日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。令和2年は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

4657声 来ない

2021年01月16日

14時から店を開けているが、まだお客さんが一人しか来ない。電話も鳴らない。いつもと同じ営業時間である。昨夜の客数は二人だった。これだと魚が回らない。さあどうする。

4656声 湧き水

2021年01月15日

昨夜飲みすぎて寝坊。一昨日も飲みすぎ。一昨日は早く寝たから昨日は起きられたものの、いずれにしても飲みすぎ。昨日の朝携帯を覗いたら、一昨日の飲酒メモを見つけた。「酔えたとき、あー、よかった、と思う」「スケジュールよりSNSより、グーグルマップが好き」お気楽な内容だ。今日は藤岡の山の中まで、湧き水を汲みに行った。この水でビールを仕込む予定である。細くて険しい坂道を登っていくのだが、現場に着くと先客がいた。60歳過ぎくらいのご夫婦だろうか。どちらからいらしているのか聞いてみたら、本庄だと言う。1時間くらいはかかる場所である。週に一度組みに来ているらしい。私もここの水をおいしいと思うが、それは昨日飲みすぎたからだけではなく、普段の飲料水としても、とてもおいしい水だと思う。

4655声 閑散とした市場

2021年01月14日

朝いつものように市場へ行ったら、うちが行く魚屋に一人もお客がいなかった。普段は必ず何人かいる。客が自分だけというのは初めてである。時短協力金がもらえるということで、営業をせず休んでいる店が多い。生物を扱う店はとくに、商品が動かなければ休みたくなるのだろう。これが続いたら市場はどうなってしまうのか。うちは今日はかろうじてテイクアウトの予約があって、少しは魚が動いた。これでまた魚が買える。

4654声 昼湯

2021年01月13日

朝起きてビールの冷蔵庫の整理をした。なかなかいいラインナップである。ラガー、ペールエールからIPA、柑橘系と幅広くある。外食飲酒経済がストップしているので出番はないが、いつでもいける状態ではある。さて、やることが減った。暇なのに疲労感は変わらない。白寿の湯へ行くことにした。お湯にゆっくり浸かって、いつもは素通りするレストランで食事まで。館内を隅まで覗いたら、マッサージ機を見つけた。いつもはかからないマッサージ機にかかる。そのまま熟睡。あぁ、なんという気持ちよさか。リラックスできて感無量となり、目を背けていた苦手の帳簿に取り掛かれそうな気がしてきた。白寿の湯様々である。

4653声 今日から時短

2021年01月12日

今日は朝からケグ詰めとタンク洗浄をして、その間にシャガットさんに伊予柑40kgを絞ってもらった。熟す前のやや若い伊予柑は、香りも味のバランスもとてもよかった。4時間かけて絞った果汁は12㍑、これをヴァイツェンに加える。これがシャガットさんの周年記念ビールとなる。ケグ詰め後に空いたタンクは、少しそのまま空けておく。いつもならすぐに次のビールを仕込むのだが、在庫過剰でビールを詰めるケグもなければしまうところもない。今日から高崎は時短要請。営業しない店も多い。

4652声 若いっていい

2021年01月11日

昨日は成人式だったらしく、朝から晴れ着の新成人をまちなかで見かけた。神澤さんの娘みちかちゃんも今年成人で、営業中に店に顔を出してくれた。朝から母親に方方連れ回されているようで疲れた顔をしていたが、それでも晴れ着姿の娘が入ってくると店が華やぐ。若いっていい。若いっていいねって、昔からよく言われるけれど、あれ、若者への賞賛でも、若さへの羨望でもなく、若いエネルギーがいいんだと単純にそう思う。電球みたいなもので、明るくなるんだよね。昨日のまちなかは新成人と若者以外に明るさはなく、静か。だから明るく見えたのかね。明日から、高崎も時短要請の2週間となる。更に明るさは減るだろう。

