椅子に座り、心地良い夜風に当たりながら、半分夢現で虫の声を聞いている。
「チチチッ、チチチッ」
何だか忙しい奴。
「リリ、リリリリ」
控え目で繊細な奴。
「ズズズ、ズズズズ」
ぶっきら棒でぞんざいな奴。
「シャンシャンシャンシャン」
豪く気合いが入っている奴。
「ウァーン」
と、こりゃ隣の子供が泣いてる声。
実に様々な虫たちの音色が聞こえ、中には子供の泣き声まで聞こえて来る。
田舎の夏は、家々の窓が開け放たれ、網戸になっている為、住人の声が良く聞こえる。
エアコン使用率が高く、安全性を考慮している都会の方は、
夏でも窓を閉め切った生活だろう。
私の住処も、例外なく田舎なので、隣の子が泣こうものなら、
泣き声が良く響いて来る。
子供の兄弟喧嘩の声なんてのは、度を超さなければ、微笑ましく聞く事ができる。
そして、度を超さなければ、と感じるのは、選挙演説カーである。
2、3日前などは、夜8時の瀬戸際まで、人気も街灯も無い裏の田圃でさえも、
大音量で演説しながら走って行った。
声が遠退き、驚いて鳴き止んでいた虫たちが、疎らに鳴き出すと、
そこはかとない無常感が漂う。
古典落語に三軒長屋と言う噺がある。
長屋には、仕事師の親方、剣術道場の先生、高利貸しの旦那の妾と言う、
三軒の住人が居る。
親方と先生の二人に挟まれて住んでいるお妾さんが、旦那に、
「気性の荒い両隣の騒音に悩んでいる」と言う旨を伝える下りから、
物語はいよいよ佳境に入る。
江戸時代の長屋なんてのは、さぞ隣の声が筒抜けだったのだろうと思う。
その時代に、陽が沈んでからも、喚きながら選挙演説する輩がいたらどうなったか。
おそらく、「長屋の演説」なんて具合に題目が付き、落語の一、二本になって、
後世に伝わっている事だろう。