606声 長屋の演説

2009年08月28日

椅子に座り、心地良い夜風に当たりながら、半分夢現で虫の声を聞いている。
「チチチッ、チチチッ」
何だか忙しい奴。
「リリ、リリリリ」
控え目で繊細な奴。
「ズズズ、ズズズズ」
ぶっきら棒でぞんざいな奴。
「シャンシャンシャンシャン」
豪く気合いが入っている奴。
「ウァーン」
と、こりゃ隣の子供が泣いてる声。
実に様々な虫たちの音色が聞こえ、中には子供の泣き声まで聞こえて来る。
田舎の夏は、家々の窓が開け放たれ、網戸になっている為、住人の声が良く聞こえる。
エアコン使用率が高く、安全性を考慮している都会の方は、
夏でも窓を閉め切った生活だろう。
私の住処も、例外なく田舎なので、隣の子が泣こうものなら、
泣き声が良く響いて来る。
子供の兄弟喧嘩の声なんてのは、度を超さなければ、微笑ましく聞く事ができる。
そして、度を超さなければ、と感じるのは、選挙演説カーである。
2、3日前などは、夜8時の瀬戸際まで、人気も街灯も無い裏の田圃でさえも、
大音量で演説しながら走って行った。
声が遠退き、驚いて鳴き止んでいた虫たちが、疎らに鳴き出すと、
そこはかとない無常感が漂う。
古典落語に三軒長屋と言う噺がある。
長屋には、仕事師の親方、剣術道場の先生、高利貸しの旦那の妾と言う、
三軒の住人が居る。
親方と先生の二人に挟まれて住んでいるお妾さんが、旦那に、
「気性の荒い両隣の騒音に悩んでいる」と言う旨を伝える下りから、
物語はいよいよ佳境に入る。
江戸時代の長屋なんてのは、さぞ隣の声が筒抜けだったのだろうと思う。
その時代に、陽が沈んでからも、喚きながら選挙演説する輩がいたらどうなったか。
おそらく、「長屋の演説」なんて具合に題目が付き、落語の一、二本になって、
後世に伝わっている事だろう。