日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。令和元年は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

4326声 帳簿の日

2019年09月19日

朝からビールの配達をして10時にばっちゃんと待ち合わせ。今日は帳簿の日。ビールの仕込みも店の営業も基本的に時間に追われながらこなしていくが、帳簿だけは腰を落ち着けてやらないと進まない。一人では混乱する大量の帳簿も、ばっちゃんと思考をシェアしながらやると進む。事務は相変わらず苦手。ケグを洗って瓶詰めをして、今日はここまで。陽も傾いて涼しい。すっかり秋の気配である。これからイベントのチケット精算に熊谷へ。

4325声 420円の日常

2019年09月18日

今日は涼しい。朝からケグを洗って冷蔵庫の整理をして、ジョギング。空きケグの郵送の手配に郵便局へ。来月はヨーロッパに行くためビールがたりなくなりそうで、知り合いのブルワリーにビールを分けてもらうことになっている。しみず食堂で肉スープを食べ、やっと日常生活を取り戻す。肉スープ、420円である。さて、寝ようと思う。久しぶりに身体が重い。

4324声 依存的な自分はわかりにくい

2019年09月17日

朝からイベントの撤収。起きられるのかと心配だったが起きられた。想像以上に疲れたのは、自分が仕切り役だったから。万全を期したつもりでも文句は出る。気持ちの乗ってない奴も出る。疲労は文句とやる気の少なさから受けてしまう。普段から文句を言いたいことが多いか、やる気のなさを外に出すのが平気かを予め確認するのは、必要だと思った。子供みたいなんだもん。簡単に文句を言う、簡単にやる気のなさを出す、そういう状況と関わりたくない。誰だって文句を言うこともあるし、やる気が出ないこともある。問題は、簡単に、かどうか。依存的に、か。そこに了見が出る。やむにやまれぬ正当な理由がある、というディティールをまとうべきだ。だって子供みたいなんだもん。昼ごはんを食べたあと、腹が下る。夜を食べたあとまた下る。続いている飲み過ぎを、身体がいい加減にしろと言っている。これは文句ややる気のなさとは関係ない。

4323声 イベント2日目

2019年09月16日

イベント2日目。昨日はたくさんの人が来てくれた。60名を越えた。1日目に比べれば準備は少ない。今日も同じくらいのお客さんが来る予定である。

4322声 イベント初日

2019年09月15日

5時起きでワインイベントの準備。19時くらいまで。疲れたー。オリオン餃子に行って、餃子と冷奴と生ビールで一人お疲れ会をする。餃子をおかわりした。

4321声 連句

2019年09月14日

明日はワインのイベント。朝から準備。その合間に、会場の下見に行ってきた。11時には開いていると思ったがなかなか開かない。手持ち無沙汰で外の階段に座って、俳句を詠む。少し前から知り合いに誘われ連句をやっている。私の番を詠まねばならない。

01・夜の虫鳴き始めたら秋の風 堀
02・震える心照らせこの月 坂
03・褐色の肌噛む雨は戸を打ち 倉
04・線香の煙立たずに消える 堀
05・蚊の唸る浅い眠りにさすらう夜 坂
06・目をつむりて逃げ水踏んで 倉
07・定宿がほしいと思ったシストラム 堀
08・踊子の群れ目元涼しく 坂
09・暗き瀬の音に浮かびし女がひとり 倉
10・動き始めた汽車に飛び乗る 堀
11・お湯割りで幕が開き地球の夜更け 坂
12・街灯の音ふるえている 倉
13・深酒の眼鏡かけたら冬の月 堀

半年前くらいに初めてメガネを作り、時々かける。普段かけないメガネをかけると世界が明るくなる。先日酔ったときにメガネをかけてみたら、急に明るくなるにはなったが、世の中のダメっぷりばかりが目に飛び込んできた。そうすると自分も急に恥ずかしくなる。酔っているときにメガネをかけるのはやめようと思った。

