423声 拠り所を探す

2009年02月26日

友人の家は定食屋だ。
工業団地に位置している店なので、掻き入れ時は平日の昼。
勝負は12時からの30分。
以降は客入りもまばらになり、13時30分を過ぎる頃にはもう鍋の火を落とす。
つまりは、12時30分までが工業団地に勤める常連客。
それ以降に来る客は大抵、通り掛かりの一見客ないしは、
私の様な知人客なのである。

その日、私はいつものラーメン定食を食べていた。
すると、暖簾をくぐって来たのは、お婆ちゃん。
注文を決めあぐねており、13時を回っている時刻から推察するに、
一見のお客さんらしい。

ラーメンを食べ終えたお婆ちゃんは、おもむろに立ち上がり、レジで会計。
「ちょっと、お尋ねしますけど」
と、お婆ちゃん。
やはり来たか。
と、新聞の行間を見つめつつ耳を欹てる私。
「このお店は何年位前から、御商売を」
おつりを渡しながら、友人の母が答える。
「かれこれ、30年位にはなります」
「そうですか、私は昔この辺りに住んでましてね」
お婆ちゃんは、ゆっくりと話を紡ぐ。
「今日は、数年ぶりに出て来て歩いているの、
この辺りも大分変ってしまったのね、角のお米屋さんはないし、
それに、工業団地があんなに広くなったのね」
「この辺りも昔から比べて、大分拓けましたかなねぇ」
「そうみたいねぇ」
お婆ちゃんの声色は、少し感傷的である。

「でも、このお店は直ぐ分ったのよ、変わってないんですもの」
「そうですね、昔っから、変わってないのはウチ位ですからね」
二人に小さく笑みがこぼれ、
「どうもありがとう」
と、店を後にするお婆ちゃん。
人が歩んで来た道を振り返る時、そこに記憶の拠り所が無いと言うのは、
非常に空疎である。
お婆ちゃんが出て行った後、読んでいた新聞を四つ折りにして置き、
私も席を立った。