木曜日。雨。クリスマスである。年末ジャンボの行列が終わったかと思えば、クリスマスケーキをもとめる行列が、巷のそこかしこにできていた。しかしながら雨で、どこの駅も大混雑。混沌の中を帰宅した。冷凍してあった蟹を解凍し、かにしゃぶにしてみた。なかなか美味しいが、身が細いのがいささか残念。まだ年の瀬、私のような者が贅沢をしている場合ではない。
2025年12月25日
木曜日。雨。クリスマスである。年末ジャンボの行列が終わったかと思えば、クリスマスケーキをもとめる行列が、巷のそこかしこにできていた。しかしながら雨で、どこの駅も大混雑。混沌の中を帰宅した。冷凍してあった蟹を解凍し、かにしゃぶにしてみた。なかなか美味しいが、身が細いのがいささか残念。まだ年の瀬、私のような者が贅沢をしている場合ではない。
2025年12月24日
水曜日。曇りのち雨。校了になっていたJ新聞の原稿掲載日が決まった。元日である。季語で言うところの「初刷」なので、俳人冥利に尽きる。そんなわけで、句が載っていた方がよかろう、ということで正月にふさわしい一句をこれから入稿する予定だ。しかしそれもそうで、私が俳句を入れないでまとめていたので、その点は気が利かなかったと反省。その新聞を当日に目を通せないのが残念だが、私の部分はともかく、元日のあの分厚い新聞の写真の華やかな紙面を想像すると、楽しみである。電子化が普及しているが、やはり、正月の日向で新聞やチラシを広げる楽しみ、そのゆったりとした時間は得難い。
2025年12月23日
火曜日。曇り。最寄り駅前を夜通ったら、年末ジャンボ宝くじが発売最終日とかで、長い行列ができていた。私は昨日、慌てて買ったのだが、いつも当選番号の確認を怠るとうざまである。車のバッテリーは充電器を用いて何とか充電できた。まだ、アイドリング時にエンストしそうになるので、何時間か走行して充電する必要がありそうだ。何かと片付いていないことばかりなのに、「良いお年を」と挨拶してばかり。そういえば、昨日は冬至だった。昼間寄った小さなスーパーでは、大きな柚子が一つ百五十円くらいで売っていた。
2025年12月22日
月曜日。夜から雨。家人の調子が悪く、夜に発熱外来に行く。診療所の受付で、聞くとはなしに聞いていると、熱が39度とか、悪寒がひどいとか、皆一様にインフルエンザの薬をもらって、げっそり帰っていく。家人はというと、インフルエンザでもコロナでもないらしく、風の処方薬をもらって帰ってきた。そういえば、ルームランプがついていたせいだとおもうが、車のバッテリーまで上がってしまい、エンジンかからず。こちらの症状が一番深刻である。
2025年12月21日
日曜日。引き続き雨。寝たり起きたりして体調回復を図る。WEB句会の選などする。年賀状を書こうかと思ったが、出す数もだいぶ減っているので、後回しにする。夕方に買いものに出かけたのだが、スーパーはクリスマスと年末年始とで、きらびやかな商品がたくさん陳列されており。店内のクリスマスソングと相まって高揚か焦燥か分からぬ感情になって、不要なものまでたんまり買ってしまった。海苔とかケチャップとか、いつでも買えるだろ。おそるべし。
2025年12月20日
土曜日。雨。起床して最悪の体調だったが、熱はないので無理して句会に出かける。場所は横浜。赤レンガ倉庫の周りはクリスマスムード一色。人出も多く、クリスマスマーケットに入るにも、参加券を購入していないといけない。マーケットには入れなかったが、毎年出ている小さなスケートリンクは今年も出ていた。その後、中華街の小さな食堂でラーメンとチャーハンを食べたら、もう句を作る気力などなくして、ただただ街を漂っていた。そんなことで句会は不調。体調も不調だったが、仲間内で小さな忘年会をして帰ってきた。当然、これがいけなかったのだが、鼻水が止まらない。
2025年12月19日
金曜日。快晴。鼻水と咳が止まらない。なかなか原稿が仕上がらない。しかし、これを手放せばなんとかなりそうである。そういえば、先日、柵のうにを食べた。贅沢にも白飯の上にたくさん乗せたりして食べたのだが、何というかあまり感動がなかった。美味しかったことは確かなのだが。思うに、うにが安っぽいパックに入っていたからでは無かろうか。あの安い梅干しが入っているような、プラスチックのパックである。やはり、食にとって、器は大切なものだと改めて感じた。暮らしの豊かさに結び付いている。麦酒会社のおまけのコップと、パン祭りの器を常用している私がいうのもなんだが。
2025年12月17日
水曜日。雲多くも晴れ。投句関係を済ませる。そして、ようやく原稿にも目鼻がついてきた。「写生」について、偉そうなことを書く。集中しすぎてしまい、また就寝時間が丑三つ時になってしまった。そんな時間に食らうカップ麺が悪魔的に美味い。掲載誌など届くが、封を開けられず、積読タワーに置く。