4651声 シャリ

2021年01月10日

昨日は思ったよりお客さんが来てくれた。テイクアウトもポツポツと予約が入り始めた。シャリがよくなってきて、握りやすい。浸漬、水切り、水の量を決めてもう一度浸漬、炊飯、ここまでがベースのご飯。そこに炊きあがり直後にシャリ酢を回す。酢を変えたら深みが増した。火入れの時間も大事な気がする。うちのビールに合うシャリに近づいていると思う。

4650声 買ってしまう

2021年01月09日

予想通り昨日は暇だった。テイクアウトを始めたが、お客さんだってそんなにすぐに反応してくれるわけもない。地道に魚をまわしていく。白身魚は昆布締めに、鰤は塩を当てて熟成に、血合いの多い部分は煮物に、ゲソや耳は焼いてサービスで、それでもあまりそう。そしたら自分で食べる。今朝も市場へ。一昨日もそうだったが、いつも見る常連がいない。従業員がいるところはほんとに大変だよな。つい必要以上に買ってしまう。売らないと。

4649声 緊急事態宣言

2021年01月08日

昨年の春以来の緊急事態宣言が出た。今日から夜20時以降の出歩きが少なくなる。昨年の春と似ているのは、未知の不安、わからないという恐怖が増してきたこと。今まではなんとなく収まっていた感染者数が止まらなくなってきて、数が桁違いになってきていて、変異種という、よくわからない報告も始まっている。ここから1ヶ月、夜の出歩きが少なくなる。昼の出歩きも減ると思うが、心配なのは、1ヶ月後も増え続けていた場合、ちょっとしたパニックになるんじゃないかという心配はある。そのくらいに追い込まれている人は少なくないと思う。46,000人いる現在の感染数が、1ヶ月後にもし倍くらいになっていたら、ちょっと大変になると思う。倍じゃなくても+1万人くらいでも、結構あたふたするんじゃないか。1ヶ月後はまだ、ウイルスには好都合の季節である。

4648声 寂しさというものについて

2021年01月07日

今年は丑年なんだけれど、ということはトシオトコ。生まれた年を省いて、自身何回目の丑年かというと、4回目。次回は12年後、無事生きていれば5回目で、還暦となる。人生はまったくあっという間である。紛れもない48歳のおじさんが考える「寂しさというもの」について、書いておく。寂しさというものを「」付きにしたのは、こういうことを書くと、どういうわけか「あ、寂しいんだな」というところだけ早々と抜き取って、大事なところまで辿り着かない読み手が多いから。とくに最近。私を含めてね、そうなの。どこの誰、ということじゃないんだな。最近の世の中の脳は、そういう脳に多くの人がなっちゃった。ジャッジが早急だから浅くなって、それが氾濫する。そうすると、人間を掘り下げる丁寧さとか、我慢強さとか、それが謙虚さなんだけれど、そういうものまで、脳は知らないうちに放棄するようになる。浅い部分しかなぞらないジャッジが多くなると、そんなジャッジに巻き込まれたくない、と今度は別の脳は思うようにもなる。知らないうちに。すると言わないようになる。言わないようになると、考えないようになる。人間そのものについて考える大切さが薄まるのね。本当に。いつの間にかね。寂しさについて、だった。寂しさなんて、いつか時が解決してくれるんじゃないかと期待していた若い頃もあった気がするが、これは時が解決してくれるような話じゃないな、と、トシオトコ4回目にして薄々感じている。何かに依存しなければ生きられない話を、以前に書いた。寂しさっていうのは、そういう、依存しなければ生きていけない瞬間を感じたときに潜んでる感覚、なんだと思う。どこにもごろごろ転がっている感覚。例えば、何かを考えたいときについコーヒーを飲んでしまうようになってしまった、とか、仕事が終わってまっすぐ家に帰ればいいのに、帰れなくなってしまった、とか。子供の頃は帰れたのにね。あ、今誰かがいたら家に帰れるのに、とか、誰かがいたらこんなにすぐに飲み始めてしまわないのに、という、そういう瞬間に、寂しさは潜んでいる。酒を売る仕事をずっとやってきて、昼から飲む人は圧倒的にひとり暮らしの方が多いよね。そういう人たちに私は好感を持ってるけれど。岡安さんが、#寂しさよこんにちは、というやり方で日常を切り取っているけれど、とてもまともな人のあり方だと思う。それで、やっと本題、おじさんの寂しさについてだけれど、寂しさは、おじさんだろうが若者だろうが、変わらない。変わるのは、寂しさに「こんにちは」と向き合う体力が違う。別の言い方をすると、業の肯定には体力が必要、なのね。一方で、寂しさに「こんにちは」と向き合う、テクニカルな距離感は知っている。寂しさにノックアウトされない距離感だね。距離感は、皮膚感覚の蓄積で磨いていくわけだけれど、それだけだとだめで、考え続ける、という我慢強さがないと、微妙にずれていく。考え続けるとは、依存しなければ生きていけない瞬間を感じたときに素通りしない、ということなんだよね。

