日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

6248声 五冊

2025年07月16日

引き続き雨。昼間は街で盛大に降られた。この頃、句集が良く届く。同じ句集を五冊も謹呈してくださる俳人がいるのだが、どういうわけなのだろうかと首を傾げた。私のことを、何かの賞の選考委員を勘違いをしているのではなかろうか。それとも、周りに配付してくれということなのだろうか。おそらく、後者だと思うが、それは難しい。

6246声 はらくくり

2025年07月14日

台風接近により、雨風強し。ぎゅと仕事を詰め込んだ一日。そんなときに新たな仕事が来る。やりたくはないがやらねばならぬと、腹をくくる。

6245声 路肩

2025年07月13日

曇りのち晴れ。なかなか梅雨が明け切らず。実家へより、両親の様子や具合を見る。旅がらすなどお土産にもらう。明るいうちに帰路につくと、関越自動車道の上里ICを過ぎたあたりで数台が玉突き事故になっていた。路肩で立ち尽くしている中には子どもも居り、胸が痛む。夕間暮れには家に着き、途中のスーパーで買った適当な食材で杯を重ねた。

6244声 霧に朱

2025年07月12日

終日曇り。久しぶりに伊香保へ。関越自動車道が渋滞しており、だいぶ時間がかかってしまった。途中、沢へ寄ったりして気分転換をする。風呂に入ってしこたま麦酒を飲んで寝て起きたら、まだ夜半であった。宿から石段へ出て、少し歩く。夜霧が立ち込めていて静かである。薄闇から人影が現れては消える。カップルに男の友達同士にと、みな若者である。千明仁泉亭の庭を少し見てから引き返した。宿はどこもほおずきの鉢を下げており、霧に浮かぶ朱色はなかなか風情があった。

6243声 虫歯

2025年07月11日

歯の詰物が取れたので、歯医者へ。うすうす予想はしていたのだが、結果は虫歯。しかし初期段階なのであと2回通院すれば修了との由。ともかく虫歯部分を削り仮の詰物をしたので、不快感はおさまった。いろいろとガタが来ている。寝しなに缶麦酒をひとつ飲んだら、目がさえてしまい、寝れなくなってしまった。十分に飲むか、まったく飲まないか、どちらかにすればよかったと思いつつ、うとうと。

6242声 ソフト

2025年07月10日

昨日は二冊、今日も二冊の謹呈句集が届いた。この頃はソフトでさっぱりした装丁の句集が多い。相変わらず、選句などを進める。

6241声 キリキリ

2025年07月09日

ようやく句集の収録句がまとまり始める。五合目くらいまでは到達した感じである。ひとまず、ここからさらにブラッシュアップしないといけない。しかしながら、そろそろ俳句大会の選などがきそうな雰囲気だ。諸々の軋轢が重なり、やや神経も胃もキリキリしてきた。どうにか週末まで乗り切りたい。

6240声 忙中閑あり

2025年07月08日

関東地方は梅雨明けしていないというのに引き続き、猛暑。昼には食堂でとんかつを食べた。カウンターだけの小さな店で、座ると目の前に厨房があり、店内はものすごく暑い。暑いのだが、えらい混む。店主と奥さんはきりきり舞いなのだが、よく動き、よく声を出し、良い雰囲気なのである。そんな光景を見ていると、暑さも忘れるというか、清々しい気持ちになる。おそらく、この店に通う人たちは同じような気持ちを抱いているのだあろう。ささっと食べて、また仕事へ戻った。

6239声 ちまちま

2025年07月07日

七夕で晴れ。星は見えなかったが月はよく見えた。この頃、いろいろな面でへたばっているが、校正などをちまちま進める。

6238声 夏蝶

2025年07月06日

炎暑。浮世の義理半分、創作への熱意半分で、熱風吹きすさぶ中、埼玉県は大宮の句会へ。武蔵野線から京浜東北線を通るルートだったので、気分的には都内を抜けるよりも軽い。しかし、大宮は暑く街中は、その為か閑散としていた。思ったように句もできず、博物館の駐車場で樹液に群がる蝶を眺めていたら、不審人物と間違われたか、声を掛けられるような始末であった。いつもの居酒屋で飲んで帰ってきたが、いささか飲み過ぎの感あり。

