僕も男である。
男なら男らしく、堂々と出て行こう。
そうすれば、事態は丸く収まる。
訳ゃないのである。
ここは女子便所。
今、男らしくドアの外に出て行ったら、入口で確実にひっ捕らえられる。
おまけに僕には、一部始終を説明できる自身が皆無である。
しかし状況は、タイムリミット、時間制限目一杯。
男らしく出るべきか、それとも、いや、待てよ。
男らしく、出る。
から、問題なのかもしれない。
思考内に一筋の糸。
手繰り寄せ、いざ、尋常に。
僕は、いや、アタイはゆっくりとドアを開け、伏し目がちで一気に入口へと駆け抜けた。
もちろん、右手の甲を頬に当て、クネクネッと内股気味に小走り。
一人かわし二人かわし、迅速に便所入口のドアまですり抜け、ドアを開ける。
「助かった」
と思って、入口ドアを押し開けると、そこにはなんと、未だ見ぬ三人目。
並んでいた、そのおばちゃんと、瞬時に目が合う。
「おとこ」
っと、そのおばちゃんは驚きながらも、確かにつぶやいた。
その声を聞いた瞬間、すれ違いざま横目に見た、若妻二人の仰天した表情と、
ドアを開けた瞬間の、おばちゃんの丸い眼球。
脳内カメラのシャッターが下りて、目の前が一瞬暗くなって、その光景が、脳裏に焼き付いた。
息が止まった。
アタイはそれでも、「すみません」と、蚊の泣く様な声を出して、振り返らずに風の如く走り去った。
もちろん、右手の甲を頬に当て、クネクネッと内股気味に小走り。
「アタイ」から「僕」に戻った僕は帰宅し、そのまま寝込んだ。