251声 路地裏に娘 後編

2008年09月07日

《昨日の続き》

「はい」
やや呆然と聞き返した。
「質屋です。この近くに質屋ってありますか」
くっきりと、薄紫のアイラインが引いてある大きな目が問いかける。
表情は柔らかく、丁寧な口調。
「いや、分かんないですね」
左手の手拭いを少し隠しながら、曖昧な表情で答えた。
「そうですか。ありがとうございました」
軽く会釈して、車は前進。
加速しながら、滑らかに閉まってゆくパワーウィンドウ。
以前呆然としたまま、ブレーキランプの点滅を見ている。

「質屋」
と、歩きながらわざと口に出してみる。
質屋探しの娘の背景物語を、出鱈目に想像。
想像上の物語は、風呂屋を探す男と質屋を探す女が、
偶然路地裏で出くわす部分まで差し掛かった。

不意に顔をあげる。
並ぶ住宅の瓦屋根の向こうに、大儀そうに煙を吐く古びた煙突が見える。
行ってみると、やはり土地の銭湯。
色が褪せ、生地の痛んだ紺暖簾が無愛想に揺れている。
番台のおじいちゃんに、360円を払って脱衣場へ入ると、先客は無し。
「この近くに質屋ってありますか」
と聞くと、
「ないね」
映りの悪いテレビの声に紛れて、搾り出す様な声が返ってきた。

浴室へ入り、赤い取っ手のカランから桶に湯を出す。
カランの上に備え付けてある鏡の脇には、
土地の店の屋号と電話番号が印字してある。
その中には、「質店」の屋号もあった。