4647声 何もしない日

2021年01月06日

よく寝た。昨日は夜の6時に寝て、今朝7時まで、13時間、寝過ぎでちょっと腰が痛い。ずっと眠ったまま、なんて、50歳を前にしてできなくなり、途中何度も目が覚める。それでもよく寝た。今日は何もしないと決めていて、何もしないということは、時間も気にしないということでもあり、SNSなんか見ないということでもある。ゆっくり起きてコーヒーを飲みたくなり、スタバへ。最近は決まってアメリカーノ。寿司の本を読んでいたら、どうしてもシャリを試してみたくなった。イオンでいろんな酢を買い込んで、ザブンへ。朝から酢のティスティング。酢もこんなに違うんだ。改めて知った。そろそろご飯が炊きあがる。合わせたシャリ酢を試す。そして握りの練習をする。

4646声 俳句ing

2021年01月05日

昨日は午前中は今日の仕込みの準備をして、昼前から中之条へ。正月恒例の俳句ingである。俳句とハイキングを掛けているわけだが、こういうのも恥ずかしくなる年齢となった。今回は事情あり、岡安さんと私だけになりそうだったが、高崎から坂口さんが初参加となった。吾妻線に揺られて高崎から中之条へ。そこからバスに乗り換えて四万温泉へと向かう。毎年正月に開催しているが、毎年天気がいい。今年も快晴で、風もなく穏やかな一日だった。前日までの慌ただしさからの開放感からか、電車に揺られているだけで意識が遠のく。まだ松の内だというのに、温泉街は閑散としていた。わしの屋酒店で四万温泉エールをいただいて、高台の八幡さまでお参り、男三人、おじさんが三人で、澄み切った空気の温泉街を歩いた。ただそれだけで気持ちがいい。温泉街を少し下り、予約しておいた老舗の寿司屋に入る。だるまストーブがちりちりと鳴いて迎えてくれた。店の中は昔ながらの町寿司の風情である。板場に立つご主人は、来月81歳になるという。それを聞いて背筋が伸びた。熱燗をやりながら、熟練の握りをいただく。たくわんに白菜漬けが箸休め。こういうのを喜々として書くんだから、もうますます、おじさんだ。おいしかったな。その後日帰り湯に入って、2度目の意識不明、撃沈。そりゃ疲れてるよねぇ。でも終始、気持ちのいい小旅行だった。日が変わって今日は仕込み。早朝からどうにか日が傾くまでには終わった。

4645声 質を求めて

2021年01月04日

昨日で三が日の営業が終わった。年末から続いた仕事も一段落。今日はゆっくりすることにして、正月気分で過ごすことにする。飲食店は日銭暮らしだから、ましてや個人店はなおさらで、その日の売上に戦々恐々とし一喜一憂する。売上の振れ幅が大きければ大きいほど、精神の揺れ幅も大きくなる。不安定な精神は集中力を削いで、料理や接客の端々に出てしまう。そんなとき、いともかんたんに、自分を保つのが難しくなる。料理の質、接客の質、と売上の両方が担保されて初めて一段落できるのが、個人飲食店なのである。質と売上どっちが先かと言えば、当然質である。質にお客さん(売上)が着いてくるのだから。一段落したらまた、すぐにその質を求めていかなければならない。いつまでこの質を求めていけるのだろうか。質を求めることに取り組めるのは永久ではないことだけは確かである。

