日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。令和元年は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

4026声 辛いらーめん

2018年11月22日

コンビニでリポビタンDのちょっといいやつを買って、駐車場の車の中、スマホでメールを返していた。

 

コンコンコン

 

窓ガラスを叩かれ「エッ」と顔を上げたらコンビニの店員。ボタンを押して窓を開ける。

 

先ほど、辛いらーめんを買われた方ですか?

 

「いえ、違います」と言うと、店員は首をかしげ店へと戻って行った。辛いらーめんを買った客に何が起きたのかも少し気になるものの、僕はそうか、コンビニで辛いらーめんを買うような顔なんだなと、多分そうだろうなと、一人納得してしまった。

4025声 チンカラホイ!

2018年11月21日

『のび太の魔界大冒険』が好きだった。のび太が魔法をかける時の合言葉はチンカラホイ。

 

僕の方は随分大人になってしまったが、急いでいる時に目の前の信号は赤信号、そんな時、信号に向かって

 

チンカラホイ!

 

と唱えると、30回に1回くらいの割合で、青信号に変わる。魔法である。

4024声 高崎グラフィティ。

2018年11月20日

伊参スタジオ映画祭では11/24(土)に『高崎グラフィティ。』を上映する。
 
今年の春で32回を数えた「高崎映画祭」は偉大な映画祭だ。その発起人であった茂木一男さんはもちろんのこと(まだご存命の時に山形映画祭でばったり会って「伊参はいい映画祭だよ」と言ってもらった事がとても嬉しかった)、現ディレクターの志尾睦子さんは僕にとってのアイドル・・違うか、映画と深く関わる姿勢に、ずっと刺激をいただいている。
 
高崎との関係といえば、伊参のメイン企画である「シナリオ大賞」作品は、2014年の『震動』『独裁者、古賀。』の上映を皮切りに、今年に至るまで高崎映画祭で毎年上映していただいている。高崎映画祭での上映に立ち会った伊参関連監督も皆たいへん喜んでいるし、同じ群馬の映画祭として関係できることは、とても嬉しいことだ。・・と、前置きが長くなりましたが・・
 

 
今年の伊参スタジオ映画祭の上映作品が何がいいか悶々と考えていた時に、高崎の駅前を歩いていて、『高崎グラフィティ。』の大きな横看板を見つけた。今年の高崎映画祭でクロージング上映を飾ったそれは、調べるにオール高崎ロケ映画だという。しかも、未完成予告編大賞という「映画の予告編をまず作り、これは本編が見たいぞ!という最優秀作品を映画化させる」プロジェクトの第一作目。シナリオ大賞もそうだけど「映画の作られ方」としても面白いではないか。興奮しながら上映中だったシネマテークたかさきへ足を運んだ。
 
電車に乗ってしまえば東京はすぐ側だけど、都会とは言い難い町、高崎市。『高崎グラフィティ。』は、高校卒業を迎える5人の若者の葛藤を、実にストレートに描いた青春映画だった。アーケード街から河原まで、高崎という場所のドキュメントでもあり、演じる若者も・・まだ何者かになれていない自分を役に投影しているかどうかはわからないが、その年齢でしか出せない表情を見せる。で、若者に混ざり短い時間でも後引く個性を見せるのが渋川市出身の渋川清彦さん。映画のはじめから終わりまで、「映画を作るんだ!」という熱を帯びた熱い作品だった。伊参スタジオ映画祭の今年の上映候補に推した。
 
当日は、川島直人監督と、本編撮影前の予告編大賞の段階ですでに役者として関わっていた佐藤玲さんがゲストで来場する。多くの人に観てもらいたいのは当然なのだけど、「高崎に暮らしているけど、この映画を見逃してしまった」という高崎市民のアナタ!には特に観ていただきたい。

4023声 冬の山

2018年11月19日

地元の補聴器専門店の広告を、もう2年近く手がけている。年に4回の新聞折込み。メガネ同様にわりと手に入りやすくなった補聴器だが、メンテナンス含め末長く合える店は多くないらしく、安く買って合わなくて使わなくなるケースも多いらしい。

