日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。令和2年は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

4548声 芭蕉の後ろ姿

2020年10月02日

昨晩は天気も良く、まさに中秋の名月といった具合に、まんまるな月が浮かんでいた。今朝は庭先の草草にびっしり露が結んでおり、昨晩の豊かな月光が思い出され、いっそう煌びやかに見えた。数年前から、ぽつぽつと「奥の細道」の工程をなぞって出かけていた。近いところでは昨年、岩手の平泉や山形の立石寺に行ったり。連休などを利用して出かけるので、交通渋滞や現地混雑が甚だしい。結局、平泉では駐車場待ちの車の長蛇の列に恐れをなし、金色堂を拝観しなかったり、抜けてしまっている部分も多い。車での移動というのは、つくづく旅情にかけると感じている。そして今回、大垣での句会の話が来て、その工程も一気に進んだ。今回は東海道新幹線経由で行ったので、あとは富山から金沢、福井を抜けるルートを巡れば、ほぼ一筆でつながる。芭蕉のように三里の灸を据えて徒歩で行きたいとは思うが、駅弁を車窓に置き、缶麦酒を空けるのも悪くない。

4547声 むすびの地

2020年10月01日

先週末は岐阜県大垣市に行っていた。大垣市は芭蕉の「奥の細道」のむすびの地、つまり奥の細道の旅を締めくくった土地なのである。その名も「奥の細道むすびの地記念館」という施設で句会をしてきた。句会だけではと思い、その日は朝からワンマン列車に揺られ、養老の滝まで行って俳句を作り、午後は市街に戻って句会をして、夜に新幹線で東京方面へ帰ってきた。その疲れが一週間経という今日まで、抜け切っていない気がする。四十を目前とする、自身の老化を実感している。カーテンをめくれば、今宵は名月。月光に癒されよう。

4546声 大人になるということ

2020年09月30日

結局私は、何かに依存しなければ生きられないようです。そんなことをしっかり宣言する、そういう大人もいま必要かもしれない。まず、自分の話をしてみる。まず、酒に依存している。呼び捨てにしたらバチが当たる。お酒。お酒は本当に正直で、その酒の有り様と飲んだ量で、その通りの結果が出る。昨夜もワインを一本空けてしまい、当然いい夢は見ないし今朝も身体は重いけれど、生きている。けれどもまた、もっと減らしたいともどこかで思っている。自分がシラフのときから逆算して依存しているものを拾っていくと、例えば、おいしそうな魚を買うこと、それをきれいに下処理したときの快感に依存している。そしてそれをお客さんが食べてくれて買ったお金を回収できることで生きている。ビールを作れて、それがおいしくできたときの快感に依存している。他にも、その2つに付随してSNSをしていて、これに相当、依存している。ときに本質(魚を食べてもらうこととビールを飲んでもらうこと)を忘れて没頭している自分に気づいたときため息が出るくらいには、依存している。次に、近しい人間に依存している。家族や恋人を筆頭に、そうでない人にも、とくにお客さんなど、これは依存してるなと思うことが多々ある。それから、書くことにも依存している。鶴のひとこえは、書くことにより私が私を支える、最後の手段。書くことで、あるいは、話すことで、人は自分を支えることがあるのだと思う。だから、ことばがでなくなるというのはどれだけ辛いだろうと、それだけで胸が痛む。依存していいの。ただ大事なのは、他者を生もうとすること。自分の依存に能動的に関わる他者が生まれること。私ならば、買った魚が売れること。能動的に食べてもらえること。作ったビールが売れること。能動的に飲んでもらえること。逆に私が飲む番になった時は、お酒を飲むことが、明日への活力となること。それが仕事や仕事仲間、お客さん、家族、恋人につながって、また能動的な関わりを持とうと思ってもらえること。書くときは、これを読んだ人を無闇に傷つけないか、一字一句想像して書くこと。その上で自分の気持ちいい言葉、リズムで書くこと。依存したままでいいから、大人になりなさい。大人になるとは、その人の存在、生んだ何かに能動的に関わる他者、発想が生まれること。あなたによって能動的な他者が生まれているならば、十分じゃないかね。あくまでこれ、人間は最後は人間でしか癒やされない、という、結局人は一人では生きられないという前提に立っているけれどね。

