日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。令和2年は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

4434声 五月雨の音

2020年06月14日

引き続き、雨。太陽が出ないと、なんだか気持ちもすっきりせず、いまいち調子が出ない。原稿に取り掛かるも、三分の一も書けず。外の激しい雨音に触発され、「七人の侍」を久しぶりに観る。三度も見たのに、初見の如く三時間以上ものめり込んで観てしまった。これで半日潰れたが、そこはかとなくすっきりした。観る前と後では、五月雨の音が違って聞こえた。

4433声 消えてゆく

2020年06月13日

梅雨らしく朝からひねもす雨。軽い二日酔いで目覚め悪し。飲みすぎか安酒だったからか、その両方だと思うが、家で飲んでいてこんな状態だと世話ぁない。まだ締め切りが先の重たい原稿に手をつけられぬまま。「俳句との出会い」式のお題は、どうしても億劫になってしまう。これまで、を見つめなおす良い機会ではあるのだが。昨日付けで定額給付金が振り込まれていた。残高がマイナスのような預貯金なので、何に使うと言うよりもマイナスの補填に消えてゆくのだろう。

4432声 蜘蛛がスパイダ―を模倣する

2020年06月12日

終日、梅雨らしく蒸し暑かった。六月から最寄り駅の駅ビルの短縮されていた営業時間が元通りになり、午後六時閉店ではなくなったため、ちょっとした買い物ができるようになったのでありがたい。とんかつを買って帰った。そして今しがた、部屋に小さな蜘蛛が出た。蠅などを捕獲してくれるとは分っていながらも、見つけた場合は捕っている。ティッシュで「さっ」とやろうとしたのだが、異常に動きが素早く、逃げられてしまった。部屋が暑かったためか、身のこなしがひと月くらい前と比べ、飛躍的に素早くなっている。スパイダ―マンよろしく、糸を使ったアクロバティックな動きで机の脇の暗がりに入ってしまった。

4431声 小さな驚き

2020年06月11日

九州北部から東北南部まで、今日、列島広く梅雨入りした。都内は午後から天気が崩れ、夕方は一時土砂降りであった。巷の紫陽花もだいぶ色づいてきたので、本格的な雨の時期に入ったようである。ぐったりと疲れが抜けないのも、この気候と関係があるのだろう。俳句関係はひと段落で、しばらく選句や句会の予定はない。朝日文庫の「現代俳句の世界」をぱらぱらめくっていると、「森澄雄集」の序文を島尾敏雄が書いており、小さな発見に小さく驚いた。九州帝国大学時代の同級生との由。

4430声 鮮明

2020年06月10日

じりじりとした日差しの真夏日であった。朝、水やりをしていると花壇に植えてあるサルビアがずいぶんと弱っていた。花の赤みが失せ、ほろほろと散っている。土の栄養が足りないか、水が十分でないか。おそらくその両方のような気がする。明朝、少し切り戻してみようと思う。その脇のおそらく秋桜らしき茎は、近頃になってぐんぐん伸びてきた。植物も日々一進一退である。なんだかご隠居の日記のような内容になってしまった。しかし、そこに小さな感動があったので、書かずに居れない。あの鮮やかさ、には目が覚める思いがした。サルビアの脇にはパンジーが植えてあり、パンジーの白い花に黒い毛足の長い毛虫がよじ登ろうとしていた。その体はほぼ漆黒だが、地肌の部分に橙色の一閃があった。白い花の上に乗った毛虫の波打つ毛並み、その色の鮮やかさ。あの造形の神秘をどう表現すればよいか。まぁ気持ち悪いのだが、魅力的である。

4429声 張り紙

2020年06月09日

所用でほぼ終日病院。新型コロナの影響で、人数制限や入口にはサーモグラフィがあったりと、厳戒態勢であった。いままでも感染症対策は各医療機関で為されていたであろうが、2020年春のコロナ以前以降で、間違いなく意識が変わっている。病院には中庭があって、今の時期は青葉や紫陽花が見ごろであった。澄んだ窓硝子越しに瑞々しい緑を眺めつつ、売店で買ったカツサンドで昼食。しかし、ベンチには間隔を開けるように張り紙がしてあったり、中庭に続く入口や窓は「封鎖」の張り紙、どこも張り紙だらけ。致し方ないが、人より張り紙の方が多い。涼しい病院を後にして、気温三十度越えの真夏日の街へ帰ってきた。

4428声 画面の向こう

2020年06月08日

雲多く、終日、じめりとした暑さが続く。最近、Wifiの完備されているカフェなどで、モバイルPCの画面に向かって、一生懸命話しかけている人を良く見かける。オンラインでの打ち合わせなのだろう。桜の頃より前は、見られなかった光景である。夜、来週末の句会のもろもろの算段をして、滞っていたインタビュー形式の原稿に手を付けるが、またすぐに滞る。

