日刊鶴のひとこえ

この負け犬の遠吠…ではなく、鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさんと、わたくし抜井です。この4人が月替わりで担当しています。平成29年前半は、1月(堀)2月(抜)3月(岡)4月(す)5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(掘)の順です。

3899声 適当食

2017年07月11日

ここ数ヶ月、外食をのぞいて夜、炭水化物を食べない。それがどれだけ体調や体重に影響しているかは定かではないが、翌朝体が軽かったりするから、あの22時頃帰宅してはパスタをむんずと束で掴み山盛りの量を茹でて食べていた頃には戻れないのかな、と思う。

 

必要ないと言ってあるので、家に帰っても夕食はない。今頃は、帰るとまずビールを空けるか安いボックスワインをごくごくと飲んで、それからガス台の前に立つ。今夜は、ワインをごくごく飲んで、フライパンにオリーブオイルをしき、粗みじんにんにくチューブを絞り出し、ヤオコーで売っていた本マグロの捌いて余ったとこ(加熱用)98円を並べ入れ、ジュージュー焼いて、ワインをごくごく飲んで、野菜も欲しいなと冷蔵庫からズッキーニを取り出し、火の通りが間に合うように2mmくらいの薄切りで切って入れ、塩を振って、なんかそれらしくなるかなと赤ワインを入れて、まぐろだからと醤油を垂らし、フライパンに箸を指してズッキーニをつまみ食いし、ワインをごくごく飲んで、もしかしたらアリなんじゃない?とバターを少し落としてみた。

 

結果、何の統一性もなく調和もなく、何より見た目がかなり酷い、よくわからない食べものが出来上がった。皿に移し、グラスにワインを注ぎ足し、パパッと食べた。こういう時間が、かなり好き。

3898声 one

2017年07月10日

世の中の犬は2種類に分けられる。慣れると吠えなくなる犬と、絶えず吠え続ける犬だ。

 

後者の犬がいて、半径10メートル以内に近づくとマシンガンのように「ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!」と吠え続ける。撫でても効果がないだろうし、むんずと口を掴むわけにもいかないので毎回吠えられっぱなし。イラっとするので、どうにか対策はないものかと思っていた。

 

それが近頃、向こうの「ワン!」の後に間髪入れず「two!」と呟くと、「one!two!one!two!one!two!one!two!one!two!」と犬と私、まるでボクシングのミット打ちをしているかのような錯覚に陥り、急に仲間意識が芽生えることがわかった。

 

いずれは、世界を狙いたいと思う。

3897声 デザインって何だ

2017年07月09日

中之条町観光協会のHさんと二人、吾妻線に揺られ高崎。

 

「シンキチ醸造所」の開店前にするりと入り込み、堀澤さんの新作ビール「セゾン」をぐびり。昼の12時である。機嫌よく店を出て、多くの常連さんから愛される店「栄寿亭」でカツ丼Bを注文する。Aはソースカツ、Bは卵とじなのだ。ハフハフ食べる。炎天下をしばらく歩いて、江戸時代創業という寝具屋「金澤屋」ですごい枕を試し寝して、長い行列ができたかき氷の店「日本一」を横切り、ゲストハウスもしているカフェバー「灯り屋」のリノベーションっぷりを覗き見し、その向かいあたりのセレクト本の店「レベルブックス」は休みだったんだけど、Hさんとこのあたりの町の感じいいよね、と話ながら、建物から置いてある器から店に立つご夫婦まですべてが凛としている「matka」で売り物ではないアイスシナモンティーをいただき、砂糖入れてないのにこんなに甘いの!と衝撃を受ける。

 

今日の目的は、渋谷ヒカリエ内にかっこよいセレクトショップも開いている「D&Department」による「d design travel」群馬県版制作に向けたワークショップ。東京のコピーではなくその地方ならではのデザイン、流行り廃りではなく末長く愛されるロングライフなデザインをもつ場所・レストラン・カフェ・モノ・キーマンを、参加者たちは次々に挙げていった。それをもとに今後県内各地で地道な取材が行われ、紋切り型ではなくディープでかっこよい群馬の観光本が作られることとなる。

 

