日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

6419声 楽しいバトン

2026年01月03日

アートディレクター・カメラマンの田淵章三さんが亡くなった。商業写真の第一線で働き、詩人の谷川俊太郎さんとも「子どもたちの遺言」「今日までそして明日から」という2冊の写真詩集を刊行。北軽井沢に居を移してからは、山まわりをまるっと仕事にしている会社、きたもっくのブランディングにも携わってきた。

僕は、長野原町がやんばダムの完成映像を作る際に、フリーペーパーきたかるのチームに混ざる形でその仕事に加わった。そのチームにいたのが、きたもっく代表の福嶋誠さんであり、田淵章三さんであった。クセの強いおじさんたちという第一印象であったが、すぐに彼らの仕事の深さを知り、映像制作にあたっては章三さんがディレクター、僕がカメラマンという役回りで仕事を進めた。シリアスになりがちなダムを巡る取材において、章三さんの提案は常にユニークで、ご自宅にも何度も泊まらせていただきながら(章三さんが好んでいた、醤油と砂糖だけで煮る格別に美味しくて格別に体に悪そうなすき焼きもごちそうになりながら)映像を完成させた。その仕事だけに限らず、公私に渡って大変お世話になった。僕は章三さんのことがとても好きだったし、章三さんも僕が行く度に「お前の顔は面白い!」と笑い、写真に限らない表現方法に関しても自身が知っていることは何一つ隠さず教えてくれた。言うのは勝手だから言うと、師匠だと思っていた。

本日、家族葬であったのに、娘の三菜さんが僕も行って良いと言ってくれたので、参列させていただいた。同席された誠さんが言っていたように僕も全くをもって気持ちの整理はつかないのだが、章三さんから色々を教わった身として(実際仕事として教わったことは多くはないが、それ以外の生き方や人間の在り方などを学んだ)これまた勝手に重いバトンを受け取った気でいたのだが、厳かな式の最中にも所々に章三さんのユニークさを思い出させるやり取りがあり、僕も、楽しいバトンを受け取ったのだと思い直した。章三さん、ありがとうございました。

6418声 築地はいま

2026年01月02日

この年末は、4年ぶりくらいに築地場外市場へ行った。10年前くらいには月に2度場内市場へ通い魚の仕入れの真似事をしていた。業者の仕入れの基本は豊洲へ移ったが、今も多分一般の人が買い物をするのは築地場外がしやすいのではないかと思う。

何年か来ない間に場外市場は様変わりしていた。簡単にいうと、インバウンド客などを目当てにした軽食、高級海鮮丼などの店が増えた。そして実際、外国人が多い。年末だから僕のようなお正月の品の買い出しの人も多くて、まさに人の大洪水。これを見ただけでも年末感は十分。そうした洪水の奥では、店構えも変わらない乾物屋や漬物屋などが今もしっかりと商いを続けていた。

仕入れの時はいつもと言って良いほど通っていた、場内市場にあった鯵フライやとんかつの名店「豊ちゃん」も市場ごとまるっとないので、駐車場に入るまでの渋滞の中で検索しておいた「築地本種(もとだね)」を初訪問。インバウンド客では見つけられないような路地裏にあって、開店してわりとすぐの時間に行ったが人が列をなしていた。常連客的な顔ぶれが多いので、食べる前から安心できる。実際、食べた丸ちらしは1,400円と安価ながらすべてのネタに生のねとっとした旨みがあり、非常に美味しかった。

年末ならではの光景も。常連と思われる客が「大将も飲んでよ」と言い、カウンターの大将のコップに瓶ビールを注ぐ。「いただきます」と言って大将はひと飲み。そしてすぐに仕事に戻る。また、戸が開いて女性が「混んでるからまた空いた時に来るね、今年もありがとう」と声だけかけてすぐに去っていく。良い店だなぁと思った。長年お世話になっていた「山治」を中心にものを買い揃え、ほくほくした顔で築地を出た。

6417声 元旦に見た顔

2026年01月01日

元旦のめっかった群馬に投稿する機会が過去あっただろうか・・僕の記憶では、ない、のだがもう何年も続けているので忘れているだけかもしれない。明けましておめでとうございます。今月は、まだ2026年という数字も打ち慣れていない岡安が担当します。

