「車上狙い」
と言うのか、こう言うのは。
車に戻って来たら、直感、車内が変化している機微に気付いた。
置いてある財布を見た瞬間、その変化を認識する事になった。
私の使っている財布は、二つ折りの財布なのだが、小銭入れの蓋が、
折り目からペロンと出ている。
人為的な仕業とは、明白。
手に取って調べて見ると、硬貨に札、金銭だけがそっくり抜き取られている。
いや、金銭だけでなく、札入れに入れてあった、
ビール券とハーゲンダッツの引換券もない。
カード類は手付かずだったので、一安心。
なんて暢気な事を言ってる場合では無く、車内を隅々まで検分してみたが、他は無傷。
随分と薄くなってしまった財布を手に、幾ら入っていたか記憶を探る。
おそらく、1万5、6千円だった。
私にとって、この金額は手痛い。
もっと昼飯に良い物を食べて、使ってしまえばよかったと、後の祭りを悔む。
その後、ATMへ行き、銀行カードを残高照会してみたが、これは大丈夫。
大丈夫なのだが、いい歳して少ない残高の預金残高を間の当たりにし、少々落ち込む。
近年は、スキミングだとか言う、カード情報だけを抜き取ってしまう、
邪悪な高等技術が横行しているので、未だ安心ならざる状況だ。
それにしても、鮮やかな手口である。
いや確かに、許されざる、憎むべき、外道な犯行なのだが、手口だけは綺麗だ。
カードの類には手を付けていないし、車内も荒らされた形跡が無い。
まるで、財布の現金だけ、マジックで消された様な感覚さえある。
犯人は土地勘のある、ベテランの盗人ではなかろうか。
私の財布には、このサイトの事が記してある名刺が入ってた。
札と一緒に盗んでいったかどうかは、幾つ入っていたかが判然としないので、
確認する術がないのだが、もしそうだったとした、犯人が見ているかも知れん。
犯人に告ぐ。
まさか、ビール飲みながらハーゲンダッツを食っているのではあるまいな。
財布から盗る時の、なみなみと酒が入ったお猪口を口へ運ぶ様な、
その繊細な機微の仕事は、才能である。
その才を、堅気な仕事へ活かした方が得策かと思う。
段抜かしで登る階段は、必ず躓く。
捕まる前に、今この瞬間から止めなさい。