日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。令和元年は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

4394声 ふわっふわ

2019年11月26日

めったに行かないファミマで、やたら「ふわっふわカフェラテ」というポスターでカフェラテを推している。レジでカップをもらうやつだ。

 

「あの・・ふわっふわカフェラテください(ちょっと恥ずかしい)」

 

「カフェラテですねー」

 

「いや・・ふわっふわの方で」

 

「は?」

 

「・・ふわっ・・ふわ・・」

 

「えーと」

 

「あ、そうです」

 

そこで気付いたのだが、「ふわっふわカフェラテ」は商品名ではなく、ただの「カフェラテ」がふわっふわなのだった。

 

・・ふん、セブンのカフェラテの方がおいしいぞ。

4393声 つくね弁当

2019年11月25日

いいかい?都会と田舎の違いはしょせん、運転しながら弁当が食えるか食えないかだ。

 

そう言うと彼は、ネオン煌めく信号待ちの間に間に、鳥つくね弁当を平らげた。

4392声 ◯◯さん

2019年11月24日

担当者の方の名前がどうしても思い出せなくて、メールを検索しても名前が出てこなくて、本人が出ればと思って電話をかけたら社内の知らない女性。

 

僕「あの・・いつも事務にいる男性で、メガネをかけていて、温和な感じで・・」

 

社内の女性「あ、わかりました代わります」

 

僕「(あ、◯◯ですね代わります、って言ってくれれば名前がわかったのに)あ、お願いします」

 

いつも事務にいる男性でメガネをかけていて温和な感じの人「電話代わりました。ああ、岡安さん、どうしました?」

 

僕「(電話代わりました◯◯です、って言ってくれれば名前がわかったのに)実はですね、△△が□□で・・」

 

いつも事務にいる男性でメガネをかけていて温和な感じの人「わかりました。ではまた」

 

・・結局、名前はわからない。

僕は、まわりの優しい人に助けられて生きています。

4391声 へ

2019年11月23日

重くはなかったのだけど、長いこと風邪がひびいてしまった。昨日なんてLINEで「来年2000年移行は」と送って「間違ってるよ」と返ってきてそうかと「来年2000年以降は」と送る始末。メモリアルな年であることは頭にあった。

 

ボケーっとしているのは俺だけかと思ったら今朝、母親が両手に多きなヘチマ2つを持って話しかけてくる。

 

「これなんだ?」

「ヘチマ」

「違う」

「え・・まさか・・大きくなりすぎたきゅうり?」

「違う。ヒント、ヘ」

「へ・・ヘチマ?」

「正解」

 

会話が成立していないけど、親子とは大概そんなものである。

4390声 オレオレ

2019年11月22日

オーレー
オレオレオレー
カフェオレー
カフェオレー

 

今日も元気出していきましょう。

4389声 ハレルワ

2019年11月21日

類似ではなく差異こそが私たちを結び付ける(ティム・インゴルド/人類学者)

 

アーツ前橋では12/1、現在展示されている「表現の生態系展」の関連トーク「マイノリティと市民運動」が行われる(詳細は最後に)。そこでも話されるであろう、前橋を拠点とするセクシュアルマイノリティ支援団体「ハレルワ」のレインボープライド参加映像を、この夏撮影した。この映像は1階に展示されていて、展覧会チケットがなくても見ることができる。

 

僕自身は若いときからLGBTと呼ばれる知人・友人がおり、「そういう一面を持ってるんだな」と思う程度で特別視することはない。でも、知っているがゆえに彼ら彼女らが日頃どれだけ大変な思いをしているかもある程度は知っている。ただ、レインボープライドに向けたハレルワメンバーや、アーティストとして入ったあかたちかこさん、ブブ・ド・ラ・マドレーヌさん、山田創平さんの準備、そして本番に漂っていたものの多くは「楽しさ」だった。ただの楽観ではない。つらさを糧とし、それを乗り越えるための楽しさ。東京へ向かうまではマイノリティと括られてしまう彼らが、パレードへ一歩足を踏み入れればアピールなしでも受け入れられる存在になる状況もとても良かった。群馬もそんな場所になれば良いのにね。

 

アーツ前橋の「表現の生態系」は凄い展覧会だから、行ってほしい!!!

