日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。平成30年前半は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

4136声 BUNKA

2019年03月12日

せっかく東京さ来たのだからと銀座まで足を運ぶ。友人であるseki miraiさんのグループ展示と、太田市美術館・図書館の仕事でインタビュー撮影をさせていただいた岡村桂三郎さんの個展を見に行った。岡村さんの個展会場は、華やかすぎる銀座の通りにあって、奥1つ道を挟んだビルの地下にあるコバヤシ画廊。喧騒が届かない静かな部屋は小ぶりで、けれど毅然とした空気を持ち合わせていた。運良く岡村さんも在廊で、新作について話を伺うこともできた。

 

多摩美術大学の講師も務め、ふるいもの・みやびなものという僕の過去の日本画のイメージとは遠い独自の世界を描き続ける岡村さん。ここ十数年の作品は、バーナーで焦がした板に、木炭やへらを使って線を描く、なおかつその作品は背丈8メートルを超えるものもある!という凄まじい作品が多い。今回の展示では場所により作品は高さ2メートルほどなれど、前回平塚での個展ではなかった「変化」を施した作品もあり、常に自分を刷新していく凄みも感じた。日本画について無知な僕がそう感じるのだから、美術大学の学生等にとっては岡村さんは文字どおり巨大な壁なんだろうな。

 

帰りの電車では「タブーこそを撃て!原一男と疾走する映画たち」という極めてマニアックな本を読んでいたのだが、ドキュメンタリー映画における先駆者、小川紳介、土本典昭、この本の著者であり日本映画学校で僕も教わった原一男・・時代や社会と真っ向勝負を挑んだ文章が続く。映像を生業としはじめた、すみっこの僕には、リスペクトする先人たちが多すぎる。人生は短し、行く道の先は果てしなく長い。

 

4135声 ZERO CONCERTO

2019年03月11日

中之条町等県内オールロケで撮影された映画のミーティングに参加するために都内へ。この映画に関係した上京はもう4度目かな。2〜3ヶ月に一度行くので、ほぼ吾妻/たまに前橋高崎程度が生活範囲の僕にはいい息抜きにもなっている。

 

吾妻線でも変わらないが、電車に乗った人たちのほとんどはスマートフォンをいじっている。隣の青年は、ゲームをやっているんだろうか、固いディスプレイに指をとととと、と連打させている。短時間でそんな人ばかりが目に入る。ふと「人に揉まれてスマホをいじって時間を費やして目に入るフランチャイズな店々で散財してしまう通勤・通学時間って何なんだろう?」と思う。それを否定するつもりはない。僕も若い時は似たようなことに多くの時間を費やした。嫌いでもない。でも

 

日々電車でスマートフォンに時間を費やす生活が普通である、と、そういう生活を送っている時はそう思ってしまうのだな、と思った。田舎者の戯言と思ってもらって良いが、東京のホームで電車を待つ人たちは、笑っていても誰でも、少し悲しそうだ。

 

4134声 家族の風景

2019年03月10日

僕の車の駐車場は、ちぎりいちアパートの一角を借りている。車から降りると晴れたいい天気。顔見知り程度のアパート住人の大きなアウトドア車の前には、きらりと反射するモノが。色とりどりのスキーとスキー靴が並べて干されていた。お父さん、お母さん、子ども2人、4人分のスキー道具。

 

菓子折り片手にそのまま坂を下り、班内であるYさんの家へ。Yさんは先日不慮の事故で亡くなってしまった。独身だったYさんの庭ではYさんのお兄さんが庭の雑草を片付けていた。「Yさんから班費はもらっていて、この前の総会出られなかったから、料理の代わりに菓子折りです」とお兄さんに手渡す。「この家は、使われるのですか?」と尋ねると「住みはしないけど、物置は共有だったからね」とお兄さん。続けて「道ぶしんで男手が必要だったら電話下さいよ」と、笑顔を見せた。

 

春のはじまりの、家族の風景。

 

4133声 HOLY DAY

2019年03月09日

倉渕の山の中までお伺いし、農園めぐるのご夫婦と打ち合わせ。
麦・米・おからなどの飼料を与え、鶏舎内をせわしなく走る鶏。
その有精卵を使って、おいしいプリンやシフォンケーキを作る。

 

昼直前の伺いだったのだが、まだ幼い娘さんが外遊びから帰る。
靴下をはきかえなさいとお母さん。白い靴下は、真っ黒だった。

 

この子は、どんな子に育つのだろうか?

 

渋谷でいわゆるコギャルと呼ばれる青春を過ごし、今片品村で
自然農法を実践し子育てに地域おこしに活躍する素敵な女性を
僕は知っている。

 

人をそだてるものは、何なのだろうか?

