日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

6442声 大変だな

2026年01月26日

伊参スタジオ映画祭のシナリオ大賞(全国から映画シナリオを募集し映画化させる取り組み)関連作品の撮影が行われている。前回、中編の部で大賞を受賞した『(蕾が)綻ぶ』(押山大智監督)だ。

演劇を志す大学生たち。その中の立花と小松は恋人関係でありながら劇作のライバルでもある。恋と表現の間で揺れる。わかりやすい恋愛映画ではない。うまいこと言語化できないのだけど、ずっと優しくてずっと寂しいような、独特の余韻があるシナリオであるように思う。

監督自身が札幌に住みその時にこのシナリオを考えたからなのだろうか、冬の撮影となった。みなかみで雪が降ったと知って下見に行き、本番の撮影に向かったら大雪で撮影ができなかったらしい。寒さに震えながら、けれど若いスタッフや演者の多い和気藹々としたチームで、上手に撮影を重ねている(中之条町役場の映画祭担当の関くんの献身的な頑張りもここに記しておきたい)。

僕はといえば、カップ麺やいちごを差し入れし、エキストラで2度参加した程度だ(2度も出たの?)。自分自身、映像を仕事にしていながらもワンオペの現場が多く、人数が多く1カット1カットを時間をかけて撮影する劇映画とは大部分が違う。ついつい「映画って大変だな」と口に出してしまうのだ。

『(蕾が)綻ぶ』は今年11月の伊参スタジオ映画祭で初上映となる。ぜひとも観に来ていただきたい。

6441声 えびと穴子は

2026年01月25日

中之条町の旧廣盛酒造で毎年開催されている「秋、酒蔵にて」の反省会が桐生の「すし処さいとう」で行われた。期間中にはさいとうの親方の寿司を食べる会も行われるのだが、反省会は毎年ここで行われている。参加できる年もあればできない年もあり、今年は参加した。

人と同じように、イベントも成長をする。2009年の始まりからクラフト作家を牽引してきた吉澤良一さん(指物)、綿貫哲雄さん(陶芸)らベテランがいる一方で、新代表の閑野淳くん(陶芸)や副代表の佐藤遥果さん(ガラス)といった中堅作家が意欲を見せる。その一方、食のイベントという認識もされており、普段イベント出店はしない腕のある料理人たちが毎年特別な料理を提供している。

僕はフライヤーのデザインや、年によっては映像の展示で参加をしている。物で勝負する世界ではあるが、僕の関心は人に向きがち。昨年は、会場内に「メンバーで霞ヶ浦まで鰻を食べにいく映像」を展示した。ただそれだけの映像だが、それにより作家の人間性(の一部)が見せられると思ったからだ。

秋、酒蔵にて2025「モノづくりたちは何を求め霞ヶ浦に分け入るのか(仮)」

僕も長い付き合いになってきて、やる気のある若いデザイナーが見つかれば僕は交代時期だと思っていた。現に今もそう思っているのだが(なかなかあのグループに飛び込もうというデザイナーもいないと思うが)、一回り回って最近、面白くもなってきた。今年もまた関わるだろう。

さいとうの親方の鮨は江戸前。噛めば噛むほどに味も気持ちも馴染んでくる。その一方で、えびと穴子は、口に入れ咀嚼すると口の中いっぱいに味が広がる。物も人も鮨も、様々だ。

6440声 黄色いりんご

2026年01月24日

机の上にひとつの黄色いりんごがある
いつ買ったのかも忘れてしまった
ずいぶん昔に買ったものではあるが
今も腐らずてかてか光っている

明日あたりには食べようかな

6439声 生き方を束ねることは可能か 

2026年01月23日

岡安賢一noteより転載

昨年、日経プラス1の「薪ストーブの宿ランキング」で全国1位を獲得した長野原町北軽井沢のキャンプ場「スウィートグラス」には、ツリーハウスビルダーの稲垣豊さんによるものすごく背の高いツリーハウス「ノッポ」が建っている(一番高いテラスは地上10メートル!)。この建物には、昨年中之条ビエンナーレ2025にも出展した中川浩佑くんの風で振動し音を鳴らす弦も張られており(彼は先に書くきたもっくの社員でもある)、ツリーハウス命名コンテストで僕は「風の灯台」という名を応募したのだが・・多分箸にもかからなかった(余談だが、海なし県群馬にあって「灯台」という言葉は「場所を知らせるための場所」という意味で、近年個人的に大切な言葉になっている)。

