日刊鶴のひとこえ

この負け犬の遠吠…ではなく、鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさんと、わたくし抜井です。この4人が月替わりで担当しています。平成29年後半は、10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)4月(す)の順です。

3659声 映画祭前

2017年11月18日

伊参スタジオ映画祭は、ボランティアによる実行委員会で運営されている。

 

もちろん、映画祭の運営資金は町に頼るところが大きく、事務局も中之条町役場内にあり担当職員もおり、映画祭当日も企画政策課総出で駐車場係などを率先してやってくださっている。町や、役場職員への感謝は尽きない。

 

けれど、どのような映画を上映するかを決めるのは実行委員会で、映画祭の準備や当日の受付・会場・アナウンスや司会・進行も実行委員会がつとめる。映画祭の本柱となった「シナリオ大賞」というシナリオコンペの1次審査では、スタッフ総出で全国から送られてくる250本を越えるシナリオを読み込む。

 

今日は1週間後の映画祭のために、会場となる体育館の入り口作りや(衝立やカーテンを使って光が入り込まないようにする)イス並べ、休憩場所となる校庭にビニールハウスのような屋根をつけた。毎年の光景である。

 

僕にとっての映画祭は、生活の一部となっている。ボランティアであっても意志は変わらない。でも実行委員会の面々は、映画好き、とは限らない。もてなすのが好きな人、誘われたからなんとなく入ってそのままな居着いた人、それぞれが映画祭にむけて頑張っている。

 

年をとればとるほど、自分の時間を使って何かをすること、がいかに大変かがわかるようになった。幼い子どもの面倒を見て、家族の協力も得て、遠くから通ってくれる女性スタッフもいる。ありがたい。

 

一人ではできないことが、みんなの力を集めることでできる。ということは、何て嬉しいことなんだろう。

 

 

3658声 独唱個室

2017年11月17日

先日ふと、何を思ったか一人でカラオケに行ってみた。

 

地元の顔なじみのカラオケボックスでは恥ずかしすぎるが、そこは高崎、店員はもう二度と顔を合わすこともあるまいし(おおげさ)、時々はそんなおじさんもいるのではないかと思う。

 

2人以上と行くのとでは全く別物だった。まず、気兼ねがいらない。「これ好きな歌なんだけど、この人たち知らないから、よほどの歌唱力があれば聞くに耐えるけど、まずそうじゃないから早く終わんねーかなと思われるな」とか、「いやいやいや、今なおこの歌歌いますか、時代に変わらず評価される曲じゃなくて、あの一瞬の流行りだったこの歌を、あなたは音楽を聞かない人なんですね」とか、そういう気遣いがいらない。僕は、そういうことを考えなさそうで、実は案外考えてしまうのだ。

 

ふと行こうと思ったのは、サニーデイ・サービスの「桜 supper love」とYogee New Wavesの「CLIMAX NIGHT」を歌ってみたくなったからだ。前者は、僕が二十歳の頃から音楽好きの中で指示されてきたバンド。後者はめっちゃ若いバンドで、多分今の音楽好き10代は知っている。僕は若作りしているわけじゃなくて、SNSに流れてくるyoutubeに上がっている曲をたまにポチッと聞く。それで耳に残った2曲だった。歌いたい歌があるから歌いに行く。うまいか下手かは関係ない。一人だもん。

 

ただ、寂しい。とんでもなく寂しい。よほどの歌歌い好きなら別だが、寂しさに耐えられず採点ボタンを押してみた。低い。とんでもなく低い。若いころはいい点出した気がするが、音程など気をつけても採点が低い。違うさ、機械の採点が良し悪しじゃないのさ、心に響くかどうかなのさと意気込んでみても、聞く相手はいない。機械のキャーパチパチパチという効果音が響く。

 

もう、一人じゃいかない。歌の練習しよう、車の運転でもしながらね。

3657声 複雑世界

2017年11月16日

それから15年近くがたち、未だよくわからない客観と主観は、僕の仕事にとって欠かせないものとなった。

 

