440声 街の血色

2009年03月15日

暮れ六つ。
に、差し掛かろうかと言う時刻。
県内中心部の都市、その中心市街地に広がる路地を探索。
目的地は、銭湯。
中々見付からずに、右往左往して、感じた。
厳密に言えば、いささか「感じられない」と、感じたのである。
生気を。

街には生気がある。
それは、血の通っている気配。
しかし、路地裏で見たのは、青ざめた、血色の悪い街の顔色。
駅、バス、ホテル、商店街、飲み屋、銭湯。
これら、街の臓器とも言える機関に血液、
つまり人が流れている気配が薄かった。
これは、県内の各市街地で、年々、顕著である。

血が通わない事には、臓器が衰える一方。
臓器が衰えれば、体の具合が悪く、顔色も芳しくない。
近年、その血が郊外に流れて滞留し、巡りが悪くなっている。
その機能を停止させてしまった臓器が多く見られる場所は、
「シャッター街」と呼ばれ、問題視されている。

路地裏、やっとの事で見つけた銭湯。
硝子戸を開けると、先客が数人。
私が滞在中にも、次々と来店。
街には未だ、踏ん張って、血を通わせている臓器もあるのだ。
と、考えつつ、ついつい長湯。
熱い湯で温まった血が巡り過ぎ、
目を回しながら湯船から上がる。