 

中之条の「アマダ補聴器倶楽部」は、親から継いで2代目のアマダさんという女性が経営している。驚いたことに、1996年に中之条町で撮影された『眠る男』という映画で、アマダさんはスタッフとして参加していたんだそうだ。そういう話を聞くと急に距離が近くなって、「地元密着をアピールするなら、アマダさんのインタビューを広告に載せましょう」と提案してみたり、広告も反応があるとのことで、いい関係が続いていると思う。

 

アマダさんの店は、南の壁一面がガラスになっていて、道路と吾妻川越しに榛名の山々を見渡すことができる。「毎日山を見てるけど、昨日までは秋の山だった。今日急に冬の山になったね。不思議だけど、そういう区切りがあるもんなんだ」とアマダさんが言った。「はあ」と言って山を見ても、僕にはあまりわからない。でももうすぐらしい、冬は。

4022声 この道

2018年11月18日

今年の伊参スタジオ映画祭初日(24土)に、篠原哲雄監督作『ばあちゃんロード』を上映する。近年、監督や俳優の上映後のトーク司会が僕の役割になり、できる限り映画祭前に上映作品を観ることにしている。でもなかには、ぶっつけ本番、その場で観て直後にトーク司会をしなければいけない局面も何度かあり、監督の前でそもそもの映画タイトルを言い間違えたこともある。『ばあちゃんロード』は未見で、すでにDVDが販売されていたので、購入して見てみた(でもスクリーンで見る映画は違いますからね、映画祭で見てくださいね!)。

 

草笛光子さん演じる足が不自由で介護施設で生活しているばあちゃんが、ばあちゃんっ子だった孫娘の結婚式に、孫娘に頼まれて一緒にバージンロードを歩く約束をする。素直な家族の物語であり、特別ではない若い夫婦の物語であり、根っからの悪者は一人も出て来ず、それらが物足りないかというとそんなことはなく、職業映画監督・篠原哲雄監督はこういう素直な映画を作るのがうまいなーと、こちらも素直な気持ちで見終えた。中之条の里山の映画祭では、こういう映画はしっくりくる。

 

普段は見ないメイキングも見た。介護施設に篭っていた草笛光子さんが、車椅子を孫娘に押されながら久しぶりの散歩をする。「この道ーはーいつか来た道ー」と歌う草笛さん。それ、台本にはないアドリブだったそうだ。そして・・この映画の主題歌は、大貫妙子さんが歌う「この道」なのである。いい話だな、実に。

4021声 エスプレッソ

2018年11月17日

もう来週には第18回伊参スタジオ映画祭が始まる。今日は会場となる体育館の椅子並べや外のベンチ運び。今年は例年以上に気持ちが切り替わらず、でも単純な作業で会場が出来上がるにつれ、いよいよか、と気持ちが作られていく。

 

毎回書いているけど、この映画祭では全国から映画シナリオを募集し、中編・短編2つの大賞作品を映画化させる「シナリオ大賞」を2003年から実施していて、過去28本の映画を誕生させた。今日は昨年の短編大賞受賞作『あるいは、小さな戦争の音』(村上知巳監督)のスタッフ試写を行った。

 

撮影に際して、出演している石倉三郎さんと飲む、というごく稀な機会があったことを思い出す。名脇役として様々なドラマや映画に出演しているベテラン俳優。村上監督はこれが初監督作。経験はない監督のラブコールに応えた石倉さんは、作品の規模ではなくやりがいで仕事を選ぶ人だった。芋焼酎を片手に「エスプレッソ」というセリフをどんな口調で言うべきか、監督と話し込んでいた。「俺はこの男(演じる男)であったら、ゥエスプレェッスォ、って言うと思うんだよ」石倉さんは言った。

 

伊参スタジオ映画祭

4020声 人生の純粋な断片

2018年11月16日

今日は、アーツ前橋が行なっている「表現の森」プロジェクトの延長で、文化庁と群馬大学主催のシンポジウムが行われた。その内容は、「高齢者・障害者がより良く生きるために、アートにできることは何か?医療・アートの分野を越えて考えてみよう」というものだ。撮影を担当した。

