日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。令和2年は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

4272声 黄金

2019年07月27日

この山にはたくさんの宝が眠っている。気づかないだけだ。

 

伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞受賞作品『黄金』の撮影が始まっています。毎年の関わり合いの中で、シナリオ大賞作品はどれも印象深いのですが、この『黄金』は笹谷遼平監督と共に映画協力者探しに東京を彷徨う経験もし(笑)、関わりも深めなので並々ならぬ思いがあります。

 

過去にも30人の受賞監督がいましたが、ガチなドキュメンタリー畑出身者は笹谷監督が初めて。北海道帯広市の「ばんえい競馬」などを追った笹谷監督によるドキュメンタリー『馬ありて』は今年劇場でも公開されています。ドキュメンタリーから劇映画へ移行した監督というのは、是枝裕和や河瀬直美など、今の日本映画のトップランナー的な方も多く「現実にあるもの、起こったことを、いかにフィクションとして立ち上げるか」が注目されます。その見方で言っても、笹谷監督のこだわりは並々ならぬものがあります。

 

 

この『黄金』は、1965年という時代設定であり、過去日本の山村に暮らしていたとされる「サンカ」と呼ばれた放浪民の物語です。時代設定から言って、ロケーションや映る背景・洋服・モノ・車に至るまで、当時のものを集めるのは用意ではありません。優秀な美術チームの他に、実に多くの町民の方にすでにご協力をいただいています。

 

下見の時から六合入山の山本茂さんにはお世話になってますし、竹カゴを編むおんとし90歳ほどの関完治さん、竹細工の飯塚真澄さんにも何度もお会いしました。今日の上毛新聞でもばっちり写っている川魚は山本秀明さんが釣ってくれたものですし、四万温泉・くれないさんも協力を快諾。隣町からも「昭和のくるま」のみなさんが自慢のレトロカーで協力してくださり、地元の伝統芸能保存会協力による重要なシーンの撮影もあります。そのほか、僕が把握しきれていない協力者も多々いて、なにより映画祭スタッフ・六合在住の諸角よーこちゃんがまるで「自分の映画だ」というような多大な協力をしてくれています。

 

つまりは、人や技術、モノや生き物・・「中之条町がすでにもっていたたくさんの宝を、映画の中で再び立ち上げるプロジェクト」が『黄金』である、とも言えるわけです。

 

 

長くなりましたが、近隣出身ながらなかなか映画祭で関係を持てなかった渋川清彦さんの出演も決まり、さらに期待が高まる『黄金』。11月の上映の際には、関わってくださった町民みなさんやあなたと共に、その誕生を祝いたいと思っています。

〈上毛新聞記事〉

4271声 中村佳穂

2019年07月26日

フジロックフェスティバルなんて、行くことはないけれど(でもあえてこの年だから行ってみたい気も)youtubeで生中継もしているので(フェスは生で聞きたい人がきちんと行くし、行かない人にも届ける意味でアリなんだろう)メインステージ1組目の中村佳穂さんのライブを見た。

 

僕が好きな漫画でさそうあきらの「神童」という漫画があって、少女にしながら天才的にピアノを弾く主人公が「私は、音楽だから」と言い放つシーンがある。中村佳穂さんはまさにそういう人だと思った。曲間の話と歌の間に境目がない。音楽好きの話題に上がってから短期間にしてフジロックの一番目を務めるに至り、今日のステージでますます評価を上げるだろう。

 

ここまで持ち上げておいてなんだが、彼女は特別美人ではないということも良い。顔立ちが良いから魅力的だ、ということではなく、「全身全霊で生きている人は、美しい」ということを再認識させてくれる。

4270声 同意語

2019年07月25日

数年ぶりに会う人みなに
なんか変わりましたね
と言われる。
それは、老けたね/太ったね
と同意語ととって
間違いないかね?

