蒸し暑さが充満する、下仁田町路地裏の昼下がり。
熱さで弛緩する表情。
口はだらしなく半開き、垂れ目が、余計に垂れてくる。
風に揺れている紺暖簾までが、億劫そうである。
暖簾の下、硝子戸を開ける。
餃子の焼ける良い匂いと香ばしい音が、飛び込んで来た。
しかし、本日の私は、その誘惑を断固として退けなくてはならない。
そして、炎天下の路地で決意した意思を、
L字カウンター越しのおばちゃんに、高らかに表明しなくてはならないのだ。
唾を飲み込み、意を決して、「冷やし中華」と言う、まさにその時、見てしまった。
L字カウンターの、短い棒の部分に座っている、白いポロシャツのおやっさん。
「ズーッ」と、小気味良い音をたてながら啜っているのは、
看板メニューのタンメンである。
その光景が目に入ると、私の固い決意は舌の上で溶ける様に消え、
口から零れ落ちたのは、決意の残骸。
「タンメン一つ」
初志を貫徹出来なかった私が受ける報いは、熱々のタンメンを、
汗だくになりながら食べると言う、我慢大会の如き昼食。
腕を捲り、額の汗を拭い、水を3杯おかわりして、やっとの思いで汁を飲み干す。
汗も引かぬまま、逃げる様に勘定を済ませて店から出る。
フワリと、紺暖簾を揺らす風、路地にひとすじ。
汗の冷える、風呂上りの様な、心地良い爽快感を感じつつ、角を曲がる。