友人の家は定食屋だ。
工業団地に位置している店なので、掻き入れ時は平日の昼。
勝負は12時からの30分。
以降は客入りもまばらになり、13時30分を過ぎる頃にはもう鍋の火を落とす。
つまりは、12時30分までが工業団地に勤める常連客。
それ以降に来る客は大抵、通り掛かりの一見客ないしは、
私の様な知人客なのである。
その日、私はいつものラーメン定食を食べていた。
すると、暖簾をくぐって来たのは、お婆ちゃん。
注文を決めあぐねており、13時を回っている時刻から推察するに、
一見のお客さんらしい。
ラーメンを食べ終えたお婆ちゃんは、おもむろに立ち上がり、レジで会計。
「ちょっと、お尋ねしますけど」
と、お婆ちゃん。
やはり来たか。
と、新聞の行間を見つめつつ耳を欹てる私。
「このお店は何年位前から、御商売を」
おつりを渡しながら、友人の母が答える。
「かれこれ、30年位にはなります」
「そうですか、私は昔この辺りに住んでましてね」
お婆ちゃんは、ゆっくりと話を紡ぐ。
「今日は、数年ぶりに出て来て歩いているの、
この辺りも大分変ってしまったのね、角のお米屋さんはないし、
それに、工業団地があんなに広くなったのね」
「この辺りも昔から比べて、大分拓けましたかなねぇ」
「そうみたいねぇ」
お婆ちゃんの声色は、少し感傷的である。
「でも、このお店は直ぐ分ったのよ、変わってないんですもの」
「そうですね、昔っから、変わってないのはウチ位ですからね」
二人に小さく笑みがこぼれ、
「どうもありがとう」
と、店を後にするお婆ちゃん。
人が歩んで来た道を振り返る時、そこに記憶の拠り所が無いと言うのは、
非常に空疎である。
お婆ちゃんが出て行った後、読んでいた新聞を四つ折りにして置き、
私も席を立った。