4427声 麦酒と胡瓜

2020年06月07日

朝は夏らしく曇っていたが、日が高くなるにつれ快晴になった。外に出ると汗ばむほどであったが、からっとして心地よかった。何をするでもない一日であったが、シャワーを浴びて夕風に吹かれつつ飲む麦酒は格別であった。アテは味噌を付けたきゅうり。心の疲弊はいかにして癒せばよいか、それを考えつつまた缶麦酒を注ぐ。担当の選句、同人誌の作品入稿を済ませる。

4426声 帰る場所

2020年06月06日

緊急事態宣言が解除されたが、まだ各地では人が大勢集まるイベントなどご法度となっている。夏祭り関連、花火大会関連はことごとく中止になり、いささか寂しい夏になりそうである。ちょうどいま、蛍の時期を迎えようとしているが、各地の自然公園では蛍狩りイベントが中止になっている。その中、俳句関連ももちろん大きな句会関係など、ことごとく中止になっている。自身も9月に開催される西の方の俳句関連の依頼があり、楽しみにしていたので、どうなることやらと気をもんでいる。俳人と会わず、俳句を作る日々が続いている。こんな時期だからこそ、初心に帰ろうと思う。そう書くのはたやすいが、果たしてそれができるか。現在、真夜中だが激しい雷雨が窓硝子を叩いている。

4425声 雰囲気戻りつつ

2020年06月05日

今週は、昼飯に日高屋によく行っていた。その前は吉野家など、「屋」とか「家」のつくところにどうも足が向いてしまう。つまりは芸がないのである。しかし、そんな店も嫌いではない。近頃はどこへ行くにもだれと会うにもマスクをつけているので、平気だろうとタカをくくって、においなど気にせずW餃子定食などを平然と食べている。今日も日高屋で餃子などつまんでいたら、斜向かいの席の三十路がらみの営業と思しき男女が来て着席した。少し経って運ばれてきたのは、餃子と麦酒ジョッキである。ぐいぐい麦酒を空けていく二人に、平日の昼日中から呑めるとは、どんな仕事なのだろうと興味がわいた。よれよれの服を着ている私とは対照的に、スーツ姿の洗練された容姿である。そんな光景を見ていて、先日、堀澤さんが4417声の「雰囲気」を思い出した。該作の中に、「例えば、なぜ高崎には昼飲みの飲食店が根づいていかないかの理由も同じだろう。きっと、雰囲気だ。」という一節がある。都内の繁華街には高崎の雰囲気とは逆に、とくに夏場などは昼から呑める雰囲気が根づいている。物見遊山の観光客なども多いためであろう。緊急事態宣言の発令で、そんな雰囲気も絶えていたが、徐々にその雰囲気が戻ってきているようである。二人が二杯目のハイボールを注文している姿を横目に、店を後にした。

4424声 真剣

2020年06月04日

曇天ながら蒸し暑い一日だった。五月に入稿した俳句の雑誌関係のゲラが、今週一挙に返ってきた。重なる時は重なるものだが、どれも短文なので、さほど労はなかった。それよりも、修正点を見つけるたびに自身の確認能力の無さに、我ながらあきれてしまった。今年から担当する会報誌の選句を終えた。よく練られた句に接すると、気が引き締まる思いがする。刀に向き合ったときにような鋭角な感覚。「真剣」という言葉はよくできていると思った。対象に真剣に向き合っている作品は光る。

4423声 若い警官

2020年06月03日

入梅前であるが、終日、曇ったり晴れたり。夕方に飯田橋駅付近を歩いていると、前方にパトカー数台の赤色灯が回っていた。近くまで来ると、どうやら事故で、警官の奥にレッカー車に載るひしゃげたバイクが見えた。それよりも、交差点にはペンキ缶を倒したように血が残っており、そちらの方に気が取られた。用事を終えた帰り道、先ほどの事故現場を通ると、まだ黄色い規制線が張られており、警官がところどころに居たが、レッカー車などはなく、パトカーの数もだいぶ減っていた。交差点に目を向けると、若い警官が柄の長い箒で、ざりっざりっと血を掃いていた。洗剤のようなものを入れたのか、掃くたびに泡立っていた。彼はうつむき加減で、めんどくさそうに手を動かしていた。まるで、一人でプール掃除をやらされている学生のように。

4422声 涼しい顔

2020年06月02日

東京都で新型コロナウイルスの新規感染が新たに34人確認されたとの発表があり、感染の第二波への危機感が強まっている。今朝のテレビニュースではリーマンショック時よりもさらに厳しい経済情勢になるなんて涼し気な顔で言っており、いささか滅入った。ネット句会の選句を終え、募集句の選句に取り掛かる。

4421声 密

2020年06月01日

今日から水無月。担当は(ぬ)です。そして、県をまたぐ移動の自粛要請がようやく解除された、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、北海道を除いて。つまり、私はまだ自粛が要請されていることになる。しかしながら、今朝からは爆発的に人出が増えた。通勤時間帯はバスも列車も密であった。苦しいくらいの「密」である。今月の19日以降は往来の制約がなくなるとのお達しだが、それまで持ちこたえることができるのか、不安になるほど。入梅前の明るい季節だが、人々の顔は暗い。そう見えるのは私の心が暗いからだろうか。