6237声 小さな祭り

2025年07月05日

雲多く炎暑。昨日いささか急な飲み方をしたためか、体調が悪い。しかしながら、小さな祭りに出かけた。金魚釣りの水槽に中に、氷の袋がいくつも浮かんでいた。この暑さで水温が上がり、すぐに金魚が弱ってしまうのだろう。実際、すれ違う子が持っていた透明な袋の中の金魚は、ぐったりしていた。熱中症気味になりつつも、麦酒でのどを潤す。

6236声 わするるなかれ

2025年07月04日

引き続き晴れ。トカラ列島震度6弱の地震が発生した。近日に大地震が来るのだという流言飛語をしばしばネットで目にし、辟易とする。WEB句会の選句をはじめて忘れ、主催者から連絡をもらって気が付いた。そろそろキはじめたかと思い、夕方からすべてを放擲して酒を飲み始める。

6235声 本一冊と軽自動車一台

2025年07月03日

梅雨晴れ間で蒸し暑し。深夜までかかり溜まってきた校正を済ませる。その一つは若手句集を読むという企画だ。出版業界にもDXの波が来て、デジタルコンテンツを届けるメディアやプラットフォームが急増して久しいが、その中で俳句、というか詩歌全般にいえることかと思うが、アナログ、つまり紙が根強い。デジタルネイティブと言わる世代の若手でも、処女句集は紙、という例が大半であろう。ここでアナログとデジタルどっちがどうという、浅はかな見解を披瀝するつまりはないが、いま紙は本当に金がかかるという印象がある。それだけに特別感があるのだが、自費出版が大半な詩歌の世界で、出版社を通して書店に流通する紙の本で数百部から作品を発表しようとすれば、おおむね軽自動車一台分の費用がかかると言われる。そんな状況にあって、デジタル化のブレイクスルーはいつ来るんだろうかと、真夜中に濁った頭で考えている。

6234声 錆た傘

2025年07月02日

晴れのち雨。梅雨らしい天気だ。先月末に鹿児島地方気象台が奄美地方の梅雨明けを発表したが、関東はまだまだの模様である。今月はトラブルが発生し、状況の回復までには間違いなく長期間かかりそうな見込みで、へこんでいる。天気くらいカラっとしてもらいたいところ。ピンチをチャンスに、とはいうができるだろうか。錆た傘の中にいても、時折は空を眺めていたい。

6233声 土地の句

2025年07月01日

はや七月。一年も後半戦である。そして毎日暑い。今日も首都圏は真夏日所により猛暑日の予報。先週末は北海道は札幌に行っていたので、日差しはたっぷりあれど風は涼しいという、あの清々しさが恋しい。やはり、土地の物を食べる、というのは多くの旅行者が楽しみにすることだが、土地の句会で土地の句を観るというのは、俳人というか詩歌にたずさわるものならではの楽しみであろう。今回は土地の句が観れてよかった。

