日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

6206声 喜ぶべきか。

2025年06月04日

そういえば、先日、所属する句会の吟行会があったのだが、お手伝いしているビアフェスと同日のため、投句のみで参加した。

吟行の会場である寺をネットで検索し、吟行に参加したつもりで五句つくり、送信した。

そのうちの一句が、10点を集め、好評だったという連絡を受けた。

会場の皆さんは、わたしが別の日に、その寺を訪れてつくったに違いないと話し合っていたという。

たいへん申し訳ない気分になった。

吟行句会には、何度か参加させてもらっているが、投句のみで参加した人の句は、雰囲気が違っていて、吟行句会の空気を微妙にしてしまうと感じていた。

そういうわけで気を使ったつもりが、こういう事態となってしまった。

まあ、空気を微妙にしてしまうよりはいいかともおもう。いや、むしろ一緒に吟行をしたような句となったことを喜ぶべきか。

6205声 赦しの秘跡

2025年06月03日

『岸辺露伴は動かない 懺悔室』を観て、懺悔室について気になった。いったい、懺悔室とは何なのか、どんな存在なのか。

例によって、Geminiに聞いてみる。

《懺悔室とは、主にキリスト教のカトリック教会で用いられる、信者が自身の罪を司祭に告白し、神からの赦しを得るための場所を指します》

ちゃんと調べるまでは「抱えきれない心の内をぶちまけて、楽になる場所」くらいに考えていたのだが、違った。

「罪と赦し」が伴う、もっと信仰に基づいた施設であった。

これまでは、相手の話しを一方的に聞く、クレーム対応や各種の悩み相談なども、懺悔室での行為に近いのではないかと漠然と考えていたのだった。

と、いうのも、わたしは日ごろ、様々なご提案(苦情、クレーム、自慢、ボヤキなども含む)を受ける機会があるからだが・・。

もちろん、わたしは神でも司祭でもないので、ご提案を受けても、赦しをあたえることはできない。

むしろ、赦して〜とおもうことのほうが多い。

しかし、今後はあらゆるご提案を「赦しの秘跡」と捉え、自らのものとして、神の赦しを請うよう努力したい。

知らんけど。

6204声 残り3カ月の贅沢

2025年06月02日

週末に、久しぶりに映画を観た。

『岸辺露伴は動かない 懺悔室』である。

コミックで読んだことはあるのだが、岸辺露伴シリーズは、映像化のときストーリーを微妙に変えるのと、前回観た『ルーブルへ行く』の映像が美しかったということもあって、映画館で観ようと思った次第である。

高崎の109シネマズは、いつも数人で1つのスクリーンを観るということが多かった(贅沢!)のだが、今回は、わたしと同じ列にも観客が2人いるという混み具合。

全部で十数人はいたとおもう。いつもの3倍だ!! 少しびっくりする。

とはいえ、満席には程遠く、いつもよりは少し賑やかなものの、とても快適に観ることができた。

小さなホールではあったが、よく考えると2割も入ってない。映画の採算ラインとかは知らないが、これでは、8月末をもって撤退するということも仕方ない。

あと何回、この贅沢が味わえるのか。

残り3カ月を切った。

6203声 本日から6月

2025年06月01日

6月は、町内清掃からスタート。

昨日とはうって変わって、暑い日となる。汗だくになりながらの草むしり。2時間弱で終了。

その後、町内の役員会議。こちらは、程なく終了。役員の顔見せといったところ。

帰宅してシャワーを浴びたら、みちびらきへ。

先週のクラフトビアハウスぶりの人にたくさん会ったが、お久しぶりの人々にも会うことができてよかった。クラフトビアハウスに出ていただいた店舗を中心に本町界隈を周遊。氷とソーダー水をナカコンヤに運ぶ手伝いをした後、がらがらの中央銀座を北上し再び本町方面へ向かい、椿町の灯り屋へ。

素晴らしい6月の始まりである。(坂)

6202声 明日から六月

2025年05月31日

雲の多い五月だった。雨も多かったが暑い日も多く、夏日が十二日間、真夏日も二日あったらしい。今年初めてクーラーもつけた。ところが今日は暖房をつけている。寒暖差が激しい。人間の私は天候についていくのがやっとだが夏野菜の苗は勢いを増して背を伸ばしている。紫陽花も咲き始めた。そういえば今月はコバエが多い月だった。どこで増えているのかわからないから厄介である。コバエ対策に詳しくなった月でもあった。最近の悩みは長く眠れないこと。そろそろ梅雨が始まる。

