日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。令和2年は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

4470声 高山きゅうり

2020年07月20日

高山村が面白い。昨年、村の良さを伝える「たからのやまたかやま」という小冊子をチームで作る仕事をしたのだが、今年も同じチームで村のポスターを作ろうと動き始めている。

 

高山村と聞いて、何を思い出すだろうか。僕は隣町に生まれ育ったくせに、数年前まではロックハート城と天文台くらいしか思い出さなかった。いや、今も建造物で言えばそれに道の駅や温泉が加わったくらいなのだが、高山村の魅力は「目にみえにくいもの」にある。

 

ポスターはずいぶんのんびりした作り方をしていて、先日はイラストを書き加えてくれる予定の前橋のイラストレーターも合流し、高山村めぐりをした。新規就農で移住してきた藍さんの畑を訪ねる。藍さんはツナギさえ着ていなければおしゃれな服屋にでも勤めていそうな見た目。でも地元の先輩農家のアドバイスも受けながら高山きゅうりやナス、トマト、めずらしい西洋野菜などを有機無農薬で作って道の駅などに出荷している。

 

畑には虹型の柵が並び、それに貼られた網には高山きゅうりの蔦がのびのびとのびていた。つけた身は、まだ小指ほど小さいものだった。この小さいきゅうりを愛でるところからいかにポスターに着地するか、僕もまだほとんどわからない。

4469声 つむじ10年

2020年07月19日

中之条町ふるさと交流センターtsumujiが10周年である。tsumujiでの思い出はたくさんある。そもそも、町営のその施設がオープンした当初、テナントの1つ「緑街ストア」の店主として、僕はtsumujiが職場だったのだ。このコラムで僕の次に担当しているすーさんとも、このtsumujiで会った。

 

ひょんなことから、この10周年を盛り上げる、という仕事をいただいた。町内在住アーティスト数人とのチームでの仕事だ。当初は10周年を記念したイベントのようなものを想定していたのかもしれないが、今はイベントがやりにくい状況でもあるし、どうやらイベント以前につむじ運営の基本的な部分でコトやモノの整理が必要らしいということがわかってきて、時間をかけて行う仕事となりそうだ。まずは、現在つむじで働いているスタッフやテナント、観光協会の人たちからアンケートをとることから始めた。すぐに、劇的に変わるということはできないしやるつもりもないが、今後を楽しみにしていただきたい。

 

tsumujiがオープンした年月は、親父が亡くなった年月とも重なる。もう10年か。早いな・・

4468声 七尾旅人

2020年07月18日

コロナ禍において窮地に立たされている最ものひとつはライブハウスだ。クラスター発生でニュースをはじめに騒がせたということもあるが、3密を避けてのライブハウス運用は非常に難しいものがあると思う。そんな中で、シンガーソングライターの七尾旅人さんが「LIFE HOUSE」という名前の配信を、youtubeで行っている。すでに12回、時に国内外のミュージシャン仲間だったり、写真家だったり、障害をもった若い歌い手だったり、ライブハウスのPAだったりと共にZOOMを使って1〜2時間、現状をふまえての話や、ライブセッションを繰り広げる。これが非常に面白い。

 

一般的には「Rollin’ Rollin’」や「サーカスナイト」といった雰囲気のある曲を作り歌う七尾さんだが、戦死自衛官を歌った「兵士A」など社会的な歌もあり、ツイッターでも歌い手としてのスタンスは崩さずに政治的と言われる発言をしている。「それで離れるファンがいるなら、それはそれでいいさ」というスタンスでもある。

 

ここに何度も書いている寺尾紗穂さんもそうだが、社会的な問題や葛藤をふまえて歌を作れる人の歌は、強い。流行り廃りや単なる格好良さ、現実逃避を超えた厚みを持っている。そして総じて、表面的ではない優しさを兼ね揃えている。「LIFE HOUSE」は、僕が今まで見てきた音楽番組(にこれも含まれるのであれば)の中で、一番面白い。

4467声 鉱物回収

2020年07月17日

世にタイムマシンが存在したなら、2020年にやってきた時の旅人は「ナンデコンナニミンナマスクヲシテイルノデスカ?」と不思議がるに違いない。いつまで続くのかもわからないマスクな日々が続いている。

