日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。令和2年は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

4355声 27)タキビバ

2020年03月27日

3月末日、八ッ場ダムが完成した。カスリーン台風の被害から実に70年以上の年月をかけ完成した八ッ場ダムは、当初完成式典なども予定されていたがその一切を中止。ダムを見下ろす見放題への立ち入り禁止になっており、異常なまでに静かな完成当日を迎えていた。

 

完成日、昨年1年このダムを撮影したメンバー数人で小さな食事会をした。その中には北軽井沢でスイートグラスというキャンプ場を経営する福島誠さんもおり、根っからのインドアな僕は近所とも言えるその巨大キャンプ場には立ち入ったこともなかったのだが、一通り見せていただくことになった。広大な敷地にいくつものバンガローがあり、大きな食堂も完備。その時すでにコロナの影響は大きくなっていたが、マスクをつけた職人さんたちはさらに大きな家のようなコテージを建設していた。キャンプ場というよりもこれは「村」だと思った。

 

僕は基本1人でやる仕事が多いし、口はある程度達者でも行動力が弱い。だから、行動に移す人、さらに人を巻き込んで事業を成す人は尊敬する以外にない。福島さんもまた、従業員から見れば「それもやるんですか!」と大変な人なのだとは思うが、「豊かな自然の中にこそ、未来を創造するヒラメキがある」という理念を燃やし続け、新しい「村」を創り続けている人でありので、尊敬する以外にない。

 

キャンプに集まれば、焚き火をする人もいるだろう。スイートグラスでは、この焚き火の新しいかたちとして、「TAKIVIVA」と銘打った、火を囲み本音で語り合える場作りも始めている。家族単位でなくてもよく、職場の仲間たちで、友人同士で、ゆらぎ燃える炎を見ながら語り合おうという「時間」をサービスとして提供する試みだ。もちろん、今誰彼かまわず集まることはできないが、その「人と人との間に炎を置く」という行為は、懐古主義ではなくて、未来を感じる行為であるように思った。
(以下の動画は僕は関わっておらず、飯塚花笑監督によるもの)

 

・・あ、そういえば、僕が企画・制作の一部を担当し、飯塚監督と飯塚組によって作られた「中之条ぽわぽわ in 沢渡温泉」という動画が4/1から公開されています。見てね!

4354声 26)SNS

2020年03月26日

コロナ禍において大多数の人にも見られる傾向だと思うが、SNSを見る頻度が上がっている。この1ヶ月を見ても、ザーッと見流す数々の投稿の中の、コロナに関係する投稿の割合が急激に増した。震災時も当然そうであったが、しばらくすれば地方によってその割合は変わっていた。今は全国、および全世界のSNSにまでコロナは侵食している。

 

情報を得るという一方で、「この状況下においてあの人は何を考え、何をするのか」ということを見ている自分がいる。テイクアウトに切り替えた飲食店の情報をまめにシェアする人、旦那さんが医療関係で日に日にツイートに不安感が増している女性、政治批判を続ける人や政治批判を続ける人を批判する人、こんな時こそと道端の花や何気ない風景の写真を上げる人、様々だ。僕は、いつもどおりのくだらない投稿を続けている(つもり)だ。

 

SNSは、ツイッターでもFBでもインスタでも、人は皆同じ土俵に乗る。そこには0と1のデジタルな世界。大統領も、政治家も、社長も、社員も、ひきこもりも、LGBTQも、高低差はない。反応があるかどうかは置いておいて、リプ(返事)も返せる。けれど当たり前だけどそれぞれが置かれている状況には、高低差もあれば距離もある。「効率化を求めたリモートワークに一気に切り替えられるいい機会じゃないですか!」と煽るコロナ景気に乗る実業家と「明日の生活のために3密が避けられない労働現場に赴かなければならない人」の間を埋めることはできるのだろうか?いや、コロナに関わらず、SNSに関わらず、その差は昔からあった。その差が、今後さらに大きく広がっていく不安感を、SNSをザーッと見流しながら、僕はひとり感じている。

 

今日、ネット上で「批判とは、あくまで相手のことを考えた上で、意見をよりよい方向に向けるための意見で、他人をけなしたり人格否定するのはただの否定や誹謗中傷でしかない」という書き込みを見つけた。そう。SNSにはというかインターネットには、高いでも低いでもなく、間の小道を歩いていくための可能性も残されている気がする。僕もシャットアウトはせず、飲み込んでは吐き出して、道を探ろうと思う。