4320声 働けないの中身

2019年09月13日

急に涼しくなった。千葉の方々は大丈夫なのか。働くことについて、この一年くらいずっと考えている。なぜかというと、働けない、を前提とする従業員がいるからである。そんかことがあるのか、と戸惑うことが未だにあるが、働けない、を前提とする彼は、自分の中にだっている。他の従業員の中にもいる。子育てをしている方がよく、子供に育てられるという話をするのを聞くが、子供を育てたことのない私はこうやって従業員のことを考えることで自分が育てられてしまうこれも、子育てだと思う。働くことは大なり小なり大変である。働くことは労働に違いないのだが、うちの従業員は働くこと=労働という感覚が乏しい。労働とは大変さに向き合って越えていくことなんだが、それが脆弱である。向き合えない自分をすぐに肯定してしまう。今までそれは、私が甘いからだと思っていたがどうもそうでもない気がしてきた。私がそもそも、働くこと=労働という感覚がないからである。仕事は、やりたいからやっている。もちろん大変さはあるし、大変さを乗り越えようと努力もしているが、主体的である。この、主体的であるかどうかはあまり重要ではないとも、この頃思うようになった。なぜかというと、主体的なやつは、自分のためにしか動けないという場合が多いからである。逆に言えば、主体的でないやつの中には、他者のために動けるという大事な能力があるやつがいるからである。主体的にも他者のためにも動けないやつ、というのが難しいのだが。たくさん働きたいか?と聞かれたとき、なんと答えるか。たくさん働きたい、と、たくさん働ける、は違う。聞きたいのは、たくさん働けない様々な現実を前提として、もっとたくさん働きたいと思っているかどうかである。それは、うちの店で、でなくていい。要するに、命を使い切ってから死にたいか、ということが聞きたい。使うのが怖い、も、使いたいけど使いものにならない、もよくわかる。それでも使いたいと真面目に思っているか?という質問である。せめて、命を使い切ってから死にたい、ということの尊さだけは、気づけるようにしてやりたい。

4319声 糖質

2019年09月12日

朝から仕込み。久しぶりのスタウト。ドライのぶどう山椒をミルで挽き、煮沸時にホップとともに煮込む。少し加えては味を見て、最終的に山椒を150g、ホップはファグルとスティリアンを80gずつ使った。比重がやや想定より低かったが、仕込みはうまくいった。この頃、酒が多い。忙しかったら余計に飲んでしまうのは昔から変わらないが、この3年くらいは飲んだら動けなくなってきていたから量も減っていた。それが7月に糖質制限を始めて、飲んでも回復が早くなった。睡眠時間も1日1時間くらい短くなった。糖質制限の要所は、血糖値の急激な変化を避けること。炭水化物を摂るにしても、その前に他のもので胃袋を少し満たしてから食べる。それだけでも違う。糖に振り回されていたのである。自分の性格や、精神力や、根性ではない。ましてや他者でもない。

4318 声 停電

2019年09月11日

昨夜も遅かったが早めに起きる。明日仕込みをしたいので今日はやることが多い。ケグ詰め、タンク洗浄、タンクの熱湯消毒をして、夕方に麦芽を挽いた。これで明日仕込みができる。そう思ってシンキチで一杯飲んで、家に帰った。早めに寝ようと布団を敷いたとたん、急に電気が消えた。外は雨。雷がなっている。停電か。電気はすぐに付くだろうと思っていたがなかなかつかない。雷も止まない。店が心配になって、外に出た。どしゃぶりの中、周りの家も真っ暗である。店にはお客さんが3人いた。スタッフと暗い中、停電のニュースを見ている。ひとまず椅子に座って、ビールを注いで。次第に雨は止んできた。けれども電気は一向に付く気配がない。こうなると、心配なのは工場内の温度と冷蔵庫の中身である。ビールの入ったケグは汗をかき始めている。一時間くらいだろうか、それだけかかってようやく電気がついた。ひとまず安心である。こういうときほんとに何もできないなと、テーブルの上の空いたビール瓶を見ながら思った。千葉はこれどころじゃないと思ったら、なんともやるせない気分になった。

4317声 ファミレス

2019年09月10日

朝起きてケグを洗って、ガストでモーニング。夜の営業の買い物をして、どうも溜まる一方の疲れを落としにさくらの湯へ。今日も暑い。自転車で5分もかからないところにある温泉は、いつも静かで、お湯もいい。寝湯に30分。じっとしているだけである。それでも眉間に現れたシワがなくなるくらいには、疲れが取れた。少し昼寝をしてから、ばっちゃんと打ち合わせ。そしてまたガスト。ガストばっかり。ちなみに今は珈琲館。昨日はひとこえを書けなかったから、日をまたいで書いている。ガストかあるいは珈琲館か、あと最近は、デニーズとロイヤルホストも覚えた。コーヒーの好みは、珈琲館、ガスト、ロイヤルホスト、デニーズ、の順番。ちなみにコンビニのコーヒーは、ローソン、セブンイレブン、ファミマの順。モーニングのうまさは、ロイヤルホスト、デニーズ、珈琲館、ガストの順番。ロイヤルホストとデニーズは、パンがおいしい。バターがつく。ガストはマーガリン。珈琲館もたぶん、マーガリン。高崎の駅周辺のファミレスで眉間にシワ寄せてなにか考えているおじさんを見つけたら、それは私の可能性が結構ある。