2025年12月16日
火曜日。快晴。夜はしばらくご無沙汰していた句会に出かける。師走なので参加者は少なかった。句会がはねた後は、阿佐ヶ谷の小さな居酒屋で小さな忘年会。久しぶりに情報交換する俳句の小さな世界のことなど、楽しく聞く。結局、長っ尻になってしまい、グラスの日本酒を一気飲みして店を後にした。土佐の南(みなみ)といったか、あの酒は。おでんによく合った。終電間際の列車に乗り、帰宅したのはもう午前一時ごろになってしまった。
2025年12月15日
月曜日。快晴。朝から人身事故があり、大混雑に巻き込まれた。アメリカのブラウン大学での銃乱射のニュースなどを見ていたことも影響してか、師走の朝になんだか痛ましく。それによっていささか調子が狂う。献本がどさっと届く、句集や歌集などの世界は、電子化の波がまだまだ到達していないようだ。
2025年12月14日
日曜日。昨日は午後から天気が下り坂で、夜半から降り出した。そして、今朝からしたたかな雨。出かけたくないが定例の句会なので、行かねばならない。提案があり、吟行地は市内の木内ギャラリー。列車とバスを乗り継いでと、億劫だったが、そんなところに当たりくじはあるもので、ちょうど館内は作家の作品が展示してるイベント期間中かつクリスマスの雰囲気で、玄関に聖樹などもあり良い雰囲気であった。庭は一面の銀杏落葉。良い体験ができた。まんざらでもない作が一句だけ得られた。午後からは雨も上がり、句会後は新年会の予約を現地で直接行って帰ってきた。
2025年12月13日
土曜日。朝から病院巡り。「イヤダ」と思わず内田百閒風につぶやきたくなる。しかし、どういうわけかいつも混んでいる病院が空いていたり、空いている病院が込んでいたりと、患者の流れが常ならぬ印象であった。夕方に帰宅し、疲れて酒飲んで寝る。
2025年12月12日
金曜日。冬型の気圧配置らしく風の強い一日。周りに体調不良者が急増している。乾燥しているので、ウイルスが蔓延っているらしい。気が重い原稿にようやっと手を付け始める。組織のことで、いろいろと難題が山積している。組織に属すものが味わう悲哀。晩酌の酒が美味しくない、というのは酒自体が悪いのではなく、自らの体調が悪いサインである。もう思考回路がへこたれてきて買い物の労を追う余裕もなく、Amazonをフル活用する。
2025年12月11日
木曜日。引き続き、冬晴れ。今年は忘年会の数がぐっと減りそうである。それはそれで良いのだが、酒飲みの端くれとしてはいささか寂しくもある。そんなことを考えつつ、残り一枚となったカレンダーをまじまじと眺めると、このひとこえを大晦日まで書くのかと、改めて感じ入った。先が長いような短いような。句評原稿の文字数が合わず、断腸の思いで削りに削る。早く手を離さないと、後、いろいろと焦げ付いてきそう。注文していた角川ソフィア文庫の「川端茅舎全句集」が届いていた。句集も持っており、それを何度も読み返してきたのだが、やはり茅舎は良い。本当に良い。
2025年12月10日
水曜日。明るい雲多くも晴れ続き。12月8日夜11時15分頃に青森県東方沖を震源とするマグニチュード7.5の地震震が発生し、いまも余震が続いており、いささか騒然としている。妙義山の山火事は鎮圧されたらしいが、神奈川県伊勢原市と厚木市にまたがる日向山の山火事は続いているとの由。山火事の場合、「鎮圧」というのだなと、テレビ画面を眺めながらのんきなことを考えていた。デモ隊とか、暴動とかのイメージがあったので、いささか以外な表現であった。夜は打合せのため青山に回り、23時前には最寄り駅に着いたのだが、そんな時間でも新しくできたラーメン屋には若者が列をなしていた。忘年会帰りの〆という雰囲気ではなく、それをメインとして食べに来ているような雰囲気である。その店、種別でいうところの「二郎インスパイア系」ということになるらしが、酒場との相性は悪そうである。
2025年12月09日
火曜日。明るい雲の多い晴れ。師走もだんだん詰まってきた。句評原稿の最後の詰めや選句などを、行きつけのドトールで行う。夜八時ぐらいになろうかという時間に、塾の帰りか母親と小学生低学年男子が隣席に着席した。母は紅茶、男子はチーズケーキ。言葉少なに食べて、すぐに去って行った。子どもも、この忙しない世間の流れの中にいるのかと、いささか感慨にふけった。炬燵で寝転がっていた自分の子ども時代と重ねつつ。
2025年12月08日
月曜日。雲がちらほらある快晴。ロードサイドで「初売り」の幟が立っていた。カーディーラーらしいが、先行で初売りフェアをやっているらしい。なるほど、こんなところにも季語の変容が垣間見える。夜中まで会議続きでいささかげっそりとする。