6201声 評価赤字

2025年05月30日

都内の人気和食店の店主が当日キャンセルの苦悩をInstagramに書いていた。気持ちがよく分かる。飲食店は他の業種に比べて気安く扱われやすい面がある。★何個、といった一方通行の評価を他の業種に比べてはるかに多く受ける。その店主は食事の大切さを訴えていた。おそらく食事を大切なものと感じている方は当日キャンセルはしない。食事を大切なものと考えている人と気安く食事をしている人の二種類いるということかもしれない。食事を大切なものと考えていても一方通行の評価は平気で起こる。気安さ、ということで言えば、平気で一方通行の評価をしてしまえるのは気安く自分を棚に上げてしまえる人、ということになろうか。自分の素性をさらさなくてもいいから評価できてしまうということはあると思う。一方通行の評価はSNSでたびたび問題となる。貿易不均衡ならぬ評価不均衡であろう。飲食店は万年評価赤字である。

6200声 ほとんどが準備

2025年05月29日

献立が新しくなり微調整を繰り返す。そんなことをしているとあっという間に営業開始時間となる。いま営業時間は平均すると2時間半~3時間。後片付けが30分~1時間。営業前の仕込みがだいたい6時間。食材がない時、例えば連休のあとなどは+3時間で9時間の仕込みをしないと準備が揃わない。仕入れや献立の整理は別である。仕込みは休み休みするのだがトータル6時間を超えると一気にはかどらなくなる。1日最長6時間の中でやることを心がける。夕方にお客様を迎えて最後送るところまでエネルギーを切らさぬことが最優先。けれどもしっかり準備できていることが何より大事。最優先と何より大事の間で精一杯日々過ごす。

6199声 締切間近

2025年05月28日

ビールの申請書作り。頭痛がする。とにかく苦手な分野なのは役所の用語が膨大かつわからないから。9年前に酒造免許の申請書を作っていた頃を思い出す。書類整理の要領が悪い。これでも以前に比べれば数字の整理が出来るようになってきた。しかしいざ書類を作る段になるとあたふたする。急がず一つ一つ、落ち着いてやること。それを自分に言い聞かせすぎてまた頭痛がする。

6198声 熟練のアクセル

2025年05月27日

9時に起きる。あまり眠れず。ひとまず後片付けをして包丁を研ぐ。その後眠気がきて横になった。二時間横になる。起きたのは13時頃だった。靴のかかとが疲れてきたので靴を見に。いろいろ試し履きをしたら気分転換になったと思う。靴は履かないとわからない。夜は千晶ちゃんと焼肉屋へ。間仕切りをした個室で焼肉をいただいた。コースで頼んで一つ一つ丁寧な料理で楽しめた。帰りの代行の運転手さん、おそらく70歳前後かもしれない。とにかく運転がうまかった。アクセルとブレーキが心地よく、酔っていたせいかもしれないが品格すら感じた。

6197声 大事なお客様

2025年05月26日

日頃からお世話になっている方々が5名でご来店。気合いを入れて仕込む。いい仕込みが出来たのに最後でミス。どこでミスしたのかもはっきりしないがミスはミス。疲れているとか言い訳にならない。

6196声 クラフトビアハウス

2025年05月25日

クラフトビアハウス当日。空模様が心配されたが蓋を開ければビール日和。高崎に来て10年近く経つ中で知り合った方々があちらからこちらからいっぺんに来ていて同窓会みたいな気分になった。中島みゆきは「5年かければ顔立ちも変わる」と言っているがその通り。5年以上前に知り合った人たちは皆それなりに顔立ちが変わっていた。とにかく元気そうなのが何より。もしかしたらそれほど元気ではないことも増えたかもしれないしビールを飲んだから元気に見えたのかもしれないが、そういう空間の、それこそ場所の一役をうちのビールが担えたことが嬉しかった。

6195声 二足の草鞋

2025年05月24日

今日は予約がないつもりでいたが昨日になり予約が入った。一度予約をいただいたが体調不良で一旦キャンセルになり、けれども体調が戻ったとのことで再度ご予約いただいた。高崎は初めてとのこと。グーグルマップでうちを見つけて予約してくださったらしい。店の情報の少ない中ご予約いただいたお客様にはいつも、その嗅覚を裏切らないようにと心がけている。お連れの方は私と同年代くらいだろうか。これから本業とは別の事業が始まるから落ち着かないと仰っていた。本業が造園業で新たに農業を始めるとのことである。どちらも身体を使う仕事で実際に現場にいるというから共感してしまう。営業が終わってクラフトビアハウスのブルワー交流会に参加。ここでも二足の草鞋でビールを造る方が二人いた。一人は米農家をやりながら、もう一人は建築業をやりながら。一日でこんなにも、しかも皆同年代である。またお会いできるように、その時まで頑張ろう。