今編集している映像は、昨年からの引き続きでアーツ前橋で行っている「表現の森」。神楽太鼓奏者の石坂亥士さんとダンサーの山賀ざくろさんが、前橋市にある特養ホームに不定期で出向き、そこで滞在型のケアを受けているご老人たちの中に分けって、音をきっかけに演奏をしたり、させたりしている。僕はその様子をかれこれ6回くらい映像で記録し続けている。

 

演奏をさせると言っても、車椅子の老人多数、半数以上は1〜2ヶ月前に僕らが来たことも覚えていないらしい。耳が遠い人は多く、軽快な太鼓の音に反応を示さない老人もいる。

 

普通であれば、そんな老人たちとコミュニケーションをとらねばいけないとなったら、懸命に話しかけるか、身体に触れるか・・それは介護になりそうだけども、諦めることも仕方ないように思う。けれど、亥士さんのアプローチの仕方は明快で、言葉は一切介さず、わずかでも打楽器を触れる人に対してはその音に自分が出す音を共鳴させ、楽器が持てない老人に対してはその体内に音で触れようとする。

 

僕のそこでの役割は、かっこいいプロモーションを作ることではなく(そういうのは苦手)、その場で起きたことを、あるいは起きそうなことに対し適正な距離と向きでカメラを向け、じっと辛抱し、あるいはさっと切り替えて撮影していくことだ。そんな時に、子どもの頃から培ってきた・・のかもしれない客観的な目線、周りを見る・感じるスキルが役に立つ。

 

そうして撮ったものを、編集の段階で見返す。すると、その半分は撮った時の意図のまま受け止められる映像になっていて、半分は意図から外れ失敗していたりするのだが、ふと撮影時には気づかなかった動きや表情や言葉を見つけることがある。それが、たまらく楽しい。あとは、そうやって撮影や編集の段階での気付きを自分の主観でもって繋いでいく。何ももの申さない映像なんてつまらないから、一応は「僕はこのことをこう思いました」と提示することになる。

 

僕にとっての映像の面白さとはつまり、日頃しょぼくれた自分の目で偏見を持って、怠惰に見ている現実・世界というものを、もっと複雑であると認識し、そこから魅力ある何かを削り出す行為である。かっこつけて言えば。今年に入って、その一連にもっと磨きをかけたいと欲が出てきた。

 

2日にわたり思いつくままに長々と書いてみた。まだ、道は途中である。

3656声 一枚硝子

2017年11月15日

映像の面白さとは何だろうか。

実体験に基づき、変な角度から少し書いてみる。

 

主観と客観がどんなものか、実はよくわからないけど、物事を客観的に見ている方だと思う。心の底からどっぷり楽しんだり悲しんだりは苦手で、ここであの人はこう動いたから僕はこう動けばああなる、ということを無意識のうちに意識している事が多い。

 

これはどうやら、小学校低学年くらいからそうなったということに一昨年くらいに気付いた。ぼくんちは田舎町のよくある家庭だと思っていたけれど(いるけれど)真ん中の姉が不登校になり親と言い合いする機会がよくあった。長女が数年前に「あの頃わたしは構ってもらえなかった。嫌だった」と親に向かって話していて、なるほど長女は嫌なことを嫌とはっきり言う性格に育っている。では僕はその頃何をしていたのか、言い合いをする両親や姉二人をするりと抜けて、争いに加わらず一人外でぼんやり妄想していた気がする。

 

いかにすれば争いにならないか。その間違った対処法として、先に自分が謝ったり、場の空気を読む、いわゆる良い人、つまらない人になってしまったのだと思う。

 

そんな自分がひょんなことから映画学校へ行き、妄想する物語が陳腐で、ドキュメンタリーに興味を持つ様になったのは自然なことだったのかもしれない。人間を描くんだ、と意気込む人々の中にいると、それまでの曖昧な自分があたかも人間的になれるような気がしていた。

 

