712声 或る地方都市の花柳界

2009年12月12日

宿酔で寝そべっている、前橋中心市街地。
ネオンの消えた昼間は、どこか退廃的である。
夜に出会った相手と、昼間の街で会うような、気恥ずかしさ。
それは、街並みも同じ事。
私は街中の往来を歩く。
人見知りしながら、歩いて行く。
千代田町の入り組んだ路地。
路の両側には、肩を寄せ合って並ぶスナック群。
その一角に在る楽器店を、やっと見つけた。
「きくや楽器店」
看板で名前を確認して、入口の硝子戸を開ける。
こじんまりとした店内には、修理途中だろうか、
皮を剥がされた三味線が幾本も並んでいる。
奥のたたきに座っているご主人に訪ね、三味線の糸を何本か見繕ってもらう。
勘定を済ませて、好奇心で、聞いてみた。
「此処のお店は、もう随分と長いのですか」
「そうですねぇ、もう70年はやってますね」
「70年ですか、そうですか、それは立派ですね」
「ありがとうございます、でも私の代で終わりでしょうね、はい」
散らかっている空想の断片を集めて、昭和初期の前橋を想像してみる。
そこにはやはり、三味線の音が鳴っていた。
店を出ると、向いにスナック。
ママだろうか、つっかけ履きで、デッキブラシを持って、入口を念入りに掃除している。
「シャコッ、シャコッ」
一瞬、目を奪われたが、直ぐに取り返し、目が合う前に視線を外した。
路地に出来た水溜りが、夕焼け色に光っている。
そろそろ、土曜の夜が始まる気配。