日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。平成30年前半は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

2034声 替え芯

2018年11月30日

今月は、大きめな仕事が幾つかはじまり、既存の仕事もつまっていて、年に一度の映画祭もある。果たして寝られるのだろうか、やり切れるのだろうかと思っていたら・・

 

案の定

 

眠い時は寝ちゃったし、「どうしても今日まで!」という締め切りは守り・・つつ、冬を迎える小動物が巣穴に木の実を溜め込むように、たくさんの仕事を溜め込んだまま11月が終わろうとしている。

 

今日、ボールペンの替え芯を買って、赤と青しか出なかったボールペンに着装した。二ヶ月ぶりに、黒が書ける!それだけで、12月が始められる気がした。月の終わり、僕はここまでです。

 

気が早いけど、みなさんいい年を!

2033声 迷子願望

2018年11月29日

夜の帰り道とても眠くなって
コンビニの隅に駐車し少し寝させてもらう
ふと起きるとどこのコンビニかわからず
右へ行くのか左へ行くのかもわからない
深夜なので急ぐ必要はなく
今いる場所のわからなさが
少し心地よかった

 

大人にはきっと
迷子になりたい願望があるんだろう

2032声 キャンパスライフ

2018年11月28日

朝5時集合で19時まで、ある大学の撮影を行った。時間に沿って登校、授業、昼食、授業、学外活動などを撮影する。僕は大学は出ていないので、はじめてまじまじとキャンパスライフを眺めた。学生は当然いろんな学生がいる。この大学の特徴でもあるアクティブラーニングと呼ばれる、先生の話を聞くだけじゃなくて、自ら活発に意見を言い合う学生もいる。意識が高い系、と呼んだら怒られるだろうか。その一方で、ホールの端っこの机でボーッとしている学生もいた。個人的にはそっちの方が親近感が沸くし、僕がもし大学へ通っていても後者の側だったのではないかと思う。

 

「社会人になった今思うと、学生の時の何もしない時間はもったいなかったですよね。もっと勉強しておくべきだったって、今になって思うな」同行したIくんが言った。その気持ちもわからなくはないが、今の僕の大半を作っているのは、学生時代の仄かに暗いモラトリアムな日々だったように思う。

2031声 黄金

2018年11月27日

今年、伊参スタジオ映画祭「シナリオ大賞」の大賞受賞をしたのは、短編の部は胡麻尻亜紀さんによる母と娘がラップバトルを繰り広げる破天荒な物語「15歳の総理大臣」。そして中編の部で大賞受賞したのが、サンカと呼ばれた山の民の社会との衝突と、都会から来た少年との交流を描く笹谷遼平さんによる「黄金」であった。笹谷さんは、3年にわたり「サンカ」をテーマにシナリオを送って来た。山の中である種原始的な生活を送る人々が、村の人たちから差別の目を向けられていたという史実をもとに、「人間らしい生き方とは何か?」を彼は考え続け、ものがたり続けてきたと言っても過言ではない。昨年の「お還り」という脚本も素晴らしかったが受賞は逃し、それでも彼は諦めなかった。今年大賞を受賞した「黄金」は、来年の映画祭までに映画化される。

 

笹谷さんは、もともとドキュメンタリー作家であり、まだ観てないけど彼が監督した『馬ありて』というドキュメンタリーは来年グループ現代配給で公開されるという。ドキュメンタリーから劇映画へという流れも、個人的にとても関心がある。またシナリオの場所性から言って、中之条町の中でも六合地区が撮影現場として選ばれるのではないかと思っており(彼は2度ほどシナハン(シナリオを書くために場所を回ること)で六合にも来たそうだ)、六合は僕も大好きな場所なのでそれも楽しみなのだ。

 

短編もそうだが、できる限りの応援をしたい。

2030声 色を取り戻す

2018年11月26日

2日間の映画祭が終わり、今日は後片付け。体育館のシートをはがし、スタッフルームの不用品を捨て、よく働く仲間たちのおかげで伊参スタジオはいつもの静かな状態に戻った。

 

あらかた片付いて、映画を上映した体育館の裏手を見ると枯れかかった銀杏の木、青空を背景にはらはらと落ち葉落とすその木が美しかった。映画祭の準備日や当日も何度も目に入っているはずだけど、気づかなかった。

 

そんなことがあったから、「自分でも気付いていないことで、終わると心が軽くなって、無意識のうちに気にしていることって結構ありますよね」という話をIさんとした。そうだよね、とうなずく彼。聞くと今年1年、色々大変なことが重なり、周囲の「色」を感じられない状態まで思いつめてしまったそうだ。

