日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。平成30年前半は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

3871声 変わり目

2017年06月13日

梅雨らしく、降ったり止んだりの一日であった。
体調は回復傾向にあったが、今度は口内炎が出来てしまった。
それが、酒を飲んでいることもあってか、
大きく成長してしまい、いま、何をするにも痛い。
しゃべる時も、食事をするときも、痛い。
酔っていると痛みが軽減するので、その時ばかりは非常に楽だが、
覚めた時の苦痛といったらない。
帰り際に購入した安物の塗り薬を患部に塗布しているのだが、
それもしみて痛い。
久しく口内炎になっていなかったので、こんなに痛いものかと、
驚いているくらい、痛い。
三十台中頃にさしかかり、体質の変わり目が来ていると、
この痛みをもって実感している。

3870声 地ビールとクラフト

2017年06月12日

銀座のちょっとした店での宴席より帰宅した。
ビールのラインナップに「那須高原ビール」があった。
スタイルこそひとつしかなかったが、美味しかった。
お店の方はしきりに「地ビール」と説明していた。
地ビールはその名の通り、味わいながらそのビールの地元に、
思いを馳せるのが醍醐味である。
 
ひと昔前、いまのような「クラフトビール」の呼称がなかったころ、
大手の、つまり大量生産されて一般的に流通する以外の、
ビールはおしなべて地ビールとなっていた思い出がある。
そして、それらの多くは土産的な要素が強く押し出されており、
製造しているのも、サイドビジネス的に製造している地場の企業が
多かった。
いまは淘汰されてみな美味しく飲めるが、
当時はやはり味にばらつきがあり、いまでも「地ビール」と聞くと、
敬遠する方も、実際、多く見てきた。
「昔、お土産で買ったどこそこの地ビールがまずかった」と。
 
そんな方でも、「クラフトビール」と聞くと、飛びついて飲んでいる。
確かに、その語感からも、クラフトマンシップで造られる、
一杯入魂のビールが連想され、美味しそうである。
確かに美味しいのだが、「地ビールはまずい、クラフトはうまい」
という図式が定着していることは、地ビールファンとしては悲しい。
だからどう、ということはなく、ただただ、美味しい「地ビール」を
薦めていきたいと思う。

3869声 若竹

2017年06月11日

かかえていた書評におおかたのめどがつき、
ひと段落である。
草むしりをほったらかしていた庭には、
草などが蔓延っているのだが、
やっかいなやつが生えてきた。
竹である。
朔太郎ではないが、
 
青空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。
 
という具合に、やたらめったら地面から突き出ている。
まだ若い竹なので、枝きり鋏でちょきんとやれば済む。
しかしながら、竹の成長の早さには驚いた。
ほんの一週間前は目立たなかった竹が、
いまは私の背を追い越しているのだから。
月夜に向かってぐんぐん伸びていると思うと、
なんだか不気味である。

3868声 一線

2017年06月10日

定例の句会で原宿へ出かけた。
いつもは代々木公園を主として吟行をするが、
今日は明治神宮へ。
菖蒲田が見ごろを迎えているからである。
梅雨時のむわっとした水の匂いと人いきれの
立ち込める中、花菖蒲を鑑賞した。
ここには全国から優秀品種が集まっているらしく、
たしかに、みな気品あるように見える。
月並みな表現だが、しばし都心ということを忘れた。
明治神宮も入り口の脇に雰囲気のよいカフェなどできて、
田舎ものの私がいうのの何だが、だいぶ垢抜けてきた。
しかしながら、都心にありつつ都心と一線を画す場所で
あってほしい。

3867声 衣

2017年06月09日

最寄駅の近くに、から揚げ屋ができた。
近年、流行っているようで、たこ焼き屋のように、
から揚げを主力として展開する店舗を良く見かける。
「なんとか金賞受賞」や「満足度№1」なる幟に引かれ、
寄ってみた。
当然ながら、弁当でなく、麦酒のつまみにするので、
単品で数種類、購入した。
すぐに帰宅し、早速、冷えた麦酒の横に添える。
さくさくの衣に、しょうゆやにんにくの香りが効いていて、
たしかに美味しい。
いま風とでも言おうか、てんぷら然り、から揚げ然り「衣」
といえばなんでも「ぱりぱり」である。
ぱりぱりにあらずはころもでなし、とでもいう具合に。
私は昔から、弁当屋お手製のから揚げ弁当に入っているような、
落ち葉のような色の、もったりした衣のから揚げが好きである。