今でも思い出すのは、はじめて全力で取り組んだ卒業制作。宮崎県綾町で自然農を実践しているいわゆる人間味溢れた同世代の若者たちを滞在取材していて、場の空気を読むだけの僕は最初こそいい印象で撮影をしていたがすぐに行き詰まった。ありきたりの質問ばかりの僕に対して「私の何をとりたいの?」とすごんだみどりちゃんの雰囲気は今もなんとなく覚えている。

 

それでも渦の中にしばらく身を置けば一皮二皮はむけるもので、滞在終盤では「僕は撮りたいから撮る。それだけです」と開き直り、それは一部の対象には受け入れられうようになっていた。そして撮影スタッフや滞在する若者で囲むテーブルの上で、23歳の僕はとつとつとこう話していた。

 

「僕は今まで目の前にずっと硝子が一枚あるようなかたちで、目の前にいる人の輪郭がわからなかった。でもこの場所に来て、ここにいるみんなの輪郭がはっきりわかる気がする」

 

話しながら泣いていた。数ヶ月に渡り滞在撮影したくせに、完成した映像作品は散々たる出来だったけれど、僕にとってその数ヶ月間は必要なものだったのだと思う。

3655声 風味絶佳

2017年11月14日

甘いものは人並み以上に好きだ。

 

特に食後には、たばこも吸わないし、コーヒーが恋しくなることもないが、甘いものが食べたくなる。

 

会社そばの藤井屋という菓子屋の年2回のセールチラシを担当するようになって、もう4〜5年は経っただろうか。兄が洋菓子、弟が和菓子を作っていて、そのお父さんは昔からの菓子職人であり、お母さんは店でちゃきちゃき働いている。兄の政則さんとは長い付き合いになるので、行くと小話をして、ちゃっかりロールケーキの切れ端をもらったりする。

 

世間話をしていたら、今年はどうやら商店の売り上げが全体的に芳しくないらしく、財布の紐が硬いらしい。近所にある農協経営のスーパーの売り出しも例年よりひどかったそうだ。僕は、関係する以上効果がなければ広告を作る意味がないと思っているので、「藤井屋のセールには来るといいですね」と話して店を出た。ちなみにそのセールは11/17〜20。看板商品である「もちもちシュークリーム」ほか僕の好きな「梅大福」も特売になるので、ぜひ東吾妻町の店まで足を運んでいただきたい。

 

そうか、今年は財布の紐が硬いのか。一時はテナントの店を任されていた時もあったが、そういう商売からは遠いので、今年がどんなものなのか感覚はわからない。それでふと思い出したのだけど、

 

いわゆる発泡酒ブームの時は、「こんなに安いビール(もどき)があるのか!」と買ってみたけど長続きはしなかった。グリーンラベルとか金麦とかは普通に飲めると思うけど。一方で、近くのコンビニでもよなよなエールを売り出し初めて「こんなに高い(クラフト)ビールがあるのか!」と買ってみたものについては、今も時たま購入している。

 

世の中不景気で、安いものが求められるとしても、財布の事情だけじゃなくて気持ちの事情もあっての買い物だから、「おいしいもの」は残るのだと思う。

3654声 家鍵陰影

2017年11月13日

午前零時頃に帰宅すると、当然家には鍵がかかっている。

 

まっくらな玄関前。車の鍵、会社の鍵、そして家の鍵がじゃらじゃらまとまったキーホルダーをポケットから取り出して、差した鍵が合わないと嫌なので、月明かりや隣の家の光などわずかな光に鍵をかざして見比べる。頭が丸いのが家の鍵だ。

 

そんなことをして家に入る。僕はこの一連の動作が好きだ。家に帰ってきたという安心感もあるのだと思う。今夜は、手にぶらさげたレジ袋によなよなエールとチーズ鱈も入っている。ほどよい幸せだ。

3653声 PC先生

2017年11月12日

姪っ子は小学6年生。姉より「今学校でエクセル勉強してるらしいんだけど、教えてあげて」と電話があり、朝ぼーっとしているところにバタバタバタと姉、姪っ子2人が駆け込んで来た。

 