 

4132声 忘れっぽい天使/そのいのち

2019年03月08日

TBSラジオで夜、女性ボーカルの曲を何曲もMIXした音楽が流れていた。洋楽に混じって、安室奈美恵や宇多田ヒカルもかかったかな。そのMIXの最後にかかったのは中村佳穂さんの曲だった。アフター6ジャンクション、映画コラムニストとしても大きな信頼を得るライムスター宇多丸も一押しの、中村佳穂さん。でも・・知っている人は少ないだろう。

 

僕らが一番音楽を買い求めたであろう90〜00年代はJ-POP最盛期。歌番組も多く、ドラマの主題歌になればミリオンセラー。その後10年代に入り、ネットで曲を聞いて済ませてしまう人が増えたのか、いわゆるヒットソングに人々が飽きてしまったのか、音楽の趣味が細分化されたのか、「CDが売れなくなった」と聞いてから長い時間が経った。ミュージシャンにとっては苦難の時代なのだろうか。

 

けれど若いミュージシャンの中には、J-POP最盛期の名残にしがみつくのではなく、時代と国と音楽ジャンルを横断してハイブリッドな音楽を「地で」いく者が少なくない気がする。先に紹介した折坂悠太、文部科学大臣新人賞も受賞したという蓮沼執太、実は群馬出身のmabanua、そしてこの中村佳穂など。彼らに一貫するのは「媚びていない音楽」だということ。

 

まだこれほど(一部で)名が広まる前に下記動画をたまたまyoutubeで見て、「ああ、この子は音楽が好きなんだなぁ」と思った。CDを買ったのは、世間で売れているからではなく、微々たるものだけど応援したいと思ったから。ミリオンセラーを買う1枚は、そのお金と思いがどこへ吸い込まれていくのかわからないけど、今時代の「CDを買う」という行為は、よりリスナーとアーティストとの距離を近める行為であるように思う。そしてそういう音楽との付き合い方の方が、実は楽しい。

 

4131声 渡り鳥の3つのトラッド

2019年03月07日

今日は嬬恋村の浅間山北麓ジオパークでの撮影だった。初めて入る建物。撮影終了後、同行した北軽井沢の麻子さんが「近くにある鎌原観音堂を見ていかない?」と散歩に誘ってくれた。

 

天保三年の浅間山噴火。土石なだれの勢いは凄まじく、旧鎌原村では500人近くの村人が死亡し、観音堂の階段を登れた100人足らずの村人のみが生き残っただけだったのだそうだ。埋まった階段を掘り起こしていたら、母親らしき人物を背負った女性の2人の遺骨も出てきたのよ、と麻子さん。「かなり昔に大きな噴火が起きた」程度しか知らなかった僕は、ああ、おれはうちからそこそこ近くに起きたことすらも何もしらないんだなと、それはいつもながらの事なんだけど、そう思いながら大きな観音様を見上げていた。

 

また、そんなつらい話を聞きつつも、自分の中に感情が湧き上がってこない事にも気づいていた。ぼーっとしがちなのは花粉や今抱えている仕事のせいもあるのかもしれないけど、それもわりといつもながらの事なのだ。僕は“自分の鈍感を自覚”していて、だからこそ映像を記録し何度も見て編集することで“現実に対して気持ちが追いついてくる”のを待っているのかもしれない。後手、後手なのだ。

 

その点、アーティストと呼ばれる人たちは1つの現実の中に2の、5の、10の事象を見つけ出す。尊敬せざるを得ない。

 

4130声 若気の至り

2019年03月06日

『まく子』完成おめでとーーー!!!

 

という掛け声と共に撮られた写真が今朝の上毛新聞を飾った。昨日中之条町・ツインプラザで行われた鶴岡慧子監督『まく子』撮影地先行試写会の出来事。

 

不思議な縁があり昨年の今頃、この映画が中之条町で撮影されるサポートをした。プロデューサーのK氏は、僕が日本映画学校のずっと後輩だとわかると要求もエスカレート(笑)。今までも映画祭関係の小規模な撮影には立ち会っていたが、改めて商業映画レベルの撮影の大変さ、スタッフや俳優のプロ根性、そして撮影に協力する中之条町の人の温かさを知った。

 

四万温泉・名久田小・潜龍院跡・白井城跡・・撮影時には多くの現場に立ち会ったので、たぶん一般の観客よりも妙に映画が現実的に見えてしまうのだけれど、映画の途中からこの映画がもつ「魔法」に惹き込まれた。『まく子』で描かれたのは、思春期を迎えた少年たちの繊細な世界、現実と空想が入り混じった世界、そして石垣の上の大樹に表象される瑞々しい子どもの世界だった。

 

エンドロールに流れた主題歌は高橋優。群馬県内では3/15(金)からイオンシネマ高崎にて公開。皆さん、ぜひ!ぜひ!ぜひ!ご覧ください!

