2306声 ターニングポイント

2015年02月01日

2015年2月1日の朝は、ひどく不穏なニュースで始まった。彼岸の火事と高をくくっていた「戦争」の二文字は今後、僕たちにも歩み寄ってくるのだろうか。背中がじりじりした。

 

これは今起こったことではなく、1991年の湾岸戦争が原因という人もいる。遡ればもっと前の、ある日誰かの行動が、今を創っているのだと思う。

 

「自分にとってのターニングポイントはいつだったのか?」

 

中之条町のtsumuji。今に続く友人、尊敬できる人に会った日々か、

いい年して無職。日課の犬の散歩中に、映画の撮影隊を見た瞬間か、

学校の図書館。映画『カッコーの巣の上で』で号泣した20歳の時か、

 

案外、小学6年生。卒業文集を開き、田中の思い出欄の中に「3年生の時は、先生が岡安くんをひいきして問題になりました」という一文を目にした瞬間なのではないかと思ったりもする。背中がじりじりするのがわかった。今思えば気にすることでもないが、小学6年の僕にとっては「身の周りには僕に敵意をもつ人もいて、その人によってクラス皆の僕への態度が変わるかもしれない」という恐怖だった。大げさに言えば「はじめて、自分以外の“世界”を意識するようになった瞬間」だったのかもしれない。

 

その解決策は単純なことだった。二十歳を越えるまでという長い時間がかかったが、田中と心の底からの友人になったのだ。「なんでそんなことをするんだ?」とわからないからの恐怖であり、本人を知れば、その恐怖は消えていった。

 

今朝、報道番組に映画監督の是枝裕和氏が出ていて、「報道や皆の意識として、人質を殺害した彼らは理解不能な悪だ、と決めつけ思考停止に陥るのは良くない。同じ人間として知ろうとすることをやめてはいけない」というようなことを言っていた。

 

今日は、いつかのターニングポイントになる。

その先が、少しでも明るい方向へ向かう事を願ってやまない。