日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

5581声 ファームドゥー開店待ち

2026年06月14日

久しぶりに母親を原町日赤の定期検診に送り届ける。帰りは自由に買い物してバスで帰ってくるので送るだけで用は終わる。そのまま仕事に行くのが常だが、近くにあるファームドゥーの駐車場に入る(これが今)。開店までしばしある。

先月、野菜苗を買ったりして昨年に続き「食用ほおずき」もわざわざネットで買って植えてみたのだが、昨年の品種とも違うようで全く大きくならない。そんなニッチな野菜の苗はファームドゥーでは売っていないのだが、日照が悪い場所に植えてしまった食用ほおずきを違う場所に植え替えて、ほおずきがあった場所に違う野菜を植えてみようかと、ファームドゥーの開店待ちをしてるわけだ。

植える上にはネットが張ってあるから、今まで植えたことのないゴーヤでも買ってみようかな。あ、開店した。

5580声 弁天通りの明るい影

2026年06月13日

前橋アーケード街といえば、そこから電車で山へ一時間ほどの田舎に住んでいた僕にとっては憧れの場所だった。東京なんて遠いしお金ないし怖くて行けない。だが、前橋なら行ける。

中学生の頃は高崎にもあまりパッとしたものがなくて、たまの休みに電車で前橋に行っては、駅からやや離れた場所にあるアーケード街に行き、特に何を買うということでもないのだけど、大きな本屋に行ったり、何かを買い食いしたり、ぶらぶら歩いたりした。

その後、2000年頃(前後はわからないがかなり長い間)は他の地方都市と同様にアーケード街は明るさを失った。買い物は郊外のショッピングモール。商店の人たちも年をとったのだと思う。僕に限らず前橋に遊びに行くなどという声は聞かないようになり、友人に連れられ飲みに行っても寂しい町という印象があった。

前橋アーケード街が賑わってきたのはいつからなのだろうか。眼鏡ブランドのJINSが古いホテルを豪華なアートホテル「白井屋ホテル」に変えて、おしゃれな建築でパスタ、どらやきなどの店が並び、無印良品も入ってきて、古い建物に居抜きで食べ物屋が入ったりビール醸造所が入ったり、小さな本屋が入ったり、古い建物を壊して新しい建物ができたりしている。

多分、商いはやめてもずっと住居として暮らしていた方達が家を手放すタイミングだったのかもしれない。また、一部が賑わうと、いい意味でそれに乗っかって誰かが商いを始める。郊外でぽつんと店を出すくらいなら、人が歩くようになったアーケード街でやろうと思うんじゃないだろうか。

アーケード街にも北と南があって。前橋中央通り商店街(南)はおしゃれな店が並び常に明るい感じがする。一方の弁天通り(北)は、古い屋根の影響なのか薄暗く、通好みの店が並んでいる。先日、映画監督のトークが行われたのは弁天通りの道端で、近くでは若者から中年までが楽しそうに酒を飲んでいた。明るすぎず、でも暗すぎでもなくなった弁天通りが体に合うのだと思う。

5579声 強い気持ち、円になって

2026年06月12日

映画『ブルーボーイ事件』は、実際に起きた日本で最初のLGBTが関連する裁判をもとに作られた映画だ。風俗の摘発で検挙された「生まれは男性だけど手術によって女性の体になった人」は裁けないという理由から、手術を行なっていた医者が被疑者として上げられる。劇中のその裁判で問われるのは証言に上がった手術を受けた人々が「性を変えたことで幸せになったのか」ということ。監督である飯塚花笑は自身がトランスジェンダーであることを若い時からカミングアウトしているが、本作の役者においても当事者キャスティングを重視し、主演の中川未悠さんを筆頭に当事者たちが真に迫った演技をしている(現在、Netflixでも視聴できるのでおすすめしたい)。

その飯塚監督の生誕祭なるものが前橋で行われるというので、飯塚監督に呼ばれたこともあり行ってみた(彼とは中之条町観光協会の仕事で「中之条ぽわぽわ」というドラマシリーズを一緒に制作し、年は僕より一回り若いが親しくしている)。

