476声 善意の給付

2009年04月20日

「お客さんに、あげるんですか」
半ば答えは分かっていたが、気の良さそうなおじさんの顔に釣られて、
何の気なしに問うた。
「うん、子供になぁ、子供は喜ぶから」
少し恥ずかしそうに答えたおじさんが笑うと、所々欠けた歯が見えた。
レジの私は、接客文句と共に、お釣りをおじさんに渡した。
サイダー30缶入りの箱を、大事そうに持ち上げ、おじさんは店を出た。
おじさんの後には、いつもの様に、焼き芋の匂いが残っていた。

学生時分のアルバイトで、小さなスーパーのレジ係をした事がある。
余り客入りの良くないその店に、決まって夕方訪れるおじさんがいた。
おじさんはいつも、箱入りのジュースを一つ買った。
その煤汚れた風体と、衣服に染み込んだ匂いで、
おじさんが焼き芋屋だと直ぐに察しがついた。
いつも、クシャクシャの千円札を2枚出すおじさんの機微から、
それが商売の一環ではなく、おじさんの楽しみなのでは、と感じていた。

木枯らしの吹く中、百円玉を握りしめて買いに来る子供等。
焼き芋と一緒に渡すジュース。
瞬間に出会う、子供等の笑顔。
その笑顔を見て、きっとおじさんも、煤けた笑顔を見せるのだろう。
それは、商売の手法と言うよりも、善意の給付である。
あのおじさんの、所々歯の欠けた、一寸ひょうきんな笑顔と、
染み込んでいた焼き芋の匂い。
今、机の前で、ふと思い出した。