4353声 25)内的必然性

2020年03月25日

「内的必然性」。それは、日本映画学校時の講師であり、オウム真理教に切迫した『A』や、東日本大震災後の『遺言 原発さえなければ』といったドキュメンタリーをプロデュースした安岡卓治さんから聞いた言葉だ。もう18年前くらいに聞いた言葉であるにも関わらず、今も大切な言葉として心に残してある。

 

何かの表現を、依頼されて作るもの、依頼されずに作るもの、と2つに分けた時。仕事として受けるのはほぼ前者である。だが、学生の時などは誰に求められるでもなく映画を作らなくてはならない。そんな時、「誰かが必要とするものじゃない、お前自身が今これを表現したいというものを突き詰めて、それを表現せよ」という事を表した言葉が「内的必然性」という言葉だったように思う。

 

当時の僕は、映画シナリオを書いてもパッとせず、ドキュメンタリーならシナリオ書けなくても作れるんじゃね?という軽い気持ちでドキュメンタリーゼミに入ったがコミュ力不足にすぐ頓挫。結果「久しぶりに電話をしてきたある新興宗教の勧誘をする知人の知人に対し、僕カメラ向けるけどいいですか?」というドキュメンタリーを作った。でもやはり最後まで人にカメラを向ける勇気が持てなくて、カメラは次第に自分自身が今信じられるもの、実家近所の風景や、親父が撮った家族の8ミリフィルムを撮影するという・・つまりはわけのわからない一人制作のショートドキュメンタリーが完成した。そんなものでも、安岡さんは評価をしてくれた。それは多分、他者には一向に伝わらないが、内的必然性には満ちたものだった。それを作り、見てもらい、ほんの1人の評価を得る事で、僕は救われた。

 

東日本大震災後にも見られた傾向だと思うが、あの時以上に、様々な人が己の「内的必然性」を問われている。人に媚びる必要はないが、それが独りよがりなものではなく、他者を魅了し、癒し、共有できるものであればなおさらに良いと思う。なぜそれをするのか?・・その根源にあるものの自覚をしていきたい。

4352声 24)笑い

2020年03月24日

「志村けんのだいじょぶだぁ」が所属事務所youtubeアカウントで公開され、2話目以降の(必要経費除く)視聴収益は日本赤十字社へ寄付される、という記事を目にして、めちゃくちゃいい話だなと冒頭を再生してみた(書いているのは4/18)。

 

映像では、すぐに田代まさし氏も登場する。そこそこリアルタイムで見ていた。懐かしい。亡くなった志村けん氏、そして屈託のない表情の田代まさし氏を見て、『男はつらいよ お帰り 寅さん』のクライマックスシーンを見た時のような「戻らない時間」を感じて感傷的になる・・が次の瞬間に

 

「パイのパイのパイ チンチロリン」である。悶絶。感傷的な気分が吹き飛んだ。

 

今の放送であれば一発炎上だろうが(演技の強制だとも言えるが、時代におおらかさがあったとも言える)、それをここで問いたいのではなく、「感傷的、悲観的になりすぎるのは良くないな」ということを思った。

4351声 23)小説を書く

2020年03月23日

「たっぷりと自宅にいる時間ができました。あなたは何をしますか?」

 

と言われたら何をするだろう(今望まなくてもそうなっている方も多いだろう)。僕は実は、小説を書きたいと思っている。話は飛んで数ヶ月前、ビジネスマン向けのトーク番組をyoutubeで見ていて、何がテーマだったかも忘れたのだけど、登壇者の一人が

 

「これから東京と地方じゃ差は開く一方だ。まず、少子高齢化や働き手不足によって、地方には社会インフラすらも届かなくなる。都市に出てこれない奴は不便な生活を送るしかない。政治家がなぜ地方はやばいとか言わないかわかりますか?それは政治家が地方で支持され東京へ来たやつばかりだからだよ。だから、地方は終わり、とは言えない。」

 

というような発言をした。地方に住む一人である僕は、「なんじゃそりゃ」という反感を覚えると同時に、この先10年後の地方は確かにどうなるかわからない、という事を思った。そしてふと「この先の時代に、地方に残された人たち」の物語を書いてみたいと思った。・・そしてその直後にコロナショックである。

 

