およそ三か月ぶりに、この稿を起こすことになる。
また、ひと月の間、深夜の酔眼をこすりつつ、
液晶モニターを眺める日々が続く。
三か月の間、ここに書こうと思うことは沢山あるのだが、
いざ、キーボードを叩こうとすると頭に思い浮かぶのは、
日常の些事ばかりである。
今月は、文通する乙女のような気持ちで過ごすことになるだろう。
昨日の回を読んで、前橋市の旧知の人から電話が来た。
句集の件であった。
一昨日には、高崎市の旧知の人からメールが来て、
こちらは銭湯の本の件であった。
なんでも、前橋にある銭湯の番台に座ることになったとの由。
今月の半ばには前橋に句会に行こうと思っているし、
年内に一度くらいはこの「めっかった群馬」の周辺でも、
句会ができぬものかと考えている。
そんなわけで、年内は心に群馬を置くことも、群馬に足を運ぶ回数も、
増える気がする。
晩秋から初冬の上毛三山を置く、高崎の郊外あたりのあの蕭条とした景には、
胸の苦しくなるほど痛切な叙情を味わえるということになる。
昨日の回を読むと、堀澤さんの暮らしている借家も古いようであるが、
私の暮らしているこの家も古く、古い家は何かと手がかかる。
例えば、障子である。
九月の長雨のせいもあって、障子紙のところどころが剥がれてしまった。
当然、張り替えねばならぬのだが、そのまま放ってある。
維持に手が焼けるが、住んでみて障子の機能を改めて実感した。
風通し良く、映り込む月影もオツなものである。
朝などは日が入り込むので、寝坊することも少ない。
逆に、今日のような雨の朝は、思いきり寝坊することになるが。