デザイン=見た目のかっこ良さ、だけでは薄っぺらだけど、老舗のお店が築いてきた歴史=デザイン、思いをもった人が変えてきた地域の変化=デザイン、とも言ってしまえるのが「デザイン」という言葉の便利かつ難しいところ。酔いはすっかり冷めていたけれど結果「デザインって何だ?」という疑問は残った。

 

そういう場には、同じ関心をもった不思議な人たちが集まるもので。ばったり会った知人数人とはじめましての方とで、吾妻線の終電までは地元感満載な「慶会楼」という店で焼肉を囲んだ。よくはわからないけど、ビールから焼肉までの今日一連こそが「デザインだ」と言えなくもない気がした。

3896声 テント芝居

2017年07月08日

観客が見つめる小さなステージ。ふいに、背景の布がバッと開かれる。その奥には夜の闇、の奥には明かりが消えたメリーゴーランドが見える。すると、劇団員が二人、妖怪一反木綿のように幅広い大きな白い布を旗のように掲げながら、照明が当たるステージから奥の闇の中へと駆け出していく。その意味はよくわからないけれど、映像ではなく自分の目と体を通して観るからこそ湧き上がる感情があった。その瞬間こそが、芝居だ、と思った。

 

今夜は、前橋「るなぱあく」で行われた「劇団どくんご」の野外テント公演を観に行った。芝居を観るのも久しぶりだし、野外テントで観るのはこれが始めて。劇団員たちは数日前に前橋入りし、自分たちで骨組みから客席作りから行ったとのこと。開演前にはド派手なピエロのような芝居衣装を着た劇団員たちがチケットの販売までもしていた。

 

芝居の内容は、先に書いたように物語中心というよりは断片的な詩の世界が役者や舞台装置によって次々にたたみかけられるような、言葉は古いかもしれないが前衛的な芝居だった。けれど頭の中には?マークが浮かびつつも、部分部分で笑いや郷愁やアクションを挟むので、客席のこどもたちも食い入るようにその芝居を観ていた。むしろ頭で考えないこどもたちの方が残る印象は大きかったかもしれない。

 

「テント小屋はあさってにはなくなる。こどもたちにこういうものを見せてやりたかったんだよ。こういうことができる劇団はもう、どくんごくらいだからね」この公演の開催指揮をとったフリッツアートセンターの小見さんに帰り際挨拶をすると、彼はそう呟いた。僕は一人、明かりを落とした小さな遊園地を去る。目を閉じるとまだ、大きな白い布が脳裏を駆けていた。

3895声 ヨガる

2017年07月07日

生まれ変わらない限りは自分はやらないだろうなと思っていたものは、山登り、ヨガ、首都高バトルだった。

 

山と言っても中之条の嵩山(たけやま)や東吾妻の岩櫃山(いわびつやま)と言った初心者向けの山ではあるけれど、なんとなく山登りの楽しさがわかるようになった。そして昨夜は、知人女性が中之条町内ではじめた「男ヨガ」に参加した。知人じゃなければ行かなかったし、いかに自分の体が自分の思うように動かないかがわかったけれど、楽しかった。

 

そもそも、若い時は「体を動かす暇があるなら、映画観ようよ」とか思っていた。大会があるわけではないのに、ジョギングや水泳などに時間を費やす人たちが理解できなかった。ところが、である。35を過ぎたあたりから、「あれあれ、そもそも運動なしの生活だと、普通の生活を送ることにも支障をきたすぞ」と。つまりは山登りもヨガも楽しみの一面がありつつも、自分の体とうまくやっていくための手段である気がしだした。気付くの遅いよねー。そしてその動機は、切実である。

 

とここまで書いてみて、そういえばめっかった群馬でも、僕より年上の堀澤さんも店をやりきるためにジムに通い出した書き込みがあったし、すーさんは山に川に行くことが習慣化されているようだし、僕より若い抜井さんも僕と同様に「これからは運動が必要なのでは?」と思い始めているようだ。

 