都市と地方の状況は180度回転するのだろうか。密集し家賃が高い都市に住む価値が急速に下降するとすれば?自給率も高く、ネットインフラの整っている地方の方がより良い可能性を見出せる社会になるとすれば?・・コロナ禍の収束に検討がつかないように、この「都市と地方の優位性の逆転」についても、ない、とは言えない。

 

今いろいろが起きている中で、気にとまったものをメモとして箇条書きで残している。それがやがて1つの長めのフィクションとして立ち上がるか否か。人の評価は気にしない。いいじゃないか。40歳にして初めての長編小説書き。

4350声 22)いのちをいただく

2020年03月22日

今月のほとんどの時間を、会社の窓際のテーブルに座り、PCの編集作業に宛てている。撮影は軒並み中止となったものの、以前撮影していたものの編集が終わらない・・仕事があるのはとても幸せなことなのだが。

 

今日の昼飯は、100円で買える千切りキャベツパックの封をあけ、ドレッシングを投入。袋のまま箸をつっこんで食べた。あと鉄分+コラーゲン入りのウエハース数枚。夜は、道路向かいの肉屋で買ったコロッケと、お湯を注いでできるカレーおじやみたいなやつ(商品名:カレーメシ)。書いていてなんだかサバイバーな飯だなと思うものの、今だからというわけじゃなくて、こんな食生活であることが未だに多い。やれやれ。(朝ごはんはきちんと、母親が作ってくれる飯を食べておる)

 

このようなインスタントな飯を食っていると、ふと、倉渕村の「農園めぐる」のご夫婦の事を思い出すことがある。「農園めぐる」は平飼いで鶏を飼っており、その餌も国産の飼料のみを使用。産まれた卵を使って、シフォンケーキやプリンを作り、近くの道の駅「くらぶち小栗の里」などで販売している農家さんだ。

 

夫婦そろって温和なご夫婦。ケーキやプリンに貼るシールやショップカードなどを仕事で引き受けた際に何度か農園やご自宅へ伺った。そしてふと伊藤さんから「老いてしまった鶏は、自分たちで食べます」という一言を聞いた。そうか、そうだろうなと思う一方で、ずいぶん長い事生きてきたけれど、「そこ」は触れていないところだと思った。

 

もろもろが過ぎたら、伊藤さんのお宅へ出かけて、そこに立ち会ってみたいと思っている。それを「知らずして肉を食すことなかれ」という正義感ではない。「食」についてこの年になってもあまりに無自覚なので、根本的な実感を得てみたいと思うのだ。・・まあ、鉄分+コラーゲン入りのウエハースをパリパリ齧っている奴が言っても、何の説得力もない話なのだが。

4349声 21)白虹

2020年03月21日

白虹と書いて「はっこう」と読む。何度もここにで触れているシンガーソングライターの寺尾紗穂さんの新譜「北へ向かう」の中に、この白虹(霧やぬか雨などのときみられる、白色のにじ)という言葉を含む「夕暮れ」という曲がある。これは、水俣を書き続けた石牟礼道子さんの同名詩に寺尾さんが曲をつけたものである。3月あたまの発売日に購入し聞いた時の聞こえ方と、今の聞こえ方は、違う気がするから不思議だ。

 

空と海とが
炎を溶かし合う
ようにゆっくり
入れ替わっていく
淡いの夕刻を

一筋の白虹となって貫き

細くまっすぐ
飛び続けている
鳥が死ぬ

 

この曲を聴いて胸に残るものを、大切にしたいと思う。

(SPOTIFYで聞く、でサイトに飛ぶと、多分1曲まるっと聞けます)

4348声 20)発酵

2020年03月20日

中之条ビエンナーレが開催されない年に隔年で行われている「中之条クラフトシアター」が中止になった。陶芸家・指物師・家具職人・絵描きなど、ものづくり作家たちが四万温泉に集まり、作品を展示するだけではなくお客さんとものづくり体験を共にすることにより、作品や作家に愛着をもってもらおうという素晴らしいイベントだった。致し方ない。

 

その参加作家は、度々僕がここで書いている「秋、酒蔵にて」というイベントのものづくり作家が多数重複しており、先日その秋酒メンバーでZoomミーティングをした。「秋、酒蔵にて」ももう11回を数えたイベントである。第一回目から参加し続けているのは多分2人で、昨年から加わった新しいメンバーもいる。「(昨年は前橋での開催だったので)以前展示していた中之条町の廣盛酒造はどんな場所だったか」という話になったので、かなり昔に僕が撮影した動画を共有で見た(Zoomはこの共有が便利)。参加作家が「宮沢賢治」をテーマに新作の器やオブジェを作った年だった。その映像の最後には

