日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。平成30年前半は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

4012声 まず体から

2018年11月08日

数日、穴熊のような生活を送っていた。家にも帰らず夜はパソコン前でパチパチ、ウトウト。それなので今日は早めに仕事を切り上げ、小野上温泉へ行った。美人の湯につかり、サウナに入って出てを2回も繰り返すと、顔がつるつるに光っていた。まさに「生き返ったー」と声に出るレベル。

 

ここでも前に書いた気がするが、学生時代に「ひきこもり」をテーマに取材をした際、父親が亡くなったことで一念発起して家を出る練習をしているというTさんとネットで知り合った。彼が僕に会う場所として指定したのはU市にある健康施設だった。聞けば、度々来てはプールで泳いでいるらしい。

 

今の時代、ひきこもりに限らず「身体」をおそろかにすることは多い。日がな一日パソコンの前にいても、仕事が成立してしまう職種もある。家を出る練習をする彼が一番先にしたのが、仕事を探すでも誰かに会うでもなく、まず体から感覚を取り戻す事だったということがなんだか記憶に残った。理屈より先に、体なのだ、きっと。ヨガがこれほど流行っているのも、そういったことに関係しているのかも。

 

あなたの身体は、起きていますか?

4011声 家族写真

2018年11月07日

立て続けに、知人2組の結婚式映像を作った。

 

よくある、新郎新婦が幼いころから今に到るまでのプロフィールムービー。写真の束をあらかじめ借りて、スキャナーで1枚1枚読み込んで。パソコン上で音楽に合わせて並べ、時には顔にズームしていく動きをつけたり、七五三は着慣れない着物で号泣、みたいな言葉を添える。

 

昔は今のように携帯で手軽に写真を撮ることはできなかったけど、今回の2組以外に何回も同じような映像を作ったけど、その世代はほぼ全員が新郎新婦の両親が丁寧に撮った写真が残っている。分厚くてフィルムをぺらっとはがす重厚なアルバムごと預かることも多い。そこには目に見えて重みもある「家族の愛情」がある。

 

僕は人より何倍もカメラを「向ける側の」人間であるけれど、その対象は仕事であり、自分の家族や自分の大切な人の写真をほぼ全く撮っていなかったことに気付いた。愛情とはつまり写真を撮ればいいってもんじゃないけど、実際ごく身近な人への愛情が希薄だったのではないかと思うと、今まで何をやっていたんだと思わざるを得ない。

 

ある新婦の1枚の写真。まだ小さい少女が祭り衣装を着て山車を引いている。その横には母親がおり、母親は両てのひらで少女の顔の両脇をむぎゅっと挟んで、カメラ正面を向くように顔を固定させている。少女は口がちょっとタコみたいになっているけど、嫌な顔というよりは嬉しい顔をしている。

 

とてもいい写真だな、と思った。

4010声 光のまち

2018年11月06日

昨日の話。NHK大河ドラマ「真田丸」のオープニングバックにもなった東吾妻町・岩櫃山のふもとに午前4時半集合。山頂で夜を明かし、その日一日を使って東吾妻町にある名所を巡るロケハン旅。とにかく色々高いところへ登る一日だった。2年近く運動をさぼっていた自分にとっては厳しいが、「知った場所である」ことは利だった。あとどれくらい、がわかると、体の動かし方が変わるのかしらん。

 

改めて色々印象に残ったが、やはり岩櫃山山頂での夜明けが一番印象的だった。まだくらい眼下、草津方面は光が滲み、「田舎だなぁ」と思っていた東吾妻町原町は、ちょっとした光のまちだった。それは主に街灯であったり、夜も働く工場であったり、早起きした家の灯であると思うが、思いの外多くの光の点が広がっていた。

 

残念ながら曇り空。希望していたように朝日は差してくれない。けれど、前日の雨あってか、霧のような雲のような白が周囲の山々の稜線にかかっていた。雲海のように。けれどそんな美しい夜明けの時間はすぐに過ぎる。ふと気づけば光のまちは、僕が良く知る「田舎だなぁ」という見慣れた街並みに戻っていた。

4009声 憧れ

2018年11月05日

2つ前の投稿で紹介した「秋、酒蔵にて」の所謂クロージングパーティー的な会にて。その日の料理は館林にある「ランゴリーノ」の行き過ぎたシェフ(敬意を込めて)カズくんによるものだったが、生牡蠣のようなフレッシュな生ムール貝が美味だった。モノづくり作家さんから日本酒「義侠」のレアな古酒も飲ませていただく。いつになく上機嫌になってしまった。作家たちの代表・吉澤良一さんから「岡安しゃべれー」とフリが飛びマイクを握る。

 

「今回は食とモノがテーマでしたね。僕はどちらもおそろかな人生を送ってきました。コンビニのポテトサラダをチューチュー吸って飯にする日もあるし、会社で使っているカップだってイベントでもらったプラスチックのマグカップです。僕は広告作りだったり映像を撮ったりしていて、最近ふと“本物への憧れ”が自分の原動力であることに気付きました。本物の生き方ができないからこそ、憧れながら何かを残したいと思っているようです。でも僕ももうじき40になり、憧れるだけじゃなくて自分の生活を豊かにしないともうダメだなとも思っています。食事については前よりは少しは気を使うようになりました。モノについてもこれからは、きちんと良いものが使えるようになったら良いなと思っています」

