体調がどうもこれはよくない。
ものを考えようという気にならない。
どうにもこうにもだ。
ならばそれでいいと、思ったらいい、という。
それでいいと思えない質の、そういう人に限る話かもしれないが。
そう思ったとたんに考えられるようになるみたいなことは案外正しいが、今日はそれ以上に、これはよくない。
そんな時は、コツがある。
考えたくても考えられない時のコツ。
飲まず食わずでいる。
そうすると内臓はたいしたもので、自分から動き出して、また考えようという気持ちにまで、内臓がしてくれる。
それから、体調のよくない自分を受け入れようとしてみる。
受け入れる、というのは、自分を自分外のものであると仮定して他者化して向き合う、ということで。
ただこれ、考えないということと矛盾する。
何も考えたくない、の中には、人のことなんか気にしたくない、というのも含まれていて、なのに自分を他者化したら、それは一にも二にも自分について考えるということだから、また疲れる。
ところがこれが、結構、非常に意味がある。
考えなくていいと思えない質の、それはたぶん頑張らなくていいと思えない質の、そういう人に限って。
他者化してその上受け入れる、というのは、自分に向き合って、それが自分が受け入れらる自分であると認めることでもあって、ここに意味がある。
体調のよくない自分を受け入れることができたとき、たぶんこれは強くなれている。
考えなくてもいい自分をほったらかしにできるくらいには。
周りが許すとか許さないとかいう発想や、どうにもならない自分を超えていく、という作業は、地道なんだ。
この作業が大変なのは、それが孤独を受け入れるということでもあるからだと思う。
大変なんだが、同じことに取り組んでいる人もいると思えたら、少しはやってみようという気にならないか。
しっちゃかめっちゃかだが、考えなくてもいいことについて考えていたら意外と頭が働いて来た。
仕事をする。

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