命名コンテストでは落ちたが、群馬県観光情報サイトECOぐんまが県内で環境への配慮に優れた企業としてスウィートグラスを運営する「有限会社きたもっく」を選出し、僕は「まちの編集社」からお声がけいただき、そのサイト用の映像制作を担当することになった。方々にとって好都合なことに、僕は4年前にきたもっくの仕事で四季折々様々な事業を撮影していた。今回の県の仕事では、それら過去映像も素材として使い、新たにきたもっくに勤める7人と福嶋誠代表、計8名のインタビューを行った。

主に若手スタッフへのインタビューで、県が情報として欲しいサーキュラーエコノミーへの取り組み(廃棄物をできるだけなくし、資源を循環させながら活用していくこと)や、きたもっくの理念が表せるのではないか、と提案をしてくれたのはきたもっく事業戦略室の土屋慶一郎さんだった。きたもっくはキャンプ場以外に林業、薪・炭製造業、ストーブ販売、カフェ・ギャラリー運営、養蜂業など多岐に渡る事業を展開している。その様々な仕事に1本の道筋を作る事が今回の映像の柱となった。

自社で所有している二度上山の木を切り、木材として使用できない部分を薪や炭にする。それらを燃料としてストーブを(キャンプ場を)暖め、熱は養蜂にも利用し、焚火にすればそれはミーティング施設「TAKIVIVA」のコミュニケーションツールとしても利用できる。インタビューは基本、各自が普段行っている仕事についてのインタビューだったのだが、編集で繋いでいて個人の必然性と会社の必然性とが重なる瞬間が多々あった。サーキュラーエコノミー等の横文字は僕は未だに苦手意識があるのだが、理想論ではなく現実の話として映像が組めることに手応えを感じた。

◾️

インタビューの最後には結局、福嶋誠さんにも出ていただいた。彼は年始の対外プレスの中で「生成AI(人工知能)の技術的発展によって、現代社会の過半の産業や事業所の消滅が予想されているが、何も恐れることはない。働く場など自然の中にいくらでもある。むしろ急ぐべきは未来を指し示す“誇りある労働”が組織されるか否かにかかっている」と述べている。

ここからは僕の解釈を含める。パソコンやスマートフォンを操作し、娯楽を得たりマネーゲームを行ったり、身の丈以上の自分を見せようとしたり、身の丈以下に自分を卑下してしまったりする。そういう世界にAIが投入されることで、自分のアバターとも呼べる一部は拡張したり縮小したり捏造されたりする時代がやってくる。私は何? という疑問は、より加速していくのだろう。

その一方で、確かに自然の営みの中では人は等身大でいられる。それは個人個人が体感として気付くしかないものではあるが、自分を顧みても、狩猟の撮影で無力さを知った時や、雄大な浅間山のふもとに立つ時、温泉に浸かって指先までじんじんした時、リアルを感じる。映像の中では、フィンランドに滞在経験があり、木や皮や様々な工芸もできるTAKIVIVAスタッフの桑田瞳さんが「薪を燃やしてご飯を作る、暖を取るとか、人間の生活の中に当たり前にあった行為を私たちはビジネスとして行っている。当たり前にあった流れの中の行為だから自然な行為なのかなと思います」と語っているが、その先にあるのがきっと、生きて、生きていくことを支える、誇りある労働なのだろうと思う。

AIと向き合い孤立する人の集団と、自らを使って生活を共にする集団、どちらが幸福かは言わずもがなという気がする。きたもっくのこれからとして、家族ではなく事業体として、個性ある人々の生き方を束ねていくことは可能なのだろうか。この先が問われている。

