4273声 割田下総

2019年07月28日

「中之条真田忍者ウォーク」というイベントの広告を開催開始から5年続けて担当している。例年は中之条ガーデンズ(旧・花の駅美野原)を舞台に手裏剣を投げたり水の上を簡易筏で渡ったり、子どもたちをターゲットとした忍者修行イベントだったのだが、今年はぐーんと渋くなって「吾妻忍者とはどんな集団だったのか勉強しよう!実在した忍者の墓まいりも行くよ!」という歴史ツアーになった。そういうことが好きなコアな参加者の応募はあったということだが全体数が少なめというので僕も参加させてもらった。

 

吾妻忍者とは・・は割愛するが(忍者といえば伊賀や甲賀が有名だが、それに負けない忍者集団が武田・真田の配下として吾妻郡地域で活躍していたらしい)、真田の下で働いていた中之条町生まれの割田下総(しもうさ)という忍者が、戦乱が終わり平和な暮らしになったとたんに荒ぶれて盗みを働くようになり、それを見過ごせなくなったかつての上司に追い詰められ、実在する大岩にかぶさるようにして斬殺され「下総は戦乱の世でなければ生きられなかったのだ、あっぱれな男だった」と死して評価されたというエピソードは印象に残った。沼田市に住む実際の末裔が整地し直したという下総のお墓は、とても立派できれいだった。

 

ふと、そんな大層な歴史は残っているけれど、本当の最後は何の華やかさも大義名分もなく、この山の中で虫けらのように小さく静かに死んでいったのだとしたら、その方が好感がもてるな、などと思ってしまった僕は、ストレスが溜まっているのだろうか。蝉が静かに鳴いていた。