4545声 築地、勝どき、門仲、日本橋

2020年09月29日

明け方は肌寒い。明後日から10月だ。昨日は羽田に到着してから築地に移動した。築地に着いたのは午後1時頃で、包丁屋に寄ってから、場外の自然派ワイン立呑の店へ。時間はまだ昼時だが、本来ならまだ人でごった返している時間なのに、築地に人はまばらだった。市場のなくなった築地は、観光客がメインの、ほぼ観光地になっている。入国制限が解除されれば人は戻ってくるのか。店の人たちは、それだけを信じているのかもしれない。ワインを数杯飲んで、歩いて勝どき方面へ。勝どき橋を歩いて渡る。天気もよく、ぽかぽかの散歩日和。学校帰りの小学1年生が、ビルののような小学校からまるで巣穴から出てくる蟻ンコのように、どっと出てきた。皆マスクをしているがすごく元気だ。子供にコロナなんて関係ない。勝どきはどこかに寄ることもなく、そのまま地下鉄に乗り二駅、門前仲町へ。15時からやっている、いつも満席の大衆酒場を訪れた。開店10分前に着いたが、すでに7、8人は並んでいた。普段なら40〜50人くらいは並んでいる。本鮪、うに、ほっき貝、塩辛を注文。うにはなかった。その後日本橋へ移動して、老舗の日本酒酒場へ。17時頃だが1/3くらいはお客さんで埋まっていた。普段ならほぼ満席だと思う。塩らっきょう、しらすおろし、うに、塩辛を頼んだ。ここも、うにはなかった。週明け市場の始まる日にないのは、原価のかかるものを抑えているのだと思う。一杯飲んで、隣に新しくできたビルの地下の寿司屋へ。おしゃれな地下のレストランはガランとしていて、異様な静けさ。新しくできた中堅クラフトブルワリーの直営店も、お客さんはいなかった。築地、勝どき、門前仲町、日本橋八重洲と歩いて、八重洲こそ空き店舗の貼り紙はなかったが、築地、勝どき、門前仲町は空き店舗の貼り紙がいくつも見受けられた。通常ならすぐに埋まりそうな物件でも。酒場に人がいないのは、仕事関係の飲みがほとんどないことが1番の理由だと思う。今年は忘年会も少ないだろう。こういう状態はまだ続くと思う。

4544声 秋の空

2020年09月28日

鳥取に行ってきた。帰りの飛行機の中。鳥取の空は雲が多い。日置桜と扶桑鶴の合同呑み切り会があった。呑み切り会は、酒造りのシーズンに入る直前に、前の1年に作った酒を一同に集めて飲む会である。日置桜も扶桑鶴もしっかり熟成させてから出荷する蔵のため、まだ商品化されていないものが多い。最低1年は蔵で寝かせてから商品化、出荷していると思う。11月の食中酒の会が扶桑鶴の回だから、飲んでおきたかった。日置桜は燗酒、冷酒共にザブンのレギュラー酒なので、今の味を改めて確認したかった。1つの蔵だけではわかりにくいことが、2つ同時だとよくわかる。扶桑鶴が日置桜に比べて重いこと。扶桑鶴は料理がすぐに浮かぶが日置桜はなかなか浮かばないこと。酸には硬質な酸と軟質な酸とあること。生もとは軟質な酸であること。生もとは重層的かつ重奏的であること。日置桜は旨みが強いこと。扶桑鶴は日置桜に比べると、甘みが強いこと。わかったつもりでいてもこちらの理解の深さが増すと、新たな発見がある。わかったつもりは、今を支えるために必要かもしれないけれど、それにより新たな発見にアンテナを持てなくなると、新たな他者が生まれなくなる。わかったという実感と、もっとわかりたいという願望と、両方抱えてないといけない。頭は高く腰は低く、というのは、そういうことなのだと思う。さて、着陸態勢に入った。今の飛行機は、機外カメラで前方の景色を、目の前の液晶で見ることができるようになっている。そろそろ着陸。イヤホンから小田和正の、「東京の空」が流れてる。秋晴れ。