6194声 春の終わり

2025年05月23日

アスパラが終わってルッコラは花を咲かせ山椒が実をつけ始めた。わが家の庭の春も終了である。数年前に植えたアスパラが今年になって多く芽を出した。採れたてのアスパラはみずみずしく果物のような甘みを備えていた。今年は店の料理に上る山菜に交じって「うちの庭で採れたアスパラです」と説明するのがお決まりだった。時期としては山菜もひと通り終了である。献立改編の時期である。

6193声 オフ

2025年05月22日

考えることをオフにする時間がないと次の考えが始まらない。そういうことを意識するようになったのは最近のこと。今までなんとなくそれをしてきたつもりでいたができていたと思っていたのは勝手な思い込みで大抵ができていなかったのだなとも思う。考えているようでいて考えられる状態ではなく、そういう状態でやり過ごせた。穴の大きすぎるザルのように本来留めておかなければならないものまで穴からこぼれていたのに気づかぬまま時が過ぎても、あまり問題がなかった。ところがそれでは問題が起こるようになってきた。何かを落としたりこぼしたり、どこかにぶつかったりする。それくらいならばまだいいが準備するべきものがそろわないといったことが平気で起こる。頭も身体も動きが緩慢になったのは、頭と身体がオフになりにくくなったことでもあると思う。

6192声 休息日

2025年05月21日

五日ぶりの休息日。やることはそこそこあるが今日は何ができるだろうと思いながら朝風呂に浸かる。風呂から出て体操をして、高倉町珈琲のモーニングへ。高倉町珈琲のソファに座ると頭が動き出す。いつもはここでその日のやることを整理するのだが今日は全く頭が働かない。ダメらしい。仕方がないのでボーっとして過ごす。10時から足踏み整体に行き、戻ってから何ができるだろうと思ったが寝てしまった。その後起きて床屋に行き、買い物をして店へ。包丁を研ぐ。包丁を研ぐと頭が動き出す。はずだが動き出さず。やはりダメらしい。そういう日である

6191声 シャリ

2025年05月20日

久しぶりにご来店のお客様。半年ぶりくらい。うちのシャリを気に入ってくださったようで、「また食べたくなるんです。やっと来られました」と仰っていた。先月も同じようなことを言われたことがあり、「このシャリは依存性があるんだよ」と。自分では当たり前になってしまっているためそこまでわからないが、そういう感覚を持たれている方もいるのかと思った。確かに一度行った店にまた行きたくなるときはその店の何かを再び味わいたいと思うからだろう。そう感じてくださるお客様がいることを知れてよかった。

6190声 「場所」とは何か

2025年05月19日

「場所」という言葉について、という話題が先の富山旅の最中に上がった。それは具体的な「場所」もあれば目に見えない精神的な「場所」もあるだろうが、一つの理解の仕方として「何かと何かが出会うところにできるのが場所」ということを太田住職は仰った。これまで「場所」という言葉を使うときに「ある一定の広さのあるところ」くらいにしか考えていなかった私は広さを伴うならばその面積は文字通り大きくなければならないと思いがちだった。ところが「何かと何かが出会うところ」という考え方に沿えば、例えばご飯におかずが並ぶだけで「場所」になる。料理に酒が添えられても「場所」だろう。そう思ってはたと気づく。そうか、自分は場所に、つまりそれは複数からなる空間であることに興味があって、そしてその構成員の役割に興味があったのかと。料理などなくとも単体でおいしい酒に魅力があるのは分かる。しかし何かと合わさってよくなる酒というものにはるかに惹かれてきた。燗酒がそうだしナチュラルワインがそうだしシンキチのビールもずっとそのことを意識している。つまり場所の構成員たるための要素、もっと言えば場所の中でどんな役割、立ち回りをしているかに興味があるのかもしれない。「場所」という言葉を通して自分に気づく瞬間であった。今日はその富山旅でご一緒したお客様のご来店。旅を共にしたから余計にわかるそれぞれの役割。

6189声 鮨が好き

2025年05月18日

今日は直前に入った予約で若い男性一人のお客様。仕事の忙しい日が続きご褒美で鮨を食べに来たとのこと。市内にお住みらしい。鮨がお好きなようでそれは食べ方を見れば分かる。鮨を楽しみたければ咀嚼するようになる。一口完結型の料理だからこそ口の中の変化が楽しみの一つとなる。ネタによりシャリの違いにより店ごとに印象は変わる。そういう意味では同じ噺でも演者が違うと別物となる古典落語に似ているかもしれない。黒酢のシャリだと伝えたら中華料理の話になった。そこから紹興酒の話になり、ヴァン・ジョーヌの話になり。こうしてお客様と味の話で時間を過ごせるのは満たされる気分になる。