4846声 山形の思い出1

2021年07月16日

ここ数年は特に、仕事が縁で繋がっている(そもそも大概の仕事はそうなのかもしれないが)。

 

先日、日本画グループの上野でのアクティビティを撮影したところから繋がり、山形入りした。山形では2014年より2年に一度「山形ビエンナーレ」というアートイベントが開催されている。そこでのアートのカテゴリーは広く、開催当初より「山形とはどんな場所なのか」「東京(あたり)にはない山形の魅力は何か」という郷土史・民俗学・むかし話みたいな地のものを丁寧に発表してきた感を受ける。その2014年からのポスターを、中之条町出身のデザイナー小板橋基希さんが手がけたというきっかけから(彼が代表をつとめるakaoniは地方デザインにおいて注目される会社)、加えて僕が大好きな寺尾紗穂さんのパフォーマンスも山形ビエンナーレで行われたことから、いちお客として何度か足を運んだ。と、前置きが長くなったが、上野で撮影させていただいたうちの1人、山形芸工大学教員でもあり、現在の山形ビエンナーレの中心人物でもある、画家の三瀬夏之介さんからお誘いいただき、来年の山形ビエンナーレに関係する撮影を明日行うこととなった。

 

「山形」は僕にとっては忘れがたい場所だ。それはビエンナーレより以前のはなし。今も続く「山形ドキュメンタリー映画祭」に関係する。2001年には日本映画学校映像ジャナールゼミの1人として、講師であった安岡卓治さんがプロデューサーをつとめた映画『A2』の山形映画祭上映と共に、観客として山形を訪れた。宣伝に駆り出され、市内の店にポスターを貼りに行く時に「なんの映画なの?」と聞かれて「オウム真理教の・・」と説明する時の自分がモジモジしてしまった感覚をなんとなく覚えている(『A2』は素晴らしいドキュメンタリーです)。

 

観客としてのドキュメンタリー映画祭の思い出の一つには、2005年だったろうか。1人で山形に行き映画を見ていたら、偶然「高崎映画祭」のみなさんが山形映画祭に訪れていた。その時にはまだ当時の代表であり高崎映画祭・シネマテークたかさきの立ち上げ人である故・茂木正男さんもいらっしゃって、僕はほとんど話をする機会はなかったのだけど、その場で「伊参スタジオ映画祭はいい映画祭だよ」と言っていただいたことを覚えている(伊参は僕が今実行委員長をしている中之条町の映画祭)。これは推測に過ぎないが、「群馬からはるばる山形まで映画を見にきている(当時は)若者である僕」を見て、ちょっとは筋がありそうだな、と思っていただけたのではないかと勝手に思っていたりする(僕が今逆の立場で、山形で群馬の若い映画関係者を見たらそう思うから)。と、妄想が過ぎたが、茂木さんと山形で話ができたことは忘れがたい思い出だ。