3586声 好きなもの

2016年09月04日

日をまたいでの記述。
昨日は伊勢崎の駅前で商店会主催の祭りがあり、そこにもつ煮を届けた。
仕事も住まいも高崎が中心だから、伊勢崎にいくのは久しぶり。
会場には知りあいが多くいたが、私はなんだか落ち着かない感じだった。
祭りもそこそこに、緑町の行きつけの寿司屋に移動した。
いつもここに来ると、お銚子を頼んで何貫か握ってもらう。
昨日はいしがき貝のにぎりがうまかった。
赤身も。
祭りでもらったブランデーが効いたのか、少しの日本酒で酩酊。
久しぶりの再会を楽しむ間もなく、早々と店を後にした。
酔い覚ましのつもりで実家の方角へと歩く。
その昔赤線だった緑町は家が密集していて路地が多い。
少し前まで駐車場だった場所には、オシャレな今風の家が建ち並んでいた。
夜の店の明かりは少ない。
そういえば魚新のマスターが先月亡くなったと寿司屋で聞いた。
特にどこか患っていたわけではなく、体調を崩して入院して、そのまま逝ってしまったらしい。
好きな人がまたいなくなった。
道路端で、肌着姿のかなり太ったおばさんと、孫らしき子供二人が花火をしていた。
路地裏ならではの光景である。
それがあるから落ち着かない気持ちをなだめることができる、という光景でもある。
好きな人や好きな場所、好きな風景があるから生きていられると、歩きながら考えていた。
そういうものは年とともに、自然と少なくなる。
好きなものが少なくなっていることに一旦気づくと、程なくして、新たな好きなものを見つけにくくなっている自分にも気づく。