偶に車で通る十字路の脇に、道祖神が一体ある。
田圃の畦に在るその道祖神は、「双体道祖神」と言って、
男神と女神が一緒に掘られているもの。
背丈は、柴犬と大体同じ位。
「墓のうらに廻る」
と言う、尾崎放哉の句ではないが、
「十字路にある、あの道祖神のうらへ廻ってみたい」
と言う衝動に駆られた。
それが今朝、洗面所の窓から、稲刈りの終わった田圃を眺めつつ、
歯を磨いている時の事だった。
自宅からはそう離れていないので、
畦道に車を止めて、道祖神まで歩いて行った。
道祖神の前でうろうろしているものだから、
十字路を通る車は、私に怪訝な眼差しを向けて行く。
早速、裏に廻って、また表に戻ってみた。
そう言えば、諏訪に有る「万治の石仏」ってのも、
「よろず、おさまりますように」と唱えながら三周廻ると、御利益を得られる。
ってな事が、立札に書いてあった。
さて、道祖神の裏に廻った。
刻まれている年号は風雨による劣化で読みとれなかったが、
丸みを帯びた道祖神の背、と言うのもなんだか郷愁があって、また一興。
道祖神の表には、緑青の浮いた十円玉と、刈られて間もない、
色とりどりのコスモスが一束、供えてあった。
「裏に廻りたくなる」
と言う心境ってのは、
「表には無いものを見たい」
って時なのではなかろうか。
どこか、正道を行けない後ろめたさ、ってな心境なのでは。
【天候】
終日、薄曇り。
里山ではコスモスが咲き競っている。