4269声 コメダ

2019年07月24日

前橋で仕事があると、なんとなくコメダ珈琲に立ち寄ったりする。

 

アイスコーヒー
甘みあり・ミルクありを頼み
コーヒーの上に静かにミルクを注ぎ
かき混ぜずにそのまま口をつけて飲む

 

という飲み方を、メニューあるいはネット?で知ってからそれが気に入っている。例えるならすっきりめのコーヒーゼリーを飲んでいる気分。珈琲通からは冷めた目でみられそうではあるが。ごくごく。

4268声 お引越し

2019年07月23日

の手伝いをした。高崎市内間の移動だったので、半日ほどでほぼほぼ移動しきった。駅からは遠ざかる形の引越しだった。仕事も変わるので、引越し主はわりとずっと緊張した面持ちだった。

 

別れて車を走らせた後に、ふと思い出して「新しいアパートの近所には大和屋っていう珈琲屋があって、無料で1杯飲めるし、新しい趣味としてドリップ式の珈琲をやってみてもいいんじゃない?」とメッセージを送った。「本当にありがとう、涙が出てきた」と返ってきた。

 

その通りのことはしないと思うけど、頑張ってほしい。

4267声 小麦

2019年07月22日

ここ数年、食べ過ぎると文字通り仕事にならない。体がずーんと重くなる気がして(実際に重くもなってるんだろうけど)、とにかく眠い。血糖値の問題なのかと思いつつ、血液検査はわりと普通で、胃が弱ってきたのかと思いつつ、改善に向けては何もしていない。特に、ラーメンやパンなどを食べ過ぎると睡眠薬を飲んだような眠気に襲われる。

 

もしや、年齢と共に「小麦」が合わなくなってきているのかもしれないとも思う。実際、炭水化物を抜いた飯の後はだるさや眠気も少ない気がする。ああ、僕の成長はラーメンやパンなど小麦と共に歩んできたようなものなので、ここへ来て生き方のシフトチェンジが必要なのだろうか(おおげさ)

 

ふと「いいか、年をとると話題は健康の話になりがちだ。周囲が引くから気をつけた方がいい」という誰かの言葉を思い出した。振り返れば、ここの連載陣も近年健康に関する話題が増えてきてはいないかい?

 

恋セヨ乙女。おじさんたちはもう、七方塞りである。

4266声 道

2019年07月21日

映画を見ようという話になった
当時だから「ぴあ」とかで調べたかな
中野あたりの映画館に名画『道』を見に行った
デートと呼んでよいのか、仕事以外で初めて会った
その子は自分の首元を気にしていて
このネックレスは友人から借りたの、と言っていた
映画の記憶はほとんどない
それが彼女に会う最後だったという事を知るはずもなく
映画が終わりさらっと別れた後にぼんやりと
公園で騒ぐ若者たちを眺めていた記憶がある

 

あれは、夏だったか

4265声 ニューシネマパラダイス

2019年07月20日

子どもの世界は、映画で広がる。

 

上毛新聞の日曜版に折り込まれている子ども向け新聞「週間風っ子」で、県内の映画好きが子どもに見て欲しい映画を紹介する「みんなに見せたいこの一本」という連載が始まった(第五日曜日がある月のみに連載)。その記念すべき初回にお声がけいただき、先月末に紙面で『ニューシネマパラダイス』(1988/ジュゼッペ・トルナトーレ)を紹介した。

 

お話をいただいた後、マイベストではなく、子どもに観せたい映画・・うーん何にしよー・・と悩んだ末に、僕が通った「日本映画学校」の入学式でこの映画を観せられた記憶が蘇り、連載もはじまりだしある意味「映画のはじまり」的な一本としてこれを選んだ。

 

子どもに推薦したいのは「劇場公開版」で、実は今回コメントを書くにあたってはじめて「完全版」を観た。完全版には、劇場版にはなかった「運命的な恋愛をしたが別れてしまったかつての恋人と再開するシーン」が足されている。それがないなら「映画愛」を描く映画なのだが、それがあることにより「果たされなかった恋」についての映画に印象が変わる。それを「蛇足」とする声も多かったらしいが、いい年をとってしまった僕には完全版の未練タラタラ感がやけに刺さった。