◾️

ここからは今回の仕事から離れるが、きたもっくとの仕事を考えた時、昨年末に亡くなった写真家の田淵章三さんを思い出さずにはいられない。田淵さんは北軽井沢に移住後、福嶋誠さんと意気投合をし、誠さんの書籍「未来は、自然の中にある。」(上毛新聞社)の制作や、社のブランディングに関わった。

4年前の映像制作でもアドバイスに入っていただき、よく「岡安はまじめでつまらん」とダメ出し・・アドバイスをくれた。見せることが出来なかった今回の新たな映像もきっとそう言われただろうなとは思いつつ、浅間山やそこで暮らす・暮らした人々に負けないように、僕も自分なりの誇りある労働を探していきたいと思う。

ECOぐんま 山の恵みを循環させ自然と共生する産業モデル【有限会社きたもっく】(映像は下記リンク先から見られます)
https://ecogunma.pref.gunma.jp/news/145.html

田淵さんとの共作 有限会社きたもっく ー未来は自然の中にあるー
https://youtu.be/uPQssqP5szY?si=3Il1G0A_BFcuNheM

6438声 嗚呼、沢渡温泉が呼んでいる

2026年01月22日

「温泉」をユネスコの無形文化遺産に登録を。という動きが県にあり、中之条町がその協力に手を挙げた。中之条町は温泉が多く、ざっくり「四万温泉」「沢渡温泉」「六合温泉郷」に分かれるのだが、町の観光協会でそのPR映像を作る流れとなった。四万は昨年別の会社が手がけたのだが、沢渡はマニアック・・既存の関係している映像会社もないので、僕に任せていただけることになった。

そういう話をいただく以前から、沢渡の湯はとても好きだった。共同浴場は誰でも気軽に入れる。一度行った人であればあの「熱い湯」を思い出すかもしれない。小ぶりで、3人入れば満員の浴槽が2つ。どちらもけっこう熱い(43度くらい)。うち手前の方はさらに熱い。地元の常連は熱い湯に慣れているので、手前を水で薄めると怒られる、というほんとか嘘かわからない話まで聞いた気がする。

沢渡の湯の何が良いかというと、きりっと熱く、湯冷めをしない。聞くと、体の芯まで温まるかららしい。温泉によっては、出てぐったりと疲れる温泉もあるが、沢渡は出てバリバリ元気になる感じ。下手な栄養ドリンクより断然効く。現に、地元の常連たちは早朝に入る。それから一日の仕事を始めるのだ。

映像には「嗚呼、沢渡温泉が呼んでいる」というコピーを考えた。文字は、中之条町で開催されている「秋、酒蔵にて」のメンバーの宮森庸子さんにお願いした。今はまだ動画1つだが、今後何本かが公開される。

嗚呼、沢渡温泉が私を呼んでいる 〜しみじみ編〜

6437声 きび蜜

2026年01月21日

以前、下里見の「富久樹園」によく出入りしていた。梨やプラムを前の会社で扱ったことがきっかけだったが、個性的な園主の登さんとウマがあい、行くのが楽しみでもあった。登さんはその後、「高崎クリスマスローズガーデン」も作り、それはあっという間に県外に知られる事業となった。やり手なのである。

その富久樹園で働いていたのがなほちゃんだった。はきはきして働き者。高崎CIPという起業支援で富久樹園を手伝っていた彼女はその後介護系の仕事に転職し、ずっとそっちなのかなと思っていたら、近年あたりにまた農業を始めたらしい。米作りまで手を広げながら、昨年彼女が一番やりこんだのは「サトウキビの栽培」だった。

日本の南、なんなら沖縄じゃないとサトウキビなんて育たない、という偏見を持っていたが、群馬でもきちんと育つらしい。サトウキビ作ったらどう? と言ったのは登さんということだが、なほちゃんは友人知人への声かけをして協力を得ながらサトウキビを刈ると、その樹液を煮詰めて「きび蜜(黒蜜みたいなもの)」を作った。すごいねーとすぐに注文をした。正月はきなこと一緒に餅にかけたし、砂糖の代わりに使ってコクだしに使っても良いらしい。