 

2016年から「表現の森」で、神楽太鼓奏者の石坂亥士さんとダンサーの山賀ざくろさんが、一部痴呆が進んだり身動きもとれないような高齢者の方たちを対象にワークショップする様子を撮り続けてきた。子どもがアートに触れると、なんだか未来を感じていい話だけれど、前回僕らが来たことも覚えていない高齢者の方たちに活動を続けることの意味は、案外見出すのが難しい。

 

今日の話の一つに、「医師が患者を診て、病名を与え、しかるべき薬や施術を行う医学がある一方で。一人の患者が抱える痛みや不安を、なぜそう感じるのか、それが一生治らないならどう付き合っていけば良いのかを共に考えていく医学も必要だ」というようなものがあった。高齢者・障害者をまとまりで見るのではなく、一人一人を個人としていかに尊重できるか、ということだろうか。

 

動きがとれないお婆さんが、太鼓のリズムでごく小さく指を動かしたり、痴呆症のおじいさんが音を聞いて昔の歌を歌い出したり。亥士さんやざくろさんと高齢者との現場では、一人一人の個性が際立つ瞬間がある。その動きには、うまく見せようという自己演出もなく、70も80も年を重ねたからの凄みを感じることもある。大げさに言えば、人生の純粋な断片、とでも言うような瞬間。

 

僕の役割は、それを映像として残して、その家族や施設スタッフ、関心のある人に見てもらい、より個人個人を感じてもらう、ということで良いのかもしれないと、今日ふと思った。

 

表現の森

4019声 どんちゃか

2018年11月15日

ぴんすかぽんぽ
ちゃーすかぴー
ぽこぽこふーふー
ふふふんふんふん
きゅるるぴぽっぱ
どんちゃか

4018声 続・山場

2018年11月14日

山場を登っている。

 

午前四時半に岩櫃(いわびつ)山のふもと、平沢登山口に集合。ヘッドライトをつけた6人ほどのパーティーになる。今月2度目の岩櫃山での朝日撮影である。真っ暗な山道をずんずん登っていけるのは、先を行くのが山のスペシャリストであるからと、僕自身日中の勝手知った山だからだろう。1人でもし知らない山を目の前にして「日が登るまでに山頂に登れ!」と言われたら、きっと泣く。しゃり、しゃり、しゃり。10日くらい前にも登ったのだが、落ち葉がずいぶんと増えた。僕が気づかない間に、季節はどんどん去っていく。夜明け時刻の30分ほど前にほぼ山頂である9合目についた。

 

Hさんが、気をきかせて湯を沸かしコーヒーを入れてくれた。この仕事は僕はサブカメラ。メインとなるOさんは、レンズの着脱もできるドローンの準備を初めている。熱いコーヒーに口をつけ、山の下を見下ろすと、「ちっさい町だなー」と日頃思っている東吾妻町原町でさえも、ずいぶん多くの光がまたたいている。あ、そんなことはこの前も書いたか・・

 

前回は雲が多くて、狙っていた日の出が撮影できなかった。今日も雲の心配はあったが、日の出時間から遅れること10分くらいで、雲の上から黄色い太陽が差した。ドローンが撮影している映像を別モニターで見させてもらったが、「ここをドローンで撮影しなければドローンなんていつ使うの?」と言うような見事なカットが撮影されていた。まっくらな画面から徐々にカメラが上がっていき、岩櫃山のほぼ全景の稜線が見えてくる。カメラはさらに上がり山の上空を越えて行こうとする。黒く広大な山のシルエットの先は、白い雲海と小さく光りだした朝日。奥の山々は青白くどこまでも広がり、白い靄がかかった街並みは上等な絹をまとった様だ。そしてカメラは・・山を越えた。

 

今後、山から谷や洞穴に場所を移し撮影を行う。完成が楽しみだ。

4017声 山場

2018年11月13日

山場を登っている。

 