そうしたら、たくさんいるではないか、生誕祭を祝う人たちが。前橋の商店街にスタジオを持ち、市民を対象とした俳優ワークショップも行う彼は、人気者なのだ。ちょうど時を重ねてまえばしシネマハウスで飯塚花笑監督特集上映をしていることもあり、彼の映画に出演した俳優たちも数人、わざわざ前橋に集まっていた。トークの相手は、彼がシネマテークたかさきでアルバイトをしていた時から活躍を見守ってきた高崎映画祭の志尾睦子さん。その光景を見て・・・・なんかすげーなと思ってしまった。僕も周りに人がいてくれる方だと思うが、種類が違う(良い悪いじゃないけど)。

『ブルーボーイ事件』は国外でも上映され、飯塚監督はその立ち会い後にどこかの国だったかで倒れた。かなりやばい一時的な病気だったようだが、今は回復している。その回復時にSNSで「命は有限、僕はもう自分が本当にやりたいことしかやりたくない」的なことを書いていた気がする。日頃優しい人間ではあるが、映画の中には彼の「怒り」が常に充満しており、本音の人間なのだ。そういう強い気持ちが、前橋の夜に人の円を作っていたのだと思う。

5578声 温泉郷クラフトシアター

2026年06月11日

群馬県中之条町はイベントの多い町だ。しかも1つ1つに年季が入っている。僕がずっと関わっている「伊参スタジオ映画祭」は今年25回目の開催。撮影で関わる「中之条ビエンナーレ」は昨年が10回目(2年に一度なので20年)。町主催ではないがデザイン等で関わる「秋、酒蔵にて」は18回目の開催。そして、「秋、酒蔵にて」から派生した「温泉郷クラフトシアター」は今年の開催で7回目となる(こちらも2年に一度なので14年か・・早い)。

温泉郷、という言葉は開催場所である四万温泉にかかっている。そしてクラフトシアターという聞き慣れない造語は、ものづくり作家(クラフト作家)本人がその場にいて、その技を直に見ることができる(シアター=劇場)というイベント趣旨から名付けられた。見るだけではなく、ワークショップ形式で作家指導のもと様々なものが作れる。スタートは、ビエンナーレディレクターの山重徹夫さんがフライヤー等のデザインを担当し、前々回くらいから僕が担当することになった。今回は、A2サイズの大きな紙のMAP折りリーフレットを作った。

ものづくり作家は入れ替わりもあり、今年はかなりフレッシュな顔ぶれだと思う。古参メンバーであるステンドグラス作家の舛田弘彦さんがぐいぐいと引き入れた(そういう行動力は持ち合わせていないのですごいなと思う)。参加作家は

雨ザラシ工房(皮革) : 小野里健一
ホシ描キ(イラスト・羊毛人形) : 金子  
黒板アーティスト 錦鯉野アキコ(絵画・アート)NEW
アカゲラクラフト(木工・木材コーディネーター) : 山田裕久 NEW
書・道楽 : 宮森庸子
自然素材と麻の手仕事 : chica notch NEW
十文字工房(鉄工芸) : 鈴木浩
歓喜家(金工) : 中島皓士 NEW
工房無限大(陶芸) : 水野正子
群馬県障害者芸術文化活動支援センター こ・ふぁん(障害者アート活動・染め) : 代表 野村裕子
ぐりーんぴーす(カヌー) : 鈴木千尋
shaggy〜triangle art〜 (ボールペン画)NEW
うた種(手芸) : 曽根原詠子
はるのおさかな(アップサイクル) : 長塚菜摘(山田鰆)
ともこ(籐細工) : 中嶋ともこ
ステンドグラス工房 浪漫館 : 舛田弘彦
marsa *(アクセサリーと自然素材のオブジェ) : 岡本牧子
竹灯籠.チームゆり : 福田由里
境野革修繕店 : 境野涼 NEW
MAKIBITO×YAACHO(金属・陶芸):高木牧人・高木沙季 NEW
mäki mökki(白樺樹皮細工) / 富田麻紀 NEW