 

4129声 明日、春が来たら

2019年03月05日

今日日中は暖かかった。まだ冬用のジャンパーを来ていたが、コンビニに入る際に場違いな気すらして脱いでしまった。数日前、ラジオから松たか子の「明日、春が来たら」が流れてきて「春のうたと言えばユーミンもキャンディーズも森山直太朗も有象無象があるというのに、僕は未だになんとなくこれが好きだな」と思った。

 

隣に駐車したバンでは、サイドドアを全開にして工事仕事の男たち6人が弁当やカップ麺をかき込んでいた。日本語に中国語が混じり、時々笑い声も聞こえた。もう来ちゃうよね、春。

 

4128声 さびしさ

2019年03月04日

おじさんの葬儀の挨拶は、妻からの最後の挨拶を除いて、おじさんの娘(僕のいとこ)の旦那が務めた。僕はいとこの旦那さんとはきちんと話したことがないくらい疎遠なのだが、告別式での挨拶で彼は涙で言葉を詰まらせることもあった。彼にとっておじさんは「父」でもあるので、きっと親密な時間があったのだろう。

 

それに比べて、僕はおじさんのうちに顔を出すことは極端になかった。苦手意識はなくむしろ好きだったのに。おじさんの家は渋川だったので、高崎や前橋からの帰りに幾らでも寄れたのに。おじさんの趣味が釣りだということを知っていて「俺にも釣りを教えてくださいよ」と声かけしたいなと何度か思っていたのに。悔いても何も変わらない。

 

おばさんは終始気丈に見えた。帰りの車、「式が終わってからどっとくるのよ」と僕の母。「親父が死んだ時そうだったの?」と僕。昨日今日と、ずっと雨だった。

 

4127声 平成

2019年03月03日

僕が住んでいる地区では、となり組と呼ぶのだろうか。班内での助け合いは今も残っていて、昨夜は年に一度の総会と称した慰労会だった。昨年も使った小さな料理屋で、茶碗蒸しや刺身をつつく。

 

「うちの班は何世帯になったい?」「えーと、◯さんが亡くなったから12だいね」

 

僕はもうじき40歳の大台に乗るんだけど、このメンバーの中ではずっと最年少。親父が亡くなってからの参加なので、2回り3回り上の先輩方と席を囲む。それはそれで嫌いじゃない。けれどふと

 

「若者とまではいかなくても、僕の同年代たちはどこへ行ったんだ?」

 

と思う時がある。この班にも同級生や、集団登校をした子どもたちがいた。そんなことを言う僕だって、生まれ育った場所で生きていこうと決意をしたことはない。たまたまそうなっただけだ。酒がまわってくると、バブリーだった時代の話になり、あそこはあれくらい儲けていた、俺はあんだけ稼いだんだと、平成最後の昔話に花が咲いた。ん、そういえば、それらの話は全て昭和の出来事だ。

 

「おいおい、平成は、どこへ行ったんだ?」

 

4126声 COSMOS

2019年03月02日

群馬の春と言えば、高崎映画祭である。今年はもう33回目の開催。毎年観れても数回なのだけど、映画を観終わってそれを振り返りながらとぼとぼと歩き、高崎公園のまわりを流れる川に桜の花びらが落ちていることに気付く。ふと顔を上げると当然桜の樹が目に入り、「ああ、もう春なんだ」と気付く毎年である。

 

今年、最優秀主演女優賞には『生きているだけで、愛。』の趣里さんが選ばれていた。その映画は未見なのだけれど、彼女は山本政志監督『水の声を聞く』でも独自の凛とした存在感を放っていた。それを観たのもそうだ、高崎映画祭だった。

 

ここ数年、BGM代わりにyoutubeで好きなアーティストの曲を流すことがある。youtubeはおせっかいにも「その曲が好きなら、この曲きっと気に入るよ!」と関連づいたような曲を次々に流してくれる。おかげで僕は、CDこそほとんど買わないまでも、二十歳前後以降パッタリ止まっていた「音楽聴きたい欲」が強くなっている。

 