やり通す意思があれば、サトウキビも育てられる。甘い話ではないが、大事な話だと思う。

6436声 なんでだろう

2026年01月20日

忙しいと太るのなんでだろう。

新年明けて、寝る時と飯を食べる時以外はずっと仕事をしていられるくらい仕事がある。有難い。と思う一方で、昨年の今頃に結構続けていた夜の散歩などを一切しなくなってしまった。そしてお正月、例年以上にたくさん食べた。結果、ずいぶんと体重が元に戻ってしまった。

そういえば、僕は何か食べ物を好きになると飽きるまでそれを食べる癖があるのだが、ひと時「フライパンに油をひかずに餃子の皮を並べ、皮の上にケチャップをペイッと塗って、溶けるチーズを乗せて、加熱した(ある程度ふたをしておくとチーズが溶けやすい)ただそれだけのもの」を好んで食べていた。帰宅した21時くらいから。具材も何もないのだが、それがやたらと旨かった。いも焼酎の水割りと食べていた。今はそれを食べようとは思わない。

以前「太り気味でも、それでずっと横ばいなのなら、それが岡安さんの生活の適正体重なんだよ」と言われたことがありなるほどと思った。確かに太り続けているわけではないし、小手先でちょっと減らしても生活を戻せば体重も戻ってしまう。だからその横ばいな体重のままでいるという選択肢もある。と同時に「本当に痩せたいのであれば、生活自体を変える必要がある」ということも何となくわかってきた。それもあっての夜の散歩だった(それだけではカロリー消費は低いと思うが、散歩することによって他のことも多少は気を付けるようになり、一応は7キロくらい痩せた)。

明日からは! と思って2週間が経つ。

6435声 遺失物写真家

2026年01月19日

自分が使うSNSのメインはインスタグラムである。Xはなんだか物騒でどうでもいい情報ばかり流れてきて、そうとわかっていながら見るとずっと見てしまう。Facebookはそれでしか繋がっていない人もいるからたまに見るがほぼ投稿しなくなってしまった(僕がフォローしている人も、投稿している人は全体の1割程度なのではないか)。書くことが好きなので写真メインのインスタは軟派だなとか思っていたが、使い慣れると違和感はない。

わりといつもどうでも良いことを投稿しているのだが、 #遺失物写真家 というハッシュタグを自分で発案して度々投稿している。これは、道端に落ちている誰かの落とし物(僕の範囲では捨てたものも含まれる)でグッとくるものがきたら撮って投稿するというものである。宇多田ヒカルさんも似た投稿を度々しているが、それに影響されたわけではない。道端に落ちているものには哀愁が含まれることが多いので、面白いなと自然発生的にはじめたものだ。

榛名の山道を歩いている時には、革靴の片方だけが道端に落ちていた。なにをどうすればここにそれが置かれる状況になるのかわからない。今日は、「不法投棄ダメ!!」と書かれた看板の手前に、電動鉛筆削りが落ちていた。確信犯なのだろうか。もう勉強したくないという誰かの意思表示なのだろうか。

近くの公園におじさんが被るようなハンチング帽が落ちていて(何かのポールにひっかける感じで)、散歩でそこを通る度に度々スマホで写真を撮り投稿したこともあった。雨の日も晴れた日も、帽子はそこにあった。ある日、それは忽然と消えた。持ち主が気付いて持ち帰ったとは考えにくい。誰かが、きたなくなるからと捨てたのだろうか。

興味ない人には全く興味がないことだが、僕はなんだか遺失物が気になる。自分自身が今にばかり意識がいくタイプなので、過去に何かを落としてきた、とずっと思い込んでいるからかもしれない。

6434声 冬のうたげ

2026年01月18日

小金沢智さんとは長い付き合いになるが、彼が「歌は待っている 風と土と「ひとひのうた」と」という本を製作した。彼がキュレーションを行った芸術祭「山形ビエンナーレ2024 ひとひのうた」の記録集でありながら、芸術祭をどのように組み立てていったのかを伝える日記パートや、その芸術祭に参加したシンガーソングライターの前野健太さん、会場となった蔵王温泉の高砂屋の女将さんなどのインタビューなどをプラスし、箱入りの豪華な本として仕上げた。それを、自費出版で作ったというのだから肝の入り方が違う。

