「月の湯」
と言うオツな(銭湯界ではポピュラーな屋号だが)名前の銭湯が、近所にある。
空がまだ明るいうちに湯に漬かるのが好きなので、休日の夕方などに出かける。
つい先日も、とあるおじさんと浴室に入るタイミングが一緒だった。
そのおじさんはかけ湯をして、さっと浴槽につかり、
まさにカラスの行水で出て行った。
出で立ちから常連と思しきそのおじさんの行動を、
湯につかりながら見るとは無しに見ていた。
脱衣場でもいそいそと着替え、ロッカーから青い袋を取り出して、
また鍵を閉めた。
その袋のみを小脇に抱え、ロッカーの鍵を番台に預けて出て行くではないか。
あの袋はどう見てもレンタルビデオ店の袋である。
つまりは、途中下車ならぬ途中下湯ではないかしら、などと思いをめぐらせた。
銭湯で汗を流してからレンタルビデオを返却し、帰路の途次でかいた汗を、
また銭湯で流してから帰る。
もしかしたら、レンタルビデオ店へ寄る前後で一杯飲んでいるのかも知れない。
そうだとしたら、かなりの上級者である。
「一旦外出する」と言うことは思いつかなかったし、
今まで見たことが無かった。
私が浅学なだけで、地元常連者にはポピュラーなシステムなのかも知れない。
そんなことを考えつつ湯につかっていたら、すっかりのぼせてしまって、
這いつくばりながらカランまで行き、ケロリンに溜めた水をかぶった。

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