝だけ。起きて眠い目のまま台所へ行く際には、窓を通った光が細長く畳に落ちていてきれいだなと思う。もうそこに布団は敷かれていない。昨年末に、姉はふっと亡くなってしまった。



昨年に続き、シンガーであり文筆家である寺尾紗穂さんのライブを北軽井沢ミュージックホールで開催できる運びとなった。僕も有志メンバーの一人としてスタッフをする。6/30(日)の開催でまだチケットを売り始めたばかりなので、寺尾さんの歌を、あの素晴らしい場所で聞いてほしいと思う。チケットはこちらから

良いタイミングで出た寺尾さんの新曲のタイトルは「愛のありか」。これもとても良い(以下は歌詞からの一部抜粋)

隠された愛のありかは
時が示すさ 予告もなく
突然 あざやかに

空はまだ
痛みかかえた天気雨
愚鈍な僕に
光の雨が降る

寺尾紗穂|Saho Terao – 愛のありか [Official Music Video]

5835声 過去一番美味しいハムサンドと整腸薬

2024年05月29日

今月はやけに食べ物の投稿が多かったなと思う。であればと言い残したものに北軽井沢のルオムの森のイベントで食べた「porco」のハムサンドがある。「porco」は群馬じゃなくて長野に公房を構える加工肉店(店舗での販売は行わず、イベントやネット、ルオムの森の直売などで販売している)で、余計な調味料や保存料は使わず、ごくごくシンプルで、でもベーコンなんかは「それをじっくり炙って出した油が、何よりの調味料になる」という素晴らしい出来。職人気質の旦那と、ちゃきちゃき明るい奥さんの人間性も良い(あのスーパーまるおかでも、サムタイム販売されている)。

そのハムサンドのハムも、塩気は控え目で、しっとりとした歯触り、というか唇触りが良かった。「このハムでハムサンドを作るなら超薄切りだと思った」という話も聞き、なるほどややしっかりめのバンズを噛みしめていった中央に、しっとりふわふわのハムがぎっしり詰まっているから、もう最高と言わずにはいられない。過去一美味しいと思ったのは大げさではなくて、僕はそれを食べる直前に本来はまかない的なporcoのチャーシューライスも平らげていたから、お腹が膨れた状態で食べて最高と思ったのだから、過去一美味しかったのだ、間違いなく。

ところで最近、市販の整腸薬を飲みはじめた。そんな単純な話かと思われるかもしれないが、なんだか胃腸の調子が良くて、食べることがより楽しみになっている(体重計はあきれている)。

porcoインスタグラム

5834声 映像は所詮、まなざしの共有

2024年05月28日

普段良く通る通りではあるが、一歩足を踏み入れると異世界、ということはあるように思う。一歩足を踏み入れると「視聴学」という見慣れない単語が書かれた小さな立て看板があった。オーナーの島田さんに挨拶をすると、グラスを手渡される。奥さんのクリステンさんが一升瓶を持ってきてくれて軽く一杯。家の離れの倉庫にまた一歩足を踏み入れると、そこはソファーと椅子数台があるだけの8畳ほどの映画館になっている。この日この回の上映会の参加者は島田さん夫婦を含めて6人、それで満員だった。

島田さんの知人でもあるというカルダー・マーティンという人の映像作品3本を見た。彼が若い頃に作ったという映像は、自分で演奏しているというノイズミュージックにテレビ?からキャプチャーしたという鷹の映像が重なる。アナログ的手法で作られたその映像は超個性的。一番新しい映像は、数時間前に完成しデータとして送られてきたものだと言う。まだ編集に納得がいっていないらしく、明日の上映では更新バージョンが上映されるかもとのこと。「スライス・オブ・ライフ」と島田さんが形容していた通り、その映像にはアメリカで暮らすマーティンさんの日常が物語形式ではなく断片的に繋がれていた。ここ「視聴学」は中之条町に移住した島田さんの私設シアターで、月に一度ペースで上映会を開いている(この日は第二回目だった)。

