三連休の初日は、看病のため一日をほとんど家の中で過ごす。看病といっても、何をするということもないので、撮りためていた『べらぼう』や『ブラタモリ』や『NHK俳句』を観る。
これらだけでも受信料のもとはとれる。
2025年11月01日
三連休の初日は、看病のため一日をほとんど家の中で過ごす。看病といっても、何をするということもないので、撮りためていた『べらぼう』や『ブラタモリ』や『NHK俳句』を観る。
これらだけでも受信料のもとはとれる。
2025年10月31日
夜中に目が覚めたあと眠れなくなる。最近耳鳴りがするようになったのだがそれが気になって眠れない。どういう耳鳴りかというと「ピンポ~ン」という音がする。それが繰り返される。止まない耳鳴りなど経験はなく果たしてそれが耳鳴りなのかどうかもわからないが幻聴ではないと思う。「ピンポ~ン」はいろんな長さである。長めの「ピンポ~〜〜ン」もあれば、「ピン〜〜〜〜」忘れた頃に「ポン〜〜」というのもある。気を取られれば取られるほど眠れない。耳鼻科に行ったほうがいいか。寝ることが怖くなったらどうなるのか。
2025年10月30日
前日に予約が入ったので市場へ。今シーズン初めてセコガニを購入。身も卵もフレッシュでジューシー。甘みもしっかりあってかなりいい。仕込みの合間に昨日のぶどう汁を濾してタンクへ移動する。色も赤みが残り風味もある程度抽出できた。もう少しタンニンがあればと思ったがタンニンはさらに長く時間をかけて抽出しないと出ないのかもしれない。夜の営業は福井からのお客様だった。仕事で初めての高崎にいらしたとのこと。もちろんカニの話になった。地元の話を聞けて旅をした気分になった。
2025年10月29日
藤稔が一段落したと思ったら愛媛からベリーAの搾りかすが35kg届く。ワイン用ぶどうの搾りかすは見るのも触るのも初めてなので興味津々だったが搾りかすにぶどうの要素は少なかった。どうしたらぶどうらしさを抽出できるか考えたあげく煮出すしかないと思った。ぶどうかすの入った釜にお湯を入れ、一度沸かしてそのまま一晩静置。さてどうなるか。
2025年10月28日
定期便の変更へ向けてあれやこれや。瓶を750mlから500mlにした場合のお客様に送る本数や価格、段ボールのサイズなどを考える。久しぶりに計算機とにらめっこ。
2025年10月27日
ずいぶん涼しくなったと思っていたが少し汗ばむくらいの陽気。湿度も高い。急きょ昨日ご予約の入った今月2度目の来店のお客様用に料理を仕込み変える。食材をすべて替えられるわけではないので仕立てを変える。落花生は葛豆腐にして旨出汁をかける料理から落花生の白和え衣にしていちぢくにかける。酢の物は渡蟹から毛蟹へ。土佐酢から黄身酢へ。食材は同じでも仕込みを変えるとその食材の別の一面が出てくる。少しでも目先を変えて楽しんでほしい。
2025年10月26日
ぶどうの取り出し回収作業。床にはいつくばって狭い開閉口から少しずつ取り出す。一時間くらいかけてすべて取り出せた。重さにして30kg近くある。かなり発酵が進んでいてニオイもすごい。最近コバエが出たのもこのせいだと思う。ひとまずタンクの洗浄まで終えて一段落。やはりぶどうは搾らないとだめだな。
2025年10月25日
お酒を飲んだ時の決まって起こる不具合がある。まず就寝中に明らかに重苦しい時間帯がある。身体がアルコールを分解している時間なのだと思う。並行して毎度同じような嫌な夢を見る。飲んだ翌日は何か行動をするための思考が働きにくくなる。ありもしない不安を勝手に脳が思い起こしそれに駆られる。最近お酒を飲まない日があるがそうするとその時はない。飲んだ時に思い起こされる不安をあえて飲まなかった翌日に思い出してみても心は乱れない。何があってもやめられなかったお酒だが、こんな形で飲むことに恐怖心を抱くようになった。昨日今日とお酒を飲んでいない。
2025年10月24日
初めてのお客様。高崎に仕事で来ていて店を調べて予約をしてくださった。気さくに会話をできる仕事仲間という雰囲気。話の内容からお医者さんだということがわかる。話の内容だけではそこまで分からないこともよくある。むしろそのほうが多いかもしれない。けれども明らかにお医者さんだということがわかる話の内容だった。終始現場の話をされていた。とても純粋に仕事をされているのが伝わってくる。命を預かる真剣さが滲み出ていて仕事をしながらちょっと感動してしまった。
2025年10月23日
午前中に配達。どうも頭は重くバックミラーで顔を見るととんでもなく疲れた顔をしていたのでせせらぎの湯へ。戻って昨日の続きをやりたかったがいったん寝たら3時間も寝てしまいすでに陽は傾いていた。涼しくなったと思ったらまるで春のはじまりのようによく寝てしまう。昨夜もたっぷり寝たはずだが。