長続きするかどうかは疑問だけど、せめて今年いっぱいは体を動かすことを試したい。

ゴキゲンな車で首都高を飛ばすのはその後で・・・

3894声 ディレクター

2017年07月06日

今日の仕事は、東京から中之条へ撮影に来た映像制作会社の方たちの手伝いだった。稀なケース。映画にしても番組取材にしても、撮影スタッフというのは一癖も二癖もある人が多い(気がする)ので、どんな人たちかなとドキドキもしていた。会ってみたら、放送時間が短い番組であるに関わらず細かな撮影を行い、色々と気配りが効く経験豊かな皆さんだった。

 

相手にしてみれば、どこの馬の骨かもわからない地元の僕が撮影に加わるので、僕よりも心配していたかもしれない。お互いの簡単な自己紹介の後の食事で、スタッフの中の僕の5歳年上くらいのフリーランスディレクターが僕に向けて「自分の地元でこういう仕事ができるってのは羨ましいですよ」と呟いた。そこから話が進むことはなかったけれど、どんな番組を作るかは決まっていて北へ南へ車を走らせ常に自分が呼ばれる約束はない毎日を過ごすことには、想像を越えるしんどさもあるのだと思う。

 

全ての撮影が終わり、「おつかれさまでした」と手を上げ合い皆さんと別れた。誰も彼も安堵の表情だった。終わりがあって次があるから、この仕事は辞められないのかもしれない。

3893声 花まめ

2017年07月05日

道の駅「六合(くに)」は素晴らしい。

 

個人的にキングオブ納豆の「六合納豆」を販売しているだけではなく、隣接している「応徳温泉」の泉質が素晴らしい。実はここの温泉は入ったことがなかったのだが、六合山岳会の方たちが山で一汗かいた後に立ち寄るので、僕も今年の3月あたりに初めて入ってみて、その泉質に惚れた。中之条では他に見ない、万座温泉のような乳白色の湯。とても優しい。露天風呂はなく、他にも良い温泉を知っているつもりだけど、この温泉はわざわざ目的になる温泉だと思う。

 

そしてさらに道の駅「六合」には、「お宿 花まめ」という宿が隣接している。仕事があって宿泊した。中はとても新しく見え、畳敷きの和室とベットの洋室が一緒になった部屋は、広い年代でくつろげそう。朝ごはんに出た納豆が六合納豆でなかったことは残念だったけど・・・(すぐに、隣接する販売所で土産で3つ買った)。

 

余談になるけど、六合から山を下りた中之条町の駅付近にある「遠田商店」では、お米マイスター5つ星の主人もさることながら、来客の半数以上の目当てが「乾燥花豆」だという。吾妻産の大粒な花豆は「菓子屋が買いにきたけど、うちで使うには大きすぎると買わなかった」という良品揃い。水に浸したり灰汁を抜いたりひと手間必要の花豆だけど、さすが六合の生産者は心得たもので、六合納豆を作る山口さんちでいただいた自家製の花豆の甘露煮は想像を絶するいい煮かげん、美味しさだった。

 

六合の山の中には、そんな良いものが隠れている。

3892声 表現者たちよ

2017年07月04日

町内で行われた映画のエキストラに参加した。

 

見知った監督・カメラマン・プロデューサーであったので、右手右足を同時に出すような緊張はしなかったけれど、やはりプロの映画撮影現場は空気が濃い。

 

撮影前に、プロデューサーの方と話しをしていて、「今は映像系の学校に通う若者が激減した。先行き不安な世の中だから安定志向なのではないか」という話をした。僕が映画学校の学生だった2000年頃は確かに「映画をやりたい」という若者は少なくはなかったと思う。乱暴な言い方ではあるけれど、その頃の若者の親たちはバブリーではないけれど金銭的にも仕事にも安定した世代で、親にしても子にしても「映画をやりたい」という無茶に付き合えたのかなと思う。そして2020年に手が届く今、金銭的にも仕事にも不安定で、将来が見えない状態の中では「映画をやりたい」という声は小さくなる一方、なのだろうか・・

 

今日の撮影では、主要キャストの他に、彼らの物語を補完する若い役者さんも数人混じっていた。撮影が終われば温泉に入ることもなくすぐに帰るらしい。カメラマンが見据えるのは主要キャストではあるけれど、エキストラは見た!主要ではない若い役者さんもまた、よーいスタートの合図と共に目に光を灯していた。不安定だからと諦める位なら、彼らは今日この場所には立っていないだろう。

 

