325声 御不浄物語 後編

2008年11月20日

僕も男である。
男なら男らしく、堂々と出て行こう。
そうすれば、事態は丸く収まる。
訳ゃないのである。

ここは女子便所。
今、男らしくドアの外に出て行ったら、入口で確実にひっ捕らえられる。
おまけに僕には、一部始終を説明できる自身が皆無である。
しかし状況は、タイムリミット、時間制限目一杯。
男らしく出るべきか、それとも、いや、待てよ。
男らしく、出る。
から、問題なのかもしれない。
思考内に一筋の糸。
手繰り寄せ、いざ、尋常に。

僕は、いや、アタイはゆっくりとドアを開け、伏し目がちで一気に入口へと駆け抜けた。
もちろん、右手の甲を頬に当て、クネクネッと内股気味に小走り。  
一人かわし二人かわし、迅速に便所入口のドアまですり抜け、ドアを開ける。
「助かった」
と思って、入口ドアを押し開けると、そこにはなんと、未だ見ぬ三人目。
並んでいた、そのおばちゃんと、瞬時に目が合う。
「おとこ」
っと、そのおばちゃんは驚きながらも、確かにつぶやいた。
その声を聞いた瞬間、すれ違いざま横目に見た、若妻二人の仰天した表情と、
ドアを開けた瞬間の、おばちゃんの丸い眼球。
脳内カメラのシャッターが下りて、目の前が一瞬暗くなって、その光景が、脳裏に焼き付いた。

息が止まった。
アタイはそれでも、「すみません」と、蚊の泣く様な声を出して、振り返らずに風の如く走り去った。
もちろん、右手の甲を頬に当て、クネクネッと内股気味に小走り。

「アタイ」から「僕」に戻った僕は帰宅し、そのまま寝込んだ。