 

みたいなことを話したと思う。それを聞いたから、というわけではなく「今回このイベントに献身的に関わったお礼」と、数人の作家さんから作品である皿やぐい呑をいただいてしまった。我が家において、それらは「場違いな家に来ちまったぜ」という異彩を放っている。それらが普段使いできる暮らしが、僕に送れるだろうか。

4008声 豊洲にて

2018年11月04日

築地魚河岸山治(やまはる)さんとは長い付き合いだった。

 

新聞折込みで魚の注文をとり山治へ連絡、築地を出た長距離トラックを高崎市場で待ち受けて魚を仕入れ、県内の家庭に配達する「原町湊」という事業を中心的に行っていた時期もある。僕一人でもやれるコンパクトなものではあったが、築地にも度々打ち合わせに行き、帰りに食べた「豊ちゃん」のアジフライ定食であったり、「高はし」の煮魚定食だったりの味は忘れられない。魚配達の仕事はすでにしていないが、山治とは広報関係の仕事で未だにお付き合いがある。

 

みなさんご存知のように、平成30年10月6日に、東京都中央卸売築地市場はその役目を終えた。そして次の地は豊洲である。電車を乗り継ぎ初めて足を運んだ。築地市場が世界遺産的な味のある場所であったならば、豊洲市場は巨大物流センター的な無機質な場所であった。山治がある水産卸売場練は見学だけの入室はNGで、見学者には建物2回からマグロの競り場などを見られるコースがあるのだが、その普通さは退屈だった。

 

小型貨物車ターレーがびゅんびゅん行き交い商売人たちの罵声にも似た注文の発声が行き交う中で、写真をバシャバシャ撮る外国人観光者たちがいても気に留めない「懐の深さ」が、築地市場の奥の深さであった気もする。

 

何を食べて帰ろうか迷ったが、行列もなく馴染みもあった「鳥藤」で親子丼とカレーの合いがけを食べた。隣に座った仕入れ人らしきおじさんが、築地からの顔なじみと思われる店員に「売り場が広くてひどく疲れる。青果市場も遠いからついでに買えない。でも、この店と駐車場が近い。それだけだな、いいのは」と話しかけていた。

 

豊洲のこれからが、市場移転後も営業している築地場外市場のこれからが、人で賑わうものであって欲しい。

4007声 秋、酒蔵にて

2018年11月03日

年に1度、ぼくんちのそばの本来の役目を終えた酒蔵で、県内ものづくり作家の展示会「秋、酒蔵にて」が開催されている。

 

僕がめっかった群馬の(ほ)、堀澤さんと会ったのもこの会であった記憶がある(当時、このイベントの料理担当が彼だった)。ただ物を見て売り買いする場ではなく、10日ほどの会期のはじまりとおわりには、酒を飲み美味しい料理を食べての宴会が行われる。まずは作家とお客さんが親しくなり、その延長に物の嫁入りが・・ないならないでも良いが、あればお互いに幸せだな、というイベントである。

 

今年で10回目の開催。会を増すごとに僕も作家さんたちと近くなり、今年ははじめてポスターデザインを担当した。作家を束ねる吉澤良一氏が10年の節目に掲げたテーマは「四重不枠」。会期は11/4(日)と間近で終わるが、ぜひ足を運んでいただきたい。

 

秋、酒蔵にて

 

このイベントメンバーはものづくりだけではない。フラメンコダンサーの宮崎亜由美さんもそのうちの一人。作家は毎年その時最高と思える器や家具を持ちより、亜由美さんはその時最高と思えるパフォーマンスを披露する。多少の酒に酔いながら、数年ぶりに彼女を撮影した。彼女の奥に並んでいるのはものづくり作家たちである。

 

「その関係が、その瞬間を作っている」ということは撮れた気がしている。

4006声 道よ

2018年11月02日

おかげさまで「去年より忙しい」を5年くらい連続で更新している。

 

去年までの仕事は今年もお声をかけていただき、最近新たな仕事が幾つか始まった。有難い気持ちの反面、柄にもなくナイーブになっている。僕は果たして、やりきれるのだろうか。そういう時期なのだと思ってみても、気持ちが前を向かない日が多い。

 

ふと、Yくんと最後に話した場所を通り過ぎた。同い年だった彼は、今はもういない。僕は案外単純な性格である。彼はもうあれもこれもできないが、僕はまだもうしばらくはあれもこれもできる。そんな風に思われちゃ彼も浮かばれないことは承知の上で、一方的に彼に背中を押してもらう。

 

もう一歩、もう一歩。それで気づけば開けよ、道よ。

4005声 行こうよう

2018年11月01日

紅葉を見に行こうよう。

 