今日は、その出版に関連し、夏に続いて冬のイベントが行われた。開催場所となったのは彼が開館時からキュレーションを行っていた前職場、太田市美術館・図書館。書籍の表紙に蔵王の雪山が使われた太田在住の写真家・吉江淳さんとの対談、前野健太さんのライブと、濃密な時間だった。僕は、山形ビエンナーレの撮影だけではなく、この出版イベントも夏、冬と撮影を担当している。(トーク前には、以前僕が吉江さんを撮影したドキュメンタリーを会場で上映してもらい、その場でその映像を褒めてもらったりもして嬉しかった/最後のリンク先からその映像も見られるので見てね)

前野健太さんは同年代。20年以上前から知って聞いてはいたが、小金沢さん関連でお会いすることも度々となった。とにかく歌が良い。昨年、しんどい時に何度も聞いていた「夏が洗い流したらまた」も歌ってくれた。そこでは

(前略)
私のこと歌になんかしないで
歌になんかしないで
それできれいさっぱり終わりだなんて思わないで
(中略)
私のことちゃんと歌にして
それぐらいしかやることないんでしょ

という湿度のある女心が歌われている。全部がそうではないかもしれないが、良い歌には必ず愛が含まれている。であるから、「歌は待っている」という題名はとても良いと思う。特設サイトにて、この日の振り返りが読めて(後には僕が制作した映像も掲載予定)別ページからはこの本が買える。特設サイトだけでもぜひ一読いただきたい。

冬のうたげ

6433声 菓子の謎

2026年01月17日

お菓子は人並みに好きな方だと思う。

特に映像編集なんてものを仕事にしていると、一日の大半をパソコンと見つめ合うことになる。そうすると飯を食ったとて途中口寂しくなる。お腹が空いているわけでなくても、埋めたい隙間があるのだ。

などという戯言を思いながら、キャラメルコーンを食べている。

6432声 非日常であり続けてほしい

2026年01月16日

六合入山の「おんべーや」も中之条町の特徴的な行事である。伝統行事のように見えるが、そうではないらしい。その昔、斜面が多く米が作りにくい六合では、蕎麦や穀物を作っていた。ある時、旅芸人の一座が訪れ、囃し立てたところ、作物が豊かに育ったという。そして旅芸人たちが来なくなった時に、村人自らが七福神に扮し、各家々を回る風習が出来た。ちなみに、おんべ、と呼ばれるのは日本最大級とも言われるどんど焼きのことで、家々を回り酒も振る舞われ、いい感じの意識になって神様となった村人たちは火柱を立てるどんど焼きの回りを回る。当人たちの中には「これは伝統芸能じゃない、飲み会だ」という人もいる。全国的に見ても稀な行事でもあるので、毎年僕以外のカメラマンも7〜8人くらい訪れている。

以上、聞いた話で部分的に間違っているかもしれないが、僕はこの祭りや参加している山本さん達(だいたいの人が山本姓なのだが)のことが好きで、仕事としてでもあるのだけど毎年撮影で参加している。初めて見た時の衝撃はすごかった。同じ町内でも旧中之条町の風土とは全く違う。そして今年ふと、おんべーやでさえもある程度の日常として見ている自分がいて驚いた。慣れ、というものは誰にもあるのかもしれないが、このおんべーやに関しては非日常であり続けてほしいと切に思った。そういうものが、1つ、2つは必要なのだ。

6431声 感性なのだと思う

2026年01月15日

鳥追い祭りで、驚くというか、そうだよなと思う事があった。

僕は46歳。同級生もいい年になった。今年の祭りでは僕が見た限り、同級生で法被を着た参加者は長谷川商店の長谷川だけだった。今でこそ子どもが減ったが、僕の年は小学校一学年で40人4クラスあった学年である。祭り参加の地区は限られているとはいえ、160人ほどいた同級生たちは、祭りの運営側はもちろんお客としても見かけることはなかった。

