薄い陽射しが、たゆたう湖面の閑けさを照らしている。
湖の縁には、野仏の如く、胡坐をかいて座しているおやっさんが、4,5人。
私が眺めているのは、近所の用水池である。
胡坐の釣人たちが興じているのは、鮒釣り。
今時期の鮒釣りである、こぞって狙っているのは、おそらく、寒鮒。
鮒と言えば、鮒寿司。
以前、招かれた、知人宅の宴席での事。
子持ちの鮒寿司を頂いた事があるが、どうにもこれは、強烈な味わいだった。
「子持ち」つまりお腹に卵が詰まっている鮒は、貴重なのだと言う。
しかし、「熟れ寿司」なので、その風味は玄人向きである。
私はと言えば、一口食べて、その強烈な匂いと酸味を、平常心で味わう事が出来ず。
何故かったら、それはもうこの、特有の鼻をつんざく刺激臭。
宴席の場で、苦虫を噛み潰したような表情を、隠し切れなかった。
即座に麦酒をあおって嚥下し、場のひんしゅくを買ってしまった。
「修行が足りんぞ」
と言う、一座のご沙汰が下り、もう一口食べる羽目。
しかし、食道楽、特に酒徒の方は、これをつまみに日本酒を飲む。
ってのが、至福の時と言うから、驚きである。
私も、日本人の端くれだと思っていたが、それを疑わずに居られなくなった。
年長者の意見によると、年を経れば、味覚が変わると言う。
私にも、あと10年くらい生きれば、日本人に連綿と受け継がれている、
味の記憶が甦ってくるのだろうか。
食生活の変化や、家庭用調味料の発達。
外食文化の隆盛などによる、日本人の味覚の変遷によって、ここ近年。
消えて行った郷土料理が、忘れ去られた郷土の味が、
各地域に山の様にあるのだろう。
と言う事を考えていたら、鮒釣りのおやっさんの一人が、
小さい鮒を一匹あげ、湖面が俄かにさざめいた。
【天候】
終日、穏やかな冬晴れの一日