4543声 これからを考える〜自分の家ばかりが揺れていると感じてしまう人編〜

2020年09月27日

コロナウイルスがもたらしたものは何か。人間同士の、物理的な距離、リモートの拡大、あるいはバーチャルへの慣れ、話声のボリュームダウン、マスクの常態化、マスクの洋服化、薄化粧、テイクアウト利用、家飲み。いろいろある。いろいろあるが、これらは一律の、平等に起きていることである。一律でないものがある。それは、コロナウイルスの影響を受ける仕事、立場と、そこまで影響を受けない仕事、立場があって、そこまで影響を受けない仕事、立場の人間たちは割とのんきでいることができて、まともに影響を受ける仕事、立場の人間たちは、崩れる体制を立て直すために火事場のくそ力、地道で長い踏ん張り、発想の転換を求められる、ということである。隣家の窓からは笑顔が溢れている中、なぜかうちだけが雨で寒く、頻繁に停電も起こるし、頻繁に家ごと揺れている、ように感じてしまう仕事、立場の人たちがいる、というようなことである。こうした違いは見えにくくて、外で歩いていればどの人が揺れの少ない家に住んでいて、どの人が揺れてばかりの家に住んでいるかは見分けがつかない。それどころか、一緒に会って話してみても、その違いは見えにくい。自分の家ばかりが揺れていると感じてしまう仕事、立場の人たちのこれからには、2つあると思う。1つは、引っ越しを考える時期かもしれない、ということである。なぜこの家は揺れるのか、揺れない、揺れにくい家はなぜ揺れにくいのか、考えなくてはいけない。さもなくば、知らないうちに気づいたら雨風すら凌げない、ということに、簡単になりかねない。もう1つは、揺れる家でも雨風凌げればいいや、と、開き直ることである。最低限の養生は怠らずに。けれどもとてもこれは、エネルギーを使う。何がしたいのか、何ができていれば幸せなのか、床暖房なのか、セントラルヒーティングなのか、いや、すきま風でも寒い部屋でも木の香りがすることが大事なのか、そんなことを、揺れながら踏ん張りながら、考える時期になった。考えるべきは、最低限の養生のラインと、何ができるか、何がしたいのか、である。それからあと一つ、大切なことがある。頻繁に揺れる家も、ときに揺れない瞬間がある。せめて揺れていないときにくらいは笑っていたっていい。揺れないときに笑っていられるくらいの懐の深さ、生きることへの余裕、遊び心くらいは、いい機会だから、身につけたっていい。

4542声 予測できるようになりたい

2020年09月26日

雨の毎日。昨日は昼過ぎから夜にかけて、強弱をつけながら降り続いた。ちょうど店の営業時間に重なった。案の定とても暇だった。9月の金曜日は1、2週がまずまずで、3、4週が暇だった。こういうときに来てくれるのは常連さん。常連さんのありがたさを、この半年はたくさん感じている。さて今日はどうか。4連休後の土曜日、月末の土曜日である。そろそろ来客数を予測できる力も必要だと思う。予測してみる。昨年の結果だと暇だった。今年はどうか。天気は曇り時々雨。早い時間の予約が一組。明日は臨時休業の案内済。→忙しくなることを予想。