各SNSも運用されており、参加作家であり僕も日頃から映像編集をお願いしている長塚菜摘さんが独自の映像を作るなどして頑張っている。会期は7/18から。ぜひ四万温泉に来ていただきたい。

instagram

「作家 meets 作家」vol01.鉄工芸 鈴木浩(十文字工房) meets 画家 佐藤令奈

5577声 草刈り

2026年06月10日

最近はじめたことの1つに、草刈りがある。2ヶ月前より、実家の隣の空き家をお借りして住み始めた。冒頭偉そうに草刈りやってます的なことを書いたけどまだ3回、ちょこちょこしか刈っていない。

実家暮らしの時は完全に母任せだった。それ以外の場所でも、食事作りは好きでしていたが草刈りはしていない。嫌いという以前に「自分がやること」という意識が欠落している。今の住宅は草刈り不要なマンションなども多い。意識が欠落している人は僕に限らず多くいるのではないかと思う。

草刈りをしない代わりに、パソコンに向かい映像の編集作業などをしていた。世の中には、分業というものがある。料理人は野菜を育てる必要はないし、俳人は梅や桜を育てる必要はない。けれど、自然と向き合わず生きてきたという思いがずっとあって、ゆえに草刈りをする人を、農家に代表される自然と向き合う人たちに対して、強い憧れと劣等感があったように思う。

それがちょこちょこの草刈りで埋まるとも思わないのだが、ある程度低く平らになった地面を見ると、気持ちが良いものだなと思う。

5576声 合わせない選択

2026年06月09日

(続き)栃木県の「もうひとつの美術館」は明治の面影を残す校舎で2001年から始まった。「みんながアーティスト、すべてはアート」を掲げ、普段から障がい者アートにも力を入れている。

今回撮影した「繰り返しの極意Ⅱ」展は12人の作家が参加。それぞれに、先述したチハヤ会や、ほかに群馬だと工房あかね、県内外各地の福祉施設に通ったり滞在している利用者の方たちが、作家として名を連ねている。どれも良かった。

工房あかねの鈴木雅史さんはものすごーく細かい絵を書く。会場には虫眼鏡が置かれており、それでじっと覗き込むくらい細かい。はじめ、それはただ点を規則的に打ったもののように進められているっぽい。そしてその点に色が重ねられていくと、鳥の輪郭を帯びてくる。全ての作品がそのスタイルで貫かれている。どれだけの時間をかけたのだろうか。写真では(映像でも)伝えにくい<迫力>がその絵を対面すると感じられる。

チハヤ会の小原武さんも面白い。普段から(ボールペンだと思うが)紙に絵を描く。絵と言っても何かを書き写すわけではなく、自由な線だけが紙の上を踊っていく。そして彼は、それをびりびりに破くのだそうだ。描いてはびりびり、描いてはびりびり。くしゃっと丸められた紙はけっこうなボリュームにもなる。いつからか、チハヤ会のスタッフはそれを捨てずにとっておくようになった。実際、美術館の会場にも、大きなポリ袋にぎっしりのそれが、何袋にも渡って並んでいた。中央には、それがまるで貴重な美術品のように(そう展示された時点で貴重な美術品なのだが)台座と筒に収められ飾られている。小原さんは栃木にも足を運び、ご家族でこの展示を見て喜んでいたそうだ。

障がいを持つ人たちは、独自の生活リズムで暮らしている。それを一般社会に強制しようとすると、反発もあるだろうし双方機嫌が悪くなる。だからといって、好き放題やらせるということがどれだけ難しいかは介護に関わる人間でなくても想像はできるのだが、ここに展示された12人の作品からは「合わせない選択」を選んだがゆえののびのびさを感じた。

5575声 もうひとつの美術館

2026年06月08日

みどり市にある社会福祉法人チハヤ会の周年イベントに向けての撮影を続けている。デイサービスから共同生活介護など福祉事業を続けてきた団体ではあるが、障がいを持つ人と材木を扱う事業を担う珍しい林福連携事業を行ったり、子ども食堂などの親子支援も行うなど手広い事業を展開している。

今は「アール・ブリュット(障がいを持つ人によるアート)」が大なり小なり至るところで展開される時代になっているが、チハヤ会でも日常行為の延長上でアート制作をしている人たちがいる。本人たちはアートを作っている、という自覚がないにしても、職員さんが丁寧にそれを拾い、人の目に触れるように展示会などを不定期で開催しているのだ。