 

「自分でも何がきっかけかわからないんだけど、だんだんと気持ちが前向きになって。色を感じられるようになってきました」と彼は言った。それはとても静かな変化であるけれど、とても嬉しいことだと思った。

 

空の青に銀杏の葉の黄色。ちまたにはきれいな色が溢れている。そのままの色を感じられる自分でいたい。

2029声 映画のふるさと

2018年11月25日

伊参スタジオ映画祭2日目の恒例企画。前日からスタッフが手塩にかけて作ったカレーを、お客さん、映画監督、俳優など、来場したみなさんにふるまう交流会である。昨年「シナリオ大賞」で大賞を獲得し、それから1年をかけて映画化された『あるいは、とても小さな戦争の音』(村口知巳監督)と『なれない二人』(樋口幸之助監督)の上映が終わった直後なので、両監督も緊張から解かれ、とてもいい顔をしている。

 

今年の映画祭ポスターに、僕はそれほど考えずに「映画のふるさと」というコピーをつけた。伊参スタジオができるきっかけとなった『眠る男』(小栗康平監督)と『月とキャベツ』(篠原哲雄監督)の2作品を意識しつつ、「シナリオ大賞」によって2003年から実に30本近い(!)映画が今までに作られ、それらの監督にとってもこの映画祭が「ふるさと」であってほしいという思いからだった。大げさではなく、それが実感できる2日間だった。

 

交流会の時は、僕らスタッフはもてなす側でありカレーも我慢するが。準備日含めて連日カレーをいただいた。例年通りいくと明日の片付けではカレーうどんが出るかもしれない。思い出の多くと胃袋を、カレーが締める。それも、伊参の特徴。来場してくださったみなさん、ありがとうございました!

2028声 映画がはじまる

2018年11月24日

今年の伊参スタジオ映画祭がはじまった。2001年の第一回はお客として参加し、2004年からスタッフに入り、実行委員長になってから2度目の映画祭。それでいいのか?と自分でも思うくらいに気負いはなく、気持ちとしては清々しい。役場担当者以外は僕を含めてボランティアからなる映画祭スタッフ。映画祭に限らずボランティアによるイベント継続が難しいのは、スタッフのモチベーションをいかに保つか。今年は例年以上に準備段階で集まりが悪かったけれど、映画祭当日にスタッフがすばらしい動きを見せるのも例年通り。僕も今日何度となくスタッフに助けられた。

 

シナリオ審査員として例年親身に関わってくれる映画監督たち、「シナリオ大賞」の歴代受賞者たちも作品をひっさげたり、普通にお客として参加してくれる。世の中には「映画祭好き」な人たちもいて、北から南から映画祭を渡り歩く中で伊参にも必ず顔を出してくれる常連さんがいる一方で、多分それほど映画マニアではないけど毎年通って朝早くから列に並んで一番に入ってくれる地元の方もいる。つまりは毎年顔を見る人たちを見ると、「映画祭がはじまったんだな」とようやく実感ができる。

4027声 関わったもの勝ち

2018年11月23日

いよいよ明日より「第18回伊参スタジオ映画祭」が開催される。実行委員長になってから2度目の映画祭だ。祝日の今日は10時から会場となる伊参スタジオにスタッフで集合し、会場設営や手渡しチラシの準備、日曜に上映する映画のスタッフ試写などを行った。

 

役場の映画祭担当をのぞき、関わるスタッフは僕ふくめ皆ボランティアだ。そうなるとつまるところ「関わったもの勝ち」ではないかと僕などは思う。例えば今年スタッフの1人が試写会へ行き、文化庁の映画制作支援事業「VIPO」の上映作品1つを上映したいと提案してくれた。その映画『もんちゃん』は監督来場もついて25(日)に上映するんだけど、提案したスタッフはきっと誰よりも嬉しいに違いない。そしてお客さんに配る木札も、交流会で無料提供するカレーも、関わっていれば「私が関わったんだ」と胸を張ることができる。そういう関わりが一つもないと、ただ何かの係として決まったことをこなすだけになる。

 

映画祭もきちんとやろうとするとやることは盛りだくさんなんだけど、それらに向き合うことで「映画祭スタッフの中で一番楽しんでいるのは僕なんじゃないか」と思うようになった。

 

ではでは、この土日、中之条町伊参スタジオでお会いしましょう!

