日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。令和2年は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

4254声 しゅうまいと酢

2019年07月09日

スーパーのチルドしゅうまいは安い。1パック100円なんてのもあり、どんな材料を使って誰が作っているのか疑問だったりもするが、買うこともある。それをレンジでチンして、小皿に多めな酢、醤油を少々。酢のプールにしゅうまいをどぶんと浸し、しばらく放置して、おー酸っぱいと言いながら食べるのが、僕は好きである。

4253声 たなばた

2019年07月08日

約束の時間に若干余裕をもって向かったら、車が進まない。あそうか今日前橋は七夕祭りかとその時になって気づく。街中を避けるかたちでぐるっと周り、広瀬川沿の駐車場に車を止めた。仕事が終わり七夕祭りの何を見るわけでもなく賑やかな露店の間を歩いた。ケバブはもちろんのこと、チーズが入った韓国のやつとか、和洋折中見たことのない屋台がたくさん並んでいた。前橋だからとも言えるが、今時だなとも思った。

 

一緒に歩いていたアーティスト・中島佑太くんに「中之条はさ、夏祭りとか4つくらいしか露店が出ないんだけど、そのうち2つは焼きまんじゅうなんだよ」と力説してしまった。何も買わずに帰った。

4252声 こぼれ落ちるものは

2019年07月07日

めっかった群馬は(最終的に)1日1投稿。(最終的に)と書いたのは毎日マメに投稿できていないからである。

 

振り返って何かしらを書くことは苦ではない。けど、明日になれば忘れてしまうたわいもないものこそ、この「めっかった群馬」にはふさわしい気がしている。例えばこんなことがあった。

 

渋川へ向かう途中、山道にぽつんとある小さなリカーショップを通りがかった。白いバンが1台停まっていて、アジア系の女性2人が車のそばにいた。車で通り過ぎただけなので、彼女たちを見たのはほんの一瞬だった。バンの運転手は多分彼女たちの雇い主で、店の中に買い出しに入っていたのだろう。女性2人は店のすぐ脇の小さな用水路の淵に腰掛けていた。そしてそのうちの1人は普段誰も見向きもしないその用水路に素足をつけ、もう1人はスマートフォンでその様子を撮影していた。一瞬視界に入っただけだったが、2人は幸せそうだった。

 

ただそれだけのことだ。けれどそんなたわいもないことが、心にか弱く残っている。

4251声 生わかめ

2019年07月06日

昨晩からずっと、生わかめを持ち歩いている。忙しい週末。むしゃむしゃすると、むしゃくしゃが収まる。生わかめって不思議。

4250声 ほどほど

2019年07月05日

一昨年あたりから、吾妻郡内の高山村からも簡単なチラシ作成の仕事などをもらうようになった。今年はその延長で「今ある村の観光パンフレットとは違う路線の、地元目線の魅力を伝える小冊子を作りたいんです」という依頼をもらった。役場担当者のみではなく、高山村で両親と「蛙トープ」という素敵な雑貨屋を営み、村の移住コーディネーターもつとめる飯塚咲季さんという高山村ネイティブ女性がチームに加わっているのが頼もしい。

 

高山村というと、僕は正直沼田市へ抜ける際に通り過ぎるだけの場所、という認識だったのだが、145号から一度脇道に入れば、そこにはのどかな里山がただただ広がっている。当たり前だが繁華街やショッピングモールはなく(ロックハートなお城はあるが)、かといってみなかみのような雄大な川や派手なアクティビティ体験をするような大自然でもない、ほどほどの里山。

 

その、ほどほど、ということにこの村の魅力があるのではないか。そんなことを思いながら、ほどほどを魅力的に見せることは簡単じゃないけど、みんなと取材プランを練っている。行けば行くほど、不思議にちょっとずつ好きになっていく魅力がこの村にはある。ひとまず、今日行った扇屋食堂の扇屋らーめん(あの、おおぎやらーめん、とは同音にして全く異なるもの)も個人的にツボだった。

4249声 店は生きている

2019年07月04日

渋川市に「いち林(いちりん)」という人気らーめん店がある。昼営業しかしていないのが不便だが、開店時には多くの人が店前に並んでいる。

 

もう15年くらい前だろうか。この店が古い店舗だった時も何度か足を運んでいた。店を仕切っていたのは今の店主のお父さんだったのか、らーめん以外にも定食ものがあった気がする。らーめんは醤油・塩を基本としたあっさりめで、でもなんだか丁寧に仕事しているな、おいしいな、というほっとする味だった。けれど一番印象に残っているのは、今の店主の奥さんらしき人が会計時に「ありがとうございました」ととても愛想良くおつりを返してくれる事だった。店の印象というのは、案外そういうものが大半をしめるのかもしれない。