その中の一人、小原武さんの作品が、栃木県那須郡那珂川町にある「もうひとつの美術館」のグループ展に出展されているというので、撮影で伺った。群馬から栃木は近いような遠いような距離。街中ではなく、見慣れたような山あいの中にその美術館はあって、廃校利用による美術館なので普段廃校を見慣れている(僕が関わる映画祭は伊参スタジオという廃校利用の校舎が拠点なので)僕としてはすぐに親近感が湧いた。(続く)

5574声 残り時間を知っていたら

2026年06月07日

相変わらず目の前の仕事はあって、お待たせをしているものの「締め切り」という約束によってモーレツに仕事をする時もあるが、息切れをしたりぼーっとする(スマホを無意味に見てしまう)時間が若い時より増えてきた気がする。邁進するために、未だ理由がほしい。できれば締め切り以外の(そういう現状が何かで伝わるのか、YouTubeを開くと、締め切りでしか動けないあなたを救う管理アプリはこれですとそういうCMがやたらに流れ、余計に虚しくなる)。

寺尾紗穂さんの歌に「骨の姉さん」という歌がある。僕の亡くなった姉は、この歌のように青いワンピースを着るような人ではなくずっと家に篭っていた人であったが、それでもこの歌に自分を重ね共感のようなものを覚えずにはいられない。

骨を見たよ 骨の姉さん
なぜか桜色してた 姉さんの骨
もっと俺たち笑えたろうか
残り時間を知っていたら

締め切り以外、自分の残り時間が少ないことをやる気に変えることは短絡的だと思うが、実際からだにそんなに健康ではない傾向も見られるわけで、今の僕はこの歌を聞くとやる気がでる。そしてそれは僕一人に限った話ではなくて、誰かといられる時間も有限であり、人といること、人と会うことの尊さもこの歌から感じる。残り時間は、どれくらいあるのだろうか。

骨の姉さん 寺尾紗穂
https://youtu.be/pInLf_yi_wY?si=LTywUlEM-0fuJZ7W

5573 声 町は変わった、餃子はどうだ

2026年06月06日

宇都宮を通ることになりふと、あれは15年ほど前だろうか、ジョウモウ大学(特定の場所は持たず、ワークショップの内容によって先生も生徒も場所も変わる、町づくりにも関連したグループの総称。僕もワークショップ発案メンバーの一端を担った。2020年に活動終了)に関連して宇都宮の街を歩き、楽しかったことを思い出した。あれは確かユニオン通り近辺を中心に活動するユニオンスタジオというデザイナー集団によるアテンドだった。

とはいえ、15年も経つと全く場所がわからない。ユニオン通りは変わらず昭和のにおいを残しながらも、酒飲み横丁的な店が多数乱立していた。古くからある商いの店もちらほらは残っていたが、酒場営業の方が生き残れるのだろう。15年前には大谷石を使ったおしゃれなお店なども紹介してもらった気がするが見つけられず、変わりというわけではないがその後にできたのであろうおしゃれな本屋を見つけた。

15年前はおしゃれメンバーだったので餃子は食べに行かなかった気がするが、その後も僕は宇都宮には来ていた。ドンキホーテの地下にある餃子テーマパークで当たり障りなく餃子を食べた記憶がある。ので、帰り際にそこに寄って2軒の餃子を食べ比べた。味は変わっていないのだろうが、今は自分でも餃子を作るようになったのでなおさら、これら2軒の味で感動するということはなかった。

「ユニオンスタジオ」で検索すると、WEB記事が一件出るのみで皆さんの行方がわからない。寂しさも感じるが、ジョウモウ大学と同じように、彼らが行った町おこしは、きっと今の宇都宮に反映されているのだと思う。

5572声 餃子を包む

2026年06月05日

手作り餃子を作るようになった。きっかけは、今SNSで流行りの長谷川あかり先生(料理を真似する料理家には先生をつけている)が投稿した、白菜と鳥ひき肉の餃子。白菜はあえて塩揉み脱水をしない。その分、食べた時にジュワーっという餃子になるのだとか。試したら美味しかった。昨晩は、こちらもYouTubeで人気のとにかく売れたい町中華先生の著書「まいにちのおうち中華80」から、スタンダードな餃子を真似してみた。牛脂も入れるのでスタンダードではないかもしれないが(そして牛脂をもらい忘れていたので入れなったが)美味しくできた。