 

「宮沢賢治、享年37歳」(堀澤宏之)

「発酵だな!」(イベント代表・吉澤良一)

 

というかけあいがある。僕もすでに宮沢賢治の享年を数年越してしまったのかという感慨深さもあるが、「発酵だな!」という合いの手は意味がわからないと思う。当時、というか今もその界隈で、「発酵」ブームが地味に、長く続いているのだ。

 

世界には様々な物体があり、様々な菌がある。発酵と腐敗の違いは、人間にとって有用か有害かの違いらしい。それに対して人間を発酵に当てはめるなら・・それは円熟に似ているのかもしれない。角がとれて、深みが増すみたいな。僕自身は一部すでに腐敗をしている気はするものの、うまく発酵できている気はしない。

 

宮沢賢治があの若さであれだけの物を残したのは、1つには今より日本人の寿命が短かったから、という事もあるのだろうか。皮肉なことに、40歳という年齢と、コロナ禍の騒動の中に置かれることによってようやく、僕は残りの人生について〈ぼんやりと〉考えている。

4347声 19)子どもたち

2020年03月19日

姪っ子がかわいい。当たり前と言えば当たり前だ。SNSに自分の子どもの写真ばかり上げる人(中には自分のプロフィール写真を子どもの写真にしている人もいる)は客観的に見たらナシだわーと思わなくもないが、僕にもし子どもがいたら「ねえねえ見て見てこんな絵描いたんですけどwww」って投稿する可能性は・・100%だ。

 

今現在(書いているのは4/17)子どもたちが抱えるストレスは想像を超えるものだと思う。僕がもし今子どもだったら?僕は夏休み、起きてはゲームボーイをはじめ、ゲームやりすぎだと怒られたら近くの公園に行ってゲームを続け、家に帰っても部屋にこもってゲームを続けるような子どもだったので(それでも一応大人にはなれるので安心してください)むしろ喜んでいるかもしれない。・・なんてことも言えない状況になってきた。

 

子どもに自分の理想を押し付けると、多分うまくいかない。姪っ子に対して、産まれた時に送ったミヒャエル・エンデ著「モモ」愛蔵版は、姉の家の隅でずっと埃をかぶったままだし、うちに遊びに来た時には「僕が思う、子どもの頃に見てほしい映画や本」を貸し与えたりするのだが、気に入ったという話を聞いたことがない。子どもの頃の僕もそうであったが、ごくごく一般的な人気俳優やアニメに興味が向いているようだ。それでも・・たとえ受け入れられなくても、「変な叔父さん」の立場で、良いと思うものは勧めていきたいと思う。

 

子どもたちに必要なこと。僕の今までの経験で言うと、それは「自分が進みたい方向を見つけ、その道の先にいる本物に会うこと」ではないかと思っている。僕は幸運にも、映画、映画学校時の講師、がそれにあたった。現在映画を生業にしているわけではないが、その経験は今も僕の芯になっている。そしてそれは今時代においては、学校で体験することでもないのかもしれない。もっとローカルな場所で、あるいはインターネットを介した場所で、子どもたちは進みたい方向や手本となる人を見つけるのかもしれない。それだって、いいと思う。

 

4346声 18)センス・オブ・ワンダー

2020年03月18日

コロナ禍のまわりには、色々なものが渦巻いている(ちなみに、僕はずっとコロナうずだと思っていた)。世界情勢、経済自粛、保証格差・・それらは大切な問題ではあるが、コロナウィルス自体は(伝染や症状の差こそあれ)他のウィルスと変わらない細菌である。であるからして、それを吸収しても回復ができる人体のすごさも僕は讃えたい。

 

「センス・オブ・ワンダー」は公害問題を告発した「沈黙の春」著者のレイチェル・カーソンによる小さな書籍である。甥のロジャーとともに海や山に出て、そこで共有した自然界の不思議を、瑞々しい文章、簡単な言葉で残している。簡単だけど、その内容は深い。皮肉なことに、花見客がいない夜桜の下、スモッグが消えはじめてみえた空の青さに、そんなセンス・オブ・ワンダーを感じている人もいるかもしれない。

 