3日に1度以上は会社に泊まっている。そんなに夜遅くまで仕事してもうつらうつらするのはわかっているが、家に帰っても最近は無趣味状態。寝るだけなので、少しでも仕事が進めばと思って粘ってしまう。僕にとって仕事が捗る時は2つあって、1つは良く寝て万全の状態の午前中。ただし、細かいことに気づいてやらなければならなかったり、電話があったり人に会う必要ができたりで、確保できる日が少ない。もう一つは深夜。こちらは他者の干渉はない。そして不思議なことにうつらうつらして全く進まないことはあっても(あるいはあえて仮眠をとったりもするけど)あるときふとスイッチが入ったりする。そのあと3時間くらいはぐんぐん仕事が進む。

 

とはいえ、僕ももう40手前となってしまった。こんな働き方が良いはずはない。あと1年と二十日くらい、ちょうど40歳になったら「働き方の抜本を変えたい」と思っている。いや、思ってはいる、ずっと。僕はずいぶんと地元(中之条)ラブな人間と思われている気がするが、いっそ遠くへ行ってしまおうか、などという根拠もない発想が浮かぶのは、きっと深夜だから、あるいはストレスのせいなのだろう。来月になるのか来年になるのか、山を越えれば楽になるはずだ。そう思って登るしかない。

4016声 金柑大福

2018年11月12日

会社から歩いて3分、すぐそばにある菓子屋「藤井屋」の年2回のセールチラシを、かれこれ5年以上担当している。先に言えばよかったけど、秋のセールは今日までだった。売り上げは上々だったと聞き、ほっとする。広告を作る身としては、効果がなければ意味がない。

 

自分と家族の分のお菓子も買った。会社に戻り、玄関扉のまえで金柑大福の封を開ける。夜空にかざして写真を撮れば満月みたいかなと、携帯でパシャっとやってみたが、思った写真にはならなかった。はむっと噛むと、薄皮の下に白あん、キュキュッと甘酸っぱい金柑。一口で食べきった。

 

この「めっかった群馬」の結構大変なコラムを引き受けもう何年か書いているくらいだから、文章を書くことは「好き」と言ってもいいと思う。写真を撮ることも、先月カメラを買ったことでそれに近いくらい興味が増しているが、世間で今一番人気がある(と思われる)インスタグラムのことは、あまり良く思っていない。携帯でパシャ→共有→いいね。こだわって撮影する人も多いと思うが、そこに言葉はたいがいが不要。「映える」写真ばかりが洪水のように行き来するので、「映える」生活から離れた人の声を聞く事ができない。(そういう意味では、人気は落ちた(と思われる)けど、文章によってその人らしさが垣間見える事があるツイッターの方が好感が持てる)

 

・・などと言いつつ、僕もかなり遅れてインスタグラムを始めた。その目的は「言葉に頼らず写真だけで「寂しさ」を表現する」こと。ふと思い立ったテーマではあったが、地味な写真ばかりを時たま上げている。そして今、夜空にかざした金柑大福の写真をあげた。これが何になるというのだ。何にもならない。でも、「平成とはつまり、寂しさの時代だったのではないか」という持論を、僕は抱えている。え、いきなり話がおっきくなった!?(いつかに続く)

4015声 一人でやれないこと

2018年11月11日

中之条町で開催されている伊参スタジオ映画祭の実行委員長になって2年目の11月。今月の上毛新聞折込み冊子「デリジェイ」にも、取材していただいた記事が顔出しで掲載された(えへへ)。そして今年も11/24-25の2日間、伊参スタジオと呼ばれる木造校舎隣の体育館で、中之条町や高崎市で撮影された映画など11作品を上映する。

 

今日は、開催2週間前ということで体育館の床にシートを貼り、四万温泉協会から借りるステージを組み立て、ゲスト控え室に積み上がっていた布団(伊参スタジオは宿泊もできるのだ)を奥の教室へ大移動した。12名ほどのボランティアスタッフで半日仕事だった。

 

日頃1人でやる仕事が多いせいで、一人でやることに慣れてはいる。けれど、映画祭に限っては一人ではほんの一部分のことしかできない。簡単に言って、そんな「一人でやれないこと」をみんなでやるということは、とても大切だと思う。そんなことを思っていたら、映像の仕事でも今、複数人のチームで製作する案件が3件同時に始まった。そういう段階に来たのだ。

 

あ、映画祭、来てね!「めっかった群馬」を読んで来たと僕に言ってもらえば、拍手します!