4541声 ビアカフェか、酒場か

2020年09月25日

夜の冷え込みが増してきた。昨夜は長袖を着た。昨日は暇かと思っていたら、遅くなって食べて飲むお客さんが来てくれた。よかった。今や時代は、食べて飲むは当たり前ではない。では、食べずに飲むかと言うと、それでもない。1時間〜2時間くらいの時間を、ビール一杯で、おしゃべりするのである。ビール一杯は、飲んでいるうちには入らない。いや、アルコールに弱い人にとってはそうではないはずだ。ビール一杯では酔うところまで行かないのにビール一杯でおしゃべりし続ける、というのが、飲む行為とは違う、ということである。酔うとは、一度覚醒を離れる、ということである。覚醒したまま酔う、は、まだ酔うには至っていない。そういう若者が増えてきた。うちはなまじカフェ風の設えのために、そういう若者も来るのだと思う。ビアカフェをやりたいのか、酒場をやりたいのか、私が、そこをはっきりさせなさい。

4540声 筋トレ

2020年09月24日

木曜日。週のはじまり。市場で仕入れをして水洗い。今年初めて秋刀魚を買った。脂はないが腹の中がきれい。肝醤油にしてすだちで出そうと思う。昨日は3回目のピルスナーの仕込みをした。糖化で+2時間、煮沸で+30分かかるため、今まで5時間半で終了した仕込みが8時間かかるようになった。この2時間半、とくに糖化を低温からスタートすることで、独特の豆っぽい香り、旨みが出る。これがチェコスタイル、ボヘミアンの香り。これがいい。釜の上下の温度を揃えるため下からバケツに出して上から入れる。昨日はそれを15回くらいやった。1回15kgとして225kgになるのか。最初に釜に入れる麦芽が35kg。それを粉砕室から工場に運ぶ。お湯ができたらそこから釜に入れる。糖化後の麦芽が50kgくらい。釜からを出す時と、家に運ぶ時で合わせると100kg。仕込み後、釜25kg2つをガス台からおろして洗う。洗い終わったらガス台の上に戻す。これで100kg。そのくらいだな。225+35+35+50+50+25+25+25+25=495。なかなかの筋トレになっているな。最初の225kgの麦汁循環を自動にしたい。

4539声 この半年を振り返る〜世の中編〜

2020年09月23日

今年の3/28㈯、今でもはっきり覚えているが、いきなり土曜日の夜なのに街から人がいなくなった。3月になって徐々に減っていると感じていたものの、いきなり大晦日かと思うほど人気がなくなる。3/24に、オリンピックの1年延期が決定、3/25、志村けんさんが新型コロナウイルスに感染、この日から3日連続で、今まで10数人だった都内の感染者数が40人を超える。3/28安倍首相会見「長期戦になる」と発言、同日、都内の1日の感染者数が60人を超えた。そしてその夜、高崎の街から人がいなくなった。新型コロナウイルスが他人事ではなくなったのは、あの日から。さらに3/29、稀代のコメディアンであり生涯コント師、志村けんさんが亡くなった。恐怖は当然、私の中でも大きくなった。その後4月は感染者数が増え続ける。皆が持論を展開すればするほどすべてが決め手を欠くのは、皆が初めての経験だから。何がわからないかわからないという状況が、ひとまず全部止めよう、という雰囲気を作っていった。それでも5月になると感染者数は落ち着いて、とくに群馬はほとんど新規はナシという状況が続いた。4月頭に政府が発表した緊急事態宣言は、5/25に解除。けれども街に人は戻らなかった。都道府県をまたぐことをNGとする移動制限を要請したからである。もうこの頃には国民の行動様式は、コロナについて自分で考えて動く、ではなく、雰囲気に合わせる、というものになっていたと思う。そして一旦それを受け入れてしまうと、考えない、はどんどん人間の内部に定着してゆく。感染者数が落ち着いてきたこの9月の下旬でも、軽井沢の人気のない高原の木立の中で、皆マスクをしている。この同調力の強さを認識できたことが、結局、この半年で何がわかったのかといえば、これじゃないだろうか。この同調には、同調しないものを排除しようとする圧力と、同調してしまうことによる思考停止の肯定がついて回る。人間だから、それは日本だけでなく他の国でもそうかもしれないが、それがとても顕著なのが日本人だということが、この半年でわかった最も大事なことじゃないだろうか。コロナに関心があるうちに、コロナの動向と同じくらいの分量で、この日本人の性質について語られた方がいいと思う。コロナが収束したら誰も気に留めなくなるのだから。気に留めなくなって、何もなかったかのように同調圧力と思考停止の肯定だけが再び潜在化して、見えにくくなるのだろう。

