大人物と言うか、太っ腹と言うか。
粋人の中には感服してしまう程、気前の良い人がいる。
昨夜の居酒屋。
その方は一人で入店。
ツーッとカウンターまで入って来て、「瓶麦酒」。
70年配、はしご酒の途中であるのか、少々赤ら顔。
瓶麦酒をコップに注ぎ、カウンターの隅に居た私に向って、
「お兄さん、この店初めて」
と、おもむろに問う。
「はい」
と、間抜けな声。
「マスター、隣の方に瓶麦酒」
感謝して、チビチビ飲んでいたレモンサワーを空けて、瓶麦酒で乾杯。
この老紳士、多くを語らず、黙々とグラスを傾けている。
軽薄な私は、グビグビと、5分も掛らず瓶麦酒を空けてしまう。
すると、「マスター、お兄さんにもう一本ね」。
漸く、自らの節操の無い振る舞いに気が付き、赤面。
平伏して、改めて感謝の意を述べ、ゆっくりと、味わって飲む。
一時間もしない間に、その老紳士はまた、ツーッと暖簾を揺らして帰った。
帰り際、盛り上がっている直ぐ後ろの座卓に、瓶麦酒を一本。
座卓から離れて遊んでいた、見知らぬ子供に野口を一枚。
店全体で頭を下げて、その老紳士を見送った。
何となくホッとして、席に着く。
結局、老紳士の前には、入店時に注文した瓶麦酒が一本。
「マスター、さっきの方は」
「いや、良く来てくれる方なんですがね、
来るとあぁやって、皆に奢ってくれるんですよ」
「いるんですねぇ、仏様みたいな良い人って」
「いるんですよぉ、仏様みたいな良い人って」
「マスター、レモンサワーおかわり」