個性的な映像を見たな、と思う一方で、映像は所詮、まなざしの共有なんだよな、とも思う。

5833声 めいく みぃ すまいる、あげいん

2024年05月27日

太田市を拠点に、本格的な演劇を展開している劇団による「演劇/微熱少年 vol.7 めいく みぃ すまいる、あげいん」の撮影を行った。2021年に行ったvol.1から撮影を担当しているので、長い付き合いとなった。

今回も館林美術館の別館の一室を舞台に変え、ジャンルで言えば何になるんだろう・・ファンタジーとも言えるようなドラマが展開される。撮影は・・難しかった。舞台の中央にはどーんと柱が立っているのだ。それをあまり目立たないように舞台セットを作ることもできるが、今回はむしろその柱によって見えないものが大事、という意味もあったようだ。

映像も良いが、生身の人間が目の前で展開する演劇には、より多く伝わるものがある。余白もある劇なので、提示された物語を見ながら、自分の経験を振り返るという時間もあったように思う(個人の感想です)。公演を立てることはとても大変だが、演劇が身近にない群馬だからさらに、貴重な活動であると思う。

5832声 朝の散歩

2024年05月26日

前夜にオニオンリングを食べ過ぎたせいだと思うのだが、朝5時くらいに目が覚めた。

記憶にないくらいぶりに朝の散歩に出ることにした。この時期外はもう明るい。商店通りに出ると、街灯がまだ灯っていた。目の先、かねんての坂の少し手前を歩いているおじさんが、車道の上を歩いていた。車通りはまだ少ない。この時間だからこそ、歩道ではなく車道を歩く、その気持ちはわかるような気がした。

そのまま15分程度道を下っていき、伊勢町のうめまつ食堂まで来た。道路向かいの建物には張り紙がされている。もともとは薬局だったとのことだが、僕はその店に入った記憶がない。この「元・芳佳堂薬局」は今、地域おこし協力隊の相田哲也くんが中心となり、地域活性の拠点として活用しよう!という準備段階にある。(相田くんは移住して早々に伊参スタジオ映画祭スタッフにもなってくれている)

そんな芽吹き前を見たからとて、この町の先が明るいなんて無責任な事は言えない。家を出た時よりも日が高くなったからだろう、実際の現象として、町の先が明るく見えた。

5831声 三輪途道さんと学生たち

2024年05月25日

昨年から、三輪途道さんの活動を撮影し続けている。下仁田在住の彫刻家、三輪さんが代表を務める一般社団法人メノキの福西敏宏さんから依頼をいただき、三輪さん周辺で起きることをドキュメンタリーにすべく記録をしている。

三輪さん周辺で起きること、とはどんなことなのか。彫刻家である三輪さんは、精密な木彫作品を作っていたが、30代後半で網膜色素変性症という目の病気により視力を失った(今も光は感じるとのこと)。普通の作家・・というか普通の人であればそれで行き止まってしまいそうではあるが、三輪さんは制作を続けた。現在は、木彫から粘土に材料を変え、脱乾漆(粘土に漆を塗った布を貼り、乾いた後に中の粘土を抜いて、漆を塗り完成させる手法)の作品を制作している。

「個人プレーから団体プレーに変わった」

と三輪さんは語る。身の回りのことは器用にこなす三輪さんではあるが、外出の際にはサポートをする人と共に行動する。三輪さんの言葉は、そういった人の手助けを受けながら生活や制作をすることを指すだけではない。一般社団法人を立ち上げ、目が不自由な人も文化芸術に触れられる機会を増やすべく活動をしている。今月も2度、群馬県立女子大と、共愛学園前橋国際大学にて、学生を相手にワークショップを行いその様子を撮影した。

ワークショップ後、教授が「午後の授業は眠そうな学生もいますが、今日ははっきり話を聞いてましたね」と話された。三輪さんはいつも真剣なので、その話はまっすぐに学生たちに届くのだろう。

5830声 動物目線

2024年05月24日

久しぶりに太田市美術館・図書館で仕事だった。撮影が終わり、せっかくなので展覧会も見ていくことにした。26日までの展示だが「本と美術の展覧会vol.5 あふれる、うごめく、のめりこむ。―絵本原画とアートの空間―」と称した3人の絵本作家、田島征三氏、ミロコマチコ氏、舘野鴻氏による展覧会を開催中だった。