それに尽きる。

4388声 世界の山ちゃん

2019年11月20日

が好きである。名古屋発祥の甘辛手羽先揚げ。数年前から東京にも何店か出ているようだ。名古屋でしか、しかも2回くらいしか行ってないけど、その手羽先をんまんましながら食べたい。

近所のローソンに、「世界の山ちゃん味ソーセージ」が売っていた。地方のコンビニでその名前が出る、というのは、ざっくり言って全国認知まで行ったということなのかもしれない。近所のコンビニで、シンキチ醸造所のビールが飲める日は来るのだろうか・・

はさておき、買ってんまんましてみた。店の手羽先とはほど遠い。ああ、名古屋行きたいな・・味仙の台湾ラーメンも食べたいし・・

4387声 正しい街

2019年11月19日

山崎まさよしが映画『影踏み』の主題歌を歌うというので、久しぶりにミュージックステーションを見た。

最近ベストCDを出した椎名林檎が、デビューアルバム「無罪モラトリアム」の1曲め、「正しい街」を歌っていた。マニアックなところを言うと、ベースはNUMBER GIRLの田渕ひさ子。ロック好きにはたまらない熟練のバンドメンバーだった。

あの日飛び出した此の街と君が正しかったのにね

今ググってみたら、この曲が出たのは1999年。岡安賢一二十歳。ロック好きとはいえない冴えない二十歳だったが、椎名林檎とこの歌のことは覚えていた。20年経っても響くもの。ロックとは、そういうものかもしれない。

4386声 虫食い

2019年11月18日

ここでも何度か書いている気がする「秋、酒蔵にて」。それは県内のものづくり作家が毎年1つのテーマを掲げ、器や家具や装飾や絵画などを展示するイベントなのだけれど、今年ははじめて昨年までの場所・中之条町の旧廣盛酒造を離れ、前橋・旧本間酒造に場所を移した。僕はもう6〜7年まえからこのイベントのお客であり、昨年からはポスターのデザインを担当する「仲間」になってしまった。いい器を見ていい物を食べる大人の研修旅行にもちゃっかり同行していたりする。

ポスターにはみなさんの提案で「第二幕」と入れた。過去10年を牽引してきた指物師の吉澤良一さんは(僕が見た感じでは)1歩下がって、今回ディレクター的役割をつとめた若い陶芸家の閑野淳くんがはりきっていた印象がある。吉澤さんとは今年、このイベントの後も個人のパンフレット作成を依頼してもらい顔を合わせた。
それで、いろいろありがとうな、と栗の木でできた名刺入れをいただいた。この木製の名刺入れ、貼り合わせた部分もとっかかりがなく、手触りがめちゃくちゃ良い。表面は、虫食いの穴が加工前そのままにぽこぽこ空いている。それも味なんだそうだ。常日頃抜けたとこばかりな僕にはぴったりだと思う。ありがたい。

「秋、酒蔵にて」も次の段階に移り、吉澤さんもそろそろ・・などと思ったら、出るわ出るわ次回の構想が。やはり、この人が下がる、なんてことは考えられなそうだ。

4385声 チン

2019年11月17日

お酒は好きだ。先月「秋、酒蔵にて」というイベントで買った土田酒造の特殊な造りの日本酒は白ワインに似た酸味の強さと控えめな甘さで今まで飲んだことがない類だったし、良いものよく知る本木陽一さんにいただいた勝浦醸造の特別な白ワインは人生経験豊富な新人社員のごとくの強さとフレッシュさを兼ねそろえた良酒だった。

が、そういういい酒ばかりでなくても良い。程度の酒好きだ。最近はまっているのは、メルシャンみたいな箱に入っている安価な白ワインをマグカップにじゃぶじゃぶ注ぎ、それをレンジで1分半。温かい。いいんじゃないですか、そんなでも。

4384声 ずらす

2019年11月16日

今頃、カメラにはまりだした。

 