 

新聞記者には話さなかった話として、記事の最後に「映画はいいものです。好きな子を誘って映画館に行ってみてください」などと言っているが、僕自身はそれができるまでに24年かかったので、クラスの隅の冴えない男子もめげずに生き延びてほしい。

4264声 子どもは宇宙を抱えている

2019年07月19日

今日からアーツ前橋は、ただならぬことになる。

 

夏の企画展「山本高之とアーツ前橋のビヨンド20XX展 未来を考えるための教室」において、子どもが自分の願いをプラカード行進という形でアッピールする「チルドレンズ・プライド、前橋」と、アーツ前橋の学芸員たちが美術館を飛び出し文字通りの海の荒波に揉まれるという学芸員ファンにはたまらない(!?)映像の撮影・編集を担当させていただいた。

 

また展示導入部には各学芸員が過去現在の活動を振り返る展示もあり、2018年から僕も撮影で関わってきたアーツ前橋「表現の森」事業のひとつ、中島佑太くんが南橘団地の子どもたちと協働してきたVTRも初公開されている。

 

◼︎

 

今回、山本さんと中島くんという2人のアーティストのアプローチに接する事が出来て、子どもが抱える小宇宙(大人になると消えてしまう)をクリティカルに批評し作品化する山本さんと、ビックバン的に規制なく膨張させる中島くんのアプローチの違いがめちゃくちゃ面白かった。・・ってその説明よくわからないよって方は、ぜひぜひ現場で見てみていただきたい!

 

また、このビヨンド展と並行して行われる「Art Meets」は今回地下で展開され規模がスケールアップ。本場中国での長期滞在を経て館内に縦横無尽に走り回る馬を描いた門馬美喜さんの水墨画や、「美術を見る」という行為を痛快に批評するやんツーさんのメディアアートは、それ単体を見にきてもお腹が膨れる気合いの入れようです。

 

時は20XXの今、アーツ前橋で巻き起こったこのただならぬ感じを目撃しない手はない(特に大友克洋「AKIRA」が好きな人には堪らない世界観っス)。体験して下さい!

http://www.artsmaebashi.jp/?p=13695

4263声 むしろとパピコ

2019年07月18日

今月行われる映画の撮影で使うかもしれないということで、「むしろ」を大量にお借りした。草で編まれたそれは、過去には敷物や日よけとして使われていた。そういうものに詳しい元地域おこし協力隊の古川葉子さんや丸伊製材のお母さんは、これは○○で編んであって、これは○○で編んであるね、とすぐに判別できるようだが(藁や菅じゃなかった気がする)、僕が見ても違いはわからない。

 

ここ丸伊製材は、すでに製材業としての仕事は畳んでおり、けれど職人だったお父さんは今でも屋号付きのはっぴを粋に着こなしたりして、過去には中之条ビエンナーレの会場としても使われた。家主のご夫婦の人徳が厚く、今もビエンナーレ作家たちはご夫婦を慕い時たまここに集まっている。

 

「ほら、疲れたでしょ」と丸伊のお母さんがパピコを持ってきてくれた。それをチューチュー吸いながら、皆が楽しそうに話すのをぼんやりと眺めていた。

4262声 編集

2019年07月17日

会社に泊まる日が多かった。近年メインになっている映像撮影・編集の仕事。撮影は、日も時間も決まっているので「もっとうまく撮れたな」という後悔こそあっても割と滞りなくこなしている。問題は編集で、撮る内容によっては撮影の数倍時間がかかるものもあり、段々と「編集待ち」の案件が増えていく。日中は何かしら仕事や用事があるので、夜エイっとやることが多い。

 

いわゆる映える映像は得意ではない。どんな映像を撮るの?と聞かれると「ドキュメンタリー的なものが多いです」と答える。実際、インタビューやイベント撮影、観光映像など実際にある場所・人を撮影することがほとんどだ。それでつい最近まで「多少たいくつでも(僕自身はたいくつじゃないのだけど見る人が、ね)間や現場感を大切に繋ぐこと」を良しとしていて、その真逆にあると思われる「youtube的な言葉の余白をカットしてまくしたてる映像」は嫌だなとさえ思っていた。

