先日、所要で海のある街まで出かけた。
ということで、浪の音を聞きながら眠った。
そして浪の音で目覚めた。
海街、いいなとおもった。
2026年09月07日
使わない能力は失われる。
人間はイスを使うことで、股関節の可動域や足首の背屈を失ってしまったらしい。これらを失うと、転びやすくなり、大腿骨が弱くなり骨折に繋がる。病気よりこわいのは、股関節の可動域を失い、足首の背屈ができずに転がることだ。
病気で入院したのに、大腿骨骨折で歩けなくなったという人を知っている。
受け身の練習もしておいたほうがいい。
転がって頭を打ってしまい、施設に入所したという人も知っている。
転ばないように、転んでも骨が折れないように、頭を打たないように。
まずは、毎日しゃがむことが大切。
今日からはじめる。
2026年09月06日
自ら発した言葉は、ブーメランのように自らに返って来る。いや、帰ってくる、か。 あの人は、16年前の自らの言葉をどうおもっているのか、うかがいたい。 他山の石、わたしも気をつけようとおもう。
2026年09月05日
先日、登山で傘を差す人を馬鹿にしているような記事を見かけた。ウルトラライトの世界では、意外と傘差すのになー、とおもい眺めていた。ときと場合によるのに、一律で危険視して、馬鹿にするのはどうかとおもう。
コメント欄はもっとひどいもので、読むに堪えないものだった。
傘は、ときと場合によるが、とても有用な登山道具のひとつだとおもっていて、わたしは毎回必ず持っていく。
2026年09月04日
VIVOBAREFOOT(ビボベアフット)という靴に出会ったのは偶然だった。
ぱっと見、オーガニック食材の店だとおもって入った店の本業が、なんと靴屋だったのだ。
そして、事前知識なしで、ビボベアフットの靴の説明を受けることとなった。そして、購入してしまったのだった。
この靴には、「機能」が付いていない。ベアフット、つまり裸足という名の由来でもある。機能がついていないので、筋肉を使わなくてはならない。正直、歩きにくい。それが、6カ月履くと、足の機能が60パーセント回復するという。
まだ、2カ月弱であるが、足の指が伸びてきた。
楽しみである。
2026年09月03日
暑い時期、腕時計が汗で匂うことが気になっていたのだが、お気に入りのハンドソープで手を洗うようになってから匂わなくなった。
よい香りにつられて、手首まで洗うようなったことが原因とおもわれる。時計ではなく、手首が匂いの元だったらしい。
そのことに気づき愕然とする。
2026年09月02日
最近、休憩時間にお気に入りのハンドソープで手を洗うということは昨日書いた。
そのついでと言ってはなんだが、同じお気に入りの香りのハンドクリームも導入してみた。
これも無印良品のもので、ハンドソープと同じくイランイランとオレンジの香り。
手洗いのあと、時間にゆとりがあるときは、このハントクリームを手に塗る。休憩時間が豊な癒しの時間となる。
2026年09月01日
最近、休憩時間にお気に入りのハンドソープで手を洗うという習慣ができた。
書類やファリリングを扱ったあとは意外と手が汚れている。
以前は、普通のハンドソープで洗っていたのだが、偶然知った香りのよいものを職場に持ち込み、それで洗うようになったのだ。
それは、無印良品のイランイランとオレンジの香りのするハンドソープ。これを使って手を洗うだけで、休憩時間が豊かになり、とてもリフレッシュされる。
2026年08月31日
今月は長く感じる。お盆休みがあったからか。気温や天候の落差が大きい一ヶ月だった。お盆休みの前後は忙しく月末になり暇となる。いい骨休めになったと思うがちょっと飲み過ぎもした。改めてお酒をおいしいと感じにくくなった。酔いにくくなったことにより同じお酒でも味が気になるようになった。昔は飲めた味のものが今は飲めない。舌が肥えたことよりも酔わないから進まないのだと思う。アルコール成分に弱くなったということだろう。朝晩が涼しくなってきた。9月は身体を動かそう。
2026年08月30日
ワイン会に誘っていただき前橋へ。その店で時々お目にかかる男性がいらしていて一緒にワインを飲んだ。いつもハイセンスな装いで上品な佇まいでいらっしゃる。お歳を伺ったら71歳とのことだった。70年代後半の東京でワインを飲んでいた話をしてくれた。話す言葉の丁寧さに当時の映像が鮮明に浮かび、人柄の丁寧さに同じ人としての安心感を感じた。この50年くらいの間の話だが自分もその中で生きてきたことが重なるとリアルが増す。温かい気持ちになる。
2026年08月29日