 

当初、ほんとうにマスクが手に入らない時期があった。中之条町「うた種」で布製のかっこいいマスク2枚を作ってもらい、それを交互につけては洗いを繰り返していた。今はマスクも出回って暑さもあるので紙マスクだが、あの2枚の布マスクを交互に使っていたころが早くも懐かしい。

 

マスクはまた、隣人との間に壁を1枚作ることでもある。それにより落ち着く人もいる。いろいろと危ないということが世論となっていた頃に、食料品の買い出しは親に行かせずに僕担当とした。そしてスーパーに買い出しに行く時、マスクをして、ついでに当時書いたてのブルートゥースイヤホンを耳につけて、青葉市子の新譜を聴きながら買い出しをしていた。彼女の歌の浮世離れ感も相まって、人や物がある程度集まるスーパーにおいて、僕は人類のこの先のために必要な鉱物を探しに惑星に降り立った宇宙飛行士の気分だった。言い過ぎだけど。そのようにして、ピーマン、玉ねぎといった鉱物を回収してまわった頃の気持ちも、もはや懐かしい。

4466声 ロストキー

2020年07月16日

車の鍵。僕のは頭にキー解除のリモコンがついた鍵だった。その頭部分がある日バキッと壊れた。そうして残ったのはドアに差し込むと3センチくらいしか余分がない鍵そのものの部分だけ。前世はナマケモノだったのではないかという僕である、回しにくいなと思いながらその鍵を使い、こんなじゃ絶対なくすなと思いながらスペアキーも作らなかった。

 

中之条ガーデンズで行われたイベントで、野原でご飯を食べる機会があり。会社の車でそこから帰社したら自分の車の鍵がないことに気づいた。動じない。もろもろを探して、翌朝早朝には野原も探した。自分が歩いた範囲の平米を、縦に歩き、少し横にズレ、縦に歩き、繰り返して全面積を探した。ない。

 

結果、25,300円を支払って、車の鍵穴から鍵をつくってもらった。痛い。そしてここからは駆け足で話すが、数日後車のエンジンがかからなくなりエンジン周りを修理。その間に借りた代車で遠出した際にバッテリーをあげてしまってJAFを呼んで(もち未会員)車関連で短期集中散財をした。

 

これを呼んで多少なりともドキっとした人は、僕のように合鍵も作っておくことをおすすめしたい。今、車の鍵には、落として目立つようにカスタネットがくっついている。

4465声 コロナのものがたり

2020年07月15日

伊参スタジオ映画祭が2003年から行っている、全国から映画シナリオを公募しその大賞2作品(短編・中編)を映画化させる取り組み「シナリオ大賞」。今年の募集開始はコロナが騒ぎ出された後のことで、中止にする判断もできたが、「ステイホームな今だからこそ、書きたい物語があるのでないか」という予感から、例年通りの募集をはじめた。

 

ふたをあけてみれば、例年よりも100作品ほど多い353本のシナリオ応募があった。ほんとうにありがたいことだ。

 

今現在は、映画祭スタッフによる一次審査を行っている。手分けをするとは言え、ボランティアスタッフによって、1人あたり60本ものシナリオを読むのは大変な事なのだが(好みの偏りが出ないように、1つのシナリオを複数人で読む)、みんな頑張ってくれている。

 

まだ審査中なので何も言えないのだが、やはりシナリオの中にコロナが直接的に出てくる作品はいくつかあるようだ。それが大賞に選ばれるということは、逆に並みのシナリオが選ばれるよりも難しい気がするのだが(ただの時事ネタとしてコロナを使うシナリオは、まず残らないはず)、2020年の今だからこそのシナリオが選ばれるような気もして、いまからわくわくしている。

4464声 モノづくり酒豪説

2020年07月14日

赤城温泉御宿総本山には、糸井さんの呼びかけで高崎のギャラリーのご夫婦とご一緒した。ご夫婦でギャラリーをしつつ、奥さんは伝統工芸士としてブルーノ・タウトがデザイン指導したという竹皮編をされる方だった。この方がまぁ、酒が強い強い。

 

まるで水を飲むかのように(水だったら逆にそんな量飲めないのかもしれないが)すいすいと杯を明ける。そして終始、ケロリさらっと接し方が変わらない。カッコいいな、と思った。僕はもうわりと早々に手が止まり眠くなってしまった。

