715声 故郷の山と季節の歌

2009年12月15日

「この時期は毎年うんざりしてますよ、流石にもう」
鏡越しに苦笑いを浮かべているのは、行きつけの床屋の主人である。
頭上で軽快に動いている鋏のリズムを乱さぬ様、私も相槌を打つ。
主人のうんざりの種は、店内に響いている有線放送である。
毎年12月に入ってからと言うもの、有線放送ではクリスマスソングを、
「これでもか」と言った具合に、流しているらしい。
リスナーからの多大なリクエストが、その状況を作っているのだが、
商売で朝から晩まで聞かせれる身としては、いささか身に堪えると嘆いている。
ボディブローの如く、じわりじわりと身の内に浸透。
寝る前の静かな寝床の中で、クリスマスソングの残響が耳の奥に残っているらしい。
「音楽は螺旋状に進化する」
と、有名なロッカーは言っていた。
しかし、ことクリスマスソングに関しては、
螺旋が途中で切れてしまったのではないかと危惧させる程、進化が遅く感じる。
それは、何年にも亘り、同じクリスマスソングが「定番」として盤踞しているからである。
実際私も、物心ついた時分から耳にしているクリスマスソングは、
現在でも第一線で活躍している。
ともあれ、現在、私の部屋に在るテレビには、年末恒例の音楽特集番組が映っている。
極彩色なライブステージの上で、若い娘が飛び跳ねながら、
どっかで聞いた様なメロディーの曲を、素っ頓狂な声で歌っている。
茫然としてその映像を眺めていると、
あの使い古されてマンネリ化したクリスマスソングが、懐かしい心持になる。
故郷の山ではないが、知っている歌が音楽業界に盤踞している事で安心感を得られる。
やはり、季節の歌は揺ぎ無い曲であって欲しい。
床屋の主人には申し訳ないけれど。