 

伊参スタジオ映画祭

4014声 麦小舎

2018年11月10日

北軽井沢にあるブックカフェ「麦小舎」があと数回の営業で閉店する。最終営業日は11/25(日)

https://mugikoya.exblog.jp/

 

長野原の南端にあって、空気が凛と澄む北軽井沢。その森をかきわけて進むと、木造の味わい深い「麦小舎」が見えてくる。庭にはベンチやハンモック。戸を開けると、天井までずっしりと本が並ぶ本棚がずらり。近すぎず遠すぎず、店主の麻子さんが「いらっしゃいませ」と声をかける。コーヒーをオーダーし、本棚をゆっくり見て歩く。北軽井沢に暮らし北軽井沢を愛した岸田衿子さんの詩集を手に取る。コーヒーが運ばれてくる。窓の外の木々と本とを交互に見て、ふーっと静かに深呼吸をする。

 

草が枯れるのは
大地に別れたのではなく
めぐる季節にやさしかっただけ
つぎの季節とむすばれただけ

(「草が枯れるのは」岸田衿子)

 

ライターとしての経歴も長い麻子さんは今、近くに住むフォトグラファーの田淵親子らと共に「きたかる」という優れた地元フリーペーパーの制作にも関わっている。店の経営以外の仕事や、夫婦のこれからについて考えた末に出したという閉店という決断を、僕は支持したい。でも、年に一度くらししか顔を出さなかったけど、僕にとっては、そしてこの店を愛する人たちにとっては、心のオアシスのようなお店でした。

4013声 花が咲いたよ

2018年11月09日

50円で買った名前も忘れた鑑賞花。会社の窓際に置き、たまに水やりを忘れてぐったりしても、水をやると数時間後にはシャキっと元に戻った。けれどひと月半もすると、水をやっても花が枯れるようになった。もう終わりなんだろうな、種は取れるかな、とそのままにしていたら昨日、ずいぶん遅れて1つだけ花が咲いた。他は全て枯れているのに。

 

そんなこともあるのだな。うれしいな。

4012声 まず体から

2018年11月08日

数日、穴熊のような生活を送っていた。家にも帰らず夜はパソコン前でパチパチ、ウトウト。それなので今日は早めに仕事を切り上げ、小野上温泉へ行った。美人の湯につかり、サウナに入って出てを2回も繰り返すと、顔がつるつるに光っていた。まさに「生き返ったー」と声に出るレベル。

 

ここでも前に書いた気がするが、学生時代に「ひきこもり」をテーマに取材をした際、父親が亡くなったことで一念発起して家を出る練習をしているというTさんとネットで知り合った。彼が僕に会う場所として指定したのはU市にある健康施設だった。聞けば、度々来てはプールで泳いでいるらしい。

 

今の時代、ひきこもりに限らず「身体」をおそろかにすることは多い。日がな一日パソコンの前にいても、仕事が成立してしまう職種もある。家を出る練習をする彼が一番先にしたのが、仕事を探すでも誰かに会うでもなく、まず体から感覚を取り戻す事だったということがなんだか記憶に残った。理屈より先に、体なのだ、きっと。ヨガがこれほど流行っているのも、そういったことに関係しているのかも。

 

あなたの身体は、起きていますか?

