3588声 あちら

2016年09月06日

朝から市役所へ。
下水課に提出した書類に不備があると少し前に連絡があり、そのメモは残っているのだが何のことかわからなくなってしまったので、確認のために。
確認すると家に戻らないと揃えることができないものもあり、一旦家に戻りその作業を終えて再び市役所へ行き提出する。
醸造所の下水届けについて、表紙がコピーなのはだめ、フォーマットの用紙が付いてないからフォーマットの用紙を付けて「別紙のとおり」と書かないとだめ、そんな内容だった。

あちらも初めてのことらしく、後から不備に気づくことが多いのか、下水課だけでもう5回くらい行っている。
水道料金を払うのはこちらだが、あちらはこちらには来ない。
あちらは、いつまでもあちらだ。
帰ってから前橋の税務署へ。
群馬県は、酒造免許の申請を受け付けることのできる人間がいるのは前橋税務署だけのため、何かあると前橋まで行くことになる。
今日はこれまた不備があると言われていた書類を届けに行ってきた。
これも4回目くらいか。
それでもまだ、他にも不備があるからあとで高崎まで出向くと言われる。
これは、あちらがこちらに来る、稀なケースである。
発泡酒の製造免許申請を始めて4ヶ月が過ぎた。
世の中は、帳尻合わせで成り立っているのだとつくづく思う。
確かに、帳尻合わせがしっかりしているから日本は安全であるとも思う。
その恩恵を受けているのだから、せめて自分に関わることくらいはしっかりしたいとは思っていて、そのつもりなのだが、いつまでもあちら、の人種に出くわすたびに、わりと疲れてしまう。
これは、琴線の問題である。
生きている琴線が違いすぎると疲れる。
そういうことだと思う。