田島氏、舘野氏の展示も良かったが(3階では3作家の絵本を読むスペースもあり、マイナーに分類されるであろう昆虫の生涯を緻密な描写と正確な文章で綴った舘野氏の「しでむし」「つちはんみょう」「ぎふちょう」は完読してしまった)、山形ビエンナーレ2016で見たミロコ氏の大型立体絵本〈あっちの目、こっちの目〉が1台展示されていて、それが良かった。

この作品は、山形市の動物のそばに暮らす人たちから動物を目撃したエピソードを集め、それを昔話風な短い物語にして、ミロコ氏が絵を描いたものだ。その絵が、荷馬車風の立体物に描かれていて、荷が入るような箱の扉も開いてその中に描かれている物語も読む構造になっている。展示されていた1台は、うさぎと鷹の物語で、箱の中には人目線で描いたエピソードの写し鏡【動物目線で見た物語】が描かれている。

3階で、その立体物が絵本化された本も読んだが、総じて人間は動物から見たら命を脅かすものであった。けれど、きっと本物の動物もそうなのだと思うが、人に対して怯えて暮らしているわけではなく、彼らはひょうひょうと暮らしている。そしてまた、動物から見た山形の人々は、どこか動物的だった。

太田市美術館・図書館で学芸員だった小金沢智さんにお声がけいただき、現在彼が中心となって準備を進めている山形ビエンナーレ2024の講座講師の一人を務めさせていただくこととなった。何度か山形に足を運ぶことになるので、いろいろな動物にも会えるに違いない。

5829声 たらこ好きに朗報です

2024年05月23日

コンビニでファミリーマート限定「たらこ好きに朗報ですー濃厚たらこ味焼きそばー」を買った。車の後部座席に無造作に放り、こういうものはいつでも食べられるなと思っていたが、ほんの数日で封を開けることになった。撮影以外は会社で1人、パソコンと向き合う仕事なので、気付くと夜になっている。キッチンもあるので料理もできるのだが、この日は適当に食べようと思った。

まず、フライパンに水をはり火にかける。カップ焼きそばを開ける。ペヤングみたいにお湯を入れる前に入れるかやく、はないタイプ。冷凍庫を開けて、開封してあった冷凍枝豆を出す。小さい皿はコーヒーカップの受け皿しかないのでそれにカラカラと枝豆を流し入れ、レンジへ突っ込みチンをする。しばしスマホをボーっと見る。お湯が沸いたので、流しの中にカップを置いてどばどばと湯を注ぐ。こうすれば湯がカップを逸れても拭く必要がない。

枝豆の皿を取り出し、一度部屋を移る。解凍ムラがあり凍っている豆もあったが、口に入れれば溶ける。仕事机のノートパソコンをえいっと隅に寄せ、書き出し中の映像ソフトの経過時間を見る。スマホのタイマーがあと30秒となったので(3分ではなく5分待つ太麺タイプだった)キッチンに戻り、湯を捨てオイル、調味オイル、乾燥たらこを入れ、軽くまぜる。たまたま冷蔵庫にたらこを瓶詰にしたものを買ってあったので、さらに足してやろうかと、完成したカップ麺と箸、たらこの瓶詰を手に持って仕事机に戻る。

「たらこ好きに朗報ですー濃厚たらこ味焼きそばー」は、まぜすぎないままに食べた。味の濃いところと薄いところがあった方が飽きないだろうと思ったからだ。であっても全体として味が濃かったので、たらこの瓶詰は結果足さなかった。食事時間は5分くらいだろうか。机の脇のごみ箱にカップを捨てて、枝豆の皮が乗った受け皿に箸を置き、それを机の隅に追いやってノートパソコンを元に戻し、そのまま仕事を続ける。

5828声 スイカのサラダ

2024年05月22日

毎季節チラシを担当している、中之条町のアマダ補聴倶楽部の天田さんから、彼女が習っている太鼓仲間が作っているという薮塚のこだま西瓜をいただいた。シールには藤田修司という生産者の名前まで書いてある。これが・・とてもうまい。水っぽさがなくて味が濃い、そしてすっきりとてもとても甘い。