4644声 今どきの寿司

2021年01月03日

昨日は忙しかった。天気に恵まれて、だるま市をやっている街の人出も多かった。若いお客さんが多く、ほとんどが寿司を食べて帰った。およそどう見ても、寿司屋に行く習慣がある風には見えない。おいしい寿司を食べさせてやりたい。回転寿司は私も行くが、回転寿司は満腹にはなるが、満足感に乏しい。いつの間にか、満足感のレベルを下げられていることを気づかせてあげたい。そういうことからしか、伝統文化は残せない。そういえば最近ばっちゃんが、味の話、食べ合わせの相性の話をするようになってきた。やっと興味が出てきたか。

4643声 五郎さんが来てくれた

2021年01月02日

昨日は何人かの常連さんが来てくれた。「混むかもしれませんよ」とばっちゃんに言われていたのでどうなるかと思ったが、結果はのんびり少人数のお客さんで済んだ。常連さんに混じって、常連さんではないが、五郎さんが来てくれた。散歩の途中だったのかふらりと入ってきた。「黄色い看板がついてたからさ。幸せの黄色い看板が」新年早々、得意のシャレが飛び出す。「猫がいてさぁ」と照れながらスマホの写真を他のお客さん達に見せる。「コレがさっき出てくるときに早く帰ってきてねって言うから、もう帰らなくちゃなんだよ」ビール一本飲んでみんなをひと通り楽しませて帰っていった。料理の世界では大先輩だが、人間としてこの方が好きすぎて、いつも吾郎さんに会うと胸が熱くなる。まだまだ元気でいてほしい。元旦から五郎節を聞けるなんて最高のお年玉だな。

4642声 コロナ渦の元日に

2021年01月01日

朝起きて昨夜の格闘技ニュースを見てみかんを食べる。今年も普段の新年と変わらず静かな朝である。一昨日おせちの準備の最中の話、都内の感染者数が1,300人に増えたと聞いた。1年前の元日はコロナウイルスなど知らなかった。それが2月の後半くらいからあれよあれよとコロナ一色となる。コロナ一色は何度か薄れる気配があったものの、結果的には逆にどんどんと色濃く、いくら洗っても落ちないシミのように、すっかり生活の中に定着してしまった。ワクチンができたとして、1年後の元日の朝はどのくらいに、コロナの前の世の中に戻っているのだろうか。あるいはコロナがあろうがなくなろうが、もうこの状態が定着するのだろうか。世の中を変えるのに1年は十分な時間なんだとわかってしまった。そんなことを知った1年はまた、あっという間の1年でもあった。これまでもいつだって1年はあっという間だった。だからこうして、せめて4ヶ月に一度くらいは、日々のことを記すことで自分の足元を確かめる時間が必要なのだなと思う。新年が始まる。1年前、ピルスナーの作り方など知らなかった。寿司の握り方すらロクにわからなかった。1年あれば人は変われる。さて、仕事に行かなければならない。元日から営業なのだ。

4641声 熟成

2020年12月31日

大晦日。予約シンキチのおせちを購入し実家に届ける。

親父が大量の薪を用意してくれいる。

聴けば本格的な斧まで購入して薪割りしてくれたとのこと。

ほんとに感謝しかない。

今年はいろいろあったが、仕事的には入社以来、

精神的にも一番きつい年であった。

おかげで妻や家族、友人のありがたさを改めて認識できた。

あと焚き火ね。これは精神の浄化作用が間違いなくある。

些末な日常のエトセトラなんてどうでもよくなる。

いい加減年も取り、自分的には落ち着いた手触りのある時間を過ごせている。

これまでの個別にあった色々な経験が、一つに合わさり

熟成が始まったことを感じるような年でもあった。

少なくとも、マインドセットとしては

これからはいただく存在ではなく、与えられる存在になりたいと思っている。

ではでは、みんさん良いお年を。

4640声 炊き納め

2020年12月30日

こうして、本年のtakibe-erは炊き納め。

伸びしろしか感じない1カ月であった。

来年早々の芋煮会を約して岐路につく。


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