4538声 連休最終日

2020年09月22日

昨日は11人のお客さんが来てくれた。そのうち5人が食べてくれて、6人はビール一杯を飲みに来た感じの方々。目標は達成。帰り道、20時頃の高崎の街は人で賑わっていた。お盆ですら、こんなにもいなかったと思う。問題は、平日に人が出るかである。テナントを週末だけ借りるなどできないのだから、平日が仕事にならないと、継続はしない。昨日仕事がはかどったおかげで、今日は自由時間ができた。なので軽井沢に来た。この3ヶ月くらい、暇ができると軽井沢にいた。暑い時期に来ていたから、涼しくなってからは初めて。いつ来ても空気が気持ちいい。レンタル自転車を借りて、木立の中を走る予定。

4537声 動けるのは当たり前でなく

2020年09月21日

昨夜はよく眠れた。眠りについてから4時間くらいで毎日目が覚めるのが6時間覚めなかった、くらい。48歳の現実である。それが理由かどうか、わからないが、身体が軽い。10kgのケグを持ち上げるのにいつもはストレスを感じるのが割と軽々持ち上げられた、くらい。それからいつもは腕立て伏せが10回でもういいと思うのが、20回やってもまだいけるなと思って、30回やれた、くらい。長かった夏が終わって、身体が細胞が活発化してきたのかもしれない。微生物と同じように。予定になかったケグ詰めまで終わり、これからザブンで営業をする。動けることがありがたい。

4536声 錆びていく

2020年09月20日

4連休の2日目。久しぶりに1日の終わり、夜に書く。夜に書けないのは、エネルギーがもうないから。思考停止したくて飲んでいるのに、そんなときに頭は働かない。酔うというのは、隅々まで意識がいかなくなること。書くとは、隅々まで意識を張り巡らせること。だから夜には書けない。けれども今日は書けるのは、余裕があるからだと思う。余裕は、どこから生まれるのか。余裕は、1つは身体の問題。疲れがどのくらい残って、溜まっているかで、余裕は左右される。それからもう1つ、大事なのは満足度。人間には一日一日満足度というのがあって、これは昨日と今日の違いという相対的なものだから難しいが、ふっと満足度が上がった一日、夜が訪れたときに、書けるときがあるのだと思う。本来は、とことん満足度が足りず、満足したいから書く、という方が本来のはずだが。満足するのがいいのか、満足できないのがいいのか、それは全くわからないが、なぜわからないと言えてしまうのかと言えば、どちらも必要だと思っているからである。つまり、ある程度年をとってきたら、結果が出る、という愛され方、満足がないと、技術や、身につけてきたもの、リズムなんかが、錆びていくのである。同時に、空腹感、物足りなさがなくなっても、これも人間自体が、錆びていく。少し前まであんなにその日暮らしだったはずなのに、どうしてこうなったか、上達したい自分が、日に日に強くなる。何かができるようになる快感に、こんな歳になって依存し始めたのかもしれない。同時に、錆びるのをすぐ目前に感じて、怖くなったのかもしれない。

4535声 落ち着くための断食

2020年09月19日

4連休の初目。17号から早くから、車の音が聞こえてくる。出かける人なのか。最近甘いものを食べすぎて、落ち着きがない。今日は夜まで食べないことにする。生活が自分の外側と向き合うことだとしたら、断食は内側に向き合うこと。向き合わなければならない外側が多いときは、内側に向き合うことは難しい。今日はやることも少ないし、夜まで断食しよう。