「おとぎ話」というアーティストのことも何も知らなったが、このプロモーションビデオには目が釘付けになった。監督は今強い注目を浴びる若手女性監督の山戸結希さんで、主演は趣里さん。「一番好きなPVは何?」と聞かれたら、これを挙げるくらい好き。その理由についてはここには書かないが、「日々の中に、ふと音楽が浮かぶ瞬間はあるのか?」ということを一ヶ月やってみようと思う。めっちゃ忙しい予感の3月なので、リンクだけで済ませられる気もするしさ。

 

4125声 桜 super love

2019年03月01日

「入院先で状況が芳しくない」という電話があったのが21時。自宅へ戻り母と姉を車に乗せて病院に向かった。おじさんは、奥さんと娘が見守るなか、酸素吸入器が上下するような大きな呼吸を繰り返し、けれど今は多少状況が落ち着いて眠っているんだよ、ということだった。

 

ベットそばの丸椅子に座り、声かけをするわけにもいかないのでおじさんの顔、薄い布団をまとった胸、細い足、そしてまた顔をまじまじと見つめた。しばらくそうしていた。奥さんに席を譲り、今日のところは僕らは帰ろうと母たちと病院の外へ出た時は0時を回っていた。

 

「君がいないことは 君がいることだな」

 

それは恋人でも、近しい人でも、遠い人でも、ただ離れたのでも、死別したのでも・・・いなくなった人のことは「無」にはならない。知ってしまった、会ってしまった、好意をもった、憎しんだ、からには、私の中にはなにかしらのあなたが残る。今夜のぼくは、何かに抵抗したいと思った。けれどできたことは、ただまじまじと見つめることだけだった。

 

4124声 二月尽

2019年02月28日

二月は終わるのが早い、というのは暦の上の話で、
今年の二月はなんだか長く感じた。
それには、今日の雨による陰鬱な天気も関係していよう。
東京駅構内などを歩いていると、卒業旅行に行くのか帰ってきたのか、
若者が自分よりも大きなチャリーケースの上に腰掛けている姿を良く見かける。
その横にいるのは、「入社前研修」のプラカードを持った人たち。
なんだか街は騒然として、三月になだれ込んでいく。

4123声 小さな救い

2019年02月27日

自律神経が乱れているためか、花粉症の症状が重い。
朦朧と一日を過ごす。
小さな感動に一日が救われることもある。
たとえば、昼飯の漬物がおいしかったとか。

4122声 春の匂い

2019年02月26日

毎年春になると、新しい自転車が欲しくなる。
いわゆるママチャリではなくて、軽くてスポーティな自転車である。
ずいぶん前に、友人から譲ってもらったクロスバイクを乗っていた時期があり、
その軽快な乗り心地やサイクリングロードの風の心地良さを、
桜の咲くころになると、思い出すのかもしれない。
気に入って乗っていたのだが、整備不良による故障が重なり、
引越しの際に手放してしまった。
思い返せば、学生時分も入学の際にはいつも自転車を新調していた。
その時のうれしい気持ち、新しい自転車で町を走る、大げさに言うと、
翼が生えたような、あの心持ち。
そんなことが、春の匂いに思い出される。

4121声 九十六年

2019年02月25日

昨日は、ずいぶん御無沙汰していた句会に参加した。
梅の香る寺や犬や子どもの走り回っている公園を吟行して、句会。
若干の二日酔いによる心の濁りか、なかなか句作に集中できなかった。
そのため、おぼろげな句ばかりできた。
句会の後は、酒席となった。
この句会の最高年齢は九十六歳の御仁である。
自分の足で来て、酒を飲んで、帰る。
もちろん、しっかりと吟行も句会もして。
恐れ入る、と同時に、五七五だけで通じ合えるのだと、
俳句の持つ力に改めて関心してしまう。
蛇足だが、この日の自分の特選はこの御仁の句であった。

4120声 最初で最後の特上

2019年02月24日

昨日は俳句の予選をして、午後から近所の小さな商店街にて買い物にでた。
その中に「小僧寿し」があるのだが、今月一杯で閉店してしまうとの張り紙があった。
麦酒とにぎり寿司で一杯やるという、小さな楽しみがひとつ減ってしまった。
10貫程度のにぎり寿司を買って帰った。
最終日には、まだ食べたことのない、特上のにぎり寿司を買うつもりである。
閉店時間に間に合うだろうか、間に合わせたい。

4119声 こころのかるさ

2019年02月23日

庭に仏の座などが生えてきた。
生えてきた、というよりも蔓延ってきたのほうが正確である。
このまま桜の時期を迎えると、この借家の狭庭が鬱蒼としてしまうので、
あらかた抜いてしまった。
椿の葉は艶めいてきたし、花菖蒲の葉もずいぶん背が高くなってきた。
春の野の花の色は、こころが軽くなる色である。