伊参スタジオ映画祭

4026声 辛いらーめん

2018年11月22日

コンビニでリポビタンDのちょっといいやつを買って、駐車場の車の中、スマホでメールを返していた。

 

コンコンコン

 

窓ガラスを叩かれ「エッ」と顔を上げたらコンビニの店員。ボタンを押して窓を開ける。

 

先ほど、辛いらーめんを買われた方ですか?

 

「いえ、違います」と言うと、店員は首をかしげ店へと戻って行った。辛いらーめんを買った客に何が起きたのかも少し気になるものの、僕はそうか、コンビニで辛いらーめんを買うような顔なんだなと、多分そうだろうなと、一人納得してしまった。

4025声 チンカラホイ!

2018年11月21日

『のび太の魔界大冒険』が好きだった。のび太が魔法をかける時の合言葉はチンカラホイ。

 

僕の方は随分大人になってしまったが、急いでいる時に目の前の信号は赤信号、そんな時、信号に向かって

 

チンカラホイ!

 

と唱えると、30回に1回くらいの割合で、青信号に変わる。魔法である。

4024声 高崎グラフィティ。

2018年11月20日

伊参スタジオ映画祭では11/24(土)に『高崎グラフィティ。』を上映する。
 
今年の春で32回を数えた「高崎映画祭」は偉大な映画祭だ。その発起人であった茂木一男さんはもちろんのこと(まだご存命の時に山形映画祭でばったり会って「伊参はいい映画祭だよ」と言ってもらった事がとても嬉しかった)、現ディレクターの志尾睦子さんは僕にとってのアイドル・・違うか、映画と深く関わる姿勢に、ずっと刺激をいただいている。
 
高崎との関係といえば、伊参のメイン企画である「シナリオ大賞」作品は、2014年の『震動』『独裁者、古賀。』の上映を皮切りに、今年に至るまで高崎映画祭で毎年上映していただいている。高崎映画祭での上映に立ち会った伊参関連監督も皆たいへん喜んでいるし、同じ群馬の映画祭として関係できることは、とても嬉しいことだ。・・と、前置きが長くなりましたが・・
 

 
今年の伊参スタジオ映画祭の上映作品が何がいいか悶々と考えていた時に、高崎の駅前を歩いていて、『高崎グラフィティ。』の大きな横看板を見つけた。今年の高崎映画祭でクロージング上映を飾ったそれは、調べるにオール高崎ロケ映画だという。しかも、未完成予告編大賞という「映画の予告編をまず作り、これは本編が見たいぞ!という最優秀作品を映画化させる」プロジェクトの第一作目。シナリオ大賞もそうだけど「映画の作られ方」としても面白いではないか。興奮しながら上映中だったシネマテークたかさきへ足を運んだ。
 
電車に乗ってしまえば東京はすぐ側だけど、都会とは言い難い町、高崎市。『高崎グラフィティ。』は、高校卒業を迎える5人の若者の葛藤を、実にストレートに描いた青春映画だった。アーケード街から河原まで、高崎という場所のドキュメントでもあり、演じる若者も・・まだ何者かになれていない自分を役に投影しているかどうかはわからないが、その年齢でしか出せない表情を見せる。で、若者に混ざり短い時間でも後引く個性を見せるのが渋川市出身の渋川清彦さん。映画のはじめから終わりまで、「映画を作るんだ!」という熱を帯びた熱い作品だった。伊参スタジオ映画祭の今年の上映候補に推した。
 
当日は、川島直人監督と、本編撮影前の予告編大賞の段階ですでに役者として関わっていた佐藤玲さんがゲストで来場する。多くの人に観てもらいたいのは当然なのだけど、「高崎に暮らしているけど、この映画を見逃してしまった」という高崎市民のアナタ!には特に観ていただきたい。

4023声 冬の山

2018年11月19日

地元の補聴器専門店の広告を、もう2年近く手がけている。年に4回の新聞折込み。メガネ同様にわりと手に入りやすくなった補聴器だが、メンテナンス含め末長く合える店は多くないらしく、安く買って合わなくて使わなくなるケースも多いらしい。

 

中之条の「アマダ補聴器倶楽部」は、親から継いで2代目のアマダさんという女性が経営している。驚いたことに、1996年に中之条町で撮影された『眠る男』という映画で、アマダさんはスタッフとして参加していたんだそうだ。そういう話を聞くと急に距離が近くなって、「地元密着をアピールするなら、アマダさんのインタビューを広告に載せましょう」と提案してみたり、広告も反応があるとのことで、いい関係が続いていると思う。