4316声 台風

2019年09月09日

台風はどこへ行ったのかと気がかりで起きた。高崎の朝は静かだった。スマホを見ると、千葉が影響を受けている。抜井は大丈夫か。ゴルフ練習場の柱が倒れたり、鉄塔が倒れたりしている。まるで映画の世界だ。人間は、過去例がなく起きてしまった現実からしか学べない。むしろ学べればまだいい方である。けれども今は、世の中の学習機能が上がった。電信柱や電線はなくす方向に行くのか。お客さんの中に、酔っ払って自転車に乗って転び、肋骨を折った方がいる。私より少し上の、50才になろうかという女性である。そういう事故は2回目だという。懲りないんだ。むしろそういうほうが、ノーマルだとも思う。学習は難しい。大事なことを自分の中に育てることでしか変われない。その上で酒はやめられねえ、というのならば、それはそれで仕方がないと思っている。ただ、周りは大変だ。周りのために変わる、というのも、育てることでしか見につかない大事なことでもある。そういえば、抜井も昔、一緒にさんざん飲んだあと自転車に乗り、電信柱にぶつかって鼻を折って、さんざんな目にあった。電信柱はなくしたほうがいいのかもしれない。

4315声 息抜き

2019年09月08日

先週は忙しかった。日曜日になってもその続きで脳が休んでいない感じだ。千晶ちゃんがご飯を持ってきてくれたが、お願いをして外に出ることに。高崎を離れて軽井沢へ。軽井沢は高崎とは5℃くらいの気温差があった。つかの間の森林浴はとても気持ちよかった。千晶ちゃんはこういうのに文句一つ言わず、また行こうねとむしろ楽しんでくれる。深夜から明け方にかけ、大きい台風が迫っているとのこと。外のガラクタをしまったり横にしたり。

4314声 イベント出店

2019年09月07日

富岡でイベント出店だった。高崎を出た9時過ぎから帰ってくる20時前まで、終始暑かった。汗と湿気でベタベタである。高崎からたくさんのお客さんが来てくれた。他のブルワリーのビールと飲み比べてみると、うちの問題点、いいところがよくわかる。うちのお客さんたちにうまいビールを飲ませたい。

4313声 考えられる

2019年09月06日

昨夜もまた飲んでしまった。体調がいい証拠だが、そんなつもりはないまま飲み続けてしまい、今朝は少し酒が残っていた。昨日は店が暇で、日本酒のティスティングをしていた。そうしたらお客さんが来て、ティスティングに集中していた私は突然の来客に自分の酔いがすごいことに気づき、すいません、酔っていますとそのお客さんにことわった。そんなことは板前になって以来初めてだが、ことわってから、いろいろ料理をした。途中からお客さんの酔いが自分の酔いを追い越したのがわかったところでほっとして、帰りにまたガストに寄って。イベントに持っていくビールのティスティングをしなければならず、そのあとシンキチに戻り、ティスティングをして。結局飲み続け。元気である。酒を飲んでからの回復、酔いの回り方が違う。酔うのはもう歳だから早い。それは変わらない。けれども酔ってからなにかできる、というのが違う。今も飲んでいるのに文章をまとめられる。以前はこんなことはなかった。酔ったら書けなかった。酔ったら仕事はできないし、酔って覚醒はなかった。考えられることがありがたい。

4312声 次の段階へ

2019年09月05日

朝から仕込み。昨日今日と違うビールだが、モルトの配合比率を同じにして、ピルスナーモルトだけ産地の違うものを使ってみた。はたして違いが出るか。サワーモルトも今回初使用。どんな酸味になるのか。粉砕機が使えるようになって、バリエーションが格段に増した。いろいろ試せるのがいい。造りが小さいから、こういうところに利点がある。大きな工場ではなかなかこうもいかないだろう。液体酵母にしてから、ビールのみずみずしさが増した。相変わらず水は調整していないが、水の個性とモルトの組み合わせで生まれる味のイメージができるようになってきた。これも液体酵母になったことによるところが大きい。洗浄も、およそ問題が起きない適正な分量、手順がわかってきた。ホップはまだ、この水との相性という点で、今ひとつよくわからない。ビールは確実に変わった。これならひとまずOK、というところまでやっと来た。2年半かかってやっとテーブルに乗っかった。

4311声 悪い癖

2019年09月04日

今朝は遅い起床。11時過ぎだった。昨夜、ガストから帰ろうと会計をしていたら後ろから酔っ払いに声をかけられた。振り向いたら、つい小一時間前までうちの店で飲んでいたお客さんが、さらに酔っ払ってそこにいる。私は生ビール2杯で気分がいい。こういうときが危ない。もうすでに深夜なのに、「ちょっと飲みますか?」と。悪い癖だ。結局おそらく3時とか、そのくらいまでワインを飲んで帰った。今日は仕込みなのに。でもあのワインおいしかったな。ワインがよかったのか、体調がよかったのか、二日酔いはなく仕込みも無事終了。日暮れ間近の珈琲館で、コーヒーゼリーとアメリカン。