4420声 コロナはどこへ

2020年05月31日

5月も今日で終わり。5月はあっという間に過ぎていきました。今の状況に慣れてきたのだろうけれど、変化する日々にやるべきことが噛み合っていかなければ落ち着かない。運良くコロナの速度が落ちてきて、こっちの達成度がそこに追いついてきたのだと思う。外の状況にこちらの行動が噛み合うことが増えれば、1日を予測して過ごすことができる。予測して過ごすことができると、時間は短く感じられる。4月は長かった。日々変わる出来事が初めての出来事ばかりで。まったく対応できている感覚を持てなかった。6月はどうなるのか?このまま引き続き、慣れてきたと感じられるのか?

4419声 身体的な時間

2020年05月30日

昨日一昨日と、ザブンの店内営業が再開した。久しぶりに会うお客さん同士が楽しそうに飲んでいるのが印象的だった。昼間ラジオを聞いてたら、京都大学学長で霊長類学者の先生が話していた。「人間が猿と違うのは、信頼によって関係を築くことなんだよね。猿は力が強いか弱いかだけだから。信頼は合わないとだめなの。スマホは言葉だけでしょ。言葉は軽々と身体を越えてフィクションを作るから、勝手に妄想を膨らませてしまう。受け手次第なんだ。その場にいれば、表情や言い方で同じ言葉でも全然意味が変わってくるでしょ」フィクションはこれからますます増えるだろうなぁ。ますます人間は脳的になる。脳的というのは知的とは違うんだよね。脳的は脳だけだけど、知的というのは身体から生まれてくるものだから。歳をとる意味もあるのは、そういうところだったりする。身体的時間を重ねないと知的にはなれないわけ。ところが歳をとると、考えることをやめるんだよなぁ。歳をとってこそ考えなくちゃもったいないんだけどね。今まで頑張って生きてきたんだから。

4418声 あなたのままでいい

2020年05月29日

判断を遅らせる、というのは、判断をしない、ということではなくて、考え続けるということなんだよね。逆に言えば、判断を早めたい、というときは、もうこれ以上考えたくない、ということだってあるわけ。「白黒つけたがるところがあった」亡くなった木村花さんを、所属会社の社長がそう言う。わかるんだよね。自分もそうだから。俺が言うのもなんだけど、真面目なの。物事の白黒、いいか悪いかみたいなことは、時間とともに変わる宿命を持っている。だから、簡単には決められない。でも決めないと、現在にコミットできなくなるわけ。停滞してしまう。白黒つけたがるのは、進まなくちゃという切実さと表裏一体 なんだ。判断を遅らせる、というのは、灰色を抱え続ける、ということ。これは一歩間違えると、いったい何が白なんだかがわからなくなる、ということだって起きかねない。それを承知で、判断を遅らせてみなよ、と言える大人が少ないよね。判断を遅らせてみなよ、は、白黒つけたいままでいいんだよ、という逆説的な前提に基づいていないときっと伝わらない。あなたはあなたのままでいから、判断を遅らせることも覚えようよ、ということだから。

4417声 雰囲気

2020年05月28日

ひとまずコロナウイルスは、どこかにいなくなったのかもしれない。そう思えるくらいの、感染者の推移になった。ゼロになったわけではないが、いったん収束するまでに要した時間は2ヶ月だった。感染拡大だけを見れば、群馬県はもうこの1ヶ月は感染者がほとんど出ていない。昼間の施設は再開し、人出も増えている。しかし、依然として夜の街に人はいない。これはなんなんだろう?と考えた。理由は、感染のリスクではないのかもしれない。夜の街に人がいないのは、「まだ今は、飲み歩いていたら何を言われるかわからない」という、雰囲気なんじゃないか。この2ヶ月を辿ると、とても日本人は言うことをよく聞くということが、よくわかった。じゃあ、いったい誰の言うことを聞いているのかといえば、きっとそれは「雰囲気」の言うことを聞くのだと思う。具体的な誰かでも、いろいろ考えた結果のあり方でもなく、その時の雰囲気にならば、従うのだと思う。雰囲気が出ていい雰囲気、となれば出るし、まだそこまで行かない雰囲気と判断すれば、出ない。きっとそうに違いない。例えば、なぜ高崎には昼飲みの飲食店が根づいていかないかの理由も同じだろう。きっと、雰囲気だ。人が外で昼飲みをするかどうかは、その街に昼飲みを好きな人がどれだけいるかではなくて、街の成り立ちや、歴史的に昼飲みが受け入れられているかどうか、今現在そういう雰囲気があるかどうか、という理由だけなように思う。改めてそんなことに気づいてしまった。それが、思考停止に直結していることも。その思考停止を前提として、ビジネスも政治も進められていることも。


2 / 26612345...102030...最後 »