 

けれど、今携わっているアート系の映像で、作家から「言葉の余白をカットしてテンポよくやってみよう」と指示をもらい、やってみたところ単純に面白くなった。ああそうか、やってみなきゃわからないもんだなと。

 

「違和感なく現場に入り込み、その場で起きたことを丁寧に撮影で汲み取り、編集によって大事なことにフォーカスを当てられる」というのが僕の仕事に対する好意的な意見である。今後はそれに意識的に「面白さ」を加えてみようと思う。世の流行りに迎合するのではなく、もっと良い仕事がしたい。

4261声 咲耶美

2019年07月16日

新宿ルミネイベントには多くの「メイドイン中之条」が販売されたが、個人的に再認識したのは貴娘酒造が造るセカンドブランド「咲耶美(さくやび)」の飛び抜けた新しい日本酒感だった。

 

咲耶美のことは、このめっかったでも書いた気がするし、蔵元がある中之条町で唯一購入できる「平形酒店」に行けば僕の顔を見て店主に「咲耶美ね」と言われる程度には買っている。と言っても自分で晩酌する用ではなく、映画やビエンナーレの集まりがあると持っていって「この町で造ってる酒なんです!」と僕自身何もしていないにも関わらずドヤ顔で勧め、「何これ美味しい!」という反応を聞くことを快感としているのだ。タチが良いのか悪いのか。

 

ルミネでは、このイベントが実現するきっかけを作った高崎生まれの本木陽一氏が「口に広がってストンと落ちるそのタイミングが絶妙」みたいな賛辞を送っていた。僕は昔から本木さんのそういった直感力?感受性を手放しで受け入れるたちで、それならばそうなのだろうとまた(僕自身何もしていないのに)得意になってしまった。そんな本木節を聞く咲耶美作りの当事者・貴娘酒造の吉田さんとその奥さんが嬉しそうなのもよかった。今後、さらに広がる酒だと思う。

4260声 役者はそろった

2019年07月15日

先日、群馬きっての風来坊と話していて、彼が「高崎には誰がいて、前橋には誰がいて、館林には誰がいて・・プレイヤーが見えるから面白い」と話しているのを聞いて、なるほどそうだよなと思った。群馬に戻ってすでに15年以上が過ぎ(早い)、僕自身同じようなことを思っている。頻繁に会わなくても、SNSなどを通して「ああ、あの人相変わらずやってるな」と思い、なんとなく「同じ何か」も共有している気になって、仕事や飲みで会えば1~10でいうところの5以上から始められる、そんな人が幸せなことに複数人いる。

 

では、自分の足元、中之条町で考えた時はどうだろうか。野菜を作っているあの人がいる、牛を飼っているあの人がいる、石を彫っているあの人がいる、移住してきたアーティストがいる、一風変わった観光協会員がいる、四万温泉に顔が効く人がいる、イベントにも顔を出せる商売人がいる、わざわざ野反湖でフェスをやる人がいる、山の中で伝統工芸を続けている人がいる、政治の舞台で奮闘している人がいる・・いい感じの顔が次々に浮かぶ。僕が知らなかっただけもあるが、なんだ中之条町の中だけだって役者が揃っているじゃないかと思える。

 

ルミネでのイベントは、中之条町民が力を合わせるとこれくらいのことはできる、という試みだったとも言える。イベントを繰り返す必要はないが、何かあった時はお互いに関係し合い、「この町は暮らしがいがあるな」という人が一人でも増えたら嬉しいし、関係し合える一人になりたいと思っている。

4359声 職業監督

2019年07月14日

「旅ルミネ meets 中之条」には、「伊参スタジオ映画祭」の宣伝のために参加したのだった。

 

