324声 御不浄物語 中編

2008年11月19日

安堵感に浸りつつ、口半開きの表情は、極度に弛緩。
深い溜息を一つついて、トイレットペーパーに手を伸ばす。
「なんと、紙が無い」
なんて言う、三文筋書きの様にはならず、どっさりと巻いてある。
悠々と、再度訪れた平和的社会生活を噛み締めつつ、
トイレットペーパーを手に巻き取っていた、その瞬間。

「ガタン」
っと、入口。
瞬時に表情は硬直。
平和社会は一瞬にして崩壊し、便所内は厳戒態勢。
僕は、和式の情けない体勢。
息を殺して、一先ず一連の作業を終え、
ベルトから鳴る金属音に注意しながら、ゆっくりとズボンを上げる。
そして、先ずはこの目で事実確認せねばと思い、恐る恐る、ドアの上から顔を出す。
僕は背が高い方なので、幸い上から覗く事が出来たのだ。

若妻。
ドアのすぐ前に立って居たのは、若奥さん風の女性が一人。
乾きかけた冷汗が、息を吹き返す。
天国から地獄。
御不浄様は僕を御見捨てになられたのか。
などと、便所の隅で嘆いていたら、またドアの開く音。
「帰った」
と、希望的観測にすがりつき、例の如く覗いて見る。

若妻。
が一人増えていた。
僕は一気に老けた。
様な心持になって、頭を掻きむしって、うずくまって、自暴自棄になって、取り合えず水を流した。
そのローテーションを繰り返す事、三回。
相当時間が経過し、三度目の水を流した時には、ドア越しに、
会場(女子便所)のボルテージが、最高潮に達している空気感。
解決策も出ないまま。
半径1mを右往左往。
「女子便所の変質者は高校生」
なんて言う、明日の朝刊が、言わば、最悪の事態が、想定される。
ドアがドンドン。
心臓がバクバク。
もはや万事休す。