694声 百鬼園断腸録

2009年11月24日

悩み過ぎて、こめかみが痛くなって来た。
地震が来たら、両脇の本棚に押し潰されてしまうだろうと思われる、
鰻の寝床の如き古本屋で、煩悶していた。
買うかどうか、をである。
本の劣化を防ぐ為か、単に不精なだけか、半分切れかかった微弱なる電燈の淡い光の下、
時計の針が午後7時を鋭く指す。
悩みの種となっている本は、内田百?作品の旺文社文庫。
以前から探していて、古本屋で安く手に入れば、と思っていた本なのだ。
偶然見つけて、それも状態の良い物がまとまって7、8冊置いてある。
それならば直ぐにレジへ持っていけばよいのだが、
この手の作品は容易にそれをさせない。
立ちはだかっているのは、ただ一つの壁、価格である。
1冊500円。
文庫の古本で、これは高い。
いやむしろ、内田百?作品の相場にすれば妥当な価格なのだろう。
しかし私は、表紙が多少汚れていようが、本文に少々落書きがあろうが、
読めれば良いのである。
綺麗な本の500円よりも、劣化した本の250円を取る。
そう言う料簡の人間なので、煩悶の末に購入を断念して店を辞した。
後ろ髪を引かれる思いで、持っていた本を陳列棚へ戻して去る時、
振り返って本棚を一瞥した。
旺文社文庫の黄緑色の背表紙が、何だか怒っている様に見えた。
メガネをかけたじゃが芋みたいな百?先生のふくれっ面が、一瞬、頭に浮かんだ。