今でこそ映画祭の実行委員長などしているが、2000年に行われた第一回目の映画祭には、たまたま客として出かけた。映画学校に通っていたが、撮影のために地元中之条町に戻っていた。この映画祭の成り立ちを簡単に説明すると、1996年に『眠る男』(小栗康平監督)と『月とキャベツ』(篠原哲雄監督)という2本の映画が公開され、その撮影地だった中之条町に『月とキャベツ』主演の山崎まさよしさんのファンなどが数多く訪れることになった。そして撮影拠点となった木造校舎には資料展示室が設けられ、地元の町おこしグループと山崎さんファンがチームとなり、中之条町役場の全面的なバックアップにより映画祭が立ち上がったわけである。

 

その映画祭の立役者として外せないのが、篠原哲雄監督である。篠原さんはとにかく面倒見が良い。映画祭発足時も、山の中の名もなき映画祭に俳優を呼んだり、知り合いの映画人づてで上映する映画を推薦したり、その後はシナリオ大賞という骨の折れるシナリオコンペの審査員も15年以上続けてくださっている。このルミネのイベントでも「映画祭でトークしていいらしいんですが、来てもらえませんか?」と送ったら「その時なら行ける」と即答いただいた。実際今日のトークでも篠原さんファン、山崎さんファンが新宿まで来てくれた。

 

日本アカデミー賞にもノミネートされるような監督だが、その風貌は周りを和ませる熊さんのごとし。現場でも真剣でこそあれ荒れるところも(僕は)見たことがないし、その日集まったエキストラにも丁寧に芝居のアドバイスをしたりする。「僕は脚本を書かないし、依頼があれば学園ものでも時代劇でもやる。職業監督なんですよ」という篠原さんのことを、年を隔てるごとに僕自身も好きになっている。

4258声 地方と東京

2019年07月13日

「地方」のものを「東京」で売る必要がない時代。

 

典型的な地方である中之条町の野菜や加工品を東京のどまんなか新宿ルミネゼロで販売する「旅ルミネ meets 中之条」に参加している。

 

頻度は多くないが東京へ行くと、「◯◯ランキングNo.1スイーツ」的な販売ブースに行列ができているのを目にする。否定するつもりはないが、誰が何を使ってどのような気持ちで作ったかわからないが(販売しているバイトさんも知らないかも)「売れているから、行列ができているから買おう」という気持ちがさらに行列をつくる。それを見る度に、ひねくれた僕は「錬金術だ」と一人呟く。

 

また、「群馬の名物を東京で売ろう」と冠をつけると、商品・販売店のそれ相応の知名度/定期流通のための大規模展開/イベント出店もできる余力がどうしても必要になる。それができる生産者・加工者はその道を行っていただくのが良いのかもしれないが、小さな、特に中之条町のような地方だと、「東京の2日間のイベント」でさえも出店者を集めることは容易ではなかったと思う(僕自身、ジェラートや魚の販売で7年くらいイベントに出店しまくったので、大変さの実感もある)。そもそも、自分の店や畑を空けられない人も多いしさ。

 

では、そんな無理をしてまで「地方」のものを「東京」で売る必要はあるのだろうか?

 

 

「旅ルミネ meets 中之条」に関わった皆さんが出した回答は単純明快。「やれる範囲でやろう」「むしろ、東京の人に地方に行って買ってもらおう」ということである。目玉となっている「中之条プレート」には金幸・くれない・山幸(野のや)・キッチンさいとう・つむじカフェといった複数の店舗が、現場には来れないお店も含め1品ずつおかずを出し合い提供している。なんなら、中之条町の物産のみではなく、群馬助け合いじゃないけど、榛名や高崎のセレクトされた陶芸やアクセサリー、書籍なども販売している。

 

なにより、このイベント後の「ツアー」や「中之条町の◯◯さんのお願いを聞いてみよう伝言板(伊参スタジオ映画祭は当日ボランティアを募っています)」、計4組のディープなトーク(今日13時からは篠原哲雄監督に来場いただき伊参スタジオ映画祭の話をします!)も含めて、「購入人口」ではなく「交流人口」を増やすことに重点を置いている。

 

つまりは、「無理をしながら地方のものを東京で売るのではなく、関係性を作って東京の人に地方に来てもらおうよ」という提案である。

 

それって、必要な未来じゃないですか?