元旦の恒例行事がある。行事といってもごく個人的な習慣のようなものだ。やや離れた所に住む姉家族が実家であるうちを訪ね、皆で年始の挨拶とおせち食べを済ませ、恒例のカードゲームをしてくつろいでからわらわらと帰った後、僕は近くのコンビニまで歩いて出かける。飲酒をしているから歩くということもあるが、歩きたいのだ。そうして分厚い新聞を各紙買い集める。

以前は新聞販売店が母体の会社に勤めていた。元旦の新聞は分厚い。今年一年の予測や、社会の傾向、社長さんのたちの挨拶や景気の良い全面広告などがあり読み応えがある。うちは新聞を取らなくなって随分経つが、正月の新聞だけは読みたい。今年は出たのが遅かったせいか、朝日と読売が買えなかった。上毛、日経、東京を買い、うちに戻り上毛新聞を広げた。すると

視点オピニオン 榛名湖の結氷 故郷の変容季語で体感 俳人 抜井諒一(千葉県市川市)

見知った顔がふいに目に入った。赤城の大沼、榛名湖と、以前は氷上ワカサギ釣りができていた湖も、暖冬多い今では凍らず寂しい、が、それ以外にも目を凝らせば周囲に氷の世界が広がっているという内容だった。内容も良いが、なによりこの鶴のひとこえ抜井さんの投稿が元旦の新聞に掲載されているということが嬉しかった。

6416声 フライング

2025年12月31日

水曜日。晴れ。大晦日。二日酔い緩和のため、一人で吟行に行き、まとまった数の句を作る。近所の神社にフライングで初詣とはいわないのだろうが、詣でた。境内を見ていると、けっこうそういう人がいるものだ。さて、みなさま良いお年を。

6415声 名無し

2025年12月30日

火曜日。晴れ。小晦日。つい先ほど、慌てすぎて差出人である自分の名前を書かずに年賀状を投函していたことに気が付く。すみません。昨日から酒を飲み過ぎている。

6414声 納める

2025年12月29日

月曜日。雲多くも晴れ。最後の原稿など送り、いちおう仕事を納める。結社誌に掲載した句評の反響の便りが数通届く。正月に向け、体力を温存することとする。

6413声 赤城の湯

2025年12月28日

日曜日。快晴、午後から風強し。実家での用事を終えてとんぼ帰り。渋滞などなくて幸い。今回はかねてから行きたかった「まえばし赤城の湯」の行けた。なるほど、銭湯である。田中みずき氏のペンキとはこれか。露天風呂では柚子湯をやっていた。

6412声 伊勢崎駅前

2025年12月27日

土曜日。曇りのち晴れ。午前中は最後の入稿。なんとか形は付いた。午後は一路群馬へ。関越自動車道が月夜野の先で大きな事故とのことで、通行止めになっており、戦々恐々とする。買い物などして伊勢崎に一泊。それにしても駅前のこのすっきり感よ。駅前のベイシアに餃子の満州のテナントが入っているあたり、埼玉感がある。

6411声 おさまりの付け所

2025年12月26日

金曜日。快晴。都内では青空に銀杏落葉が舞っていた。年末に銀杏落葉。やはり、今年は暖冬であったのだ。年内の仕事がおさまっている人もあるらしく、今年最後の挨拶などする。いろいろおさまっていない、このいやな緊張と焦燥から抜け出したいが、それには一つづつ片付けていく必要がある。まだ到底おさまりがつかない。

6410声 かにしゃぶ

2025年12月25日

木曜日。雨。クリスマスである。年末ジャンボの行列が終わったかと思えば、クリスマスケーキをもとめる行列が、巷のそこかしこにできていた。しかしながら雨で、どこの駅も大混雑。混沌の中を帰宅した。冷凍してあった蟹を解凍し、かにしゃぶにしてみた。なかなか美味しいが、身が細いのがいささか残念。まだ年の瀬、私のような者が贅沢をしている場合ではない。