長谷川先生は「餃子を包む行為は、忙しい現代人のメディテーション(心を静めて自分の内側に意識を向ける実践方法)です」と説いている。なんとなくわかる。それよりも、「包んだ餃子は、適量の片栗粉をしいておいたトレイに並べていきましょう」というワンポイントが、この先ずっと使える良い技であるように思う。そうしておいてフライパンで焼くと、きれいな羽がつくのだ。ぎっちぎちに並べて焼いて、皿をかぶせてエイッとひっくり返した時にきれいな茶色の正円ができていると、それだけでテンションはダダ上がりする。熱々のうちに、酢醤油でパクっといただきたい。

5571声 人生の要点はどこに

2026年06月04日

今年、実家の隣の空き家を借りた。その一室には自前の安いプロジェクターとスクリーン、そこそこポータブルだけど低音に強いJBLのスピーカーを置いて「映画の部屋」を作った。環境を作って満足でまだ全然観てはいないが今夜は『オール・アバウト・マイ・マザー(ペドロ・アルモドバル/2000)を観た。

名だたる映画祭で大賞を取り、鮮烈とも言えるメインビジュアル(金髪で真っ赤に唇を塗った歳のいった女性の大きな顔が貼られた壁の前で、もう一人の女性が立っている)は忘れ難いが、15年くらい前に見てはいたものの内容をすっかり忘れていた。見始めて、ある程度進んでから思い出す。最愛の息子を事故でなくしたマヌエラを中心に、登場人物たちの人生の悲喜交々が描かれる。いい映画だった。

特に、マヌエラが元旦那と再会するシーンで、前回見た時もグッときたなということを思い出しつつ今回もグッときてしまった。ある程度長い人生時間を内包した映画であるが(最初から最後までなら10年くらいかな)、見せるところと見せないところの分別が完璧に近い映画だと思った。人生の要点だけが展開されていく(だからといってダイジェストに見えないのも手腕)。

自分の人生を客観視することは難しいが、人生の要点とはどこにあるのだろうか。映画化を考えなくても良い。例えば、僕の亡くなった姉に対して、もちろん彼女の晩年は印象に残っていることが多いが、ふと思い出すのはその数年前、高崎の心療内科に連れていって、帰りに彼女が好きなアニメグッズを売っている店に寄り、さっぱりしたものが食べたいとそれほど美味しくはない定食屋で2人で海鮮丼を食べた1日である。会話もぎこちなかったし、それはたわいもない一日であるが、僕にとっては彼女と関係する中での人生の要点である。

5570声 高いな

2026年06月03日

誰しもが思っていることと思うが、今年色々が高くなったと実感する。中之条町であっても、外食で1食1,000円以下を探すことは難しい。今日はスーパーへ行って、もずくのパックが1.5倍くらいの価格になっていて、塩サバの半身が500円になっているのを見て気持ちが重くなった。もちろん、小売が儲けているとは思っていないし、野菜に至っても燃料代が上がる中で値上げせねば仕事を続けていけない人がいることもわかる。だが、食品に限らず(自分も含めて)皆さんこれから大丈夫ですか? と思わざるを得ない。数年前には感じていなかった、真綿で首を絞められるような息苦しさを感じると言ったら言い過ぎだろうか。

飲食店においては、つい近年まで「安いからこんなものだろう」「高いけどこの味なら仕方ない」の2極の中で店を選んでいたのが(もちろん、安いけど美味しい、高いけどまずいはあったが)、安いものがなくなって「そこそこ高いけどこの程度か」という店が増える。都会なら一見さんで持つ飲食もあるのだろうが、地方ではそうはいかない。結果、外食離れにつながるのではないか(だからこそ、良い店が光る、とも言えるが)。

塩サバは賞味期限が近い半額のものを見つけ購入。そんなであっても、値段を見ることもなくポイっとカゴに入れられる食べ物もある。それは、もやしである。もやし良いよね。

5569声 素直さの価値は

2026年06月02日

群馬県商工会連合会で毎年主張大会の県大会というものを開催しており、コロナ禍において「会場に大勢呼べないので中継をしたい」といただいた仕事が、現在まで続いている。今年から、中継はなしで記録、後に編集して納品、となった。中継は何度やってもネット回線が途切れるのではないかという不安や、予想していない音声トラブルが起きるなど(過去にあった)緊張を伴うものなので、中継がなくて安心した気持ちで撮影に臨んだ。

