ドキュメンタリーとは、
映像表現による現実批判である。
それは、世界のあり方を批判的に
受け止めるための映像表現である。
そのためには、映像作家の主体性が
確立されなければならない
日本映画学校では、ドキュメンタリーを学んだ。
始めに書いたこれは、『阿賀に生きる』などの
作品で知られる故・佐藤真監督の言葉だ。
この頃から、「世界」という言葉が頭にあった。
文字通り、日本以外も含めた世界中というよりも、
我を取り巻く環境、自分以外の全て、という解釈だった。
映像には、撮る人の意思以外に、ありのままの景色や
ありのままの人が映るから、撮影者の意図を越えた
ざらっとしたものが映ることがある。
そのざらっとしたものを削り、単純化させるではなく、
複雑な世界をより多面的に映像として残したい・・・
佐藤監督の思考はより深くまで下りていくのだけれど、
それはここには書かないとして。
僕は多分我が強く、ほおっておくと一人の世界に
入りがちだから時々、「世界を意識しないとね」、
と自分に言い聞かせる。見落としている9割は何だ?と。
「弱さ」「力の源」ときて、今月は「世界」について。
と言っても、海の向こうの国の話はひとつもなくて、
極めてちいさなちいさな「世界」についての話である。
それは多分、いつも通りの投稿ということだ(笑)。

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