とあるマイナーな地方芸術祭に行った時。偉そうに言うと、玉石混合だった。ではグッとこない作品の共通点はなんだったのかと考えた時に「こういう写真かっこいいでしょ?」「私の内面はこれです」という作品、つまりは「外を意識していない」作品はつまらないように思えた。それは「見る人の立場に立って感動させるものを作りなさい」ということでもなく、僕が思うには・・

 

アートに限らず、料理人でも、表現を突き詰めてやる者は、ある日壁にぶつかる。そして気づくのだ、「世界は複雑であり、自分でどうしようとしてどうなるものではない」と。その「世界」は、自然にも置き換えられるし、人、歴史、食にも置き換えられる。そして「自分が表現しようと思うものに、世界の複雑さを共存させることができた時」に、その人の表現の幅は一気に広がる。作ることに迷っていても良い。そしてさらに「世界の複雑さ」を自分の表現の中に落とし込んだ時、その表現者ははじめて、一流になるのだと思う。

 

あなたは、僕は、世界に触れているだろうか。

4345声 17)寂しさ

2020年03月17日

寂しさ、に注目している。僕を知っている人なら僕がインスタグラムで #寂しさよこんにちは というハッシュタグをつけて、いっこうに映えない地味な写真を上げ続けていることを知っているかもしれない。華やかさで溢れるインスタグラムで、言葉に頼らず写真だけで「寂しさ」は共有できるのか?というそれらしい(?)理由を上げているが、これはもう何も考えずに感覚的に続けている節がある。当然、フォロワー数は増えない。

 

僕が育った1980年〜2000年あたりは、例えばトヨタやソニーは世界の先端をいっており、身の周りに、めっちゃお金持ちという友人はあまりいなかったが、かわりにめっちゃ貧乏もいない総中流時代でもあり、身近に「豊かさ」を感じられる時代だった。ざっくり言えば。しかしその空気は、あっという間に入れ替わってしまった。経済でも文化でも「ジャパンイズナンバーワン!」と思っている人はもはやいないだろうし、この国の先を予想すれば(平田オリザ氏の著書の題名を借りれば)「下り坂をそろそろと下る」以外にない。

 

ところで音楽は、また時代を反映するものであって、今そこそこな音楽ファンにまで名前が浸透してきた折坂悠太さんは「さびしさ」という歌を歌っている(確か以前投稿もしたし、名曲なのでyoutubeで探してね)。抽象的な歌詞ではあるが、僕より一回り若い彼も、日本にただよう寂しさを感じ、そこから「イケイケどんどんの時代」には見えなかった「誇張や見栄のない新しい価値観」を見出すための歌作りを続けているような気がする。

 

そして。コロナショックによって下り坂は、そろそろ降りる、どころではなくなった。穏やかな口調で語っていたオリザ氏は劇作家として先頭にたち「今のままでは芸術文化が失われる」と強い声でアピールを続けている。ここからは僕の個人的見解だが、コロナに関しては個人個人の注意は絶対に必要でありつつも、専門家や政治家でない僕らが「危機感を先回り」しすぎると精神的に参ってしまう。なぜなら、終わりがまだ見えないのだから。だから、僕はいい意味での「事後対応」も必要だと思っている。先回りして怖がるのではなく、事が起きてから対応する、という心構えがあっても良いと思うのだ。

 

そしてこんな世の中にあっては「寂しさ」もまた、有効な手段となる。戻らないものを悔やみ妬むものとして溜め込むのではなく、寂しさに変えて、そっと流すのだ。

 

・・あ、平田オリザ著「下り坂をそろそろと下る」は2016年、折坂悠太「さびしさ」は2018年、僕がインスタで #寂しさよこんにちは の投稿を始めたのは2015年。今後「寂しさ」ブームが来たら、その言い出しっぺは僕ってことでヨロシクね!

4344声 16)やさしさ

2020年03月16日

やさしさ、は難しい。若い時の人へ対するやさしさは、自分なりの防御方法だった。責められたくないから、優しく接する。それが見破られて、「オメー何考えてるかわからねー」と逆に攻撃されたこともあった。今も「八方美人だね」と言われることがある。この年になれば誰かに嫌われたって別にいいと思っているが、波風立てないように生きてきたことは確かだろう。

 