僕だってエクセルは売り上げ勘定で使う程度で詳しくはない。けど、「りんごやみかんが幾らで、表に値段を入れればあら不思議、合計金額も一瞬で出ます」というデータを作る程度なので、なんとか先生役を果たせたようだ。叔父バカだけど、あの年でキーボードのローマ字入力を迷いなく打てる姪は素晴らしい。今時代の小学校はそんなことを当たり前に教えているのだと思うけれど。

 

一通りが終わると、姉が僕のアイフォンを取り上げ、「アイフォンだと、LINEの写真機能で目を大きくしたりして写真が撮れるんだよー」とパシャパシャ撮影を始めた。こたつに一緒に入っていた母と姪っ子たちによる、目が大きくなって犬の耳や鼻がついた写真は奇妙だった。

 

そんなどの家庭にもあるようななんてことのないことが、僕にとってはごく希なことなので、そのキャッキャした場が微笑ましくも場違いな気がして、「役目は終わった。出てくる」と家を出た。

 

3652声 職人酒場

2017年11月11日

毎年足を運んでいる「秋、酒蔵にて」の最終日前夜。このイベントで一番盛り上がりを見せる参加作家・お客さん入り混じっての大宴会に足を運んだ。

 

会場となる旧廣盛酒造からは、寒さも何のその、多くの人の笑い声が聞こえてくる。僕が足を運ぶようになった8年前くらいから見知った顔、参加作家を束ねる漆職人の吉澤良一さんや、鉄作家の鈴木浩さん、木工芸の外丸治くんなどの顔が見える。また、六合在住の機織りである行松啓子さんや、キャンドルでの参加の奈々子さんなど、途中から加わった顔、僕よりずっと若い職人さんたちの顔もある。

 

多くのモノに溢れ、インターネットを介せば人に会わずしてモノが届く時代の中にあって、1つ1つのモノ作りに時間を手間をかけ、それを対面で売る職人たちの行為は、非効率でありおおごとだ。「作家がどういう人間かは関係ない。モノの良し悪しが全てで、技に魅入られて手にとってくれれば良い」という気概をもってやっている職人ばかりではあるが、売り買いだけのドライな関係は好まない人好きな職人たちが多いのが「秋、酒蔵にて」の特徴。人を好きになれば、その人が作ったものを欲しくなる。その順番でも、大いに良いのだと思う。

 

8年通っても僕は相変わらずびんぼー生活で、お金の理由だけではなく「買っても使う場所や機会がなければ意味がない」とも思うので、展示販売されているものはもっぱら見るだけだったのだけれど。昨年からこのイベントでは「1点買う」ことを決めている。昨年は森乃手仕事家の革のキーホルダー。毎日使い込んで1年とは思えない色になった。

 

そして今年は、2〜3周したあとに、行松さんが染めて織った小さな絹織のテーブル掛けを買った。六合の五倍子という植物で染めたのだという。僕が買ったことを行松さんが喜んでくれたのも嬉しかった。会社のテーブルの上に置いて、携帯などを置こうと思う。これを見るたびに、「縦糸横糸1本1本織っていく苦労に比べれば、簡単なもんだ」と仕事にやる気が起こせるかもしれない。

 

久々に、飲みすぎた。「秋、酒蔵にて」は、愛されるイベントだ。

3651声 電波出演

2017年11月10日

FMぐんまの「G★FORCE」という番組で、「伊参スタジオ映画祭」の紹介をさせていただくことになった。今日はその録音。車で走っている時に耳に入っていたパーソナリティーの櫻井さんや竹村さんの声が、目の前でその人の口から発せられるのは不思議な感覚だった。11/13と20の番組内で放送していただけるとのこと。

 

車での移動は結構あるので、ラジオを聞くのは楽しみでもある。会社のラジオのチューニングがいつもTBSになっているので(共同で車を使う新聞配達のおばさんがTBSラジオ好きらしい)、伊集院光、ジェーン・スー、たまむすび、デイキャッチとその辺りは一通り聞いている。聞き流してはいるが、TVやネットでは拾えない話が聞こえてきて面白い。

 