8人の発表者のうち最後の青年が、「店に空き巣に入られ失意のどん底にいたが、商工会の仲間に話したところ、その道のプロが店舗修理などをして助けてくれて急死に一生を得た」みたいな話をしていて、それはカンペも読まずに感情のこもった発表だったので(全国大会ではいないのかもしれないが、県大会ではカンペをそのまま読む方もいる)、これは優勝だなと思っていたら・・

優勝したのはそれより前に発表をした嬬恋村の農家の女性で、ありそうでなかったキャベツの加工品を商工会仲間を作って村の活性化をはかっています、という内容の発表だった。大げさでもなく小さくもない、素直な発表だなとは思っていたが、パンチに欠けていた気がしていた。最終審査がどのように行われたのかはわからないが、きっとその「素直さ」が支持されたのではないか、と思う。

広告においては今、AIなんかも入ってきてより捏造、炎上方法、「価値のある何を言ったか」ではなく「誰が(インフルエンサー的な)言ったか」が支持される世の中になった。そんな中で「素直さ」の価値はどの程度あるのだろうか。僕自身ちょっとおそろかにしてしまっている気がして、人知れず反省をした。

5568声 結果を生きる

2026年06月01日

抜井さーん、元気ですよ。岡安です。

千恵さんから「オードリーの若林がラジオで言っていたことだと思うんだけど、この年齢になると若い時やったことの結果を生きていると実感する時がある」みたいな話を聞いた。芸人として売れたい! という若手時代を過ぎて、ある程度以上の成功を収め、ラジオの人気パーソナリティーになったであろう人である。そのラジオは聞いていないが、そこには成功したという実感よりも、<これから先はもう何者にもなれない>という寂しさの方が多く含まれる話のような気がした。

それに倣えば、確かに僕も46歳となりすでに結果を生きている年齢になっているのかもしれない。過去の頑張りがあるから今の身の回りがあり、過去の怠けがあるから今の身の回りがある。今から「世界に認められるような映画監督になる」ことはかなり難しいことだろうし(そうなりたいという気持ちもないのだが)、身体的にも急に具合が悪くなることもあるかもしれない。

ですが。ですが、と言いたい気持ちがまだ残ってはいる。それは若さとも言えるのかもしれないし、潔くないとも言えるのだと思う。あっという間に6月が来た。

5567声 夕風とコロッケ

2026年05月31日

五月最後の日。いささか溜めてしまった「鶴のひとこえ」書き、俳句の選をし、すこしだけ句を作る。句を作ることが、ここを安らぐ時間になるように努める。人のことを考える時間、以外の時間が持てるところが尊い。いまは夕風が心地よく、これから近所にコロッケでも買いでかけて、晩酌のお供にでもしようかと考えている。岡安さん、元気かなぁ。

5566声 心地よき疲れ

2026年05月30日

雲一つない快晴。運動会に行く。いまの運動会は初夏に開催するところ多い。ぐったり疲れた一日。

5565声 幽かに溺れ

2026年05月29日

常々、憂さ晴らしをするとか、寝やすくなるためとか、何かのために酒を飲むことはしたくないと考えていたが、いまでは酒を飲むと頭痛が軽くなるので、どうしても手が伸びている。明日に予定を考慮しつつ、それでも幽かに溺れつつ、一日を終える。

5564声 頭痛

2026年05月28日

片頭痛の激しい一日。二十代までは頭痛というものがあまり分からなかった。もちろん、二日酔いなどでは頭痛になるのだが、体質的に風邪などひいても頭痛にはならないと思っていた。そう思っていたのだが、三十代になったころから、なにかときりきり痛くなり、映画『ダイ・ハード』のジョン・マクレーンよろしく、いまではすっかり片頭痛もちになってしまった。寝不足や気圧の変化などでもそうだが、頭痛の種が多い人生になってしまったのだろう。いや、単に老化か。