 

県内モノづくり作家を幾人か知っているが、総じてだいたい酒飲みである。緊張を強いられる手仕事は、夜ごとに酒によってリセットされる必要があるのだろうか・・いや、たまたまかな。

4463声 分福茶釜のガラス窓

2020年07月13日

君は、赤城温泉御宿総本山を知っているか?裾野が長い赤城山をずずずーっと登り、細く曲がりくねった先にある温泉宿だ。

 

アーツ前橋「表現の生態系」展において、中村裕太さんと軸原ヨウスケさんが「群馬における民芸の生態系」という内容の展示を行った。その際に赤城温泉御宿総本山のオーナーもゲストで来ていて、赤城温泉御宿総本山にはオーナーが集めた国内外の民芸や骨董が所狭しと並んでいるという話になった。同展覧会に出展していた写真家の糸井潤さんに誘ってもらい、県内宿泊5,000円引きを利用して赤城温泉御宿総本山に泊まってみた。

 

アジアンなもの、キリスト系なもの、和物、絵画、現代美術・・実際目で見る館内の様子はカオスだった。けれど、オーナーの目に適ったもの、というフィルターを通すことによって、自然な一体感を醸していた。なんなんだこの宿は・・

 

僕らが泊まった部屋のトイレのドアには、外の光を通すと分福茶釜の漫画的な物語が現れるガラス板がはめられていた。こんなドアは売っていないと思うから、作ったのだろう。いつの時代に作られたものかはわからないが、とても味があった。

4462声 四十ってなんだ

2020年07月12日

四十不惑。検索すると「人は、四十歳になると、自分の生きてきた道に自信を持ち、あれこれ迷わなくなること」とある。

 

いつのまにか四十になっていた。誰かにだまされたのではないかと思う。それくらいあっという間だった。昔の人と今の人の精神年齢は十くらい違う気もするが、僕はまだ全然迷いの最中にある。気持ちはそんなだが、頭頂部も薄くなりはじめ(これショック)、くいしんぼう自慢だったのに、近年は消化が良くない。胃って大事。

 

幸いなのかどうなのか、自分の生きてきた道、はなんとなく見えてきた気がする。ああなんだか、こんなことを書いていたら、海へ行って、浜辺でただ打ち寄せる波をボーッと見ていたくなった。

 

『深い河』などの著作で知られる作家・遠藤周作は晩年、「川はいいなぁ」と呟いたという。なぜそんなことを言ったのかはうろ覚えだが、たしか荒々しい海が好きな時期もあったが、年をとった今は穏やかに流れる川が良い、というような意味だったように思う。

 

僕はまだ、川ではなくて海を欲している。それだけで、まだ、若い。

4461声 食卓にて

2020年07月11日

撮影をおえて、おじゃましたお宅で食卓を囲んだ。目の前の仕事をうまくやりきれていないのは数年前からで、ありがたいことにコロナ禍においてもずっと仕事は続いているのだけど、すべて依頼されてやるものをやるのではなく、「自主的にやりたいことはやってみる」ということを昨年あたりからほそぼそと、意識的に初めてみた。

 

食卓は僕を入れて3人。このカップルを撮影するということは、巡り合わせと(きっかけとしては)向こうからの依頼ではじまった。だが、自主的に撮影していくことに決めた。

 

食卓を囲みながら、たわいもない話やドキュメンタリーの話をした。ドキュメンタリーの作り方も無数ある。最初から企画をキッチリ立てて、撮影日も構成も完成日も決めた状態で始めるドキュメンタリーもあれば、たわいもない日常を撮り貯めて、そこから何が言えるかを発見していく作り方もある。今回は、後者だ。

 

さてさてどうなるものか。いわしの刺身を口に運んだ。

4460声 記憶は、熱いうちに語れ

2020年07月10日

奇跡的な展覧会は存在するのか?あるいは、太田市美術館・図書館で何が起こったのか?