その一方で。「中之条ビエンナーレ」という2007年から始まった芸術祭は、アーティストの中之条町移住という経過をもたらした。昔はそうではなかったのだと思うが、近年は祭り参加者も減少傾向にあり、出たいと名乗り出て信用を得れば地区に関係なく参加ができる。今年、僕が見ただけでも法被を着たビエンナーレ関係者が4人いた。同級生の4倍である。楽しそうに太鼓を叩き、ネイティブ中之条の方たちともうまくやっていた。

そこに生まれ育った人が文化を守っている。けれど、それだけでは持たない時代がやってきた。そんな時にそれを補ってくれるのは、感性を持った人たちなのだと思う。その中心には、本物がなければならないのだが。

6430声 福の円環

2026年01月14日

中之条町の冬の風物詩、鳥追い祭りを撮影した。鳥追い太鼓と呼ばれる車輪のついた大きな太鼓を連ね歩き、町内の場所場所でドーン、ドーンと腹に響く音を奏でる。その際に歌う歌も特徴的で

追いもうせ
追いもうせ
唐土(とっと)の鳥を追いもうせ
さらばよって追いもうせ

害獣・害鳥駆除からの五穀豊穣、無病息災や商売繁盛の祭りと言われている。

ぼくんちはこの祭りの通りの近所であるにも関わらず、祭りを実行する側の地域ではなかった。であっても、一客として物心ついた頃からこの祭りに参加してきた。太鼓よりも客を楽しませている「みかん投げ」(町内各所でみかんをばらまく。その中には福みかんと呼ばれる宿泊券の紙が付いたみかんもある)が好きで、小学生の頃には両手のスーパーの袋いっぱいにみかんを拾ったこともある。

その昔は、この通りには今の倍数くらいの店が開いていた。鳥追い太鼓は1件1件に立ち止まり、商売繁盛を祈願して太鼓を叩いたという。福を受けた商店は、みかんを購入する。そしてその福が詰まったみかんを、お客さんに向かって投げる。お客さんはきっと、それをきっかけに商店に足を運ぶこともあっただろう。そうした、福の円環があった。今もそれに近いものが残っている。いい祭りだと思う。

6429声 蕎麦屋にて

2026年01月13日

職業柄、というものではない気がするが飲食店等に入っていて見ず知らずのお客さんたちが話す世間話にどうしても耳を立ててしまう。いい趣味ではないことはわかっている。

今日入った蕎麦屋では、スーツを着た男性が2人、先に蕎麦をすすっていた。挨拶回りがどうだこうだと言っているので、ノールックで銀行員かなと思った。あの人は挨拶がうまい、あのやり方はないんじゃないかという話をしている。

僕の天ざる蕎麦が運ばれてきた。美味しい。店主が、銀行員らしき男性に話しかけた。あ、それですぐにその男性2人が政治家であったことがわかった。それを知ると、今までの彼らの話も辻褄が合う。飲食店での何気ない会話には、素が出るな。

いい趣味ではないことはわかっている。

6428声 タトゥー

2026年01月12日

とある温泉に入ろうとしたところ、全身に刺青を入れたおじさんが入っていた。小さな浴場である。他にも数人のおじさんが入っている。一瞬、おっと思ってしまうが、僕も取り立てて気にするタイプではない。いつも通り、こんちはーと言って湯に浸かった。一人のおじさんが「そんだけばっちり入ってたらモテるでしょう」と話かけたら「いやーそんなことないですよ」と刺青のおじさん。まあ、普通の会話だ。

昨年、四万温泉柏屋旅館の外国人向けの映像を制作した。僕は制作サイドに回ったのだが、モデルも外人が良いとのことで、高崎にあるspectramに相談をした。その際にはむしろ柏屋さんの意を受けて「タトゥーのある方をお願いしたい」というお願いをした。柏屋旅館は四万温泉でダントツで外国人利用が多いのだが、それは「英語によるブログを何十年と続けてきたから」という地道な努力以外に「タトゥーOK、ヴィーガンメニューもあるから」という宿の特徴もある。撮影には、希望通りタトゥーのある男女、非常に明るくて礼儀正しくて、そもそもが県内の学校でアシスタントティーチャー経験者だという方たちが来てくれた。