 

新しい店舗で営業をはじめた直後も行った。メニューをらーめんのみに絞り、スープのとりかた、そのスープに合う麺の選択により気を配った仕上がりになっていた。店の前に停まる車の数はすぐに増えていったと思う。

 

2年ぶりくらいに立ち寄ってみた。券売機に書かれた「つみれ、おすすめです」にしたがってつみれ入りの塩らーめん。つみれには青葉と軟骨が入っていてコリコリしておいしい。チャーシューは生ハムのような今時ではあるが僕好みな風味になっていた。パツパツの中細麺は歯切れよく、スープはより一層に洗練された印象。ここ数ヶ月で東京の繁盛店で何度からーめんも食べたが、それに全く負けない、むしろ群馬まで、渋川まで食べに来いよ!と言いたくなるようなおいしいらーめんだった。

 

店は生きている。それを生かす殺すは店の努力とお客さんの愛着次第だが、おいしい店はもちろん、それほどじゃない店だって、何年、何十年と通ってみれば特別な思い入れが残り、一人一人の思い入れがやがて、目に見える形で店の血や骨になる。

4248声 かあちゃんの家

2019年07月03日

仕事とあらば北でも南でも行く。山でも海でも行く。

 

ということで、撮影の仕事で大洗海岸へ。連日の雨で天気が心配だったけど、曇り空のまま1日持ってくれた。撮影終わってみんなで行った漁港となりの人気店「かあちゃんの家」。今ならしらすが釜揚げではなく生を選べるという。それを含めて刺身と赤魚の煮付けがつく「とうちゃんスペシャル」か、刺身とかき揚げがつく「かあちゃんスペシャル」どちらにしようか入店ぎりぎりまで迷ったが、結局かき揚げを選んだ。

 

僕は、「油っこいものを選ばなくなった時に、いよいよ本格的な老いを自覚する」と思っている節がある。もう少しは、かき揚げ的なものを選べそうだ。

 

その撮影は、アートに関する撮影だった。アートな撮影で大洗へ?気になった方は19日の投稿を待ってほしい。

4247声 楕円の夢のつづき

2019年07月02日

思い返すに前回は、1日1つプロモーションビデオを投稿するという「暇だね」と言われそうな投稿をしていたが、その中に僕の中でずっと不動の位置をしめる寺尾紗穂さんの「楕円の夢」という曲を受けての投稿をした。

 

その歌がどれくらい好きかと言えば、高崎・rebel books店主の萩原くんが主催する「zinphony」という小冊子イベントに「楕円の夢」というzine(小冊子)を作って出品しちゃったくらい好きなんだけど、FM ぐんまに出た萩原くんがzinphonyの紹介と共にその冊子のことも紹介してくれた。

 

「寺尾紗穂さんの「楕円の夢」って歌が好きすぎてzineを作った人がいて、その情報が実際寺尾さんに届いて読んでもらった、ということがありました」

 

そうなのだ。ツイッターを経由して寺尾さん本人が知り、僕の独断的な彼女の全CDの短い感想と、「楕円の夢」を聞いて浮かんだ小説のようなものが書かれたそれをわざわざ読んでくれたのだ。嬉しかったなー。

 

彼女の歌には「私は知らない」という原発を歌った歌があって、僕は小冊子でそれを「3.11以降に歌われた」と書いていたのだが、「あの曲のラップの避難の部分の歌詞は確かに震災後に付け足したものですが、歌自体は震災前に作ったものでした」と丁寧に説明してくれた。なるほど彼女は震災以前から原発労働者の声を集めたノンフィクションも執筆していて、震災後にぶわーっと立ち上がった運動・歌が多い中で、彼女はそれ以前から強い関心を持って「世の歪さ」と向き合っていたのだ。よりファンにならざるを得なかった。

 

僕は、何が言いたいのだろうか、そしてそれは、誰に届いて欲しいのだろうか。

4246声 イートイン

2019年07月01日

世の中には、誰が見ているともわからない近所のスーパーのイートインコーナーで、そこで作られたラーメンやカレーなどの軽食どころではなく、惣菜コーナーで買った弁当、場合によっては閉店近くなって半額になったような弁当を、机の上に広げ、人の目も全く気にせずに食べられる人間と、食べられない人間とがいる。

 

