3585声 怒鳴り声

2016年09月03日

午前9時、隣のおじさんの怒鳴り声が聞こえる。
久々だ。
7月の中旬くらいまで四六時中聞こえていた怒鳴り声は、夏が近づくにつれて、静かになった。
静かであるのが当たり前なのだが、今までのべついきり立っていた人が急に静かになると、心配もする。
いよいよ入院でもしたか?
お縄になったか?
本当にそんなことを考えては折に触れ隣の家に目をやっていると、あるときおじさんが庭でタバコを吸っているのを見かけた。
自分を落ち着かせるためなのかどうか、おじさんはよく、庭をうろうろしながらタバコを吸う。
元気そうには見えないが家にはいるんだなと思った。
その後夏の間中静けさは続き、今日になってまた、突然大きな声が聞こえてきた。
季節の変わり目で、不安定になりやすいのかもしれない。
感情はアウトプットされたら回収されなければならない宿命にある。
回収されないと、感情は宙に浮いたままいつか誰かの、一番デリケートな人の元に降り注ぐ。
だから、感情は誰かがそのときそれを引き受ける必要がある、というものでもある。
おじさんの感情はどうやら、誰にも拾ってもらえている感じがしない。
そうなれば必然的に、そのアウトプットされた感情を最終的に引き受けなければならなくなるのはおじさん自身である。
借金を負うのと似ている。
出してしまった感情はいつか返済を迫られるように、人生はそのようにできている気がする。
それが心配だ。
SMAPの中で一番心配してるのは慎吾ちゃん、である理由も、同じである。