タイミングが合わないと聞けないが、僕はNHKラジオ「ごごラジ!」の金曜パーソナリティーの高橋久美子さんの話が大好きで、元チャットモンチーのドラム、現在はエッセイストなどをしている彼女ほど、「あちこち旅して、それを魅力的に語れる人」はいないと思う。これはぜひお聞きいただきたい。

 

けれど、ラジオで一番好きだったのは、会社の都合で新聞代配を始めたころ、カブに跨っての配達が不慣れで、車で行っていた時に聞いたNHKの「ラジオ深夜便」。アンカーと呼ばれるパーソナリティーの、深夜だからかあえてテンションを落とした話し方が好きだった。日中の放送では派手さに欠けるその道の功労者のインタビューなどもあり、「いいこと言うなぁ」と関心しながら新聞を配っていた。

 

そんなに好きなら、早起きして聞けばいいじゃないかという話だけど・・そこまでしては聞かないんだな。人間だもの。

3650声 夏色少年

2017年11月09日

立冬を越えても、暖かい日が続いている。

 

前橋からの帰り、下校中の子どもたちを見た。

群れにはぐれて、半袖短パンの少年が歩いていた。

顔は見えなかったが、きちんと坊主頭だ。

 

パンシロン胃健錠を舐めている場合じゃないな、俺。

3649声 倉渕パン

2017年11月08日

穏やかに流れる烏川。その川辺は田んぼになっていて、今時期半分以上ははんでえの米も収穫されたようだ。まだ部分的にのこった米が、曇り空の下少し寂しそうに干されている。

 

この倉渕のお米、はんでえ米はとても美味しくて、以前南相馬から吾妻に避難してきたHさん一家がここの米を気に入り、福島へ帰ったあとも2年ほど米を俵で買いにきた。僕は農家さんとの橋渡しをしていて、その俵をうんせこらせと車に乗せたことを記憶している。

 

その米農家さんの家からすぐそばに、倉渕パン工房「湧然(ゆうぜん)」はある。ここの吉森さんは以前からの知り合いで、この度倉渕の米を使った酵母を用い米をパン生地にも練りこんだ食パンを、店の看板パンとして売っていくというので、そのパッケージデザインの依頼を受けた。

 

吉森さんは生まれは奈良で、自然の中でパンを焼くことが夢だったそうで、今はそれを実現させ烏川向かいの倉渕の道の駅にて天然酵母パンを販売している。これが噛めば噛むほどに滋味深く、素朴でいておいしい。

 

パン工房の隣には大きめの机があり、落としたコーヒーもご馳走になった。壁の黒板には数学・国語などの文字。「娘が友達を連れて店にくるので、勉強を教えているんですよ」と吉森さん。手広く広げた販売を、今はあえて狭めて、家族や自分のための時間を確保しているのだそうだ。

 

窓際では、大きな瓶に入った米酵母がぶくぶくと泡を立てている。こういうペースの生活、いいな。

3648声 擬似東京

2017年11月07日

高崎駅西口にオープンした商業ビル「OPA」に初めて寄ってみた。

 

オサレスポットと噂されるこの建物。自分には場違いだなと思いつつも、みなさんご存知だろうか、7Fに堀澤さんの「シンキチ醸造所」が入っているので(そのため、若松町の店は醸造に専念し、飲食は行っていない)、用事もあって寄ってみた。あらまあオサレである。オサレすぎる。

 

白と黒を基調とした格式も感じるビルデザイン。自由に座れる椅子なども広々とあるのだが、この綺麗な環境の中では座るにも勇気がいりそうだ。ふと、東京へ行った時のオサレな商業ビルを思い出した。高崎に、東京がやって来たのだ。好き嫌いははっきり分かれると思う。僕はミーハーでもあるので、慣れないながらも何度か足を運びそうだ。

 

そんなど真ん中に堀澤さんの店があるということが不思議ではありつつも、クラフトビールというモノを考えれば、この場所にもとてもマッチしていた。八島町の店では見られないようなオサレな女性が、美味しそうにビールを嗜んでいた。堀澤さんには会えず、運転があるのでビールも飲めなかったのが残念だったけれど。

