先日、桐生市の或る銭湯を訪問した。
店主の了承を得て、出来るだけ他の客の邪魔にならぬ様、
室内をカメラで撮影していた。
「古き良き銭湯かい?」
と、後ろから声。
振り向くと、悠然と気を抜いた姿勢でマッサージ機に腰掛けた、人の良さそうなおじさん。
「古き良き銭湯です!」
と、俄かに力む私。
するとおじさん。
「よし、じゃあ、連れてってやるから待ってな」(声がマッサージ機によって若干振動)
一瞬、返答に困って曖昧な相槌を打つ私をよそに、
虚空を見つめながら、体全体が小刻みに振動している、マッサージ機のおじさん。
それから、脱衣場、浴室、と人の居ない時を見はらかって撮り進めていた私にまた。
「はい、行くよ」
と、着替えもマッサージも済んで、サッパリとしたおじさん。
何故だか、私が待たせていた様な空気が漂い、「はい、今行きます」と、
番台の店主にまた来ることを告げ、即座に銭湯を後に。
銭湯を出ると、おじさんは自転車、私は小走りで、本町通りへ。
どうやら、近所にある別の銭湯を案内してくれるらしい。
桐生市内の歴史、銭湯の歴史の講釈を聞きつつ、冬の商店街を疾走。
聞くと、おじさんは三吉町(隣町)の人間で、家湯もあるのだが、
気分転換に近所の銭湯を巡っているとの事。
「ここがロータリーで、あそこが銭湯」
おじさんが指さす方向に、煙突が見えた。
「ロータリーって何ですか」
と聞くと、おじさん誇らしげに。
「今じゃ唯の交差点だけど、昔はこう、ロータリー式になってて、
地元の人間は未だロータリーって言っるんですよ」
と、何故か敬語で力強く説明。
そして、「じゃ」と片手を上げて、おじさんは一度も振り返らずに、
どんどん小さくなって行った。
おじさんが案内してくれた銭湯。
おじさんと会う前に、既に訪問していた。
けれど、そんな事はどうでも良い。
見ると、おじさんの姿はもう無く、夕暮れのロータリーだけがあった。