撮影者歴は長いので、これを言うのは恥ずかしいのだけど、去年買った時実は「絞り」「シャッタースピード」の使い方も良くわかっていなかった(ビデオカメラは、そこをあまり考えなくても撮影ができてしまうのだ!)。ほんと「優しいカメラ入門」本から始めた。

 

カメラが面白いのは「正しいことが良いとは限らない」ことだ。色々なイベントやインタビューを動画で撮影してきたが、
「奇をてらわずなるべくまっすぐに撮影すること」がモットーと思っていた。まっすぐとは向きじゃなくて、意識として。それは今後も続けるつもりだけど、写真だとそれ、あまり面白くないということに気づいた。もっと工夫が必要だった。

 

奇をてらい、変なアングルで撮れば良いということではない。写真の面白さは多分、ずれ。見た時の印象として、いい景色だねとかいい笑顔だねとか、すぐに腑に落ちる写真は(そういう写真も必要だけど)面白くない。かといって、何を撮っているのかわからないとかこんなふうに撮らなくてもと気持ちが離れる写真も面白くない。面白い写真は、多分その間。10秒くらい見つめて、じんわりと感じる何かが豊かかどうか、が大切なのだ。多分。そういう写真は、今の僕はまだ撮れない。

 

そしてそれを映像に還元できた時に、僕は1つ成長できる気がしている。

4383声 絞り

2019年11月15日

今頃、カメラにはまりだした。

 

もともとは、ビデオカメラ専門。高校くらいに親父のごっついビデオカメラを借りたところから始まり、3〜4台を買い換えてきた。ただ、近年は画質の良さでいうと 家庭用ビデオカメラ<業務用ビデオカメラ<ミラーレス一眼カメラ<プロ用ビデオカメラ(100万〜) という状況があり、去年ようやく動画用に一眼カメラを購入した。そこそこのズームレンズと共に。

 

ビデオカメラとカメラとの違いは・・色々あるのだけど、1つ挙げると「絞り」がある。レンズとカメラの間にある絞りを開くことによって、背景がボケる。もちろんビデオカメラにも絞りはあるのだが、カメラくらいにボカすことは難しい(いい意味でいえば、ビデオカメラはピントが合いやすい。・・あと手ブレに強いので、運動会とかを動画で撮るなら断然ビデオカメラ)。

 

背景がボケると「なんかプロっぽい」映像(あるいは写真)になる。でもこれみよがしに「背景ボカしてまっせ」という映像(あるいは写真)は好きではないし、それがはまった理由ではない。

4382声 20

2019年11月14日

11/7/8/9の三日間、「第19回伊参スタジオ映画祭」が開催された。実行委員長として関わる映画祭は3年目だろうか。今回は、当映画祭がきっかけで映画化された『影踏み』の主演・山崎まさよしさんによるライブ付き上映や、今年中之条町で撮影された商業映画『まく子』『踊ってミタ』『僕はイエス様が嫌い』の上映(影踏みふくめ年にこれだけの数の商業映画が中之条町で撮影されたことはない)、そして当映画祭のメイン企画である映画シナリオを全国から公募し映画化させる「シナリオ大賞」の上映など、例年をはるかに上回る充実した内容だった。

 

1つだけ、度々書いていることだが、今年の映画祭で起きたことはパッと起きたわけではない。『影踏み』は、映画祭が行われるきっかけにもなった1996年の『月とキャベツ』があってのものだし、『月とキャベツ』もまたその直前に撮影された小栗康平監督『眠る男』があったから、中之条町で撮影された。逆を言えば『眠る男』という1つの映画がなければ今のもろもろはない。『眠る男』は大きな種だったのだ。

 

映画祭、来年はいよいよ第20回。どうなる?いや、どうする?