 

そうそう、OPA出店を前に、堀澤さんから「シンキチ醸造所」のCM撮影を依頼してもらった。見た人からは好評である。高崎にやってきた東京の中にあっても、シンキチ醸造所の本質はローカルであり、流行りとして消費されるものではなく、個々の幸せに寄り添うものであると思っている。

3647声 猿飼主人

2017年11月06日

先月末、葬儀のお手伝いをした。僕が小学生のころに校長先生だった故人は御歳90歳。多くの方に見送られての式だった。こういう席への参加も増えてきたけれど、毎回何か新たに知ることがあるもので・・

 

小学生の頃、近くに猿を飼っている家があって、当時は「猿だ猿だ、こえーこえー」とか、からかう対象でしかなかったのだけれど。

 

そこの家の奥さんと法宴で隣になりふと「昔、猿飼ってましたよね?」と聞いてみた。

 

「旦那は塗装屋だったでしょう。仕事の支払いで足りない部分は猿で勘弁してくれって人がいて、旦那は人がいいもんだから、いいよって引き取ったのよ」と奥さん。

 

予想外の答えだった。実に昔の中之条ならではの話。ビールを口に運び、しばらく口ごもる。

 

猿はある日突然、亡くなった。からかう対象だったとはいえ、そこに確かにあった生き物の存在がふっと消えるのは、不思議な感覚だったことを思い出した。

 

「亡くなった時は寂しかったですか?」また奥さんに聞いた。

 

「そうね。私には重たいものを持たせたことが一度もなかったのよ。優しかったの」と奥さん。猿のことを聞いたつもりが、亡くなった旦那さんの話しになって返ってきた。

 

でも、その会話の食い違いが良かった。随分昔に亡くなった旦那さんへの思いが、彼女の中ではすぐに差出せるほど近くにあるという事に、なんだか胸が熱くなった。

 

残るものの大半は、思い出なのだろうか。

3646声 映画支援

2017年11月05日

2日間、映画撮影のサポート役をかって出た。伊参スタジオ映画祭に関係する監督による中之条町での映画撮影。

 

ロケ地の選出・交渉、エキストラの手配、いわゆるフィルムコミッション的なサポートであった。伊参スタジオ映画祭の「シナリオ大賞」という映画制作では中之条町役場の担当者がこれにあたる業務をするので、案外このようなサポートに回ることは少なかった。大変だった。

 

けれど、そこで気づいたのは、「伊参スタジオ映画祭に関係する撮影なんですけど・・」をお願いすると、「ああ、それならね」と理解が早い。エキストラについては、リストがあるわけではないので、1人1人お願いに当たったのだけれど、快く引き受けてくれる知人がいたり、映画祭スタッフが見つけてくれたり。つまりは、映画祭開始から17年もの年月を経て築かれた「映画祭と町との絆」に救われた2日間だった。

 

その映画のプロデューサーは、偶然にも日本映画学校で講師も務めている大先輩だった。「映画学校を出て地元に帰って、このような活動をしている奴がいることを知って、感動したよ」という言葉は嬉しかった。色々な人に支えられているから、今僕は頑張れている。

3645声 子供先輩

2017年11月04日

アーツ前橋で開催されている「ヒツクリコ ガツクリコ ことばの生まれる場所」という企画展の映像を担当させていただいた。

 

絵本作家の荒井良二さんのワークショップを撮影して、彼の人間性と作家性がものすごく好きになってしまった。

 

荒井さんは、いわゆる「こどもたちの先輩」であり、こどもたちを下にも上にも見ずに接する。そして、こどもたちが好きなことの先頭をつっぱしる。こどもたちもそれを肌で感じ、終始尊敬の眼差し。飽きない。

 

普通であれば、キャラクターを描きたい年頃。誰かが手形を始めたら、我先にと手形が流行る。それを荒井さんは「ダサいっ」と言って回る。そして、赴くままに描かれた線を褒める。

 