2025年10月22日
藤稔のブラゴットを移動する。30kgのぶどうが皮付きのまま一緒に入っているため詰まらないか心配だったが案の定詰まった。仕方がないので真ん中の取り出し口からちょろちょろと少しずつ出しては移動した。仕込みの合間に少しずつ分けて移動し、営業終了後に最後の液体をようやく移動できた。イレギュラーな仕事は体力もさることながら根気を使う。
2025年10月21日
松茸と栗を合わせる。栗のクリームコロッケの上にせん切りにした生の松茸を乗せてお出ししていたが寒くなってきたので吸い物に変更した。栗は団子にして上に銀杏をつけて蒸す。そこにせん切りにした松茸の吸い物をかけることに。なかなか好評。走りの白子は酒粕のグラタンに。柿と枝豆でコントラストをつけて。今日は仕込みも多く忙しい一日。常連のお客様で和やかに営業終了。
2025年10月20日
ビールの詰め作業をする。今回はボッカさんから烏龍茶で周年ビールを作ってほしいとオーダーがありそれを詰めた。なぜ烏龍茶なのかという理由は詳しく聞いていないが、「昔の長屋のような」という要望は聞いていた。シンキチには醸造開始当初から長屋という名前のビールがあり、それを「長屋」と前後に説明をつけずに呼ぶ方はそれほど多くない。キリンビールで言う「一番搾り」と一緒でボッカさんと私の中では「長屋」と言えばシンキチのビールであるという共通言語になっているということである。「お茶のような雰囲気の」とも言っていた。今までさまざまなお茶を使ってビールを仕込んできたが烏龍茶を加えて作ったビールがないから烏龍茶のビールと言ったのかもしれない。うちのビールをずっと飲んでくれている人の一人である。
2025年10月19日
都内へ。飲みすぎたかもしれない。飲み過ぎれるのはお酒がおいしかったから。上野のククゥーさんのワインは腰高カッチリの王道だが亜硫酸の感じはあまりなくとにかく果実味たっぷりでバランスがいい。錦糸町のオリゼーさんのワインは極日常的な素朴さが身上の飲み飽きないすっぴん感がいい。まったく違うワインを出す2つの店だがどっちもちゃんとおいしい。日置桜のおいしさも再確認した。日置桜は一度温めた酒が冷めてからがおいしい。冷めてから本領を発揮する。
2025年10月18日
片付けや瓶ビールの販売開始の準備で一日が終わる。来週から販売開始の予定である。果たしてどの程度反応があるだろうか。最近また首が痛い。やれることをやる日々が続く。
2025年10月17日
昨夜寝たのは22時頃なのに3時過ぎに目が覚めてしまう。いつもならば眠れなくともそのままベッドの上にいるが今日は動けそうな気がしたので起きてしまった。ビールの仕込みの準備がしてあるので暗いうちからスタート。順調に進み10時にはひと通り終わった。シンキチを始めた頃はよく暗いうちから仕込みをしたが今は体力的にできないので今日はめずらしい。動ける日と動けない日の落差が大きいのも困ったもの。午後は千晶ちゃんの家に行きロビンくんと遊ぶ。千晶ちゃんはロビンくんにメロメロだが実際遊んでみるとその気持ちもわかる。
2025年10月16日
お茶の稽古。最近お茶の稽古を再開した。母から教えてもらっている。昨年母が師範の看板を取ったようでそれを期に再開することにした。30代の頃10年くらいお茶をしていたが高崎に来るようになって途切れていた。母は自分より後から始めたのだがその間もこつこつ続けて晴れて昨年師範となった。続けているのは知っていたがまさかそこまでとは知らず。自分で書いたというお点前のノートも見せてもらったがそれが膨大な情報量でその真剣さに圧倒されるくらいだった。これは母から習わないときっと後悔する。親から何かを習える機会ができてよかった。実家に帰る口実もでき、月に2回の稽古に励んでいる。
2025年10月15日
飾ってあるダグラスフィッチのスリップウェアを見てお客様が「民藝がお好きなんですか?」とおっしゃた。西川孝次のグラス、柚木沙弥郎のコースター、牛ノ戸焼の杯を次々と指差し、「これもこれもこれもそうですよね」と。そんなことは初めてなので驚いていると「おじいさんがこういうのが好きだったんです」と言う。おじいさんの家は富山にあるらしく、そこには民藝の作品道具がたくさんあったらしい。おじいさんは雑誌「民藝」の取材も受けていたというから相当な方だったのだろう。「私はよくわかりませんが」とおっしゃっていたが帰り際に越中八尾和紙の名刺入れを見せてくださりご本人もお好きなのだと思った。子供の頃の記憶は自分の好みとなって突然現れる事がある。私の実家のダイニングテーブルも民芸家具だった。