そのまま食べても美味しいが、スマートフォンで「スイカのサラダ」と検索して、ぱっと目を通してからキッチンに立った。レタスを手でちぎって、角切りにして適当に種をとったスイカを乗せる。前日の晩に作ったカルボナーラのために買ったパルメジャーノチーズのブロックを、やや厚みを残したまま薄切りにする。それも野菜の上にぱらっとかけて。オリーブオイルに、生レモンをしぼり、塩で調味する。そのドレッシングをかけて。薮塚のこだま西瓜サラダの出来上がり。

過去記憶がないくらいに、美味しいサラダとなった。

5827声 動かないと死ぬ、ではない

2024年05月21日

傍目に見てもひどく忙しくしている店主の店に納品で行った際に、いつも忙しそうですねー、と声をかけたら「なんかさー、マグロと一緒で止まったら死んじゃうんだよ、仕事以外にやりたいこともないし。岡安だってそうだろう?」と返事が返ってきて、そうですね、とは答えられなかった。10年前なら答えていたかもしれない。

仕事が遅いのでいつもやることを溜めてはいて、それが外から見ると忙しそうなのかもしれないが、昔の忙しさと今の忙しさは違う気がする。今は週に最低1日は休みを取るし、約2年前に独立し会社も順調とは言えないから今こそ頑張らねばとは思うものの、良くも悪くも仕事最優先ではない。では何をしているかと言えば、好きな人と一緒にいることを大切にしている。

5826声 本をつくる

2024年05月20日

本をつくる

なんて魅力的な言葉。スマートフォンが一般的になった令和に紙の本。買うのではなくて、つくる。本職ではないのに本をつくるというと、Zineと呼ばれるハンドメイド冊子が浮かぶ人も多いと思う。結果Zineみたいなものになるかもしれないが、有志たちと今、本をつくろうと活動を始めている。

今日はその打ち合わせデーだった。自らも小さな書店を営むHさん、長年ブックカフェを営んでいたFさん、現在本と雑貨の店を切り盛りしているYさん、そして僕。に加えて、ずっと若くてけっこうページ数のあるZineも自作したことがあるKくんが5人目のメンバーとして加わってくれた。

仕事としての集まりではないから、実は結成してから数か月経つのに超スローペースでしか事が進んでいない。であれば思い切りが必要だ!とのことで、締め切り日に繋がるある事の申込みもしてしまった。

本をつくる。まだその姿は見えないが、このメンバーであれば良いものが作れる、という希望だけはある。完成の暁には、ここでも紹介をさせていただきたい。

5825声 みんなで映画を観るということ

2024年05月19日

月1ペースで伊参スタジオ映画祭の集まりをしている。映画祭が近くなれば(今年も11月を予定)もっと頻繁になるが、今は月1ペース。主に、今年どんな映画を上映するか、という話し合いやスタッフ試写を行うこととなる。昨日は、ツインプラザの一室をお借りして2本映画の試写をした。集まったスタッフは少なめだったが、やはりみんなで映画を観るのは楽しい。しかも観るだけじゃなくて、それを上映するのかしないのか決めるという目的もある。

映画祭の実行委員長が言ってはいけない内容な気がするが、ずいぶん前から映画を観る機会を減らしてしまっている。仕事の合間にNetflixは観たりするが、映画館に行くことも稀だ。それは決して映画に飽きたということではないが(映像が仕事の主であることは変わりないし)、映画とは関係ない魅力的な人や事に触れる機会が増えてしまったことによるものが大きい。

今日観たうちの短編の1本は、過去あまり観たことがないような独自な映画だった。それは自主映画的な未熟なものを感じたということでもあり、監督は撮りたいものを思い切り撮ったんだろうなという勢いでもあった。若い頃は、そういう独自な映画もたくさん観ていたような気がする。