4381声 窓からの

2019年11月13日

あまり来ない町に来て、建物の4階で椅子に座ってぼーっとしている。

 

窓から見える山は榛名でも赤城でもなくて、少し新鮮である。その上のほうはすでに白く雪で覆われていて、外も多分ある程度は寒いのだが、ここは室内、午後3時の窓からの光は少し赤みを帯びて暖かい。

4380声 若い人

2019年11月12日

伊参スタジオ映画祭、中之条ビエンナーレ、ジョウモウ大学、etcetc…いろいろな活動にスタッフやお客として関わっていて、それなりに年下、若者の頃があった。当たり前であるが。ジョウモウ大学における橋爪さんや大澤さんなど、僕らよりひとまわり半くらい年上の人たちがいて頼りにしていたが、僕らより下はそれほど多くなかった気もする。

 

昨年今年あたりから急に、ひとまわり半くらい年下の人たちが頑張っている様子に出くわすことが増えてきた。12月で40を迎える僕は中堅あるいは年配であり、それより若い人たちが活躍するのはごく当たり前のことではある。

 

ちょっとした寂しさも感じつつ、いけよ頑張れ若者よ!という気持ちも抱いている。

4379声 第二のタピオカ

2019年11月11日

沼田市で行われたイベントに、伊参スタジオ映画祭のPRをしないかと呼んでもらった。映画祭は来年が20周年、この先1年はできる宣伝はなるべくしようという心意気でおり参加させてもらった。

 

その入り口で「第二のタピオカ」と書かれた飲み物を売っている。買って聞いてみると「こんにゃくです」とのこと。ミルクティーに沈んだそれをちゅーちゅー吸ってみる。合わない。砂糖醤油で煮て食いたいと思った。

4378声 聖域

2019年11月10日

よくカーラジオを聞いている。

 

声美人、というのかわからないが、時々「うわーこの声すっきやわー」という声に遭遇する。その時勃発する問題が「声美人をネット検索して顔を確かめるか否か問題」である。これ結構重大な決断なのだ。

 

一度、その誘惑に負けて「ゆきらいんはーと」で検索した。ユキ・ラインハートさんは、その声そのままに大人びていてセクシーな感じではあったが、顔を見る前と後では、前のほうがよりセクシーだった。

 

そしてここ数年自分の中で「ラジオで一番好きな声」なのがNHKラジオでよく出てくる「ゆみきはるな」さんである。顔はもちろん、どんな漢字かもわからない。時々、検索したい欲にかられるが、我慢をしている。顔も知らぬまま声を聞いていたいのだ。

 

彼女の声はそう、聖域なのだ。

4377声 受け入れる

2019年11月09日

先日分に書いた「自分の判断をひとまず置いて、受け入れる」というのは、実は日本映画学校時代に教わったドキュメンタリー監督・原一男さんの一言によるものが大きい。

 

『ゆきゆきて、神軍』(1987)では戦争責任を追及する過激な活動家と肉薄し、デビュー作ともいえる『さよならCP』(1972)では身体障害者を弱いもの守られるものという立場から脱させるべく、原さん自らが挑発する形で身体障害者を町に繰り出して行く。その過激な作品から、本人自身もヤバい人、過激な人とみられがちなベテラン監督である(今年原さんは、れいわ新撰組を対象にしたドキュメンタリーを完成させた。相変わらずやるなー)。

 

僕は学校の授業で覚えているものは足し算引き算くらいなのだけど(おいおい)。その原さんが授業で僕らに、ドキュメンタリーをこれからはじめてきちんと撮影しようという時に言ったのだ。

 

「きみたちはこれから取材をします。人に話を聞きにいきます。聞いていて、そうじゃないと思うこともあるだろう。意見を言いたくなることもあるだろう。でも大切なのは、まず、自分の判断をおいてそのまま聞くということ。一度受け入れるということです」

 

みたいなことを。それはずっと覚えていた。原さんは、過激な作品のイメージとは反して、案外低姿勢なのだ。そしてドキュメンタリーという仕事は、自分で物語を書くでもなく言葉を発するでもなく、「撮影した対象の言葉・動きを通してのみしか語れない」ものなので、この「相手を受け入れる」ということがどれだけ大切かということが次第にわかってきた。

 

もちろん、それを今完璧にできているとも思わない。僕は、他人は、思う以上に複雑なのだ。