4534声 この半年を振り返る〜自分編〜

2020年09月18日

7月、8月の収支が出てきて、おそらく向こう1年くらいはこんな感じなんだろうなと思う。当然売上はマイナスだ。それでも、4月〜6月までコロナに合わせて大急ぎで変化させてきて、どうにか間に合って沈没せずにすんだ。ザブンの改装、寿司のトレーニング、プレハブ冷蔵庫の設置、地道な補助金申請、そこに運よく、本家ボヘミアンピルスナーを教えてもらえたことで、ビールの幅が増した。マイナス成長でぎりぎりのお金回しかもしれないが、私はなんだか成長していて、40代後半になってこういう実感を持てているのはたいしたもんだ、とすら思う。とにかくおいしいビールを作ること。ここが一番大事。あとは次への見極めの段階になった。今の形ではザブンは続かない。そもそも春の段階でザブンを続けるとなったときに決めたのは、給付金を市場につぎ込むこと、つまり仕入れをケチらないことと、寿司を握れるようになること、だった。要するにコロナとは関係なく沈没しかけていたザブンの起死回生は、安く寿司を、刺し身をお客さんに食べてもらう、ということだった。これは、毎日そこそこの数のお客さんが来て成り立つモデルで、また、私一人で継続はできないモデルなのもわかっていた。そろそろ次を考えないといけない。

4533声 くなしり

2020年09月17日

朝から仕込み。3時過ぎに目が覚めて、布団の上でウトウトと5時過ぎまで。一旦目が覚めると眠れなくなってきた。今日は高比重ビールの仕込み。普段の1.5倍の麦芽を使った。いい感じになったと思う。ひと息つきにロイヤルホスト。くなしりのマスターが亡くなったと、昨日柴田さんから聞いた。心筋梗塞だったらしい。つい10日ほど前に、モントレーの食品売り場で見かけたばかり。魚売り場の若い子を捕まえて、コロナの愚痴をこぼしていた。このコロナが始まって、少し慣れてきた5月、はじめてくなしりにお邪魔した。とびきりの鮪と手作りの塩辛、ツマがまたおいしくて。骨まで食べられるというぶり大根は初めての味だった。とにかくすべてが、唯一無二の料理だった。その後2回ほど伺ってそれきり。マスターは若い頃北海道で漁師をしていて、毎日漁場の船の上で1,000本の魚の下処理をした、なんていう豪快な話を聞いた。78歳だったらしい。そんな歳には見えない。若かった。78歳まで調理場に立てることが、まず私には想像できない。立派だ。たしかに立派かもしれないが、昨日まで一緒に店を切り盛りしていた奥さんはどうするのか。その寂しさ、想像を絶する。同業者として、後輩として、どうしてああいう老舗名店の、しきたり、技術、心を残せないのかと、それがとても悔やまれる。どうぞ安らかにお眠りください。長い間、お疲れ様でした。

4532声 日本一おいしい松屋

2020年09月16日

今日も仕込みをしようと起きたが身体が重い。明日ザブンを休みにしたので、無理しないで明日にすることにした。事務仕事をやろう。4日続けて松屋の朝定食。4日同じでもおいしい。夜中担当のおばさんと、朝担当のおばさんがいて、どちらも仕事が丁寧。他の若いアルバイト、店長も含めて、他の人が作る料理にはない愛情が、この二人の料理にはある。朝たまに、この二人が重なるときがごくまれにある。今日がそうだった。そういう時、「いまこの店舗は日本一おいしい松屋だな」と思っている。

4531声 チェコ人の友達

2020年09月15日

朝から仕込み。デコクションのポイントがいまいち掴めない。何度もやらないとだめだな。デコクションを教えてくれたコチャスさんに電話をしたら、月末にまた高崎に来てくれるとのこと。「もうホテルは予約したから大丈夫」と。早い。2泊するそうで、会うのは中日の夜だけになった。他の時間は「遊ぶ」と言っていた。前回の、奥さんとの水入らずの旅が楽しかったのかもしれない。とても純粋に、目の前のことに取り組む人。同世代の、身長198cmのチェコ人。体は大きいが、まるで少年のようだ。一緒にいるだけで元気が出る。


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