映画祭スタッフみんなで映画を観る先には、映画祭で多くのお客さんに映画を観ていただく本番がある。今年も良い映画祭にしたい。

5824声 問わず語りの 

2024年05月18日

このめっかった群馬を読んでいる方は、TBSラジオ「問わず語りの神田伯山」が好きな方が多いのではないか、と勝手に思ったりする。僕はたまに耳に入っておもろいなーと思う程度だったのだが、最近はまってしまった。はまるきっかけは、僕が関わっている「伊参スタジオ映画祭」でも上映した映画『茶飲友達』について神田伯山氏が話す(2024/5/10アップの回)と知り聞いてみたこと。ポッドキャストで聞いたのだが、機能を使って昔に遡って聞けると知り、運転中にずっと流している。

昔に遡って、と書いたがその遡れ具合がすごい。講談師として伯山を襲名する前、神田松之丞であった時から、しかもまだ世にあまり知られていなかった2017年(7年前)の放送回から聞くことができるのだ。その頃からすでに、人の悪口を言っているようでいてぎりぎり憎まれないような彼のキャラクターは確立されているものの、自らで無名を名乗り、実際それほど認知もされていなかったのだと思う。が、回が進むにつれ、メジャーなメディアに取り上げられた話や有名人と肩を並べる様が、笑いと共に語られていく。それはつまり、出世街道を行く男のドキュメントでもある。

最近、あまりにたくさん聞いたので、自分の話言葉が影響されているのではと思ったりする。オチ的なものを話す前にちょっと溜めてみたりとかね。人を笑わせたい、とはあまり思わないが、人を引き付ける話はできるようになりたい。それは技というよりはきっと、人間性なんだろうな。

5823声 あんバターサンド

2024年05月17日

世の中に罪な食べ物はたくさんあるが、その一極にあるものが、あんバターサンドであるように思う。炭水化物であるパンに甘いあんこ、とどめにバター。僕が一番好きなあんバターサンドは、中之条町伊勢町にあるパン屋「エルム」のあんバターサンドだ。まず何が良いかって、店頭には並んでおらず注文してからサンドをしてくれること。これは、はさむバターが特別に良いもので、作って店頭においておくと溶けてしまうから、ということがあるのだと思う。さあ、それでは食べてみよう。まずパンは、天然酵母を使うこの店だからのもっちりパン。小豆は甘さ控えめ。そしてバター・・にいく前に何やら塩味も感じるはずだ。それはなんと、この店オリジナルの花豆味噌!それがパンにうっすらと塗られているから、甘味をより際立たせてくれる。そしてバター。1センチに届くかと思われるぶ厚いバターが、咀嚼してすぐに水のようにパンとあんこの間を流れ出てくる。それらが混然一体となって・・・ふぉんふぁららーん(造語)。

5822声 質より量

2024年05月16日

どでか唐揚げが名物の食事屋に入った。いや、44歳にもなって「どでか唐揚げ」と口に出すのもちょっと恥ずかしい気がするのだが、撮影場所のそばにあったその店に吸い込まれた。メニューが写真で掲載されていて、「唐揚げ定食ハーフ」を注文した。ハーフであっても、鶏もも肉半分みたいな大きな唐揚げが3つどどーんと乗って出てくる(フルの場合は5つだったような)。そしてその脇には、まんがみたいに山盛りのご飯が・・

それで確かランチ価格880円だった。今は何でも高くなってしまった。その値段であれが出せるということは、鶏肉はきっとブラジル産冷凍もも肉とかなのではないかと思う。どでか唐揚げを頬張っても、鳥の旨みはあまり感じられなかった。ご飯の風味もなかった。店に入っておいてなんだが、であれば総じて半量で良いから美味しい唐揚げ定食が食べたかったなと思った。いやぁ、実に44歳らしいじゃないか。

記憶にないぶりくらいに、外食でご飯を残してしまった(心の中で文句を言いながらどでか唐揚げは完食した)。最近思うことは「もう年なんだから○○はしない、という決意は未だ長く続かない。気持ちはまだ若いのだ。であるが年をとったことにより大食いとか運動とか体がついてこなくなる。それによって、気持ちや行動が制限される。つまりは、決意よりも体の方が先を行くのだ」ということ。きっとまた別の店で、たいして美味しくないどでか唐揚げ定食を頼んでしまうのだろうな。