3866声 蛍火

2017年06月08日

昨日、四国、中国、近畿、東海、関東甲信地方が、
「梅雨入りしたとみられる」と気象庁から発表された。
梅雨入りといえば、蛍である。
群馬に住んでいる時分は、さっと前橋などに出かけて蛍を見れたが、
いまはそう簡単に見られぬ状況である。
椿山荘のほたるの夕べに、気軽に出かけられるような暮らし向きで
もないので、週末などに満を持して出かけねばならない。
千葉では房総のあたりにいくつかよいスポットがあるのだが、
いささか長い帰路のことを考えると、二の足を踏んでしまう。
やはり蛍は、だだっぴろい田んぼの広がる里山で見たい。
できることなら野生の、あの力強い光の。

3865声 月の雨

2017年06月07日

夕方からちらちら降り出した。
空は垂れ込める雲で重たいが、頭痛はいくらか軽くなった。
翳ったと思ったら、すぐに雲が切れ、ぼんやりと月が現れた。
月は晴れているが、その下の空は雨が降っている。
六月らしい光景であった。

3864声 チューニング

2017年06月06日

入梅前の貴重な晴れ間であった。
継続して頭痛である。
庭先で鳴く野良猫の声が、なんだか、ざらついている。
季節の変わり目に、体調でも崩したのであろうか。
それとも、私の体調が崩れているからそう聞こえるのか。
食欲は不振だが、無性にポテトチップスが食べたくなったり、
なんだか、おかしい。
さっきからしきりに聞こえてくる猫の声のように、
体のチューニングが狂っている気がする。

3863声 依然として昭和

2017年06月05日

頭痛が軽くなった。
視界がたいぶクリアになり、とりかかるべきことを考えられるようになってきた。
見えるようになると、当然、生活の粗も浮き彫りになる。
初夏というのに暖房器具は出しっぱなし、絨毯は敷きっぱなし、
網戸に穴は空きっぱなしである。
昨年の冬には障子をはって、今年の夏には網戸をはることになった。
あと数年で平成も終わろうというのに、暮らし向きが依然として昭和である。
 
帰り際にホームセンタへ寄り、はり替えようの網戸だけは買ってきた。
たんに網戸といっても、目の細かい防虫ネットや、
破れにくいものや熱に強いものなど、種類がいろいろある。
結局、昔ながらの銀色のやや目は粗いが一番安価なものを購入した。
依然として昭和からは抜け出せない。

3862声 水郷のあやめ

2017年06月04日

先日来、ダイハードの主人公のように頭痛に悩まされている。
それでも、出かけねばと思い立ち、やるべきことを放擲して、
潮来の「あやめ祭り」を見に行った。
 
JR鹿島線の潮来駅を出て、国道を渡ると水郷あやめ園という、
菖蒲田がある。
植えられているのは花菖蒲なので、白に紫に黄色にと、
色合いが豊かである。
すぐ横には前川という流れがあり、手漕ぎの、ろ舟などが、
ゆったり過ぎてゆく。
観光地然としておらず、いささか寂れた潮来の町並みにも、
心やすらぐものがあった。
しかしながら、そう思うのは休日にちらりと寄るからで、
平日にこの潮来に居たらと思うと、寂寞としたものを感じた。

3861声  頭痛と麦酒

2017年06月03日

入梅前の貴重な晴れ間であった。
ズキズキこめかみを刺すような頭痛を抱え、
昨日は神保町の新世界菜館へ出かけた。
夏に開催予定の句会の打ち合わせだが、
当然、ささっと済ませて、麦酒と言うことになる。
 
「麦酒のおいしい季節になりました」
なんて挨拶の後には、たとえ頭痛であっても、
麦酒に口をつけないわけにはいかない。
中華料理には、よく冷えた麦酒が合う。
私以外の卓の方々が紹興酒へ移行する中、
麦酒で堪えた。
帰りに古書店をのぞくこともなく、帰ってきた。
案の定、体調は改善するはずもなく、
今日もこめかみがズキズキである。
紹興酒など嗜んでいたら、ズキズキでは済まなかったであろう。
頭痛薬をがりがり噛んでいただけの一日であった。

