三本目の麦酒を飲み干して、既に、相当酔いが回っている。
張り詰めていた気がほぐれたのか、今日は、随分と酔いの回りが早い気がする。
これを書いている今日は、9月8日である。
二十四節気では、草花が露をたくわえ、秋の気配が深まる「白露」の時節。
そんな、秋気澄む清々しい朝に、祖母が逝ってしまった。
命日は6日。
享年86(満85歳)であった。
葬儀を済ませて、今、虫の音が聞こえる自宅の窓辺で、
麦酒を飲みながら一息付いている。
6日は、ばあちゃんの家で寝た。
私と、じいちゃんとばあちゃんの3人。
まるで、子供時分の夏休みの様に、久しぶりに3人で寝た。
あの頃は、ばあちゃんの飼っている鈴虫が鳴き始めると、
それが夏休みが終了の合図の様で、あの声が嫌だったっけ。
ばあちゃんも、久しぶりに病院から家に帰って来て、
虫の音を聞きながら、ゆっくりと寝れたみたいであった。
そして、私のばあちゃんは、もうこの世にいない。
この世に肉体がいるか、いないかなど、ささいな問題である。
この空の下に、光の中に、私もばあちゃんも、いる。
「たましい」と呼んでいるそれは、いる。
しかし、そのささいな問題の為に、私はもうばあちゃんに会う事が出来ない。
会って話したり、笑ったり、手を握ったりが、もう出来ない。
こればかりはどうしようもないので、この世にいる私は、ばあちゃんのたましいに向かって、
目を閉じ手を合わせ祈っている。
そうすると、感じる。
白露の一滴に、虫の音の響きに、この世界のあまねく光に。
ばあちゃんを感じる事ができる。
【天候】
終日、穏やかな秋晴れ。