5821声 映画でしか語れないもの

2024年05月15日

中之条町で毎年開催している「伊参スタジオ映画祭」の実行委員長を、今も続けている。もう何年やっているのだろうか。前回から隔年開催となったシナリオ大賞という取り組みの公募が始まった。それに向けて書いたテキストを、ここにも残しておきたいと思う。わりと長文です。

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実行委員長を務める群馬県中之条町で開催の「伊参スタジオ映画祭」で、「第20回シナリオ大賞」の募集が始まった。これは、全国から映画の中編・短編シナリオを募集し、その大賞作品に対し制作補助金の贈呈等を行い映画化させる取り組み。映画化された作品は、当映画祭での上映を経た後に広く認められる作品も多く、近年のものでは「大阪アジアン映画祭」で「JAPAN CUTS Award」を受賞しニューヨークでも上映された笹谷遼平監督『山歌』や、今月末フランクフルトで開催される世界最大級の日本映画祭「Nippon Connection Film Festival」で招待上映となった煙山夏美さん脚本『冬子の夏』などがある。

「シナリオ大賞」は僕が映画祭スタッフに加わった前年、2003年より始まり、現在までに35作品が映画化され、第19回シナリオ大賞の大賞受賞作品である上野詩織さん脚本による『生きているんだ友達なんだ』は今年11月の映画祭公開に向けて映画化が進められている。嬉しいことに「若手映画作家の登竜門」などと呼んでいただくこともあり、確かに今現在、数多くの映画は作られているが(デジタル化による技術革新により、制作される本数は以前より増えており、その反動として映画館で上映できない映画も多いと聞く)、映画制作のはじめの一歩を後押しする取り組みは全国的に見ても少ない(広く知られた「ぴあフィルムフェスティバル」は完成した映画のコンペであるし、伊参以前から公募シナリオの映画化を行っている「函館イルミナシオン映画祭」も大賞作品全てが映画化されるわけではない)。

第20回を数える今回からは、過去一番の課題であった映画制作費問題に対して、「毎年開催としていたところを隔年開催にすることにより、短編作品の制作補助金を50万円から100万円に増額、中編作品を100万円から200万円に増額」とした。隔年開催にしたことにより、過去無理であった秋冬のシーンをシナリオに盛り込むことも可能となった(映画化にも約2年間費やせるので)。この改変には、過去のシナリオ大賞受賞者有志からのアドバイスがあったことは感謝として書き残しておきたいし(過去の受賞者がシナリオ審査にも関わっていることも当コンペの特徴である)、なにより映画祭やシナリオ大賞が続いている柱には、中之条町行政と町民の多大な理解とサポートがあることにも感謝したい。



シナリオ大賞作品を毎年上映してくださっている同県内の「高崎映画祭」において、この春開催された第37回のコンセプトのタイトルが「大丈夫。映画は無くならない。」であったことに、僕は少し驚いた。(以下引用)

「大丈夫。映画は無くならない。」

コロナ禍に見舞われる、もっともっと前、深刻な経営難で映画上映が続けられないかもしれない、と悩んでいた時に、兄と慕っていたある映画館の支配人が、私にかけてくれた言葉です。

時代が変わろうとも、上映素材が変わろうとも、作り手や観客の意識が変わろうとも、映画自体は絶対に無くならないのだと。 とても単純な言葉ですが、ちょっとした衝撃でした。

それは映画は逃げていかないよ、という風にも取れました。(以上引用)

映画で語られることに対してのコンセプトではなく、日本における映画の存続について言及せねばならないという状況が、映画というメディア、映画鑑賞という生活行動の崖っぷち感を直視していた。そして映画というものがyoutubeやSNSやゲームといった手のひらで消費する数あるコンテンツの中の1つ、という状況が進めば進むほど、むしろ、映画自体の、映画館自体の、映画祭自体の価値というものは上がっていくのだということを高崎映画祭は示し続けてくれている。そして、ではと問いたい。

「映画を作りたい」という気持ちは過去のものとなるのだろうか?