結婚もしていないが、僕が親父代わりみたいな気持ちで接している、Aという人物がいる。Aは、ずっとつらい生き方をしてきた。お互いが若い頃は、Aの強迫神経症の問答で夜が明けるまで言い合いを続けたこともある。年をとるにつれてそういった症状は軽くなっていったが、人との付き合いに疲れ、Aは酒を多く飲むようになった。数年前からAとは家も離れていたので、時たま会って夕飯をおごり「最近どう?」と話したり、A自身英語が堪能だったので、海外へ行くためのちょっとした応援をしたりした。そんな中でも、僕からAに酒を辞めるように強く言うことはなかった。言わないことがやさしさだ、などとは思っていなかったが、本人も断酒会に行くなどして頑張っていたので、1人くらいは「辛いよな」と聞き手に回るだけの人間がいても良いのではないかと思っていた。けれど今年、Aは飲酒後に大怪我を追ってしまった。どう接すれば良かったのか、僕はこれからずっと後悔していくことだろう。

 

一方的なやさしさは、相手の何かを失わさせる。Aに対してそれは、真に立ち直る機会だったのかもしれない。喧嘩するほど仲が良い、というが、僕は親密な人とも喧嘩をすることがほぼない。それは、一方的な、やさしさ(と僕が思い込んでいるもの)で相手の怒りの出先を失くしてしまっていたのかもしれない・・と、そんな事何度かあったなと、自分でも気づいてはいる。

 

Aは以前「私が今まで生きてこられたのは、あなたのおかげです」と言ってくれた。それは、僕がいうのもなんだが、本心だと思う。だから僕は、今さら性格変わらんなーという諦めの一方でちゃっかり、変わる必要はないのかも、と思ってもいる。

4343声 15)身を切る

2020年03月15日

書きたい熱が上がってきている。今月のめっかった群馬は締め切りを半月すぎてヒーヒー言いながら、でもそれなら一言だけ書けよという誰かのツッコミを無視して(そもそもこのコラムの題名は鶴のひとこえ、なのに)長々と書いている。勢いだけで書いている。

 

今月何日目かの投稿に「高崎のREBEL BOOKSに僕が作ったzine(小冊子)を置いてもらっている」ということを書いた。そこには現実に起きた事や実際にあるものから連想した短編小説を書いたり、自分の実体験とむすびついた映画作品について書いたりしているのだが、わざわざ買いに行って読んでくれた同郷の友人から「自分のことを隠さず書いていてすごい」というような感想をいただいた。「自分のことを隠さず暴露すること」が良い表現だとはまったく思わないが、僕は確かに、自分に寄せたものを書くことが好きなのかもしれない。

 

身を切る、を考える時に、僕は映画学校時代に教わったドキュメンタリー監督・原一男さんを思い出す(帰還兵が上官を攻め立てる『ゆきゆきて、神軍』が有名だが、近年もれいわ新撰組を撮った新作などが公開されている)。授業の一貫として観せられた『極私的エロス 恋歌1974』は、70年代初期のむせかえるような時代背景の中、原さんは監督兼カメラマンとして、録音技師の彼女(現在もパートナーである佐智子さん)と二人、沖縄に暮らす原さんの昔の彼女の生々しい生活を撮影する。原さんと昔の彼女との怒号のような喧嘩が、執拗なまでにカメラに映る。今でこそ「セルフドキュメンタリー」というジャンルもあるが、これはそのはしり。そして映画の最後では、昔の彼女が米兵との間にできた子どもを自力出産する場面を、原さんは撮る。濃厚。題名のとおり、極私的なものを描くことにより、普遍的な「男と女と生と死」をむせかえる濃度で映し出していた。

 

授業で原さんは「自分なんてものは、出して出して出し尽くすべきだ」というような事を言っていた記憶がある。原さんレベルまで己をむき出しにすることは到底できないが、他者を描く表現については注意を払いつつも、やはり自分というものは、出して出して出し尽くして、それでも残る何かを大切にするべきなのではないか、と思っている。

4342声 14)熱中

2020年03月14日

40歳。独身で子どもがいないから、ということが寂しくもあり自由でもある。預金は少ないが、保険には入っているから自分に何かあっても母や同居する姉はそれなりに生きていけるだろう。8年前くらいに胸の痛みで父親が通っていた循環器病院へ行ったら「動脈にゴミがたまっている。10年早く狭心症になるよ」と言われた。父もその病で手術をしていた。あっというまに、年をとってしまった。

 

40歳。というのは節目な気もして、コロナが騒がれる前から、自分でも大げさだと思いつつ「どう生きるか」を考えていた。結婚も諦めてはいないが(笑)、「この先に残るものを残したい」という気持ちがある。自分にとってそれは、まず映像であり、次いで文章だろうか。