今日は打ち合わせの前に吾妻渓谷を撮影した。紅葉は8割といったところだろうか。そのあとは北軽井沢へ。こちらはまさに盛り、を少し過ぎたあたりだった。「今年は例年よりも紅葉がきれいです」と待ち合わせたFさんが言った。北軽井沢では秋は短くこれから長い冬がやってくるが、電柱もない森の中に一歩踏み入れると左右には赤や黄色の絵の具を散らしたような木々がどこまでも続いていた。行ったことはないが、天国のようだった。

 

食欲の秋、とはもう言い切れないもうすぐ39歳。11月は岡安が担当します。

4004声 朝露

2018年10月31日

今日も引き続いて晴れ。
週末は寒気が入って来ているので、朝晩は冷え込むようである。
明日から霜月、11月。
そういえば、今年は、いや今年もだが、
露をじっくりと見る機会がなかった。
露というのは、朝や夜半に葉の表面などに付く水滴である。
朝日の中の露は美しい。
大げさだが、筆舌に尽くしがたいものがある。
早起きができなかったために、見られなかった。
明日にでも見ればいいような気もするが、
日常ではなかなかそういう気分にもならない。
自然の条件、その中での自分の条件。
様々な点が線にならないと、なかなか心を動かすのは難しい。
実際の自然に触れるのはよい。
「あぁ良いな」を思うもの。
中之条は澄んだ空気のなか、紅葉がきれいでしょうね、岡安さん。

4003声 冬近し

2018年10月30日

一日よい天気だった。
東京方面は終日、雲ひとつない快晴で、
まさに「天高し」という印象であった。
冬が近い、天の青の深さ。
星がきれいだろうな、山のほうは。

4002声 数え日の句会

2018年10月29日

今日、店頭に「一番搾り-とれたてホップ-」が並んでいた。
これが並ぶと、酉の市ではないが、もう冬が近いなという実感がある。
そんなことを考えつつ晩酌をしていると、年末の句会予定の連絡が来た。
そういえば、数え日の句会というのは、あまり経験がない。
いやどうであったか。
毎年、新年の句会、つまりこの「鶴のひとこえ」メンバーとの新春句会
の印象が強ので、記憶から消えているだけかもしれない。

4001声 酉の市用意

2018年10月28日

通りかかったら、酉の市の用意をしていた。
もうそんな季節である。
そういえば熊手をかったことがないな。
小さなやつを今年は買ってみようか。

4000声 乗れない

2018年10月27日

初めての句会へ。
三ノ輪から南千住までの千束周辺、
つまり吉原のあたりを吟行した。
まったくと言っていいほど、句はできなかったが、
句会メンバーは慣れているらしく、
巧みに捉えている句がたくさんあった。
それに乗れるか、乗れないか。
ディズニーランドの世界観に乗れるか、乗れないかに、
近い部分がないだろうか。

3999声 清々しさ

2018年10月26日

卓球の福原愛さんが引退した。
スポーツは普段あまり見ないが、第一線のスポーツ選手の姿勢には、
いつも清々しさを感じる。
明確な敵と格闘している、また格闘してきたからだろうか。
それはいうまでもなく、自分の限界であるが。

3998声 訪問者

2018年10月25日

夜、未知の男が訪ねてきた。
坊主頭で四十がらみの顔色の悪い男であった。
昔、裏のアパートに住んでいたから始まって、
いろいろと身の上話をしていたが、とどのつまり、
「二千円貸してください」という。
貸す理由も、義理もないのだが、貸した。
次は貸せない旨と、返却はポストに入れて置くよう伝えた。
男が去ったあと、いろいろと考えをめぐらした。
貸さなかったほうが良かったか、
五百円ないし千円だけ渡し、返却は不要としたほうが良かったか。
しばらくは、玄関先の闇に男の気配がまだあるような気がして、
なんとなく落ち着かなかった。

3997声 齟齬

2018年10月24日

どうやら、時代との齟齬に美を感じてしまう。
という感覚が、私にはあるらしい。

3996声 興味なし

2018年10月23日

ケーキを買おうとして、駅ビルや駅周辺をうろうろしていた。
記憶の中であった洋菓子店の場所に行くと、店が変わっていたり、
そこが和菓子屋だったり、なかなかたどり着けない。
なんとか、改札口のすぐ脇の洋菓子店で買うことができた。
毎日、通っているのに まったく気がつかなかった。
周辺の立ち食い蕎麦屋と立ち飲み屋、
千円カットの床屋と赤提灯ならば、スマホで検索するよりも、
早く正確に案内できるのだが。

3995声 朗高く

2018年10月22日

自宅のすぐ前に、桜並木の一本道があり、道の奥には中学校がある。
したがって、朝夕には学生たちがたくさん通る。
部活帰りだろう、黄昏時ないし夜に、
同じ部活の仲良しと見られる男女が、歌いながら自宅の前を通る。
ほがらかに、たからかに、歌謡曲を歌っている。
自分にもあんな時代があったろうかと、台所で茶碗など洗いながら聞いていた。