安堵感に浸りつつ、口半開きの表情は、極度に弛緩。
深い溜息を一つついて、トイレットペーパーに手を伸ばす。
「なんと、紙が無い」
なんて言う、三文筋書きの様にはならず、どっさりと巻いてある。
悠々と、再度訪れた平和的社会生活を噛み締めつつ、
トイレットペーパーを手に巻き取っていた、その瞬間。
「ガタン」
っと、入口。
瞬時に表情は硬直。
平和社会は一瞬にして崩壊し、便所内は厳戒態勢。
僕は、和式の情けない体勢。
息を殺して、一先ず一連の作業を終え、
ベルトから鳴る金属音に注意しながら、ゆっくりとズボンを上げる。
そして、先ずはこの目で事実確認せねばと思い、恐る恐る、ドアの上から顔を出す。
僕は背が高い方なので、幸い上から覗く事が出来たのだ。
若妻。
ドアのすぐ前に立って居たのは、若奥さん風の女性が一人。
乾きかけた冷汗が、息を吹き返す。
天国から地獄。
御不浄様は僕を御見捨てになられたのか。
などと、便所の隅で嘆いていたら、またドアの開く音。
「帰った」
と、希望的観測にすがりつき、例の如く覗いて見る。
若妻。
が一人増えていた。
僕は一気に老けた。
様な心持になって、頭を掻きむしって、うずくまって、自暴自棄になって、取り合えず水を流した。
そのローテーションを繰り返す事、三回。
相当時間が経過し、三度目の水を流した時には、ドア越しに、
会場(女子便所)のボルテージが、最高潮に達している空気感。
解決策も出ないまま。
半径1mを右往左往。
「女子便所の変質者は高校生」
なんて言う、明日の朝刊が、言わば、最悪の事態が、想定される。
ドアがドンドン。
心臓がバクバク。
もはや万事休す。