4310声 恐怖心

2019年09月03日

慌ただしかった一日が終了。疲れたなぁ。深夜のガストに滑り込んで、生ビールとほうれん草ベーコンを注文する。生ビールがあ〜うまい。疲れているんだから、銘柄はどうでもいい。仕事が終わって疲れたなぁというときはたいてい、そこに至るまでにその前に、何度か疲れのピークを越えていることが多い。今日はそれが割と早くて、少しペースダウンをしつつ、集中力を切らさぬよう、うまく乗り越えた。もうどうしようもなくだめなときが多かったのだが、最近少し改善できてきた。いい歳して何言ってんだ、という話だが、お前らだっていつかなる、と思っている。最近誰かとしゃべるとなると、ことあるごとに恐怖心というフレーズを出してしまう。はじめはあまり意識していなかったが、近頃はその使用頻度が確信犯的だ。恐怖心が、減っているのである。私の人生は恐怖心との戦いだったと、こんな歳になってやっと気づいてきた。やっと気づいてきた、のではなくて、やっと恐怖心に向き合えるようになってきたのだと思っている。恐怖心が減ってきたのがわかったとき、いかにそれが知らぬ間に増していたかにまた気づいたのだが、どうして恐怖心が減ってきたなんてことに気づいたかというと、炭水化物を控えたから。炭水化物を控えただけで、あきらかに違うのである。それを丁寧に説明する余力は今残っていない。一つだけ思うのは、もっと大人が恐怖心について語っていいんじゃないか、ということである。

4309声 トンチンカン

2019年09月02日

なんで生きているのか?と聞かれたら、なんて答えますかね?なんでという言葉はなんのために、ともとれるし、どういう経緯で、とも取れるから、答えにくいかもしれません。生まれちゃったから、なんて、面倒くさがりは答えるかもしれない。なんのために、と聞くべきかもしれませんね。あるいは、もう一個突っ込んで、何を人生の目標として、でもいいかもしれない。そもそもこういう問い自体を野暮と思う人もそこそこいるかもしれないし、ただ面倒くさい、とだけ思う人もいるかもしれない。こういう問いにとにかく興味があって仕方のない人、というのもいるかもしれないが、そういう人は厄介な気がする、というのも、ある程度合っている気がする。どれでもいいのだが、そんなこととは関係ないところで、居丈高というか気持ちが入ってないというか、横柄な態度が平気、あるいは横柄な態度がどういうものかわかってない態度に出くわすたびに、その、わりと根源的なことを考える。つまり私は、そういうことに興味のある厄介さを持つわけ。その横柄な態度の出どころはきっと、こういうことに興味がないところな気がするから。もちろん私が横柄ではない、というわけではない。たとえば、付き合いが長くなり、ああ、この人はいいやつだな、という基本的な思いを変わらずに持っていたとしても、その基本的にはいいやつが平気で横柄な態度、になる場面を繰り返す。何度も繰り返すと、ああ、この人は根源的なことをあまり考えないんだな、と思ってしまう。興味がなくても、考えなくても、どうでもかまわない。ただ、どうでも構わないからその態度はやめてくれ、とだけ思う。その言葉の選択は、あなたは横柄とは感じていないようだけど実はそれは相当横柄なんだよと。若さもあるかもしれない。横柄な態度を、ファッションと捉えてしまったタイミングがあったのかもしれない。若ければまだいいのかもしれない。ある程度年をとっていると、もうそういう問題ではないなと、暗い気持ちになる。なかったんだ、指摘される場面が。恥ずかしさを学ぶ時間が。先生、と呼ばれる人に少なからずいるなあ、と気づくと、先生と呼んでいい人にも定期検診を設けるべきだよと考えてしまう。年に一度、恥ずかしさについての試験をするだとか。先生をした時間と同じだけ、教わる側をするとか。まあこういう話はいろいろなところに通じちゃう。ランチの十六穀米を食べ残すのも横柄かもしれないし、食べきれないから予め半分にしてほしいと申し出たら白米は半分でできるが十六穀米の量は変えられないとお客さんに伝える店も横柄かもしれない。これは横柄じゃなくて、トンチンカンなだけか。もう横柄=トンチンカンでいいな。お前横柄だよ、と言うより、お前トンチンカンだよ、と言ったほうが言われた方も傷つかないだろうし。