春より、中之条で11月に開催される「伊参スタジオ映画祭」の実行委員長をやらせていただいている。何はできなくても、表現者たちの味方でありたい。

3891声 ドローンだよーん

2017年07月03日

色々な条件が重なり、今日はドローンでの撮影を練習した。もう説明は不要であろう、あのブイーンと空を飛んで撮影するカメラ付きヘリラジコンである。

 

今はもう映画にドラマにPVに地方PRに、空撮映像はよく目にするようになったので、「ほらほら、空からの映像ですよー」だけで喜ばれる状況でもなくなってしまった。いかにその映像を生かすか。場所説明の導入部分でどーんと空からの映像を使うとか、疾走する人や車を追うようにした空撮映像とか。前者のような撮影に対しては「ほんとに空から撮る必要があるの?」と懐疑的だったりするし、後者のような撮影では高い技術力が試される。ので、現場で技術者が飛ばすドローンを「はは、飛んでるや」と口をぽかーんと空け見上げる事はあっても、まさか自分が操縦するとは思っていなかった。

 

やってみると、技術と撮影許可の他に、勇気がいることがわかる。風が吹くと、股間がキュっとなる。もうだいぶ高度を上げたなと思ってカメラを嵩山の方に向けたら、まだ横並びもいいところだった。無理はせずに、戻っておいでとhomeボタンを押した。自分にとっても有益なスキルだと思うので、頑張ってみたい。

3890声 ワタスゲ

2017年07月02日

人生=インドアだった僕だけど、冬に続き2度目の芳ヶ平横断に参加した。六合山岳会の皆さんに混ざり、チャツボミゴケ公園周辺から、芳ヶ平湿原の中にある山小屋まで。片道4時間の道のり。

 

朝方まで降っていた雨は止み、途中青空が広がる場所もあった。広い湿原には緑のニョロニョロよろしくシダ植物が茂り、地べたに這いつくばっては銀龍草という茎まで透明な山草を愛でて、足を濡らしながら水かさがました川の上の石を渡った。まだ厚く残雪が残る場所もあった。

 

今日の一番の目的は、ワタスゲの群生地。尾瀬のような木の歩道を歩くと、視界いっぱいにタンポポの綿毛のような白いふわふわが点、点、点と広がった。そよそよと、風になびいていた。見頃は夏のはじめ、まさに今頃らしい。

 

歩道の途中には、見渡す限りのワタスゲとその奥の山々の稜線が望めるベンチがあった。そのベンチには「観光パンフレットの撮影で呼ばれたんじゃない?」というくらいその光景にぴったりな若いカップルが、並んでお弁当を食べていた。

 

「良かったら、二人の写真撮りましょうか?」

 

声をかけた。はい、と言って恥ずかしそうに並ぶ二人。女性が着ていた赤いギンガムチェックのシャツは、まさにこの場所でこそ着るべき服のように思えた。

3889声 何も知らない

2017年07月01日

早朝の吾妻川沿いをバイクで走っていて、それは新聞代配の仕事なのだけれど、今年は梅雨だというのに全然雨が降らないなと、農家は大変だろうなと、そんな独り言が続いたけれど、6月の最後は梅雨らしい天気が幾日かあった。降ったら降ったで雨合羽を着たり、新聞を防水のためのフィルムでくるんだり、めんどくさい。どうも、岡安です。

 

今、中之条町の限られた地域の主に商店の取材をしている。全部で30数件回る予定で、やっと半分に届くところか。取材者としての力量は知れたものだが、僕が生まれ育った町なので、身近さ、話の合わせやすさは外部から来る取材者に比べて上回るのは当たり前のことである。今回は映像ではなく紙媒体で、それほど深い聞き取りは必要ないにも関わらず、近所話し含めてやはり話し込んでしまう。今日伺ったのは、スポーツ用品店、精肉店、米屋、畳屋。どれも開業は古く、後ろ3店についてはどこも主なお客さんが同じ町内にある四万温泉の旅館であった。

 

