314声 ロータリー

2008年11月09日

先日、桐生市の或る銭湯を訪問した。
店主の了承を得て、出来るだけ他の客の邪魔にならぬ様、
室内をカメラで撮影していた。
「古き良き銭湯かい?」
と、後ろから声。
振り向くと、悠然と気を抜いた姿勢でマッサージ機に腰掛けた、人の良さそうなおじさん。
「古き良き銭湯です!」
と、俄かに力む私。
するとおじさん。
「よし、じゃあ、連れてってやるから待ってな」(声がマッサージ機によって若干振動)

一瞬、返答に困って曖昧な相槌を打つ私をよそに、
虚空を見つめながら、体全体が小刻みに振動している、マッサージ機のおじさん。
それから、脱衣場、浴室、と人の居ない時を見はらかって撮り進めていた私にまた。
「はい、行くよ」
と、着替えもマッサージも済んで、サッパリとしたおじさん。
何故だか、私が待たせていた様な空気が漂い、「はい、今行きます」と、
番台の店主にまた来ることを告げ、即座に銭湯を後に。

銭湯を出ると、おじさんは自転車、私は小走りで、本町通りへ。
どうやら、近所にある別の銭湯を案内してくれるらしい。
桐生市内の歴史、銭湯の歴史の講釈を聞きつつ、冬の商店街を疾走。

聞くと、おじさんは三吉町(隣町)の人間で、家湯もあるのだが、
気分転換に近所の銭湯を巡っているとの事。

「ここがロータリーで、あそこが銭湯」
おじさんが指さす方向に、煙突が見えた。
「ロータリーって何ですか」
と聞くと、おじさん誇らしげに。
「今じゃ唯の交差点だけど、昔はこう、ロータリー式になってて、
地元の人間は未だロータリーって言っるんですよ」
と、何故か敬語で力強く説明。
そして、「じゃ」と片手を上げて、おじさんは一度も振り返らずに、
どんどん小さくなって行った。

おじさんが案内してくれた銭湯。
おじさんと会う前に、既に訪問していた。
けれど、そんな事はどうでも良い。
見ると、おじさんの姿はもう無く、夕暮れのロータリーだけがあった。