チョコレートスタウトの瓶詰め。今回はカカオを煮沸時に完全に溶かしたのでカカオの香りが濃い。6箱詰めてあとはケグへ。8月も残り僅かとなり数ヶ月続いたビール不足はようやく在庫が追いついてきた。10月はイベント遠征が2件ある。そこまで作り続けないと。
2026年08月28日
カウンター内の左右の配膳板に蜜蝋を塗る。配膳板の木は油分の多い能登ヒバのため塗らなくとも問題ないと棟梁に言われたが、塗ってみたら艶が出る。傷や跡がつきにくいから板面保護にもなっているようだ。この一年くらい塗らずにいたのだがこのところ予約もなく時間があるので塗ることにした。やはり塗ると光沢が出て木の命が吹き返したような雰囲気になる。来月でオープンから3年半。カウンターも配膳板も色に深みが出てきた。
2026年08月27日
3週間ぶりに実家へ。里帰りの度に茶碗を持ってくる息子を母は面白がる。私も母との器談義は楽しい。実家でのお茶の稽古を始めて1年余り、10年空いたブランクだったが少しずつ感覚を取り戻してきた。お土産にイチヂクを持っていき父と食べる。顔色も良く元気そうだった。ここ数日は落ち着いているらしいが相変わらずわがままで言うことを聞かないのだそう。数分前の出来事を忘れてしまう位の認知症なのだが、言って聞かせて納得してもらい一つのことができたとしても次の瞬間忘れてまた言うことを聞かなくなる。わがままと認知症は相性が悪い。問題は排泄のこと。どうしたらうまくさせるかが問題。
2026年08月26日
久しぶりに猛暑日となる天気予報。朝から蒸している。三年に一度日本橋高島屋で行われる民芸展へ。三年前にこの民芸展で牛ノ戸焼のぐい呑みを購入したが、数が少なく足りない状態が続いている。以来他所で探しても見つけることはできず今回の訪問となった。開店と同時に会場に辿り着くが牛ノ戸焼の展示場所にぐい呑みはなかった。残念ながら目当てには出会えなかったがせっかくなのでゆっくり見て回る。すでに知っている窯元知らない窯元いろいろあり、見ているだけで楽しい。中でも釜神様という家守のお面がとくによかった。迫力と愛嬌が同居する表情はなぜかほっとする。まるで木喰上人の微笑仏のようだ。釜神様は宮城から岩手にかけての地域に伝わる民間信仰のシンボルらしい。いつか行ってみたい。
2026年08月25日
朝からビールの仕込みをして夜は方の営業。ビールの仕込みを途中から優大に任せられるようになったのでこういうことができる。抜けているところがあるから安心はできないが、一つずつできるようになるように覚えてもらいたい。日が落ちて営業が始まりお客様との時間。さっきまで鳴いていた蝉が静かになるや、一時の静けさを挟んで鈴虫が鳴き始めた。なんとも風情を感じる瞬間である。
2026年08月24日
シャリがよくなってきた。少し前の不調の原因は、一つは米自体の鮮度の問題。それから少しの水加減とあとはシャリ切りのやり方にあった。シャリがいいだけで営業中の時間はまったく変わる。心持ちも疲労感も、何よりお客様のおいしそうな顔が違う。
2026年08月23日
伊勢崎にいた時に大変お世話になった方が息子さんを連れて来てくださった。15年〜20年位前に隣家で過ごし、茅葺きの家づくりなど一緒に手伝っていただいた方である。その方は8つ上だから当時42歳〜47歳で、私が34歳〜39歳の頃のことになる。私はかなり何も分からずに、要するに世間知らずのまま日々を過ごしていて、今となっては恥ずかしさも先に立つ。この頃の知り合いに合うと口を揃えて、次は何をしたいと考えているのですか?と未だに言われる。他人にはそれだけ矢継ぎ早にいろいろやる人という印象なのだろう。本人にしてみるとそれでやっと自分を保っていたということなのだが、規模を問わず少しでも他人を巻き込んだらそう思われても仕方がない。40代だったその方は還暦を越え、私は50代半ばとなった。昔話は恥ずかしくも楽しく、一緒に来た息子さんがその頃の私の年齢とほぼ変わらないことに時の流れを感じた。
2026年08月22日
ビールの仕込みをできればと思ったが無理をせず休養日に。ここ最近やることを減らす意識を少し持つようにしている。この一ヶ月半くらいか。考えることが多くそれを追いかけて考えてこなす人生をずっと続けてきた。ところが身体が追いつかなくなってきたのを痛感する。たとえばこうしてひとこえを書いていても昔のほうがもう一言、もう一掘り考えに集中してその裏側を見ることができていたと思う。今は表しか、おそらくすでに知っているだろう表面しか見えずに終わる。無理をしないことを少ししてみて感じるのは、無理をしなくともただだらけるわけではなくむしろ脳は動き始めることがあるということを感じている。生き物だから衰えるのは仕方ないが、快活な状態を少しでも増やしたい。