4011声 家族写真

2018年11月07日

立て続けに、知人2組の結婚式映像を作った。

 

よくある、新郎新婦が幼いころから今に到るまでのプロフィールムービー。写真の束をあらかじめ借りて、スキャナーで1枚1枚読み込んで。パソコン上で音楽に合わせて並べ、時には顔にズームしていく動きをつけたり、七五三は着慣れない着物で号泣、みたいな言葉を添える。

 

昔は今のように携帯で手軽に写真を撮ることはできなかったけど、今回の2組以外に何回も同じような映像を作ったけど、その世代はほぼ全員が新郎新婦の両親が丁寧に撮った写真が残っている。分厚くてフィルムをぺらっとはがす重厚なアルバムごと預かることも多い。そこには目に見えて重みもある「家族の愛情」がある。

 

僕は人より何倍もカメラを「向ける側の」人間であるけれど、その対象は仕事であり、自分の家族や自分の大切な人の写真をほぼ全く撮っていなかったことに気付いた。愛情とはつまり写真を撮ればいいってもんじゃないけど、実際ごく身近な人への愛情が希薄だったのではないかと思うと、今まで何をやっていたんだと思わざるを得ない。

 

ある新婦の1枚の写真。まだ小さい少女が祭り衣装を着て山車を引いている。その横には母親がおり、母親は両てのひらで少女の顔の両脇をむぎゅっと挟んで、カメラ正面を向くように顔を固定させている。少女は口がちょっとタコみたいになっているけど、嫌な顔というよりは嬉しい顔をしている。

 

とてもいい写真だな、と思った。

4010声 光のまち

2018年11月06日

昨日の話。NHK大河ドラマ「真田丸」のオープニングバックにもなった東吾妻町・岩櫃山のふもとに午前4時半集合。山頂で夜を明かし、その日一日を使って東吾妻町にある名所を巡るロケハン旅。とにかく色々高いところへ登る一日だった。2年近く運動をさぼっていた自分にとっては厳しいが、「知った場所である」ことは利だった。あとどれくらい、がわかると、体の動かし方が変わるのかしらん。

 

改めて色々印象に残ったが、やはり岩櫃山山頂での夜明けが一番印象的だった。まだくらい眼下、草津方面は光が滲み、「田舎だなぁ」と思っていた東吾妻町原町は、ちょっとした光のまちだった。それは主に街灯であったり、夜も働く工場であったり、早起きした家の灯であると思うが、思いの外多くの光の点が広がっていた。

 

残念ながら曇り空。希望していたように朝日は差してくれない。けれど、前日の雨あってか、霧のような雲のような白が周囲の山々の稜線にかかっていた。雲海のように。けれどそんな美しい夜明けの時間はすぐに過ぎる。ふと気づけば光のまちは、僕が良く知る「田舎だなぁ」という見慣れた街並みに戻っていた。

4009声 憧れ

2018年11月05日

2つ前の投稿で紹介した「秋、酒蔵にて」の所謂クロージングパーティー的な会にて。その日の料理は館林にある「ランゴリーノ」の行き過ぎたシェフ(敬意を込めて)カズくんによるものだったが、生牡蠣のようなフレッシュな生ムール貝が美味だった。モノづくり作家さんから日本酒「義侠」のレアな古酒も飲ませていただく。いつになく上機嫌になってしまった。作家たちの代表・吉澤良一さんから「岡安しゃべれー」とフリが飛びマイクを握る。

 

「今回は食とモノがテーマでしたね。僕はどちらもおそろかな人生を送ってきました。コンビニのポテトサラダをチューチュー吸って飯にする日もあるし、会社で使っているカップだってイベントでもらったプラスチックのマグカップです。僕は広告作りだったり映像を撮ったりしていて、最近ふと“本物への憧れ”が自分の原動力であることに気付きました。本物の生き方ができないからこそ、憧れながら何かを残したいと思っているようです。でも僕ももうじき40になり、憧れるだけじゃなくて自分の生活を豊かにしないともうダメだなとも思っています。食事については前よりは少しは気を使うようになりました。モノについてもこれからは、きちんと良いものが使えるようになったら良いなと思っています」

 

みたいなことを話したと思う。それを聞いたから、というわけではなく「今回このイベントに献身的に関わったお礼」と、数人の作家さんから作品である皿やぐい呑をいただいてしまった。我が家において、それらは「場違いな家に来ちまったぜ」という異彩を放っている。それらが普段使いできる暮らしが、僕に送れるだろうか。