先日、銭湯入口に屯する一番湯待ちの湯客に加わって、
今や遅しと、開店を待っていた。
私の目的は、一番湯前の撮影にあるのだが、湯客たちの挙措からは、
一番湯を争う熾烈なレースが予想される。
その中、草臥れたランニング姿のおやっさんが、おもむろに向かい側の塀へ身を寄せた。
その顔一杯に、含み笑い、と言うよりも、企み笑いと言った風な、怪しい笑いが浮んでいる。
チラチラと、塀から顔を出して往来を覗いているので、やっと、隠れているのだと分かった。
その内に、往来から、おやっさんと同じ年配と見受けられる、
スラッとしたおばちゃんが歩いて来た。
腰を落として決行を待つ、おやっさん。
計画の全貌を理解し、その光景を息を呑んで見守る、向かい側の私等湯客。
「わっ」
塀から、蛙の如き格好で飛び出す、おやっさん。
寸前で避ける様にして、何事も無く一瞥をくれる、おばちゃん。
すんなり私等の所まで来たおばちゃんは、おやっさんに、
敗北者の引導を渡すべく、捨て台詞を吐く。
「アンタ、塀の裏にいるの、分かってたんだよ」
はにかんで、照れ臭そうに笑みを漏らす、おやっさん。
まさに、鼻垂れの悪餓鬼そのものである。
程なく戸が開き、それぞれの湯に、パチンコ玉の如く突進して行く私等。
先程、お気に入りのおばちゃんを、脅かし損ねたおやっさんなどは、
その頭の風貌から見るに、パチンコ玉そのものである。
一番に浴室へ入る事に成功した私は、
靴下を濡らしながら、一心不乱に浴室内でシャッターを切る。
何枚も写真に写したが、本日のベストショットは、
心のネガフィルムに写っている光景である。
それは、塀に隠れているおやっさんが、向かい側にいる私等に向かって見せた笑顔。
顔の前で人差し指を立てて、無垢で嬉々とした笑顔を浮かべていた、おやっさん。
向かいに居る私等に向かって、「シーッ」、だって。