四万温泉と言えば、うちの祖母は積善館の住み込み女中から始めて、今僕が住む西中之条の家を女手ひとつで建てた人である。母も同じ積善務めで、渋川から魚を運んでいた父とも四万で知り合った。狭い町なので、取材先で「岡安です」と挨拶から始めると、取材内容とは関係がないところで、「うちの母は、君んちのおばあちゃんに大変お世話になったって言ってたよ」「うちの商品を卸してた先で、よくお母さんに会ったわ」という話しが出てくる。この取材については、成果物を残すことが第一目的であるけれど、それ以外のこういう会話をすること、知らなかった地元のことを知ることがとても面白い。そして、知ったようでいた自分の身の回りのことを何も知らないということに気付く。

 

家族に直接悪口を言う人こそ稀と思うが、祖母について父について母について、悪口を言う人に会ったことがなく、皆さん「いい人だった」と言ってくれる。素直に、嬉しい。

3888声 待ちきれず

2017年06月30日

本日で私の担当期間の六月が終わりである。
朝から終日雨だし、梅雨も明けていない。
それでも、梅雨明けを待ちきれず、冷蔵庫に
「僕ビール、君ビール。」やら「一番搾り 夏冴えるホップ」
やら、夏らしい麦酒を大量にストックしている。
酔眼朦朧とする中、冷蔵庫に顔を突っ込んで、
夜な夜なほくそえんでいるという次第である。
沖縄、奄美地方は既に梅雨明けし、
本州も今年の梅雨明けは早いという予報が出ている。
また猛暑がやって来ると思うとげんなりするが、
夏祭や花火など、町が活気づく季節でもある。
祭の渦中の街中で、麦酒を飲んで汗をかいてまた飲んで、
というのは、夏の醍醐味である。
振り返れば、おぼろげなひと月であったが、
千鳥足でもなんとか前には進んだ。
岡安さんも、早朝の吾妻川沿いを、
バイクで進んでいるだろうか。

3887声 憎い奴

2017年06月29日

梅雨の蒸し暑い時期なので、
そろそろあの嫌な、憎たらしい奴の活動が活発になる時期である。
家の中に住み着く小さい奴ならまだしも、
外から家の中に入ってくる、あの黒光りした大きな奴は、
とてもおそろしい。
 
先手を打とうと、ドラックストアで殺虫グッズを買ってきた。
玄関脇に、中に毒餌の入った小さな箱を置いている。
これで、餌を巣に持ち帰ったゴキブリが一網打尽、とまでは
いかぬかもしれぬが、数が減少することであろう。
しかし、来る日も来る日も、その箱の周りに倒れているのは、
団子虫ばかりである。
今朝も、毒餌を食べたがゆえに行き倒れてしまった団子虫を、
箒で掃き寄せた。
箒を仕舞おうと玄関へ戻ると、つつつと、靴箱の裏へ小ささ
ゴキブリが隠れる始末である。
 
団子虫たちはゴキブリにそそのかされて、
毒餌を食べさせられているのではなかろうか。
そのくらい、毎日律儀に餌を食べてひっくり帰っている。
そう思うと、ますます憎い奴である。

3886声 魔窟めく

2017年06月28日

梅雨らしい天気が続いている。
こうなると、巷の不快指数も上昇の一途をたどり、
満員電車内や職場でも、苛々の気配が充満してくる。
今日も、帰りがけに机で聞きたい用事があり、
駅周辺の喫茶店を回ったが、雨模様のためか、
どこも満席であった。
 
手っ取り早く机と静かな空間にありつきたかったので、
喫茶店の脇のネットカフェに入ることにした。
都市部のネットカフェの多くがそうであるように、
席は狭小である。
PCのキーボードをモニターの横に立てかけねば、
用紙に文字を書くことが困難なほどである。
当然ながら、ネットカフェの店内は静かである。
時折、カップラーメンの匂いなどが隣席から漂ってくる
ときには辟易するが、それでも、静寂は快適である。
 