つい最近、映画に関する2つの体験をした。1つはシナリオ大賞からは離れるのだが、アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督による新作『悪は存在しない』(こちらはベネチア国際映画祭で銀獅子賞)を「シネマテークたかさき」で鑑賞した(濱口監督は、彼が映画のキャリアをスタートさせた頃に『はじまり』という作品で伊参に来場していただいたこともあります)。この映画については諸々の感想はあるが、思ったことの1つは「映画誕生から100年以上が経った今でも、映画は絶えず研究され、継承され、新しい体験として鑑賞されている」ということだった。世界中のシネフィル(映画通、映画狂)から愛される濱口作品を見たから、ということではあるが、映画は古びないどころか、未だに進化を続けているということは事実だと思う。

もう1つは、過去にシナリオ大賞を受賞し、今年の高崎映画祭で最優秀監督賞を獲った外山文治監督の『茶飲友達』という作品について。監督がSNSに投稿していたことをきっかけに、TBSラジオの「問わず語りの神田伯山」最新回を聞いたところ(ポッドキャストでも聴けます)講談師・神田伯山さんの口からこの映画に関する話が出てきたのだ。映画を観た人ならすぐにそのシーンが浮かぶと思うが、主人公のマナが言う「正しいことだけが幸せじゃない」というセリフにいたく共感したという話。高齢者売春というショッキングな物語を扱いながらも、この映画では草食動物のように清貧で暮らす高齢者ではなく、肌に触れたい、心に触れたいという欲望を持ち合わせた高齢者が描かれる。それは、大きく言えば「人間の尊厳」について、映画でしか成しえない文法と熱量で鑑賞者に問う物語であった。

それら「映画100年の歴史と継承」「映画でしか語れない物語」が、手のひらで消費するコンテンツに負けて消えゆくはずが、ない。



風呂敷を大きく広げてしまった気がするが、「第20回シナリオ大賞」においては前回まで尽力していただいた脚本家の龍居由佳里さんに変わり、群馬在住で芥川賞ほか数々の小説賞を受賞されている作家の絲山秋子さん、当映画祭が企画にも関わり篠原哲雄監督・山崎まさよしさん主演で『月とキャベツ』に続き映画化された『影踏み』の脚本家・菅野友恵さん(菅野さんが中野量太監督と書いた『浅田家!』では日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞)の2名に加わっていただけた。非常にあり難い。

絲山さんは以前から面識があり、ただの一読者ファンでもあるのだが、2022年に出版された「まっとうな人生」においては、シナリオコンクールについて描かれるシーンがある。この小説の前作である「逃亡くそたわけ」において、破天荒ともいえる主人公・花ちゃんに寄り添った、当時は映画制作との接点など全くなかったなごやんが、本小説内では映画シナリオを書き、その創作についてこんなセリフを語るのだ(以下引用)

「ある日私の頭のなかで映画の上映が始まってしまったから、書かざるを得なくなってしまったのです。」(以上引用)

同様にして書かれたシナリオで大賞を受賞した歴代監督もいるのではないかと僕は思う。多くの方からのご応募をお待ちしています。

5820声 髙木くん 

2024年05月14日

群馬高専を卒業している、と話すと結構驚かれる。自分で言うのもなんだが、知っている人は頭の良い子が通う学校というイメージがあると思うので、あなたが!という驚きかもしれないし、今全く工業とは関係ない生き方をしているので、そういうギャップもあるのかもしれない。

当時の同級生とは全く連絡をとっていないのだが、フェイスブック経由で4人だけ繋がっており、その中の1人の髙木くんから24年の時を経てメッセージが届いた。なんでも、日頃僕が印刷のデザインなどをしていることをフェイスブックで知ってくれて、奥さんがしているピアノ教室の発表会パンフの表紙を作ってほしい、ということだった。

その申し出が嬉しくてすぐに引き受けた。髙木くんとはクラスでもそれほど接点があったわけでもないのだが、その嬉しさは何なんだろうと考えたのだが良くわからない。けれど、世には同窓会などという面倒な会を企画して、嬉々として集まっていく人たちもいるので、<学びという共有の場を体験したことのある人類の一部が持ち合わせている習性である>という納得の仕方をすることにした。

髙木くんとは、電話もせずに文字だけのやりとりだったが、発表会がうまくいくことを願っている。