1062声 忘れている味

2010年11月27日

薄い陽射しが、たゆたう湖面の閑けさを照らしている。
湖の縁には、野仏の如く、胡坐をかいて座しているおやっさんが、4,5人。
私が眺めているのは、近所の用水池である。
胡坐の釣人たちが興じているのは、鮒釣り。
今時期の鮒釣りである、こぞって狙っているのは、おそらく、寒鮒。

鮒と言えば、鮒寿司。
以前、招かれた、知人宅の宴席での事。
子持ちの鮒寿司を頂いた事があるが、どうにもこれは、強烈な味わいだった。
「子持ち」つまりお腹に卵が詰まっている鮒は、貴重なのだと言う。
しかし、「熟れ寿司」なので、その風味は玄人向きである。
私はと言えば、一口食べて、その強烈な匂いと酸味を、平常心で味わう事が出来ず。
何故かったら、それはもうこの、特有の鼻をつんざく刺激臭。
宴席の場で、苦虫を噛み潰したような表情を、隠し切れなかった。
即座に麦酒をあおって嚥下し、場のひんしゅくを買ってしまった。

「修行が足りんぞ」
と言う、一座のご沙汰が下り、もう一口食べる羽目。
しかし、食道楽、特に酒徒の方は、これをつまみに日本酒を飲む。
ってのが、至福の時と言うから、驚きである。
私も、日本人の端くれだと思っていたが、それを疑わずに居られなくなった。
年長者の意見によると、年を経れば、味覚が変わると言う。
私にも、あと10年くらい生きれば、日本人に連綿と受け継がれている、
味の記憶が甦ってくるのだろうか。

食生活の変化や、家庭用調味料の発達。
外食文化の隆盛などによる、日本人の味覚の変遷によって、ここ近年。
消えて行った郷土料理が、忘れ去られた郷土の味が、
各地域に山の様にあるのだろう。
と言う事を考えていたら、鮒釣りのおやっさんの一人が、
小さい鮒を一匹あげ、湖面が俄かにさざめいた。

【天候】
終日、穏やかな冬晴れの一日