 

アマダさんの店は、南の壁一面がガラスになっていて、道路と吾妻川越しに榛名の山々を見渡すことができる。「毎日山を見てるけど、昨日までは秋の山だった。今日急に冬の山になったね。不思議だけど、そういう区切りがあるもんなんだ」とアマダさんが言った。「はあ」と言って山を見ても、僕にはあまりわからない。でももうすぐらしい、冬は。

4022声 この道

2018年11月18日

今年の伊参スタジオ映画祭初日(24土)に、篠原哲雄監督作『ばあちゃんロード』を上映する。近年、監督や俳優の上映後のトーク司会が僕の役割になり、できる限り映画祭前に上映作品を観ることにしている。でもなかには、ぶっつけ本番、その場で観て直後にトーク司会をしなければいけない局面も何度かあり、監督の前でそもそもの映画タイトルを言い間違えたこともある。『ばあちゃんロード』は未見で、すでにDVDが販売されていたので、購入して見てみた(でもスクリーンで見る映画は違いますからね、映画祭で見てくださいね!)。

 

草笛光子さん演じる足が不自由で介護施設で生活しているばあちゃんが、ばあちゃんっ子だった孫娘の結婚式に、孫娘に頼まれて一緒にバージンロードを歩く約束をする。素直な家族の物語であり、特別ではない若い夫婦の物語であり、根っからの悪者は一人も出て来ず、それらが物足りないかというとそんなことはなく、職業映画監督・篠原哲雄監督はこういう素直な映画を作るのがうまいなーと、こちらも素直な気持ちで見終えた。中之条の里山の映画祭では、こういう映画はしっくりくる。

 

普段は見ないメイキングも見た。介護施設に篭っていた草笛光子さんが、車椅子を孫娘に押されながら久しぶりの散歩をする。「この道ーはーいつか来た道ー」と歌う草笛さん。それ、台本にはないアドリブだったそうだ。そして・・この映画の主題歌は、大貫妙子さんが歌う「この道」なのである。いい話だな、実に。

4021声 エスプレッソ

2018年11月17日

もう来週には第18回伊参スタジオ映画祭が始まる。今日は会場となる体育館の椅子並べや外のベンチ運び。今年は例年以上に気持ちが切り替わらず、でも単純な作業で会場が出来上がるにつれ、いよいよか、と気持ちが作られていく。

 

毎回書いているけど、この映画祭では全国から映画シナリオを募集し、中編・短編2つの大賞作品を映画化させる「シナリオ大賞」を2003年から実施していて、過去28本の映画を誕生させた。今日は昨年の短編大賞受賞作『あるいは、小さな戦争の音』(村上知巳監督)のスタッフ試写を行った。

 

撮影に際して、出演している石倉三郎さんと飲む、というごく稀な機会があったことを思い出す。名脇役として様々なドラマや映画に出演しているベテラン俳優。村上監督はこれが初監督作。経験はない監督のラブコールに応えた石倉さんは、作品の規模ではなくやりがいで仕事を選ぶ人だった。芋焼酎を片手に「エスプレッソ」というセリフをどんな口調で言うべきか、監督と話し込んでいた。「俺はこの男(演じる男)であったら、ゥエスプレェッスォ、って言うと思うんだよ」石倉さんは言った。

 

伊参スタジオ映画祭

4020声 人生の純粋な断片

2018年11月16日

今日は、アーツ前橋が行なっている「表現の森」プロジェクトの延長で、文化庁と群馬大学主催のシンポジウムが行われた。その内容は、「高齢者・障害者がより良く生きるために、アートにできることは何か?医療・アートの分野を越えて考えてみよう」というものだ。撮影を担当した。

 

2016年から「表現の森」で、神楽太鼓奏者の石坂亥士さんとダンサーの山賀ざくろさんが、一部痴呆が進んだり身動きもとれないような高齢者の方たちを対象にワークショップする様子を撮り続けてきた。子どもがアートに触れると、なんだか未来を感じていい話だけれど、前回僕らが来たことも覚えていない高齢者の方たちに活動を続けることの意味は、案外見出すのが難しい。

 

今日の話の一つに、「医師が患者を診て、病名を与え、しかるべき薬や施術を行う医学がある一方で。一人の患者が抱える痛みや不安を、なぜそう感じるのか、それが一生治らないならどう付き合っていけば良いのかを共に考えていく医学も必要だ」というようなものがあった。高齢者・障害者をまとまりで見るのではなく、一人一人を個人としていかに尊重できるか、ということだろうか。