3860声  現場

2017年06月02日

締め切りが重なっている。
昨日、作品評と投句を終わらせたので、
あとは総合誌関連の句集の鑑賞と自叙伝の書評を、
今月中旬までに終わらせれば一息つける。
自分の雑文ならば、心持も軽いのだが、
他人の書いたものを評するというのが、
慣れぬせいもあって、非常に重たい。
 
これは抱え切れざる依頼とはいえず、
単に私が夏休みの宿題式に、溜めてしまったので、
締め切り間際に窮しているだけのことである。
 
つくづく、俳句は現場が楽しい。
そして、私の俳句の現場は机の前ではない。

3859声 七変化

2017年06月01日

雨のち曇り。
道の辺の紫陽花が色づいてくるごとに、
体調が低迷していった。
それに飲みすぎやらなにやらが重なり、免疫力が低下したのか、
鼻の横にほちっと吹き出ものができてしまった。
「ぽちっ」にはじまり「ぐちゃ」を経て、
いまは「べちゃ」としている。
先週、皮膚科を受診し薬を服用してからは、
沈静化傾向にある。
明日の晩は酒席があるので、それがきっかけで、
再発しないことを願っている。
再発したら、あの患者で混雑を極めている皮膚科に逆戻りである。
いままでこのできものは、紫陽花のように変化しているので、
だいぶ恐れている。
 
本日よりひと月の間、担当は抜井です。

3858声 追いつかない

2017年05月31日

5月ももう終わり。
暑い日が多く、気温差も大きな日が多かった。
ジムに通い始めたものの、コンスタントに通うのがなかなか難しい。
期間限定なのだから、アルコールを減らしてでも通う努力をしたほうがいい。
それにしても、やることが多い。
どんどん増えているように感じる。
ちょっと落ち着いて、お茶でも飲みながら整理しなければと思ってはいるが追いつかない。
やるべきことを忘れ、昨日は大事な説明会を忘れ、今日は納税申告を忘れた。
苗の水やりと酒を飲むことだけは忘れないのだが。
そろそろ梅雨の季節となる。
この季節のビールの飲み過ぎは危険だ。

3857声 動けない

2017年05月30日

ツバメが近所の家のガレージにせっせと巣を作っている。
私は動けない。
昨日アイスクリームを食べ過ぎた。
一昨日の酒も、ある気がする。
動けないのだが、まだそれが動ける時とどう違うのか言葉にできない。
明日は動けるようになってほしい。
できることならば動きたいと思ってるんだな、と思う。
動けているとして、それを誰かに褒められたいわけでなく、動ける状態で、かつ動けていることを気持ちがいいと感じるように自分がなってしまった。
動けなくたって構いやしない、方がいい、とも思う。
だが現段階では、脳も身体もそうはなってはいないようだ。
動けなくても、不安にもならず嫌な夢も見ない人間になりたい。

3856声 玉置浩二は正しいのではないか

2017年05月29日

二日酔い。
水だけ飲んで、布団の中。
インターネットで、2日前に放送された玉置浩二の歌番組の動画を見つける。
「なぜ歌い方が毎回違うのか?」
という問いに、
「感じたい」
と答えていた。
「(メロディに沿わない場合には)間に合えばいいと思っている」
と答えていた。
「のぞみ、みたいな感じといいますか。あと10分待てばまた来る、みたいな」
と。

3855声 東京ではしご

2017年05月28日

都内に出た。
燗酒の催しに参加。
銘柄はほとんど知っているものだから、自分ならこう温めるという基準のようなものがある。
他人がつける燗酒を飲んで、改めていろいろだなと感じた。
燗酒は、温め方で全く違うものになる。
門前仲町に移動して4軒はしご。
東京駅で1軒。
高崎に戻って1軒。
飲み過ぎてしまった。

3854声 紫陽花の季節

2017年05月27日

今日は暑くなる予報だったが、むしろ肌寒く感じる時さえあった。
昨日までは雨続き。
今週は天気が不安定である。
紫陽花のつぼみが大きくなってきた。
そろそろ色づいてきそう。
過去にとった写真を見ていたら、一年前の今日撮った紫陽花の写真が出てきた。
去年の方が早く咲いている。
今年の方が、一週間くらい遅いのかもしれない。
夜の営業中に腰が痛くなり、ちょっと立っているのもやっとだった。
ジムの疲れだろうか。
営業をしながら、酵母を2種類、一つはパンを焼く用と、一つはビールを作る用で起こす。
うまくいってほしい。