自分の中の「狂」に触れてみる。
そしてそれを、「興」として咲かせる。
自分で書いたこの言葉の意味を探しつつ、
黄昏迫る前橋駅のホームに独り、佇んでいた。
桐生行きの電車内には、この日、
沿線各地で開催されている祭りに行くのであろうか、
浴衣姿の男女がひしめき合っている。
吊皮を掴んでいる私の横、ほのかに、懐かしい香水の香。
「はっ」として、首を横に向けると、そこには、知らない女性のうなじ。
停車中の伊勢崎駅で、参加者と合流し、桐生駅へ着いて、残りの参加者と合流。
最終的に総勢は7人を数えた。
この「最終的に」ってのは、本企画を目当てとしていなく、
あくまで「八木節祭り」として来た方が、参加者の呼びかけにより、
後から合流して下さったのだ。
入口は違えど、桐生市本町通りに終結した私たちの、最終目的は一致している。
つまり、八木節祭りにおける「狂い咲き」である。
桐生駅を出た私たちは、未だ陽の高い街を、路地へと入り込む。
まず、私も以前一度案内された事のある、老舗焼き鳥屋の暖簾をくぐる。
ほのじ氏は、桐生に来るとこの店で一杯飲まないと気が済まないらしい。
喉を潤して、次に向かうは、ビアガーデンである。
ビルの屋上に揺れる、提灯を見ると、どうも吸い寄せられてしまう。
屋上の席は、眼下に広がる桐生の町を一望できる。
夕焼け色が溶けたカクテルの如き、青空。
黄昏の街に明滅する、祭りの灯。
そして、風に乗って聞こえてくる、八木節。
これには、艶やかな着物で参加している無二嬢も、うっとり。
男性陣は浴衣姿が妖艶なビアガーデンのママに、うっとり。
宵闇迫り、祭りも佳境になって来た頃。
本町5丁目に設置された、櫓に移動。
桐生合流組の方々。
子供時分から祭りに参加している、謂わば「ネイティブ」の桐生人。
その方々を師と仰ぎ、即席路上八木節講座を開いて、ご教授頂く。
そして、一堂、櫓の周りで踊っている輪に飛び込む。
足取りも覚束ないままっであるが、およそ10分も踊っていれば、
心臓の鼓動も八木節のリズムで脈打っているかの如く、
気付けば、体が自然と動いている。
踊りの最中、気になったのが、踊り手の発する掛け声。
毎年気になって来たのだが、今年こそは覚えようと、
踊りながら耳を澄まして聞いていた。
いささか間違っているかもしれないが、私にはこう聞こえた。
「小原庄助さんはぁ、なんで身上潰したぁ」
「朝っ寝、朝っ酒、女が大好きでぇ、それで身上潰したぁ」
「あーもっともだぁ、もっともだぁ」
「いいや違う、いや違うぅ、あっそれぇ、いいやそうだ、いやそうだぁ」
「祭っりだ、祭っりだ、桐生の祭っりだぇぃ」
これを皆、大声で歌う。
可愛らしい小学生から、素敵な老境の御仁まで、汗みずくの真っ赤な顔して、
「朝っ寝、朝っ酒、女が大好きでぇ」
と歌うのである。
こんな素晴らしい光景は、群馬県内の祭りに類を見ない。
まさに、「狂」を「興」としていた。
「狂い咲き」
酔眼と汗に滲んだ目の前の光景に、それを見た。
櫓の周りで妖しく蠢きながら、よなよな狂い咲いた、花たち。
桐生に咲いた花は、なんと妖艶で、なんと扇情的で、
なんと浮世離れした色の花だったか。
もはや、筆舌に尽くし難い。
ちろちろと燃えている、炭火。
目を閉じると、我が胸中にそんな光景が想像できる。
そして、その炭火の周りは随分と賑やかな様子である。
耳を澄ませば、八木節に合わせ、輪になって踊っている、私たち。
参加者代表:抜井諒一