 

動きがとれないお婆さんが、太鼓のリズムでごく小さく指を動かしたり、痴呆症のおじいさんが音を聞いて昔の歌を歌い出したり。亥士さんやざくろさんと高齢者との現場では、一人一人の個性が際立つ瞬間がある。その動きには、うまく見せようという自己演出もなく、70も80も年を重ねたからの凄みを感じることもある。大げさに言えば、人生の純粋な断片、とでも言うような瞬間。

 

僕の役割は、それを映像として残して、その家族や施設スタッフ、関心のある人に見てもらい、より個人個人を感じてもらう、ということで良いのかもしれないと、今日ふと思った。

 

表現の森

4019声 どんちゃか

2018年11月15日

ぴんすかぽんぽ
ちゃーすかぴー
ぽこぽこふーふー
ふふふんふんふん
きゅるるぴぽっぱ
どんちゃか

4018声 続・山場

2018年11月14日

山場を登っている。

 

午前四時半に岩櫃(いわびつ)山のふもと、平沢登山口に集合。ヘッドライトをつけた6人ほどのパーティーになる。今月2度目の岩櫃山での朝日撮影である。真っ暗な山道をずんずん登っていけるのは、先を行くのが山のスペシャリストであるからと、僕自身日中の勝手知った山だからだろう。1人でもし知らない山を目の前にして「日が登るまでに山頂に登れ!」と言われたら、きっと泣く。しゃり、しゃり、しゃり。10日くらい前にも登ったのだが、落ち葉がずいぶんと増えた。僕が気づかない間に、季節はどんどん去っていく。夜明け時刻の30分ほど前にほぼ山頂である9合目についた。

 

Hさんが、気をきかせて湯を沸かしコーヒーを入れてくれた。この仕事は僕はサブカメラ。メインとなるOさんは、レンズの着脱もできるドローンの準備を初めている。熱いコーヒーに口をつけ、山の下を見下ろすと、「ちっさい町だなー」と日頃思っている東吾妻町原町でさえも、ずいぶん多くの光がまたたいている。あ、そんなことはこの前も書いたか・・

 

前回は雲が多くて、狙っていた日の出が撮影できなかった。今日も雲の心配はあったが、日の出時間から遅れること10分くらいで、雲の上から黄色い太陽が差した。ドローンが撮影している映像を別モニターで見させてもらったが、「ここをドローンで撮影しなければドローンなんていつ使うの?」と言うような見事なカットが撮影されていた。まっくらな画面から徐々にカメラが上がっていき、岩櫃山のほぼ全景の稜線が見えてくる。カメラはさらに上がり山の上空を越えて行こうとする。黒く広大な山のシルエットの先は、白い雲海と小さく光りだした朝日。奥の山々は青白くどこまでも広がり、白い靄がかかった街並みは上等な絹をまとった様だ。そしてカメラは・・山を越えた。

 

今後、山から谷や洞穴に場所を移し撮影を行う。完成が楽しみだ。

4017声 山場

2018年11月13日

山場を登っている。

 

3日に1度以上は会社に泊まっている。そんなに夜遅くまで仕事してもうつらうつらするのはわかっているが、家に帰っても最近は無趣味状態。寝るだけなので、少しでも仕事が進めばと思って粘ってしまう。僕にとって仕事が捗る時は2つあって、1つは良く寝て万全の状態の午前中。ただし、細かいことに気づいてやらなければならなかったり、電話があったり人に会う必要ができたりで、確保できる日が少ない。もう一つは深夜。こちらは他者の干渉はない。そして不思議なことにうつらうつらして全く進まないことはあっても(あるいはあえて仮眠をとったりもするけど)あるときふとスイッチが入ったりする。そのあと3時間くらいはぐんぐん仕事が進む。

 

とはいえ、僕ももう40手前となってしまった。こんな働き方が良いはずはない。あと1年と二十日くらい、ちょうど40歳になったら「働き方の抜本を変えたい」と思っている。いや、思ってはいる、ずっと。僕はずいぶんと地元(中之条)ラブな人間と思われている気がするが、いっそ遠くへ行ってしまおうか、などという根拠もない発想が浮かぶのは、きっと深夜だから、あるいはストレスのせいなのだろう。来月になるのか来年になるのか、山を越えれば楽になるはずだ。そう思って登るしかない。


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