突然それを打ち砕いたのが、冒頭で述べた苛々の気配である。
通路を挟んだ後ろの席から、「チッ」という舌打ちに始まり、
「ドスッ」と机をたたく音、さらには「バキッ」とキーボードや、
おそらくPC本体をたたく音へと、席の中の気配はエスカレートしていく。
その都度、「ううっ」や「ああっ」など、中年男性と思しき、
苛立ちの声がもれている。
なんだか不気味に様相であったため、そそくさと退席し、
レジで利用料金を支払っていると、ずんずんずんという具合に、
こめかみにやや血管の浮き出た四十がらみの小柄な男性が、
こちらへ向かって来た。
レジのお兄さんが「ありがとうございました」と、
私におつりを渡すや否や、その血管浮き出し男は、「ダ」といった。
続けて、「ダ、ダ、ダウンロードデキナイ」と言い切り。
唖然とするレジのお兄さんを見据え、「ミ、テ、ク、レ」と、
絞りだすようにいった。
その後、二人は通路の奥の席へと消えて行った。
梅雨の暗さと相まって、振り返る店内の入り口が魔窟めいて見えた。

3885声 は?

2017年06月27日

著者校正のゲラが出てきた。
校正箇所の一箇所に印が付いていて、
「は?」と記載されていた。
「意味が分かりませんが」の「は」
だと内容を受け取り、文脈を見返した。
どうやら、この箇所には、
「はの一文字を追加ではないですか」
の意だということが分かり、ほっとした。
「は?」
という文字にこんなに威圧感があるとは。

3884声 箸袋の裏

2017年06月26日

よくヘマをやる。
今朝も、洗濯物を干そうと洗濯機から出したとたん、
ヘマをした事に気づいた。
黒いTシャツに紙くずがちりばめられているではないか。
これはYシャツの胸ポケットかどこかに、ティッシュを
入れっぱなしにしたまま、洗濯機を回した際にできる現象である。
ティッシュが水に溶け出し、粉々になって衣服に付着している。
この現象は、花粉症なので春先は頻繁に起こってしまうが、
今回は油断している梅雨の時期にも発生してしまった。
 
冬に多いのが、ポケットの紙くず現象である。
同じく、洗濯物を干して取り込んだ際、ズボンのポケットが、
紙くずだらけになっていることがある。
そのまま気づかずに干しているので、紙くずがカチカチに固まって、
除去するのが大変、というか取れない。
この現象も原因ははっきりしていて、箸袋なのである。
 
酒場などで、ちびりちびりと飲んでいて、ふと俳句だか忘れていたことだが、
思い出したとき、箸袋の裏にメモを取ることがある。
箸袋をそのままポケットに詰め込んで、深酒も相まって、
すっかり忘れてしまうのである。
運が良いと、箸袋の原型が少し残っていて、
切れ切れになった文字が読めることがある。
大方は、改めて読む必要もないことばかりだが。

3883声 歌声

2017年06月25日

梅雨らしい天気となって、蒸し暑い一日であった。
なんだか、耳の奥にまだ昨夜の歌声が残っている。
沢で蛍の出現を待っているとき、薄闇の中で、
子どもたちが「ほたるこい」を歌っていた。
 
「ほう ほう ほうたる こい」
 
なんだか水木しげるの世界を彷彿とさせる光景で
あるが、妙に落ち着く歌声であった。
私の住んでいるこの町では、
子どもたちの歌声を聴いたことが無い。
子どもたちの集まる光といえば、夜に煌々と灯っている、
学習塾の光くらいである。

3882声 里の闇

2017年06月24日

蛍狩りへでかけた。
ほたるのその時々の気候に左右されやすいので、
思い立ったときに、「えい」と気合を入れて、
出かけねばならない。
アクセルを踏みっぱなしにして、北上、さらに北上。
夕暮れまでに間に合った先は、群馬県高崎市倉渕町である。
図らずも、お目当ての沢には「ほたる祭り」との幟がたっており、
本日がその当日であった。
車を止めた公民館のような場所には、
筵の上に子どもたちが大勢座っていて、
紙芝居を真剣に観ていた。
奥の席にはその光景を眺めつつ、お茶を飲む市長が見えた。
そそそっと一足先に沢へ移動し、じっと蛍を待った。
ほどなくして、一匹、二匹と青い光が飛び始め、
紙芝居が終わったのか、あっという間に人も蛍も増えた。
気温が19度と低めであったためか、蛍の数は控えめであった。
しかし、「乱舞」というほどではないが、
しっかりとたくましい光を放っていた。
八時半を過ぎるころには、蛍の数に伴って人波もひき、
すぐにもとの里の闇となった。