 

昨日1日だけでも「東京に住んでるけどおばあちゃん家が中之条なんです」とか「山形に住んで町おこしに苦戦してるんですけど中之条ってすごいから勉強に来ました」という人たちと出会えた。よい経験をさせてもらっている。

4257声 BLUE GIANT

2019年07月12日

という題名の漫画が熱い。ジャスを題材にした漫画で、日本編はすでに完結し、主人公の大が海外に渡り一癖ある仲間たちとツアーを回る海外編が連載されている。漫画だから音は聞こえない。ジャズ通ならどんな曲かは脳内に流れるのだろうが、僕はスタンダードなナンバーもほぼ知らない。のに、なぜここまで心を打つのか。もちろん、物語の運び方の良さ、演奏シーンでの迫力ある演者の表情、聴衆の表情など、技術的な巧みさはある。けれどもしかしたら、音が聞こえないからこそ、そこに流れているであろう音の広がりが脳内に限りなく広がるのではないか、と仮定してみる。あながち間違いではなさそうだ。

 

ないからこそ、ある以上になるものがある。何もそうだとは言わないが、大事なことである気がする。

4256声 キーボード

2019年07月11日

『64』や『クライマーズハイ』で知られる作家・横山秀夫さんは上毛新聞に勤めていた経歴をもつ。上毛新聞と繋がりがある伊参スタジオ映画祭では、シナリオコンペの審査員も3年務めていただいた。それが縁で未だに、年に1度は映画祭スタッフと横山さんとで飯を食うという有難い繋がりが続いている。

 

作家というのは、凄まじい職業である、という思いは、横山さんの作品を読み、話を聞いてより強くなった。作品を書く時前段階の情報集め・取材の念密さはもちろん、一度書いた長大な長編小説を編集者と共に何べんも何べんも書き直すタフさ、そして「何も書けない時」の対応もしかり。

 

横山さんの場合は、キーボードの上に両手を置いて待つのだそうだ。頭の中で物語がむすばれ、文字として落ちてくるまで。手を置いたままで1字も打たないまま1日が終わる日もあるという。僕は直接その場を見たことはないが、シュッ、シュッとえんぴつを削るように、命を削って文字を紡ぐ横山さんの姿を想像してしまう。

 

新作『ノースライト』は、警察小説のイメージが強い横山作品の中にあって、建築家を主人公に立てた意欲作。買ったその日に僕はスーパーの駐車場で読み始め、閉店になったからコンビニに場所を移し(家に帰れよ)、その日のうちに4〜5時間かけて読み終えた。深夜になっていた。それくらい、おすすめです。

4255声 塩むすび

2019年07月10日

午前五時の塩むすび。セブンイレブンのおにぎりの中ではこれが一番美味しい。温めて下さい、は必須。昨日の仕事量はハンパなかった。

 

コンビニに車を停め精神的に参っているような営業マンを見るたびに、僕も過去の営業仕事を思い出して辛かったなと思うのだけど、今メインの広告や映像の仕事に関してはほぼ営業をしたことがない。それで年々忙しくなるのだから、有難い。

 

「自分が好きなことを仕事にする」という言葉は色んな賛否を含んでいる。そんなうまくはいかないよとか、そうあるべきだとか。なぜ意見が分かれるかといえば、自分一人が基準になるからだ。

 

仕事は得てして社会的なものだし、「君にお願いするよと言われて、それに応えるのが好きな仕事」がやれる人生こそ、豊かなんじゃないかな、と思う。言われるのはクライアントや上司じゃなくて、畑の作物や牛舎の牛からでも良いよね。

 

セブンイレブンの塩むすびを食べながら、そんな事を思っている。