 

熱中している人が好きだ。その人の預金や有名無名は関係がない。なぜ熱中している人が好きかと言えば、僕自身が色々やっている風に見えて実は熱中ができないということを自覚しているからなのかもしれない。「どう生きるか」を考える時に、懸命に生きている人一人一人を見ることで、その人が見ている世界を見ることで、得られない何かを得られるのではないか、という漠然とした確信がある。それを映像に撮りたい。そして実はすでに数人、撮りたいと思っている人がいる。

 

それはもしかしたら「熱中している人」というくくり方ではないのかもしれない。言葉を変えれば「そうにしか生きられなくなった人」に僕は惹かれるのかもしれない。そういう仕分けで分けるなら、僕も「そうにしか生きられなくなった人」の一人である。

4341声 13)酒

2020年03月13日

Zoom飲み会(ネットを通じて離れた場所の人どうしで各自の家飲みを中継し合う)が流行っているようだ。家を出るなと言われても(言われるからさらに)酒も飲みたくなるのだろう。僕はまだしらふでしかZoomを使っていないのだが、先日僕以外がほぼ飲んでいる、という状況があった。僕も人並みに酒が好きなのでしらふで飲み会に参加することは少ない。かんぱーい、から、擬音が多い返事になり、歌い出す踊り出す。ああそうか、「人はこうやって酔っ払っていくのだな」という状況を冷静に見ていた。自宅なら寝るだけなんだし、酔いたいんじゃー、という気持ちもわかる。

 

うまい酒とは何だろうか。事あるごとに僕が差し入れで持っていく中之条町の酒「朔耶美(さくやび)」は確かにうまい。「魔王」だ「兼八」だと言わずに、隣町に渡る手前のリカーショップで買える「三岳」でも十分満足する。クラフトビールを作っているめっかった群馬の堀澤さんが近年はまっている自然派ワイン(ややこしい)はどれも個性的で悪酔いせずうまい。だけど、やはり酒については「いつ」「誰と飲むか」が大事な気もする。

 

二十歳過ぎの頃。幼稚園の頃からの近所の幼馴染の家に一升瓶を持って上がった。青臭い年頃だ。俺はこういうことをしたい/こう生きたい、と言い合いながら2人で一升を開けた。翌日まで残った。東日本大震災後に中之条町で開催した支援プロジェクトの打ち上げでは、苦労をみなで労いつつ、ある程度酔っ払った後で企画者である本木さんから「岡安出し切った顔してるなー」と言われた気がする。嬉しかった。近年では1年かけて撮影した八ッ場ダム映像の、川原湯温泉でのチーム打ち上げでも、良い酒を飲んだ。

 

つまりは、まだ、1人しっぽり美酒を味わう、というよりは、複数人で力を出し切って、そして酒を酌み交わしたいのだと思う。それって、若さ、でもあるよね。

 

Zoom飲み会の最後は、多分全国・全世界的に言う事が同じで「これが収まったら、みんなで集まって酒を飲もうね」という挨拶になる。これから僕たちは未体験の問題にぶちあたっていくことになる。力を出し切る覚悟はあるか?・・皆でいい酒を飲もうではないか。

4340声 12)マスク

2020年03月12日

花粉症もちではあるが、まさか「マスク」が世界にとって大切なものになる日が来るとは思ってもいなかった。
中之条町と渋川市の境目にある「うた種」で、かっこいい布マスクを作ってもらった。左右2枚の貼り合わせでできており立体的、鼻の部分には針金も入っており鼻まわりをきちっと塞げる。そても気に入り、2枚作ってもらったので、使っては洗ってを繰り返し使っている。おかげでしばらく紙マスクをしていない。

 

勘違いでしょうか。

 

男性は100%共感してもらえると思うんだけど、歯医者へ行くとマスクの女医さんや歯科技師さんなんかがいて、目元だけ見てドキッとする事あるよね。もともと美人なんだろうけど、マスク美人というか。

 

僕も今基本マスクをしていて、(小声で)わりと目力はある方だと思うのですが(小声ここまで)ぬぼーっと裸顔で「はじめまして」と挨拶していた時よりも、マスクして「はじめまして」と挨拶する今の方が、相手女性の目に、今までに感じた事のない好意を感じるのだ。

 