僕は明らかに前者で、なんなら3パック100円で買ったもずく酢を開封しチューチュー吸うことだってできる。7月、岡安が担当します。生きてそのまま終わったら良いなという忙しさでスタートの7月。

4245声 箪笥の圧

2019年06月30日

箪笥をくれるというので、親戚宅に引き取りに入ったら、
思いのほか大きく、運ぶのにとても難儀した。
男手ふたりで家から出し、そのふたりでまた我が家に箪笥を入れた。
二階に置くつもりが、箪笥が大きすぎるのか、階段が狭すぎるのか、
その両方で二階に運び入れることができず、一階の隅に取りあえず置いた。
取りあえずであるが、一人では到底動かせそうにない。
この騒動で一日潰れた。
巨大な箪笥の威圧感の中で、暮らすことになった。
それはそうと、明日からは岡安さんにバトンタッチ。
令和最初の夏は、どんな夏になるでしょうか。

4244声 紫陽花の下

2019年06月29日

八千代市の知人宅で句会。
家事が思うように済ませず、
当初考えていた吟行の時間が大幅に減る。
小雨降る八千代駅前を三十分ほど歩いて、
どうにか十句ほど作った。
間に合わせのデッサンさえも甘い句を出すのは不甲斐ないが、
致し方なし。
通りかかった紫陽花の下の小暗がりを覗くと、
だんご虫やらわらじ虫やら小さな蟻やら何の虫やらが、
うじゃうじゃと蠢いていた。
紫陽花の静けさと言うのは、昆虫にとって安らぐ場所なのだろうか。
おぞましい光景であったが、虫たちがなんだかとても、
リラックスしているように見えた。

4243声 青いトマト

2019年06月28日

最近引っ越したこの家は、表と裏を畑に囲まれている。
朝、カーテンを開けると表の野菜畑が見え、
裏窓からは梨畑が見える。
今の時期は、野菜畑のトマトが丸々と色づいている。
梨畑のほうでは小さな玉が見えており、袋かけが始まっている。
晴れが続くとトマトの色づきが早く、
雨が続くとトマトの色づきが遅い。
そんなささいなことに心をとめることも、僅かながら息抜きになる。
このところ雨続きで、表の畑にまだ青いトマトが多い。

4242声 守宮対蜘蛛

2019年06月27日

夜。
帰って来て玄関の灯を付けると、
ささっと壁を這って行く影が見えた。
守宮である。
その脇にはその守宮より大きな蜘蛛。
雨が降ると、よく出て来る奴ら。
守宮対蜘蛛の一戦に水を差してしまったか。

4241声 三十代

2019年06月26日

梅雨の晴間が続く。
抱えていた原稿と投句を済ませる。
原稿は俳句関係の三十代特集というもので、
書いていて、自身の三十代が着々と終了に向かっていることを改めて実感した。
生活や考え方が大きく変容した三十代。
振り返るにはまだ早いと、空元気で原稿を書き上げた。

4240声 行きつ戻りつ

2019年06月25日

所用で病院に行ったり、方々回ったり。
梅雨の晴間で暑く、汗を拭きつつ、町を行きつ戻りつして過ごす。
木々や雲の影の重厚感は、もう盛夏を思わせるほど。
帰りに小ぶりなトマトととうもろこしを買う。

4239声 心の楔

2019年06月24日

朝から雨が強く降っていた。
九時過ぎに千葉県で震度四、都内でも震度四やら三やらを観測し、
一時騒然としていた。
そのあとは業務に戻り、数日前に発生した山形県沖地震の被災確認。
確認する中、「でもまぁ東日本大震災の時に比べれば…」という話になる。
たしかに、あの震災のことが楔のように心に打ち込まれていることに、
改めて気が付く。

4238声 自然観察

2019年06月23日

群馬部会の吟行句会のため、桐生自然観察の森へ。
この森はいつ来ても良い。
梅雨深んでいるが、天気もなんとか持った。
落し文や糸蜻蛉、まいまいなど、
近ごろ巷の自然で見れなくなった季語に会えた。
句会が果てて、すぐに帰路。
ほぼサンデードライバーなので、
往復二百キロ以上の運転にとても疲労した。

4237声 蟻の列

2019年06月22日

一日買い物。
千葉ニュータウンへ。
ここはロードサイドに大型店舗が並んでおり、
ちょっとの買い物が一日かかってしまった。
帰りは雨に降られた。
渋滞の長い車列が蟻の列のように見えた。
やっていることは蟻とあまり変わらない。