 

美術館の裏側、については知らない方も多いのではないかと思う。映画館であれば作品があって上映環境があれば上映はできる。でも美術館に作品が並ぶなかで「なぜこの作家のこの作品が飾られているのか」「なぜこの作品の隣にはこの作品が飾られているのか」という事に疑問を持ったことがある人がいたら、それは基本「学芸員」と呼ばれる人がその組み立てを行ったから、という回答で間違いはないと思う。

 

●開館記念展「未来への狼火」
●本と美術の展覧会vol.1「絵と言葉のまじわりが物語のはじまり~絵本原画からそうぞうの森へ~」
●太田の美術vol.1「生誕90年正田壤 芸術は遊びの極致」
●開館1周年記念 佐久市立近代美術館コレクション+「現代日本画へようこそ」
●本と美術の展覧会vol.2「ことばをながめる、ことばとあるく——詩と歌のある風景」
●太田の美術vol.2「生誕100年 飯塚小玕齋展―絵画から竹工芸の道へ―」
●本と美術の展覧会vol.3「佐藤直樹展:紙面・壁画・循環」
●太田の美術vol.3「2020年のさざえ堂——現代の螺旋と100枚の絵」

 

太田市美術館・図書館の開館から現在の最新の展覧会までを担当した学芸員が、小金沢智さんである。僕は上記展覧会のうち3つで映像のお仕事をさせていただいているが、彼との出会いは実はもっと前・・

 

中之条ビエンナーレ2013の六合・十二みますの会場において、日本画家グループに小金沢さんが加わるかたちで「中之条の町に星の家を作る」という展示が行われた。いち観客として、これが・・実に良かった。絵と文章で構成されたこの展示は、壮大な映画を観たような広がりがあった。彼とはじめて会ったのがどこかは忘れているが、「十二みますの展示すごい良かったです!」と話しかけたことは、なんとなく覚えている。それからだから、ある程度長い付き合いだ。

 

小金沢さんは太田市美術館・図書館学芸員の職を降り、この春からは東北芸術工科大学の専任講師を勤めています。で、「実は太田を離れるんですよ」と連絡をいただいた時に、多分即答で「太田の振り返りを撮影しませんか?」と返していた。それは、営業トークというよりは、彼が太田で行った展覧会のどれもが奇跡的に素晴らしかったから、何か残さねばいけないという勝手な使命感だった。記憶は、熱いうちに語れ、的な。

 

これからの太田市美術館・図書館にも期待しつつ、太田市美ファンの方やアートを生業とする方にはぜひとも観ていただきたい動画です。

4459声 言葉の源泉

2020年07月09日

スクリーンに対峙して観る映画というのは、つくづく「氷山の一角」なのだなと思う。

 

それは映画が作られるまでにはスクリーンに映る俳優以外の監督含めたスタッフや配給・劇場スタッフの協力があってこそ成り立つという意味でもあるが、

 

映画の中の登場人物が語る一言には、監督(あるいは脚本家)がそれまでに培ってきた経験、それまでに巡り合った言葉が反映されているのだなと。そういう意味での「完成物は氷山の一角」という意味だ。

 

 

昨年上映された伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞作品『山歌(サンカ)』の笹谷遼平監督が、同映画の主要キャストである杉田雷麟さん、小向なるさんを朗読者とし、スタッフもまた同映画の撮影・上野彰吾さん、音楽・茂野雅道さんといった豪華メンバーで

 

朗読『源流への言葉』

 

という映像を制作した。とても良い。この動画で語られるのは、中村哲氏/柳宗悦氏/内山節氏たちの言葉であり、それは笹谷監督がずーっと信頼してきた言葉でもある。その3者にどんな共通点が?ということはぜひ動画を見て欲しい。

 

『山歌』を観た人であれば、ここで語られた言葉がいかにあの映画の血肉になっていたか、すぐにわかるはず。そして、まだ『山歌』を観ていない人にとっては、この短い映像で語られる言葉が物語として立ち上がったらどんな映画になるのか・・という期待を忘れずにいてもらって、次に『山歌』が上映されるその日を待っていただきたい。

 

朗読『源流への言葉』

4458声 人生が変わる黒ビール

2020年07月08日

狭い店内は、その隅々までを見ることができないくらい薄暗い。目を凝らすと、カウンターにも奥にも、所狭しと見たことのな缶ビールが並んでいる。

 

「人生が変わる黒ビールを、飲んでみますか?」

 