6409声 正月の日向

2025年12月24日

水曜日。曇りのち雨。校了になっていたJ新聞の原稿掲載日が決まった。元日である。季語で言うところの「初刷」なので、俳人冥利に尽きる。そんなわけで、句が載っていた方がよかろう、ということで正月にふさわしい一句をこれから入稿する予定だ。しかしそれもそうで、私が俳句を入れないでまとめていたので、その点は気が利かなかったと反省。その新聞を当日に目を通せないのが残念だが、私の部分はともかく、元日のあの分厚い新聞の写真の華やかな紙面を想像すると、楽しみである。電子化が普及しているが、やはり、正月の日向で新聞やチラシを広げる楽しみ、そのゆったりとした時間は得難い。

6408声 寒夜の行列

2025年12月23日

火曜日。曇り。最寄り駅前を夜通ったら、年末ジャンボ宝くじが発売最終日とかで、長い行列ができていた。私は昨日、慌てて買ったのだが、いつも当選番号の確認を怠るとうざまである。車のバッテリーは充電器を用いて何とか充電できた。まだ、アイドリング時にエンストしそうになるので、何時間か走行して充電する必要がありそうだ。何かと片付いていないことばかりなのに、「良いお年を」と挨拶してばかり。そういえば、昨日は冬至だった。昼間寄った小さなスーパーでは、大きな柚子が一つ百五十円くらいで売っていた。

6407声 不調

2025年12月22日

月曜日。夜から雨。家人の調子が悪く、夜に発熱外来に行く。診療所の受付で、聞くとはなしに聞いていると、熱が39度とか、悪寒がひどいとか、皆一様にインフルエンザの薬をもらって、げっそり帰っていく。家人はというと、インフルエンザでもコロナでもないらしく、風の処方薬をもらって帰ってきた。そういえば、ルームランプがついていたせいだとおもうが、車のバッテリーまで上がってしまい、エンジンかからず。こちらの症状が一番深刻である。

6406声 高揚か焦燥か

2025年12月21日

日曜日。引き続き雨。寝たり起きたりして体調回復を図る。WEB句会の選などする。年賀状を書こうかと思ったが、出す数もだいぶ減っているので、後回しにする。夕方に買いものに出かけたのだが、スーパーはクリスマスと年末年始とで、きらびやかな商品がたくさん陳列されており。店内のクリスマスソングと相まって高揚か焦燥か分からぬ感情になって、不要なものまでたんまり買ってしまった。海苔とかケチャップとか、いつでも買えるだろ。おそるべし。

6405声 クリスマスマーケット

2025年12月20日

土曜日。雨。起床して最悪の体調だったが、熱はないので無理して句会に出かける。場所は横浜。赤レンガ倉庫の周りはクリスマスムード一色。人出も多く、クリスマスマーケットに入るにも、参加券を購入していないといけない。マーケットには入れなかったが、毎年出ている小さなスケートリンクは今年も出ていた。その後、中華街の小さな食堂でラーメンとチャーハンを食べたら、もう句を作る気力などなくして、ただただ街を漂っていた。そんなことで句会は不調。体調も不調だったが、仲間内で小さな忘年会をして帰ってきた。当然、これがいけなかったのだが、鼻水が止まらない。

6404声 暮らしの中の器

2025年12月19日

金曜日。快晴。鼻水と咳が止まらない。なかなか原稿が仕上がらない。しかし、これを手放せばなんとかなりそうである。そういえば、先日、柵のうにを食べた。贅沢にも白飯の上にたくさん乗せたりして食べたのだが、何というかあまり感動がなかった。美味しかったことは確かなのだが。思うに、うにが安っぽいパックに入っていたからでは無かろうか。あの安い梅干しが入っているような、プラスチックのパックである。やはり、食にとって、器は大切なものだと改めて感じた。暮らしの豊かさに結び付いている。麦酒会社のおまけのコップと、パン祭りの器を常用している私がいうのもなんだが。

6403声 葛根湯

2025年12月18日

木曜日。快晴。寝不足でふらつきつつ、やはり免疫力が落ちていたせいで軽く風邪を引いてしまった。葛根湯を飲んで寝る。

6402声 丑三つ時

2025年12月17日

水曜日。雲多くも晴れ。投句関係を済ませる。そして、ようやく原稿にも目鼻がついてきた。「写生」について、偉そうなことを書く。集中しすぎてしまい、また就寝時間が丑三つ時になってしまった。そんな時間に食らうカップ麺が悪魔的に美味い。掲載誌など届くが、封を開けられず、積読タワーに置く。