荒井さんとのやりとりの中で、こどもたちが、自分ならではの線や言葉を見つけていく過程が、とても素晴らしかった。こんなことができる大人を、他に知らない。

 

荒井さんとこどもたちとの共作は、映像撮影時以降、荒井さんの仕上げを経てすばらしい作品となった。アーツ前橋にて、実物を間近で見ていただきたい。

3644声 人生自慢

2017年11月03日

人前で、映画祭と自分について話す機会をもらった。人前で話すことは、それほど嫌いじゃないのだけれど、時間は40分。けっこう長い。けど、好きなことを話すわけだしと、何の準備もしなかった。

 

日本映画学校を卒業して、すぐに群馬に戻り、犬の散歩と工場バイトで鬱々と暮らしている時に、伊参スタジオ映画祭関連の映画撮影現場に出くわし、映画祭スタッフになって、そこにいたスタッフに誘われ仕事もゲットした。

 

という話は、小話程度に度々している。そのあたりは饒舌だと思うけれど、映画祭が始まるきっかけとなった『眠る男』『月とキャベツ』の話も一通りして、よく話したなーと思ったらまだ20分程度だった。まずい。

 

話に詰まった僕から出た言葉は、行き当たりばったりだけどうまくいっているという人生自慢だった。これは、うまく話さないとかっこ悪い。実際、話しながら、自慢話だこれかっこ悪いな、と思っていた。

 

映画を見るべき時は2度あると思っています。1度は思春期青年期、体験できないことを映画で学びました。もう一つは、仕事も家庭もある程度落ち着いて来た今時。人生を経て、昔見た映画をもう一度見た時に、若い時には気づかなかった大切なことに気づくことができます。初めて見た時はどうしようもない奴にしか見えなかったフェリーニの『道』のザンパノが、自分と重なるんです。

 

最後は苦し紛れにそんな話をした。話始めた時は一切あたまになかった話だけど、それは、いい話だったと思う。

3643声 酒蔵尾崎

2017年11月02日

明日より、「秋、酒蔵にて」が始まる。中之条町の旧廣盛酒造で毎年開催されている、漆・鉄・陶芸・ステンドグラス・革・・・個性豊かなクラフト作家の展示会だ。

 

あれは2011年だったか、めっかったぐんまの(ほ)、堀澤さんと初めて会ったのも酒蔵展だったと思う。料理担当で参加していた彼の「鶏肉のぬか漬け」を食べて、美味しさと意外さに目がチカチカした。

 

毎年何らかのテーマをつけ、様々な作家がそのテーマに向けての作品を発表することがこの酒蔵展の大きな魅力なのだけれど、今年は「句でも詩でも尾崎でも」という題がついている。

 

紀世彦ではないだろうから、尾崎はきっと豊だ。尾崎豊はずっと聞いていない。青臭さや、まっすぐさが、今の僕の耳には合わない。

 

酒蔵展に出る作家たちに共通していて、僕が好きなのは彼らがとても人間くさいところだ。近年はスマートな女性作家も加わり、カモフラージュ(?)しているけどね。

 

今年の酒蔵展では、何か聞こえてくるのだろうか?
12(日)までの開催です。ぜひ。

3642声 男前牧水

2017年11月01日

ばたばたしている間に11月になってしまった。春から実行委員長をつとめている「伊参スタジオ映画祭」の開催月。今年は25(土)26(日)の開催です。みなさん来てね。

 

吾妻渓谷の紅葉はきれいかと問われて、今年は「吾妻峡」というもう一つの呼び名のポスター・旗などを担当させてもらった。ので行けば旗めいている・・はず。見に行けていない。

 

暮坂峠の若山牧水像。それまであったブロンズ像が盗まれたことは知っている方もいると思う。先月末の牧水祭では、新たに石像の牧水像が披露された。作ったのは、中之条町の石工・斉木三男さん。SNSを通して見た新たな牧水像は、とても男前だった。見に行けていない。

 

今年は慢性的に忙しい。ありがたいことでもあり、ではその忙しさの中から何を選びとって、何を辞めるの。という年頃でもある。


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