395声 銭湯の闖入者 後編

2009年01月29日

昨日の続き。

一二歩進んで、人影の方へと視線を注ぐ。
すると、脱衣場の奥、直線位置にある男湯湯船に浸かっている、
御爺さんと目が合った。
御爺さん、私の姿を目を細めて確認しているので、私も軽く会釈。
そしておもむろに、「おーい、郵便屋さんが来てるよー」と、
お爺さんの声が若干エコーを含みつつ、浴室に共鳴。
直ぐに女湯から帰って来たのは、
「おばさーん、郵便屋さんだってー」と、お婆さんの大声。

慌てて私、御爺さんに、
「違いますー、郵便屋じゃないんですよー」と大声で訂正。
またもや御爺さん、
「郵便屋さんじゃなくてー、牛乳屋さんだとー」と大声で女湯に連絡。

こりゃ、えらい事になってきた。
「牛乳屋」なんて、私は一言も言ってないのである。
訂正しようとした矢先、女湯から帰ってくる声。
「何言ってんだよー、牛乳屋さんは日曜は来ないんだよー」

一呼吸二呼吸置いて、湯船からゆっくり上がり、こちらへ歩いてくるお爺さん。
浴室のドアを開けて、私の顔をまじまじ見ながら、
「アンタ、どちらさん」と、腑に落ちない表情で問う。
ようやく弁解の余地を与えられた私は少し安心し、とりわけ明瞭な口調で答えた。
「お風呂に来た客です」
合点がいった御爺さん、再度、女湯へ声をかける。
「あのねー、郵便屋さんがお風呂入りに来たんだってー」
「あーそうー郵便屋さんねー」

私はもう、番台に360円を置いて、そそくさと服を脱ぎ浴室へ入る。
湯船に浸かると、すりガラスの向こうに人のいない番台が見える。
右斜め横、丹念に歯を磨いている御爺さん。
窓から西日、束になって降り注ぐ。