934声 純粋な記事

2010年07月22日

毎朝、2紙、時々読む週刊や月間入れれば、3紙程、新聞を読む。
今朝は、その中の上毛新聞の記事に目を通しながら、思わずニヤリとしてしまった。
2面の社会頁にある、『昭和ノスタルジー』と言う連載コーナー。
第6回目の本日は、「銭湯」であった。
銭湯好きな私が、銭湯の記事を見付けたから、嬉しくなって、二ヤリ。
そんな簡単な事で無く、掲載されていた銭湯を見て、
「おぉ、やるではないか」と言う感嘆の二ヤリなのである。
では、何が感嘆に値したか。
焦点を当てた銭湯が、である。
佐波郡境町は、2005年1月に伊勢崎市と合併して、
現在は伊勢崎市境と言う地名になっている。
その旧境町に過去7軒在った中、残っている銭湯は、現在1軒。
その1軒である「さくら湯」が、今日も煙突からモクモクと煙を吐きながら、
常連客を迎えている筈。
このさくら湯に焦点を当て、「人情が触れ合う場所」として、
コーナーの銭湯に関する記事としてあった。
行った事がある人なら。
と言っても、私の思い当る中では、ほのじ氏ぐらいしかいないので、
極少数だと思われるが、行った事がある人なら、分かると思う。
味わい、がである。
さくら湯の味わいを説明するのは、ちと難しい。
伊勢崎市境、通り外れの住宅街に、さくら湯は朴訥として佇んでいる。
夜になれば辺りの灯は消え、犬の鳴き声とカレーの匂いだけが浮遊している様な、
いささか寂しい立地。
しかし、暖簾をくぐればそこに、浴室にペンキ絵を構える伝統的な湯屋がある。
このさくら湯は、私、その朴訥とした概観から、
「玄人向き」(銭湯に玄人素人も無いのだが、話の上で)の銭湯だと感じていた。
玄人向きと言うかマニア向けと言うか、つまり、その味わいの素晴らしさを、
万人に伝えるのが難しい。
その背景が瞬時に交錯し、今朝の二ヤリに繋がる。
銭湯を記事にする為には当然、選定したのだと思う。
その選定には、これも当然ながら、基準があると思う。
それを加味した結果が、「さくら湯」と言う所に、感嘆ないしは共鳴を感じる。
この結果には、「マーケティング感」が漂っていない。
それは、例え適当に選定したとしても同じ事で、マーケティング感が表に出ていない。
なので、とても純粋な記事である。
そう言う記事を読むのは、心地好い。