自分がタトゥーを入れることは今後もないだろう。
一生身につけていたい言葉、絵なんてあるのだろうか。

6427声 酒が飲める像

2026年01月11日

若い時は何度目にしてもただ無視していたのに、今くらいの年になると足を止めてしまうものがある。道祖神など、道端の石像だ。

見たら見たで感動もできるが、お寺まで行って仏像を見たい、までの気持ちはない。でも有名ではない道端の石像に、何か惹かれる。全部に、というものではない。素通りする像もある。

足を止めてしまう石像の中には、ごく僅かに「酒が飲める像」も存在する。それを見ながら、酒が飲めるということである。例えば、高山村のいぶきの湯を出て、国道方面、やや南に進んだ場所にある墓地にある石仏の1つ、それが酒が飲める像である(具体的な場所までは示さないが、物好きな方がこれを読んでそれを探し当ててくれたら嬉しい)。庚申塔と書かれた石碑の左隣。その左腕は破壊されたのか何なのか失われている。右膝を立て、そこに右肘をついて頬を支えている。何がそこまで良いのか、はうまく言葉にできないが、わりとずっと見ていられる。そこに酒(日本酒が良いね)を持ち込んで飲んだことは、ない。

そういう話でいくと、昔姉の付き添いで行った吉岡町あたりの病院の、入口前にあった裸婦の石像も良かった。これは説明ができる。その裸のフォルムがとても好みだった。芸術の話ではない。すけべな話である。あれはきっと、ワインが合う。

6426声 コロッケの味

2026年01月10日

ぼくんちの母親の十八番料理はコロッケである。作り方はシンプル。じゃがいもとひき肉と玉ねぎが具材。まるくカラッと上がったコロッケには、ソースよりはマヨネーズと少々の塩が合う。揚げたてをつまみ食いさせてもらうと、すっと幼い頃にも戻れるような懐かしい味だった。

揚げはじめてすぐにピンポンが鳴り、近所の小菅さんの奥さんが自身で作った野菜をくれに来た。母親が、小菅さんにもお礼のコロッケを揚げるという。持っていくよと俺。てくてくと坂を降りてピンポンを鳴らし揚げたてのコロッケを小菅さんに手渡すと、ちょっと待っててと奥に引っ込み、自家製の白菜キムチをくれた。野菜をもらって自家製コロッケをくれて自家製キムチをもらう。そのキムチは辛さ控えめでニンニクが効いていてご飯が進むおいしさだった。きっと、十八番料理なのだと思う。

6425声 ブルーボーイ事件

2026年01月09日

飯塚花笑監督最新先の映画『ブルーボーイ事件』をシネマテークたかさきで観た。飯塚監督とはもうある程度長い付き合いとなった。中之条町観光協会製作の「中之条ぽわぽわ」という観光ドラマでは僕が制作に入り飯塚監督に脚本と監督をお願いした。昨年の伊参スタジオ映画祭ではその1本を上映しゲスト来場もしてもらい、『ブルーボーイ事件』の予告編も上映をした。

1960年代に実際に起きた事をもとに作られたこの作品。警察が風俗摘発をした際にブルーボーイ(性転換手術を受けた男性)を性別上逮捕できないことから、その施術をした医師を逮捕し裁判が行われたことがあったらしい。飯塚監督はこの事実をもとに現代にも通じる物語を編み上げた。飯塚監督は自身がトランスジェンダーであることを口外もしているが、この映画でもトランスジェンダー俳優が多数出演している。

法廷のシーンでは、男性として生まれたことへの葛藤、女性として生きていくための希望が問われる。主役を演じた中川未悠さんの演技が素晴らしい。演技ではあるが、中川さんの実人生が滲み出るような演技だった。何年、何十年と演技を重ねた俳優の良さというものはあるが、経験の差は関係なくその人がその一瞬でしか見せられない演技というものはある。この映画にはそれが確かに映っている。

シネマテークたかさきでは1/15(木)まで。まえばしシネマハウスでは1/10(土)から再上映がはじまる。ぜひ、劇場で観てほしい。