6232声 待ち時間

2025年06月30日

6月の最終日は、人間ドック。

梅雨は、何処かに行ってしまったようで、外は暑いが、病院の中は快適。検査着では寒いくらいの場所もある。

ところで、人間ドックに限らず、病院といえば待ち時間である。待ち時間のない病院に行ったことがない。

人間ドックも、滞在時間のほとんどが待ち時間である。

この待ち時間をどう過ごすのか、ということなのだが、例によってあたりを見渡すと、スマホを眺めている人が半分くらい。

コロナ禍以降、雑誌や本が撤去されたため、スマホ派が増えた。

スマホ派と同じくらいいるのが寝ている派。

しかし、レントゲン室の前でのことである。

一人掛けのソファが3列縦隊で並んでいるのだが、わたしの前に座っている人と両隣の人、3人ともが紙の本を読んでいた。

しかも、両隣の2人はかなりの年季の入った古本を読んでいる。もうページの縁が変色しているような古本を集中して読んでいたのだ。

スマホと寝てるの二大派閥が占める待合では、珍しい光景だ。

じつは、私も『大転換の日本史』を病院までは持って行ったのだが、重たくてロッカーに置いてきてしまっていたのだった。持ちまわっていれば、さらに珍しい光景になったかもしれない。

それはそれとして、iPadをモバイルバッテリーに繋いだまま持ち歩いていた強者のおじさんが、本日一番の少数派であったことを報告させてもらって、6月のひとこえは終了。

これで、今年も半分終了。

明日からは7月、抜井さんが担当です。

6231声 案外難しい

2025年06月29日

いつだったか、「何者でもない自分」について話し合ったことがある。まあ、呑み屋での議論だ。

そのときは、「何者でもない自分」を脱して、「なりたい自分」、「そうありたい自分」があるという人の意見が優勢であった。

「普通が一番」という、わたしは、圧倒的に劣勢であった。

その場のほとんどの人は、「そうありたい自分」があるようで、現状の「何者でもない自分」に満足していなということであったのだが、「そうありたい自分」が、「普通」とはならなかったのだ。

しかしこの話、今になって思い返してみると、具体と抽象のレベル、レイヤーが合っていなかったということに気がついた。

まず、「普通」をどう解釈するのか。

「何者でもない自分」が、はたして「普通」なのか。

「なりたい自分」「そうありたい自分」が、「普通」だとおかしいのか。

ということで、レイヤーの違う話しをしてしまっていたのだ。(ほんまかいな!ともおもうが、たぶんそういうことなんではないか)

レイヤーが違うので、論戦で優勢になることはない。(優勢になりたいのか!という問題はある)

今なら、同じレイヤーで話せるとおもう。(ほんまかいな! 酒呑みながらでっせ!)

が、「何者でもない自分」については、素直に受け入れる派として、議論することになるだろう。

「何者でもない自分」でいいじゃん、と。

で、その上で、「なりたい自分」や「そうありたい自分」がある人は、それはそれで素晴らしいことで、「何者でもない自分」を脱するための努力をすることは、否定されべきではない。実に尊重されるべき考え方である。ほんまに。

このくらいまで、議論してから、「普通」のレイヤーに話題を移せばよかった。

「そうありたい自分」が、わたしにとっては「普通」なのだと。

なので、わたしは、普通になるための努力をする。

何者でもない、ということは簡単なのかもしれない。(本当に簡単なのかは、ちょっと分からないのだが、みんな「何者でもない自分」に満足してなさそうだったので)

しかし、普通は、案外難しいのである。(ということは、何者でもない自分は、普通とちゃうということやん、どういうこと? また、違うレイヤーの話か)

6230声 国宝

2025年06月28日

本日は、タイヤ交換へ。ようやく、夏タイヤに交換。近年は、急激に暑くなるので、もっと早く交換したほうが、冬用のタイヤが傷まない気がするのだが、この時期となってしまった。

仕方ない。

その後、『国宝』を見に行く。

『岸辺露伴は動かない』を観たときの予告で、観ようとおもっていた映画。

3時間の大作だが、あっという間であった。

実際の歌舞伎ではまずあり得ない、白塗の化粧がボロボロの曽根崎心中がよかった。

もう一度書くけど、実際の歌舞伎では観ることはできない、曽根崎心中、必見。

さて、本日のシアター5は、お客さん80人くらいか。この映画館で、こんなにお客が入ってるの初めてかも。いつも10人ほどしかいないからね。でも、444人座れるシアターなので、混んでいるとは言い難い。閉館やむ無しか。

8月の閉館まで、あと何回行けるだろうか。