914声 状況偽装

2010年07月02日

私は人の為に装ったのです。
3,4年前、東京は下町の路地をほっつき歩いていた時の事。
一寸歩き疲れ、往来の脇で何をするでもなく、独りぽつねんと突っ立って、休んでいた。
そこに丁度、小さなタウンバスが来て、私の前で停車するではないか。
開かれたドア、その先に見えるのは、無愛想な運転手の顔。
窓越しの客席から一斉に、猜疑的な眼差しが、
呆気に取られている私の間抜け顔に向けられる。
気が付いた時には、状況が既に瀬戸際。
横目で見ると、直ぐ横に立っている電信柱の影に、バス停。
「あっ、すいまんせん」
と一言、言えばこの状況を打破できる。
しかし惜しむらくは、そんな公明正大な心を、私は持ち合わせていなかった。
刹那に私の思考回路が神経に伝達した命令は、この状況の偽装であったのだ。
努めて取り澄ました表情で乗り込み、この行き先も分からぬバスは、また発車した。
数分後、行く予定も無い浅草で、闇雲にバスを降りた。
波の如く押し寄せる疲労感に、深いため息ひとつ。