勘違いでしょうか。

4339声 11)仕事

2020年03月11日

テレワーク!ステイホーム!仕事改革が求められている → とはいえそんな対応ができる業種はわずかだ、働きに出ねばならない! → がその経済にもとづく生存をかけた行動すらも、さらに危機的な状況の中では行なえない! → テレワーク!ステイホーム!仕事改革が求められている →(繰り返し)

 

世界規模での大変化の中で、IT化や少子化などである程度ゆるやかに変化を続けるはずだった「仕事」が、がらりと一気に変わっていく気配がある。群馬は東京に比べて周回遅れだし、今日(4/15)もぼくの身の回りでは多少の変化こそあれ大多数の人はいつも通りの仕事、生活を送っている。

 

「大打撃を受けた飲食店。大家としてやれることは何か」先日、別の目的のzoom(ネットを通じて離れた場所の人どうしで会議やお話ができるウェブサービス)の集いで、たまたま大家業のKさんと、飲食店のAさんが揃い、その話で盛り上がった。飲食店は飲食店として「苦しい」ということを大家に言わねばならない(察して、は無理)という話や、「家賃支払いが難しい店については今の家賃を免除することで、信頼感が生まれるのではないか」という話がネット越しにされた。

 

東京で知る人ぞ知るバーが、コロナ禍による客足の激減によるオーナーの意向で閉店した。という書き込みを見た。コロナショックの難しいところは、ウィルスとしての脅威もあるが、いつ収束するのかわからないところにある。この先数ヶ月、あるいはそれ以上客足は戻らないだろうから店を閉めさせる、という意見もあるだろう。でも、それが皆に愛される店であったならば、その店が再び開くことがないという方が損失なのではないか、という意見もある。正解はない。

 

飲食業に限らず、いつ収束するかもわからない状況の中で、あらゆる仕事が変化を求められる。そんな中では、建前の仕事は通じない。会社へ行くだけでぽけーっとしている仕事は通じない。そうして色々があって、そのアフターとして残るのは・・確かに「信頼」ではないかと思う。信頼があればその仕事を助けてくれる人はいるし、例え一度たたまざるを得なかったとしても、信頼さえが残っていれば、立ち直ることもできる。

 

していきたい。お互いに信頼を持ち合える仕事を。

4338声 10)言葉

2020年03月10日

僕は言葉の使い方が下手である。いや、最近「岡安くんが書く文章良いよね」とか言われて調子にのることもある。ちなみにこのめっかった群馬のコラムのずいぶん過去の抜井さん・堀澤さんのコラムや、僕が今まで書きためたものを自ら1冊の小冊子にした「一個zine」は高崎「REBEL BOOKS」で販売をしていただいており、思ったよりも売れています!そりゃ調子のるわ!ありがたい!

 

僕はSNS歴が長い。が、ここ数年SNS疲れで投稿をしなくなった人、見なくなった人も多いように思う(コロナ禍が始まってからツイッターでの情報収集を再開した、という話も聞いたが)。SNSのコツはたぶん、政治のことを書く時も、うんちの事を書く時も(それだけの幅っていう比喩ね)「誰に読まれても良い事」しか書かないことかもしれない。僕は政治のことは書かないが、うんちの事を書く時も(比喩ね)人に読まれる前提で書いている。普段の世間と同じと思っているから、切り替えも必要ないし、実はほとんどストレスもない。それはそれで、誰でもそうできるものではないだろうが。つまりは僕はある程度、言葉に自覚的な方なのだと思う。

 

ただ言葉というのは難しいもので、例えば最近も糸井重里氏のツイッター投稿が「政権擁護だ」と非難され炎上するということがあった。実際の投稿自体は政権を擁護する言葉ではないのだが、解釈としてはそう読める可能性を含んでおり、コロナ禍に対する情報が深刻さを増していくなかで、糸井氏の投稿に限らず「言葉に、言葉の解釈に敏感になっている」ふしがある。その一番の回避方法は多分黙秘である。でもそんな中でも、例え血を浴びようとも、言葉を発し続けることは、やめてはいけないのだと思う。

 

僕の「言葉の使い方が下手」というのは、大事な局面においてである。大事なことを伝えようという時に、未だに、自分を良い人として見せたがる、正しいものを求めたがる、という気質がある(今月の投稿はまさにそんな感じだけど)。力が抜けないのだろうか。最後に、ちょっと練習をしてみようと思う。

 

きのうは からいらーめんをたべたら けさうんちをするときに おしりがいたかったです ふぁっく

 

・・ほら、これすらも読まれる前提で書いている。自分にがっかりするわ。