いやいやそんな大げさなと一応は思いつつ、高価なワイングラスに注がれたそのビールを口に含む。トロンとまるでビールではないような口当たり。ビターな甘みがあってすっきり後に残らないのは、チョコレートと唐辛子を含んでいるかららしい。

 

あの夜以降、僕は変わらない日々を過ごしているが、100人が飲んだら1人は人生を選び直すかもしれない。そんなビールを置いてあるのが、高崎、おきらく亭である。

4457声 アイリッシュ温泉

2020年07月07日

およそ10年ぶりに、高崎本町の「アイリッシュ温泉」を訪れた。友人たちと飲みに出て2軒目だった。温泉がつくからと行って、飲んだ後にひとっぷろ浴びていくか!ではない(飲酒後の入浴はお控えください)。ここは言うなればバーなのだ。温泉はない。

 

10年前と見た目が変わらない、ダンディーなマスターが迎えてくれた。この店はとても居心地が良くて、昔高崎の大学に通っていた店の常連が、卒業し東京へ出て何年も経ったあとにふと、高崎のこの店までわざわざ訪れることもあるのだそうだ。そういう飲み屋があり続ける事は、とても大切なことのように思えた。

 

10年前に連れてきたもらったM木氏とは、その時だったかそれ以前か、僕がM木氏は大きな仕事をしていてすごい、みたいなことを言ったら「俺だって背伸びしてるんだよ」と返してくれたことが忘れられない。人間は多分、背伸びをしてはじめて、徐々に大きくなれるのかもしれない。

 

10年経って、横幅だけじゃなくて、少しは僕も背が伸びただろうか。

4456声 スキップ

2020年07月06日

いい大人4人でスキップをした。スキップなりえていたかは疑問だが、その時いろいろを忘れられていた。

4455声 ナンプラー

2020年07月05日

バーベキューで一番美味しかったのは、味付き肉をジュージュー炒め、キャベツと玉ねぎを足し炒め、そこに麺を入れて焼きそばとしたものだった。その味付けはソースではなく、ナンプラーとパクチー(チューブ)、生レモン果汁。つまりはタイ風。

 

カレーも、ミートソーススパゲティも、麻婆豆腐も我が家の食卓には昔からあったが、グリーンカレーやナシゴレン、パッタイはなかった。だから今でも、タイ料理を食べる時は「いままで使っていなかった何か」が開く気がする。と行ってもタイ料理やに足を運ぶことは稀なのだが、高崎の「二パー」はおいしいしランチは謎に「おかわり自由」だったりする。

 

サラーム海上さんの本など読むと、世界にはもっともっと数多くの料理があることを知らされる。自分の身は日本にいたままでも良いが、お口の中だけでももっと世界を味わってみたい。

4454声 山百合の香り

2020年07月04日

わーっと3人でおしかけ、バーベキューがはじまった。ぼんやりした家主を尻目に、あるものはチェーンソーで草刈りから始めている。もう1人は庭にあった3種類の花を刈り、花瓶に活けた。その花を見ながら食べるバーベキューは格別だった。

 

花の1つには、山百合が含まれた。山百合は中之条町の町花である。この時期、山を走れば山百合にでくわす。白い大輪の花に、赤い点が点々と打たれ、中央から先にかけて黄色い線が走る。見た目にも印象深い。が、僕がなにより好きなのはその香り。甘く、気高い香りがする。

 

今でもごく稀に新聞配達の代配を行うのだが、この時期の山百合と、秋の金木犀の香りはすぐにわかる。まだ日が昇らないまっくらな中にあっても「わたしはここよ」という存在感を、その香りによって示しているからだ。

4453声 枯れた紫陽花

2020年07月03日

どこもかしこも紫陽花の季節。若い時は紫陽花が目に入らなかった。いや、目にははいっても興味がないので素通りしていた。それで、ある程度年をとると紫陽花の良さがわかってくる。渋川市の有名な紫陽花公園なんかは、夕暮れちょうちんが灯る頃に行くととても風情がある(今年はライトアップされているのだろうか)。

 

しかし、枯れかけた紫陽花の良さがわかってこそ、真に大人なのかもしれない。みすぼらしい、と思っているうちはまだまだ。枯れかけた紫陽花に、何を重ねられるか。